『知られざる、彼の秘密。 』

来生・十四郎（0883）＆来生・一義（3179）＆来生・億人（5850）＆（登場しない）

　どうにもおかしい、と来生・一義（きすぎ・かずよし）は感じていた。

「‥‥くくッ」
「―――‥‥十四郎？　どうかしたのか」
「ん？　‥‥いや、何でもねぇよ」

　ふいに思い出し笑いに肩を揺らした来生・十四郎（きすぎ・としろう）に、軽く眉を上げながら尋ねてみたら、十四郎はほんのちょっと顔を顰めながらそう首を振る。そうしてふいと顔を背け、ぶっきらぼうにがさがさと散らかった書類をあさくったりし始めるのだ。
　どうにも、おかしい。思い出し笑いだけなら、それは勿論人間だ、誰だって1度ならず経験があるだろうし、街中なんかでつい笑ってしまって気まずい思いをしたことくらい、あってもおかしくはないけれども。
　つい数日前は、いきなり耳に「たまにはあの子にするか」という呟きが飛び込んできて、ご飯の準備をしていた一義は一体何事かと、思わず弟を全力で振り返ってしまった。とはいえその、あまりに突っ込みどころがありすぎて、突っ込むには非常に勇気の要る呟きの意味を、追求する勇気は一義には、なくて。
　だが、そんな事が続けばやはり、不審は募る。何より他ならぬ弟のことだ、色々と考えを巡らせているうちに、心配になってきた。
　繰り返すが、思い出し笑いだけなら、それはそれで不審には思ったし、正直なところものすごく薄気味悪かったが、これほど心配にはならない。けれども「たまにはあの子にするか」という発言は、あらゆる良からぬ想像を呼び起こすのに、十分なほど意味深だ。
　もしかしたら十四郎は、どこかの如何わしい店に出入りをしてるのではあるまいか。そうしてお店に勤める女性達の色香に惑わされ、その情景を思い出して笑ったり、次はどの女性を指名しようかと思い悩んだりしているのではあるまいか――
　一度そんな不安が思い浮かんだら、今度は十四郎のやることなすこと、全てが怪しく感じられた。ほんの少しそわそわしている様子があれば女性との約束があるのか、帰ってくるのが遅ければやはり如何わしい店に言っていたからではないのか、仕舞いには帰ってきた十四郎の脱いだ服が妙に綺麗なのは、まさか――と、妄想の翼は力強く羽ばたいてとどまる所を知らない。
　これではいけないと、思った。もし本当に弟が良からぬ道へ足を踏み入れようとしているのであれば、兄として強く窘めなければなるまい。
　だが、どうやって――？

「――と、いうわけで。十四郎を尾行して、一体どこで何をしているのか、調査を頼みたいのです」
「‥‥はぁ」

　その日、十四郎の不在を見計らって一義に呼びつけられて、事情を聞かされた来生・億人（きすぎ・おくと）は盛大に首をかしげ、なんとも間の抜けた答えを返した。実際のところ、億人はそこまで心配しなくても、と思っていたりしたわけで。
　和義が十四郎のことを心配するのは構わないが、十四郎だってもう良い大人である。家族に知られたくないことの一つや二つや三つや四つ、あるのが当たり前ではないか。
　例えそれが、一義の心配するような如何わしい店であろうと、需要があって供給がある。今のところ、十四郎は借金をしたりしてまで入れあげてる様子もないことだし、むしろそっとしておいてやった方が良いんじゃなかろうか。
　そう、思った。思って、けれどもそれを口にする前に、一義が先手を打った。

「成功したら、一週間おやつを増量してあげます」
「よっしゃ！　どーんと任せとき、すぐに調べ上げたるからな。成功報酬、忘れんとってや」

　その言葉を聞いた瞬間、二つ返事で置くとは大きく頷き、どんと力強く胸を叩いた。日頃、一応は遠慮して、おやつどころかご飯もお腹いっぱいには食べてない身としては、この上なく魅力的な報酬である――ちなみに虐げられているわけではなく、ただ純粋に億人の食欲が、常人のそれを遥かに上回っているだけの話だ。
　もちろん、と一義が力強く頷いた。十四郎が道を踏み外しているかもしれない事を思えば、億人のおやつを一週間ばかり増量することなど、些事に過ぎなかった。


●


　ふ、と知らず思い出し笑いをしていた自分に、気付いた十四郎は、いかん、と顔を引き締め、両手で頬を叩いた。この頃とみに、自制が効かなくなってきている。ふとした瞬間に気付けば店の事を考えている自分が居て、そうしたらどうしようもなく顔が緩んでしまうのだ。
　だが、知られるわけには行かない。一義が何か気付き始めているようだが、例え兄にもこの秘密を、知られるわけには行かない。
　気をつけなければと、だから、思った。自分でも柄でないことは解っているけれども、どうにもこの気持ちを抑えることが出来ない――だからこそ、この秘密の逢瀬を誰にも、知られるわけには行かない。
　ごほん、大きく咳払いをした。そうして十四郎は、きっと睨みつけるように顔を険しくして、家を出る。


●


　翌日から、億人は早速十四郎を尾行し始めた。といって勿論、そのままつけたのではあっさり気付かれてしまうから、変身の魔法を駆使して姿を変えて、である。
　一義が億人に白羽の矢を立てたのも、この魔法の事があったからだ。時には近所の野良犬や野良猫に姿を変え、或いは空を飛ぶ鳥になって追いかければ、十四郎は勿論周りの人間にも不審には思われないだろう。
　故に億人は誰憚ることなく、堂々と十四郎を尾行する。
　十四郎の勤務スタイルは一定ではなく、朝早く出て昼過ぎには帰ってくることもあるし、夕方から出かけて一晩中デスクに張り付いていることもあった。かと思えば編集部には顔を出すこともなく、直接どこかに取材に行って、また電車に乗って帰ってくることもある。
　その一部始終を、最初はわくわくとおやつ増量の為と、そうは言ってもあの十四郎が一体どんな秘密を隠しているのか、気になって尾行し、見つめていた億人だ。けれども1日過ぎ、2日が過ぎ、まったく何も起こらないまま週末が近付いてこようとすると、さすがにうんざりしてくる。
　何しろ十四郎ときたら、もうちょっと遊んだ方が良いんじゃないか、と億人が心配になるくらいに寄り道もしない。否、するとしたら公園でちょっと休憩してファーストフードを齧るとか、喫茶店で休憩にコーヒーを飲むくらいで、それは仕事とどう違うんだ、という程度のものである。
　その間にも時折、何やらぶつぶつ呟いたり、思い出し笑いをしている様子は観察出来た。出来たが、実際にそれが何かに結びついている様子がない以上、やっぱり億人にとっては何の意味もないものだ。
　このまま何も起きなかった場合、果たして、おやつは増量してもらえるのだろうか。何も起きなかったということを確かめれば、それはそれで立派に一つの成果だと思うのだが、一義のことだから何かが掴めるまで尾行し続けろ、とでも言い出しかねない――というか、あの心配振りを見れば確実に、そう言われるに決まってる。

（報酬の前払いとか、あかんかなぁ‥‥）

　しょんぼりと億人は、鳥の姿で心持ち羽根を落としながら考えた。今は、十四郎が乗っている電車の屋根の上だ。きっと今日も変わり映えなく、自宅アパートの最寄り駅で降りた後、真っ直ぐに帰っていくのに違いない。
　そう思いはしたものの、約束は約束。予想通り、最寄り駅で降りた十四郎を確認すると、億人は野良犬に変身して、素早くその後を追った。
　だがすぐに、十四郎の様子がおかしい事に気付く。いつもならまっすぐに顔を上げてのしのしと歩いていくのに、今日の十四郎はまるで何かを探すように、きょろきょろと辺りを見回しながら足早に歩いていくではないか。
　否――

（探してるんやなくて、人目を気にしとるんか？）

　その様子を見ているうちに、ふと閃く。そう思って改めて十四郎の様子を見てみれば、確かに、何かを探しているというよりは、出来るだけ周りの目に付かないように、そうして自分を見ているものが居ないか確かめるように、そわそわしているようにも感じられ。
　逃げるように足早に、真っ直ぐに十四郎が向かったのはけれども、彼らの住まう自宅アパートがある方角。不審なものを覚えながら、置いて行かれない様に気をつけ後を追うと、ふい、と十四郎の足が逸れた。
　入っていったのは、道すがらにあるテナントビル。地下は2階から地上は9階まで、各階にカラオケや飲み屋、スナックなどが入るビルだ。

（あかん‥‥ッ！）

　そのビルの中、エレベーターの前に立つ十四郎を見て、慌てて億人は犬から小さな羽虫へと変化し、十四郎の頭に取り付いた。幸い気付かれなかったようで、十四郎はやはり周りの人目を気にしながら開いたエレベーターに乗り込むと、7階のボタンを押す。
　慣れた仕草は、十四郎がここを訪れるのが初めてではない事を伺わせた。だが7階は一体、何の店が入っているのだったか――十四郎に置いて行かれない事に必死で、看板をろくに見ていなかった億人は、エレベーターの中の案内表示を見ようとした。
　が、すぐにエレベーターが止まり、十四郎が外に出る。諦め、そのまま十四郎の髪にくっついて億人は、一体どんなお店に向かうのだろうと、辺りを見回した。
　入っている店舗は、そう多くはない。先程より随分と余裕のある足取りになった十四郎は、迷わず慣れた様子でその中の1軒に入っていく。当然、一緒に入った億人は――そのまま、店内の光景を見て固まった。
　およそ、来生十四郎という男とは似つかわしくない、その場所。あまりにものどかな、心和む――

（い、いや‥‥なんか理由があるんかもしれん！　取材とか！）

　なぜか自分に言い聞かせるように、億人は必死に胸の中からせり上がってくる恐怖をねじ伏せた。ねじ伏せようと、して、けれどもそんな億人に追い討ちをかけるように、さらに恐ろしい光景が展開されたではないか‥‥！
　悪夢、だった。億人が思わず我が目を疑ってしまったのも無理はないほどの、恐ろしい光景がそこには、あった。

（あかん‥‥限界や‥‥）

　ふらり、億人は十四郎から離れ、羽虫の姿のまま、アパートへと飛び立つ。最後まで見届けなければ調査とは言えないかも知れないが、これ以上は彼の神経の方がもたない。
　世の中には見てはいけないものがあるのだと、これほどに億人が噛み締めたことは、なかった。


●


　この一週間ばかり、今か今かと億人の報告を待ちかねていた一義は、その時は台所で夕飯の準備をしている所だった。が、不意に流し場の脇の窓から小さな羽虫が入ってきたかと思うと、居間の方で人の気配を感じる。
　もしや、と思って覗いてみたら案の定、億人がそこには居た。あの羽虫は億人の変化で、帰ってきて変身を解いたのだろう。
　納得し、だがそれより先に帰ってきていてしかるべき弟の姿が、どこにもないことに首をかしげる。どういう事かと問い質そうとした一義は、居間に立ち尽くす億人の顔色がひどく悪く、そうしてどこか眼差しも焦点があっていないことに、気がついた。

「‥‥億人？　どうしたのですか」

　さすがに心配になってそうたずねると、ぼんやりとした眼差しが一義へと向けられる。そうして何か言いかけて、口を閉ざした彼は一度、大きく頭を振った。

「‥‥えらいモン、見てもうた」
「‥‥‥はい？」

　そうして、心なしか震える声色で告げられた言葉に、首をひねる。一義が頼んだのは、十四郎が如何わしいお店に出入りしているのではないかという、調査だったはずなのだが。
　一義の反応も無理はないと、億人は考えた。誰だって、まさかあの十四郎が『あんな店』に出入りして、あまつさえ『あんな事』をしているなんて、想像すら出来ないに違いないのだから。
　――テナントビルの7階、十四郎が入っていったのは、最近オープンした猫カフェだった。そういうものが家の近所に出来た、ということはもちろん知ってはいたものの、行くような用事があるはずもなく、そのまま忘れ去っていたのである。
　だが、十四郎は人目を避けるようにその猫カフェへと、それも慣れた様子で足を踏み入れた。あちらこちらに猫のグッズが溢れ、猫達が快適に過ごせるように、アスレチックや狭い棚、かご等が置かれたその店内で、あろうことか十四郎は、普段は絶対に誰にも見せない、どうかすればこの世に見た人が居るのかも怪しいとすら思える優しい笑顔で、猫達を可愛がり始めたではないか。
　それは、恐ろしい光景だった。あのいかつい男が、優しげな笑顔で、優しげな態度で、繊細におもちゃを振りながらじゃれる猫と遊んでやっている。猫達もすっかり十四郎に慣れた様子で、うなー、とズボンの膝をかりかり引っかいたり、頭をこつんと擦り付けたり。
　そんな猫達にまた、優しく目を細めて撫でてやったり、あごの下を掻いてやったりしているのだから――大変失礼ながら、十四郎はどこかで頭を打ってしまったのではないか、なんて1度ならず考えたほどだ。
　語るうちにまざまざと思い出してしまったのだろう、ぶるっ、と大きく震えた億人を見ながら、一義も想像してみた。あの弟が無邪気に、愛らしくもしなやかな猫達を可愛がり、一緒に遊ぶ図――

（‥‥下手な怪談より、余程怖いですね）

　ぶるっ、と知らず大きく震えて、一義は実の弟に対して大変失礼な感想を抱いた。実際にその光景を見ずに済んで良かった、と思う。
　が、同時に安心も、した。弟が実際にどこかに寄り道をしていることは、これで明らかになったが、それが如何わしい妙なお店でないことに、胸をほっと撫で下ろす。
　猫カフェならば健全だ。見てしまった億人と、そうしていつもその光景を目の当たりにしている猫カフェの従業員の心中は、慮るより他はないにせよ、大人の色香漂うお姉さんに入れあげて――というのよりもずっと良い。
　ごくろうでしたね、とだから一義は億人を労った。

「今回の件は、十四郎には絶対に秘密にして下さい」
「えぇッ！　なんかあった時の切り札にするんもあかん？」
「ダメです。――約束通り、報酬に来週からおやつを増量してあげますよ。口止めも兼ねて、2週間でどうですか」
「え、ほんまか！？　うん、それでかまへんよ、おおきに！」

　当初よりも大幅アップした報酬に、億人はころっと笑顔になって何度も頷いた。おやつ増量という魅力の前には、十四郎の秘密などあっという間に消え去ってしまう。
　早速目を輝かせて、あれが良い、これが良い、とおやつをリクエストし始めた億人を適当にあしらい、一義は再び台所へと戻った。十四郎が猫達と遊び疲れて帰ってくるまでに、夕飯を作ってしまわなければ。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号　／　　　　ＰＣ名　　　／　性別　／　年齢　／　　　　　　　　職業　　　　　　　】
　0883　　　／　　来生・十四郎　　／　男　　／　28　　／　五流雑誌「週刊民衆」記者
　3179　　　／　　来生・一義　　　／　男　　／　23　　／　弟の守護霊・来生家主夫
　5850　　　／　　来生・億人　　　／　男　　／　996　　／　下級第三位（最低ランク）の悪魔

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お久し振りです、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
相変わらずお待たせしてしまい、本当に申し訳ございません‥‥（全力土下座

息子さんの意外な一面が見えてしまう物語、如何でしたでしょうか。
猫カフェ、1度だけ蓮華もお邪魔したことがございますが、実に心癒される空間ですね‥‥！（ぐっ
とはいえ確かに、そんな一面を知ってしまったお兄様や居候様の心情は、推し量って余りあるものがあります（待て

また、いつもお気遣い、ありがとうございます。
ようやく秋の気配も感じられるようになってきたとはいえ、まだまだ残暑が続きますが、どうかお体の調子など崩されませんよう、お祈りしております。

皆様のイメージ通りの、普段との意外なギャップに驚き慄く（←）ノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します（深々と

PCシチュエーションノベル（グループ３）

蓮華・水無月

東京怪談

2012年09月03日