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『■寄り添う絆 』
木南・慎8591)&庭名・紫(8544)&(登場しない)

 木南・慎(8591)は明け方の街をなぜ必死に走っているのだろう、と頭の片隅で思う。

 息を切らせ、追われる恐怖から逃れるべく、身を隠そうと路地裏に素早く入り込む。
 しかし、後ろばかり気にしていたので足元への注意が疏かになっていたようだ。
 歩道の縁石に足を取られ、バランスを崩して硬い地面の上に転んだ慎。
 綺麗とはいえない地面に手をついて起き上がろうとしたが……足首に激痛が走ったため、思わず顔を歪めた。
 どうやら、転倒時に足を捻ってしまったらしい。
 後ろを振り返り、不安と闘いながら周囲を探る。隠れるのに調度良さそうな建物の隙間を発見し、這いずりながら身を潜めた。
 走り続けていたせいで荒くなる息遣い。小枝のような指で口元を抑え、注意深く耳を澄ませた。
 ずきんと痛みを訴える足首のことは、とりあえず我慢するしかない。

 数秒待っても、数分待っても――誰かがやってくる気配はない。
 慎を追いかけていた飲食店の従業員は諦めたようだ。
 ゆっくり手を離し、ほぅ、と安堵の息をついた。

 食べられるものはないのかと物色していたのは事実だったにしろ、まさか、初めて訪れた街で残飯漁り『常習者』の濡れ衣を着せられるとは思わなかったのだ。
 店の勝手口から男性従業員が姿を現し、ゴミの蓋を開けて中を覗き込んでいる慎の姿を認めると
 眉を吊り上げ『お前か! いつも散らかしていく奴は!』と文句を言ってきた。
 日頃の鬱憤もあって、かなり口汚く罵っていたのだが耳も聞こえず、口も利けない慎は戸惑うばかり。
 ただ、相手が大変怒っているというのは理解できるので、唇の動きで判断しようと試みていた。
 しかし、乱暴な言葉づかいのせいで読み取れず、従業員が何を言っているのか分からなかった、というのはほんのささやかな幸せかもしれない。
 そんな慎の態度に『反省の色がない』とみなした従業員は、怒り顔のまま彼に手を伸ばしてきたので、恐怖を覚えた慎は思わず逃げ出してしまったのだ。
 逃げ出した慎を捕まえようと、男性従業員も後を追ってくる。
 捕まれば、何をされるかわからないという未知の恐怖。
 どこをどう走ったかも分からぬまま、ただ捕まらないようと思い逃げていた。
 そうして、ここの路地裏へたどり着いたわけだが……大丈夫そうだと安堵した途端、空腹と足首の痛みが襲ってきたため、慎は腹を押さえて足首をさすった。

 そうして何故か、こんな生活を送る前のことを考えていた。


 両親も身内とも呼べる人もいない慎は遠縁に引き取られ、義務教育が終了するまで世話になっていた。
 耳が聞こえなかったせいもあり、人の顔色を伺いつつ生活していた慎。
 学校を卒業し、暫く経ったある日、『いい加減自立しろ』と、突然今まで世話になっていた家から放り出されたのだ。
 自分は遠縁の人々に疎まれていた――という事だろうか。思い返せば、そう見えた表情もあった気がする。
 自立といっても蓄えなどは当然なく、働けるような場所はなく、慎は身一つで生きていかなくてはならなくなった。
 僅かな所持金も使い果たして路頭に迷い……こうして路上生活を余儀なくされている。
 お腹は空いたし足は痛いし今日は最悪だ、と思った矢先……悪いことは重なるもので、ぽつぽつと雨まで降ってくる。
 彼の身体を濡らし、心の中にまで染みてくるような冷たい雨。
 どうしたら良いのかわからないといった顔のまま、体を抱きしめ俯いたときのことだった。


 ふと、身体を叩く雨が止んだ。

 誰かの気配を間近に感じ、バッと顔を上げればそこには……いつの間にか、慎と同じくらいの年齢であろう少女が立っていた。
 少女だけではなく、強面の男も2人ほど彼女の両脇を固めている。
 男たちの顔つきに怯えた慎をじっと見つめている少女の目には、蔑みや敵意のようなものはなかった。
 それどころか、慎のほうへ傘を傾け、自分が雨に濡れても気にしていないのか、にこりと微笑んでいるのだ。
「びしょ濡れでは風邪を引いてしまいますよ。良かったら私に付いてきてください」
 少女の口調は丁寧で、声は聞こえないまでも唇の動きで何を言っているのか読み取れた慎は、何度も頷くと、足の痛みをおして少女の後についていった。


 少女に案内されるがまま、とあるビル内部へと連れて行かれた慎は、
 タオルを受け取って髪や体から滴る雫を拭き取りながら、目を見張るほどに豪華な応接室へと通される。
 本皮製で肌触りの良いソファの上へと、緊張しながらそっと腰を下ろす。
 顔に不安を浮かべながらも、正面に座った少女の顔を上目遣いで見やった。
「勝手なことをしてごめんなさい。なんだか……あなたは泣きそうな顔をしていらっしゃったので、心配になって」
 少女はにこやかに、それでいて優しく話しかけてくれているが、このままでは会話ができない。
 慎は筆記用具が欲しいと手振りで示す。
 それを理解した少女はすぐに立ち上がり、後方に控えている強面の男からメモを受け取ると、慎の前へと置いた。
『ありがとう、雨が凌げるだけでも助かったよ』
 綺麗な字で返答があり、少女は読み終わると慎に笑いかけ、筆談に切り替えた。
 少女の名は庭名・紫(8544)といい、日課の散歩に裏口から出かける際、慎に気づいたからだそうだ。
『何か困ったことがおありでしたら遠慮なく言ってください』
 紫の申し出は、頼るもののない慎にとって神の救いとも思えるべきものだった。
『この辺、来たばっかりで名前すら全然知らない場所でさ。踏んだり蹴ったりでどうしたらいいかわかんないんだ』
 すると紫はぱちぱちと目を瞬かせた後、後ろに控える男へ何かを伝えると、その男は部屋を出ていき……再び紫は慎へ向き直ると優しい笑みを向ける。
 彼女の笑顔は、控えめでありながら心の不安を取り除いてくれるような……安らぎに満ちたものだった。
 そして、2人は自己紹介を兼ねつつどのような境遇かを書き伝えていった。
 慎は聾唖だが、丁寧な口調であれば唇の動きで相手がある程度何を喋っているか分かることや、天涯孤独だということを伝えると、
 紫は『お話しづらいことなのに心を開いて伝えてくださって、ありがとうございます』と礼を述べた。
 そして紫は身体があまり丈夫な方ではないということと、このあたりの繁華街には強い影響力がある『庭名会』の会長だと答えた。
『でも、自分の家が極道だって昔から知っていたわけではありません。
ずっと知らされなかったままでしたから、お話があった時には凄く驚いてしまいました。でも私の力を必要とされているなら、頑張ろうって思ったんです』
 とても前向きな紫。慎はそんな彼女が、慈愛と勇気に溢れている子だと思い、ある種の尊敬を抱いた。
『こんなお兄さんたちと一緒に、頑張っていこうって思えるのは凄いですよ。僕だったら、怖くて逃げ出しちゃいそうですから』
 慎の書き込みに思わず噴き出して小さく笑う紫。それを微笑ましく見つめていると、左に立っているお兄さんの視線が痛い気がする。
 そっと視線を避けつつ、紫が会長という、一番似つかわしくなさそうな肩書きを思い出す。
 会長に万が一のことがあってはいけないから、こんなに怖そうな人たちが一緒なんだと納得した慎。
『この街は庭名さんの組が守っているんですか?』
 会長と知って敬語に変えた慎だが、紫は質問に対して『そうなのですけど、ちょっと色々難しい事になってしまっているんです』と、書いて肩をすくめた。
 そこへ、先ほど紫に何かを伝えられた男が盆を携え戻って来ると、そこにはおにぎりと味噌汁、幾つかのおかずが載っていた。
『お腹、空いていませんか? どうぞ召し上がってください。お口に合えば良いのですけど』
 そう伝えられた慎は、子犬のような眼で紫を見つめ、すぐにメモ帳へ『どうしてですか』と書いた。
『遠縁でさえ僕のことを突っぱねたのに、どうして先ほど会ったばかりの僕に対して、庭名さんはこんなに優しくしてくださるんですか?』
 食事のこともさる事ながら、こうして向きあって話を聞いてくれるだけでも本当は凄く嬉しいのに、
 何か裏があるのではないかと思って、怯えてしまう気持ちがあった。
 紫は真面目な顔で慎を見てから、そっとボールペンを取り、一文字一文字気持ちを込めて書いていく。
『貴方はとても辛そうでしたし、何より私自身が貴方の助けになりたいんです』
 誰かの為に何かをしてあげたい、と思う気持ちに理由はなく、紫はそれで行動しているのだ。
『もし良ければ、庭名の家で働いてくださいませんか。貴方のお力を貸してください』
 そうして、ペコリと頭を下げる紫。
 男たちが『会長』と少しばかり心配そうに声をかけた。
 行くあてのない慎には、この提案は非常に魅力的だった。
『僕は、家事と花を活ける事くらいしかできませんが、それでもよろしいですか?』
 生け花は誰かに習ったわけではない。だが、慎には才能があったのだろう。綺麗に飾ることができるのだ。
『綺麗なお花も、美味しいご飯も、庭名には必要です』
 そうして微笑んでくれた紫。知れずのうちに慎の頬から涙が一筋流れ、雫が手の甲に落ちる。

 冷たい心の人間がいるのに対し、温かな心を持つ人間も、確かにこの世には存在しているのだ。
『こちらこそ、よろしくお願いします』
 零れ落ちる涙を堪えつつ、感極まった慎も深々と頭を下げた。
『はい、ぜひよろしくお願いします』
 くすぐったそうにも、嬉しそうにも見える笑顔を向けてくれる紫。

 彼女に勧められるままに口に運んだおにぎりは、とても美味しかった。


-end-

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登場人物一覧

【8544 / 庭名・紫 / 女性 / 年齢16歳 / 庭名会・七代目会長】
【8591 / 木南・慎 / 男性 / 年齢16歳 / 庭名会・構成員】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
藤城とーま クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年08月30日

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