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『ひと夏マルゲリータ 』
リュカ・アンティゼリja6460


 これが、きっと、最後の夏だ。
 言葉にはしない。
 言葉にしたら、現実になってしまいそうだから。
 また、
 などと、不確かな約束もしない。
 叶わなかったら哀しすぎるから。
 ……一緒にいて、楽しい。
 確かなことは、それでいい。
 今を、共に楽しむ。全力で。
 それで、いい。



●日帰りバカンス
 煌めく海岸を右手に、オープンカーが疾走する。
「この車カコイイな!?」
 日差しに焼けるボディを叩きながら、七種 戒は海に負けないくらいに瞳を輝かせた。
 長い髪が、風にさらわれるのも心地よい。
「うわー! 海ー! 海が私を呼んでいるーー! うおー!」
「オチツケ。ガキか」
 テンション極まり腰を浮かせたところで、隣の運転手が戒の黒髪を引っ張った。リュカ・アンティゼリだ。
「うっ むきゃつく……」
 痛む首を抑えながら、戒はおとなしくシートに身を鎮める。
 が、それも束の間。
「おぉおおおお モーゼ! 周辺の車が割れるように……!」
「オチツケってェの」
 派手な外車・オープンカー、運転手は伊仏混血の色男。その隣には黒髪の清純な乙女。
 周辺を走る車たちが、当たるな危険とあからさまに車間を開けてゆく。
 前を向いても横を向いても愉快な光景で、戒の心は落ち着く暇がない。
 彼女のコロコロ変わる表情が楽しくて、ついついリュカも運転片手間に横やりを入れる。
「今からソンナじゃ、海に入ったら力尽きて溺れんゾ?」
「ビーチに美女がいれば問題ないッ 私の力は無尽蔵となる!」
「キリッとすんナ」
 ぺしっ、リュカが指先で戒の額を弾いた。
「あはは!」
 律義に心配・ツッコミを入れてくれる友人へ、戒は笑顔を返す。
 楽しくて仕方がない。
 楽しみで仕方がない。
 休みを利用して、日帰りビーチ&ドライブ。
 きっと、最初で最後、ひと夏の思い出。
 ――そんなセンチメンタルで終わらせたくなんかない。
 全力で楽しもう。
 それが言外に、互いの共有する思いだった。



●花をその手に
 駐車場へ、明らかに周囲とは浮いているオープンカーを停めて。
「じゃあ、着替え終えたら、あそこの海の家で集合な?」
「おー」
 互いの荷物を手に、戒とリュカは別行動をとる。
 ビーチサンダルの下から、砂の感触、焼けるような温度。ぬるい潮風がまとわりつくが、もう少しすれば海水へダイブできるのだと思うと素敵な焦らしプレイだ。
 意気揚々と戒は共同の着替え場へ向かい、かったるそうにリュカもまた歩き始めた。


「あー どれが面白ェかな。……その浮き輪、ひとつ一日レンタルで」
 一足先に海の家へ着いたリュカは、壁にひっかけられているレンタル浮き輪の中でも大きめの物をオーダーした。
 泳ぎが不得手である戒でも、海の中でゆったりできそうなバランスの良いものを選ぶ。
「さて、オンナは支度に時間掛るからなァ」
 かったりィ、と日差しを睨みつけながら、時間つぶしを考える。
 ナンパ―― は、流石に自重する。
(……。ナンパか)
 されるのを、眺めるというのは面白いかもしれない。
「鈍感無自覚も、イイとこだかんな、アレ」
 そうと決まれば話は早い。浮き輪は後で引き取りに来ると告げ、リュカはそっと身を隠した。


「キレイなお姉さん、誰か待ってるの?」
「こんな美人を待たせるなんて許せないね。どう、俺たちと遊んでようよ。秘密スポット、知ってるんだ〜」

 『黙っていれば』の七種 戒。
 そわそわと待ち合わせ場所でリュカを待っている間に、さっそく安いナンパの声が掛る。
「おおおお!? 私!?」
(その反応は酷ェ)
 物陰で、リュカは必死に笑いを噛み殺す。
「えっ、ええと、その、私――……はじめてで」
(『私の時代、キタ――!!?』ってカオだな)
 リュカは的確に読み取るが、ナンパ男たちには知らぬことである。
「いいねぇ、お姉さん。清楚な感じ! ダイジョブダイジョブ、俺たちに任せなって」
「う、うわぁああ!?」
(よし、そこまで)
 軽薄な男が、戒の手首を取ったところで、リュカが前に進み出た。

「愉しそうだな」

 しみじみとした――からかう様な、声音。
「!!?」
 戒が、涙目でこちらを見上げる。
 真剣に困っていたわけではなくて、混乱ゆえの涙なのだろうと思うと、本当にこいつはどこまで、と呆れの笑いが浮かんでくる。
 するりと、慣れた手つきでリュカは戒の腰を抱き寄せた。

「俺の女になんか用か」

 好戦的な笑みを浮かべつつもナンパ男たちへ狂犬の眼差しを向ける。
 軽く羽織ったリュカの上着が肌蹴け、心臓の上に刻んだタトゥ、そして幾つもの細かな傷が覗き――男たちは言葉なく退散していった。
「まったく、油断もスキもねーナ」
「……おい、誰が俺のモノだって?」
「さぁ、て」
 笑み一つではぐらかし、リュカはそのまま戒を己の肩へと担ぎ上げる。色気もムードも、あったもんじゃない。
「コラ! その持ち方どーなのおぃいい!?」
「ハイハイ」
 ペチペチとリュカの背を叩き、戒が猛抗議を試みるが力で敵う相手ではない。
「しっかし、戒、あんまんPAD盛り過ぎじゃネ?」
「言うなーー!!」



●咲き誇る花と
 泳ぎが不得手な戒を浮き輪に乗せて、のんびりと海流に身を任せる。
「これは……極楽だな!!」
 バシャバシャと水面を叩き、浮き輪を引くリュカへ飛沫をかけながら戒がはしゃぐ。
「おー 水着美人も見放題だゼ?」
 くっ、リュカは浮き輪の紐を引き、戒の視線をビーチへ向けてやる。
「するか? 勝負」
「ふ、負ける気がしませんよね……!」
 二人で、この状況で、勝負と言ったらひとつ。――イイ女サーチ!
「右から2番目の海の家の前・白いビキニの女性。小物に頼らず体のラインを見せつける堂々とする心意気やよし」
「ダメだな、化粧が濃い」
「見えるのか!!!?」
「真正面、波打ち際。家族連れ。3歳児の後ろの」
「人妻だろうが!」
 ……互いに譲らぬ名勝負である。

 そんな掛け合いをすること、しばし。
「おー、ちっと海ン中見てみ」
「? 魚か?」
 リュカに促され、戒はヒョイと水面を覗く。そこに映るのは、己の顔だけ。
「……一番の美人。俺の勝ちな」
「!!!」
 頬を真っ赤に染めて、戒がリュカを見上げる。
「おっし、なんか奢れよー?」
「ばっ、ばか、こんなの…… 私の勝ちだろーー! 自前だぞ!!」
 どや顔をする余裕もないコメントに、なんの力があろうか。
 激しく海水を引っかけられながらも、リュカは盛大に笑い、戒の頭をわしわし撫でた。
「ッたく、ホント天然記念物級だな!」



●極上マルゲリータ
 海から上がり、真水で体を洗い――軽装に着替えても、どこか名残惜しくて。
 まんまるピッツァのような夕日を眺め、二人で浜辺を歩く。

「イタリアは遠いな……」
 リュカは、近く、帰国する。
 ――イタリアへ。トマトとチーズ、パスタとピザの国へ。
 そう並べると、あまり遠くは感じないが…… 遠い。
 戒が、好物であるケチャップを見るたび思い出してしまうほどには……遠い。
「面倒なら歩いて3分のコンビニだろうが行かねェが。行く気になりゃこうやって離れた海まで来る。距離なんざそんなもんだ」
 しんみりとしている戒を浮上させるように、リュカは彼女の濡れた髪をもみくちゃにした。
 夕陽を前に、どこか感傷的になるのはリュカとてわかる。だからこそ、今日の最後を淋しさで終わらせたくなかった。
「ちゃんと、飯、食えよ?」
「戒は風呂上りにちゃんと服着ろよ」
「着てるわ!!」
「うん、ソレがいい」
「……リュ」
「行くぞ」
 悪友。ズケズケとなんでも言い合える仲。
 共通の友人も多い中、今日だけは特別の二人きり。
 ――その時間も、もう終わる。
 手を引くリュカの背を、戒が目で追う。
(ちょっとセンチメンタルな気分になるのは夕陽のせい…… 間違いないったら、ない)
 自然に繋がれた、手が熱い。これは、夏のせい。
(リュカは……むきゃつく野郎だが、一緒に遊ぶのは楽しかった……)
 トマトケチャップのような、真っ赤な夕焼けに濡れた金髪が揺れる。
 意地の悪そうな笑顔も、強引な歩き方も、普段のそれと全く変わらない。
 変わらないから、錯覚してしまいそうだ。
 来年も、この夏は来るのだと。


 これが、きっと、最後の夏だ。
 言葉にはしない。
 楽しかった今日を、大事にする。忘れない。
 生きていれば、何かの縁で巡り合える日も来る。必ずではないにせよ、ゼロではない。
(楽しかった。ありがとう)
 言葉にはせず。
 心の奥で、こぼしそうな涙ごと、噛みしめた。


「帰りに、ピザ食べたい。トマトの! 本場な!!」
 車へ乗り込みながら、戒は最後のワガママを言ってみる。
「……マルゲリータかねェ」
 リクエストへ、リュカは帰り道に寄れそうな店、ラインナップを軽く思い浮かべる。
 今ではすっかり、定番中の定番となっている名前のピザ。
 かつてのイタリア王妃へ敬意を払い、作られたというものだ。トマトをベースに、イタリア国旗をイメージした彩りをしている。
「王妃、ってェ柄じゃねェが」
「?」
 口の中で呟くリュカを、戒がキョトンと見上げた。
「いいんじゃねェの? 時間延長ッと」
「わ、わわわ! 急発進は、危なーい! こら、リュカぁ!」

 夕闇に溶け込みながら、夏風を裂いてオープンカーは走り出した。




【ひと夏マルゲリータ 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6460 / リュカ・アンティゼリ / 男 / 21 / 阿修羅】
【ja1267 / 七種 戒       / 女 / 18 / インフィルトレイター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました!
ひと夏の、淡い思い出お届けいたします。
大切な記憶の一つとなれば、幸いです。
常夏のドリームノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年09月03日

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