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『碧色夏旅/その日は、優しい夢を見る 』
七種 戒ja1267


●碧色夏旅
「モニター当選のご案内」
 各々の手元に舞い込んだ葉書は、手に取るだけで波の音が耳を擽っていく気がした。
 夏の潮風、原色の花々。
 日頃任務に明け暮れる撃退士達は、友人達が同じ葉書を受け取ったことを知り合えば、早速に予定を調整する。
 友人達と、夏のバカンス。
 見上げてみれば、空は快晴で。

 さあ、海に行こう。
 みんなで。


●全員集合!
 移動時間も、皆で喋りながらだとあっという間に過ぎていく。
 案内された水上コテージで、荷物を置く暇も無くはしゃいで窓を開け放つのは七種戒だ。
「おお、海だな!」
 広いリビングには、海に続く大きな窓がある。瀟洒な金属製の窓を開いた瞬間、潮風が彼女の髪を優しく乱す。
 水の色は幾重にも色の違うブルーから、透き通ったエメラルドグリーンまで太陽の光を浴びて複雑な色合いを示す。
 君田夢野も、慎重にウクレレの入ったケースを置いてから景色へと目を移し解けたように笑う。 
「今日は戦いの事なんて忘れて、パーッと楽しむかぁ!」
 声も、いつもよりも何処かくつろいだ響きが宿ると、自分でも君田は思う。
 装いは白地に赤いハイビスカスを散らしたアロハシャツに、緑色のハーフパンツでいかにもの南国リゾートスタイル。
 剣は手に無くとも、楽器はこんな場所まで連れてくるのが彼らしいところだろうか。
「思い切り、たくさん歌わせてやれるね」
 置いたばかりの楽器は潮風に晒さぬよう位置を考えながら、ふとケース越しに撫でる。
「あら、用意周到ですね。私も、何か持って来ればよかったでしょうか」
 カタリナが彼の様子を見て、微笑ましげに眼を細める。
 彼や彼女にとって、音楽は当たり前に日常に根付く一部なのだ。
 潮風にこれ以上髪を乱されないよう、手早く髪を結いあげるカタリナの方はホットパンツにタンクトップと、
 しなやかな長い四肢の白色が太陽に映えていて、二人で目を合わせて気安い笑みを交す。
 いつもとは違うリラックスした装いでこんな風に平和に、楽器を前に他愛ない会話を出来る夢みたいな時間は、随分と得難い気がした。
「モニター……素直に楽しんで、後で感想でも言うことにしましょう」
「そうだね、まず俺達がとことん楽しむとしようか」
 今しかない、時間を共に。何もかもを、友人達と楽しめるのは今だけだから。
「キッチンも広いな〜。調味料とかも買わなくていいみたい」
 更に、楽しげな声がして人が集まり始める。
 先に一通りコテージの中を見て回っていたのは星杜焔。
 真っ先にキッチンの様子を見に行き、その設備に随分と満足げだった。
「ベッドルームも凄いですよ、ね藤花ちゃん」
「はい、三つありましたよ。小さいのから、広いのまで素敵でした」
 こちらは仲よく戯れながらの、華やいだ声。
 観月と藤花だ。元々部活や依頼の付き合いもある彼女らは二人で部屋チェックをしたり、風を通しに動いていた。
 何もかもが楽しいよう笑う藤花の、真っ白のサンドレスに麦藁帽と、夏のお嬢さんの風情が可愛らしい。
「では女子組と男子組で問題ございませんね」
「皆、眠るか怪しいものだけどな…!」
 提案というよりは確認する観月に、皆が頷く。
 少し前までは音楽が恋人、今は加えて彼女持ちの熱血系男子と、れんあいそれっておいしいの系猫耳男子である。
 同じコテージに泊まることに不安のある女子なんて一人もいなかった。
 それに何より、戒の言うとおりこんな楽しい日に部屋を決めたって結局は夜中まで遊んでいる気がするのだ。
 ……それはともかく。
「ほむらちゃん、どうしたんですか。その耳」
 カタリナが今頃になって、ごく涼やかに問いかける。
 焔の頭には、猫耳が生えている。そして、勿論尻尾まで。髪と同じ、優しい緑色の。
「うん〜、閑話部でね〜」
「それは仕方ないなというかむしろグッジョブ!」
 戒がぐっと親指を立てる。とても、心底に満ち足りた笑顔で。
 我らが学園には、うっかり気を抜くと耳の生える部活や依頼があったりするので、割と皆もう日常的に受け入れている。
 楽しんでいる、といってもいい。
「閑話部なら仕方ないですね」
 労うように言う藤花の目も、しかしゆらゆらと動く尻尾だとか風にそよいでかぴくんと揺れる耳だとかを思わず目が追っている。
 目の前でふかふか転がっている子猫に触りたい、と思いながらも我慢するにも似る彼女の様子に、年長組の優しい笑いが漏れる。
「出かける前にちょっと生地仕込んできてもいいかな? パイ、焼きたいから〜」
 夕食のデザートにパイを考えている焔は、今から準備しなければ間に合わない。
 けれど、やはり繊細なパイの食感は、出来合いのものではなかなか出せないのだ。
 なら手伝いを、と声を投げかけるカタリナの手を、観月が少し引く。
「カタリナさん、実は朱星お願いがあるのです」
「あら? いいですよ」
 快諾に観月が安堵したよう息を吐き、彼女は更に声をかける。
「夢野さん、少しライブラリーの方に行ってみませんか?」
 勿論、他の皆もお暇なら、と。
 何か、たくらみごとをしている顔で。


●キッチンにて――戒&焔&藤花
「さあ、ほむほむ! 分かっておろう!」
 満面の笑顔で迫るのは、戒。そして、迫られるのは焔だった。
 狙いはそう、――猫耳。
「どうぞ〜」
 さして抵抗のそぶりも無くちょっと膝をかがめて、頭を差し出す焔。撫でて、の姿勢に似ている。
「可愛いなこいつめ!」
 イケメンが姿勢を低くして撫でてのおねだり的な姿勢に、戒のテンションが上がらない筈も無い。
 そりゃあもうふるもっふにしてやんよ!の勢いであった。
 何をしているのかといえば、キッチンでパイ生地の仕込みに来たところでこのありさまである。
 戒がつん、とつつくと猫耳がぴるぴるっと震えて指を弾く。その間も、落ち着かずに尻尾がぱたんぱたんと揺れていた。
「ホーリー! 猫耳とはかくも素晴らしいものか…」
 思う侭に猫耳を愛でる様子に、対照的にぐっと堪えているのは藤花だ。
 柔らかそう、とかちょっと温かそう、とか。
 いろいろな思いが胸の中を渦巻き、しかし極力、極力我慢……。
 指先がうろうろと動いたりしているのも可愛らしい。
 眺めてしまいながら、前よりもよく動く焔の表情に少しだけ柔らかな息が落ちる。
 指が無意識に触るのは、髪に隠れる銀のカフス。焔の耳には、藤の花が刻まれたそれがあって。
 お揃い、という言葉にそれだけで胸が熱くなる。
「先輩、手伝いましょうか」
 頬まで赤くなりそうで、慌てて藤花は声を上げる。
「うん〜、生地の仕込みと…ついでだから、ちょっと準備しておこうかな〜」
 パイの生地は出かける間に寝かせればいい、となれた手際でバターを測り生地の中に包み込んでいく。
 藤花はその横で、バターの計量や食器を洗ったりと細々とした手伝いに動き始める。
 戒も、言われる侭に買い出しに必要なものをメモしたりと、皆で手分けすれば用事も早目には終わりそうだ。
 ふと、戒が顔を上げる。
「どうしたんですか?」
 藤花が聞くのに笑って答えず、キッチンの窓を無造作に開ける。
 其処から遠くに見えるのは、別の建物だった。そして、僅かに聴こえるピアノの音。
「案外に近いと思ってな」
 目を凝らしても、さすがに人までは見えない。
 しかし、ピアノを弾いているとなれば、友人達だと誰もが思い当たる。
「届くんだね〜」
 焔は、聴き入りながらパイを練る。丁寧に、丁寧に。
 おいしくバターが馴染んで、さっくりとした層になってくれますようにと。
 夕食のときには彼等の、皆の口に入るものをこちらでは作っていて。
 向こうからの音色は、絶えずこちらに届いていて。
 それはなんだか、とても温かくて、優しいことのように思う。
「今日は、楽しい一日になりそうだな」
 もう、楽しいけれど。そんな風に、戒が言うのに頷かずにはいられなかった。



●アイス&ショウ!
 休日は、まだ始まったばかり。
 からりと照った陽気な太陽も、肌に感じる暑さも今日ばかりは全身で受けて。
「アイス屋さん、何処に入りましょうか」
 藤花がガイドブックとポップでカラフルな看板達を目移りしながら、真剣に見比べる。
 常夏のリゾート、今はモニター客も多い為に開いている店も多い。
 中でも、アイスは屋台からしっかりとした店舗まで、それぞれに賑やかだ。
「あ〜、アイスショウだって」
「ショウ! それは素晴らしいですね」
 焔が目を止めた看板は、冷たい石の上でアイスをかき混ぜたり歌ったりするというお決まりのもの。
 だが、ショウという言葉につられる女子一名。すなわち観月だ。
「うん、じゃああそこにしようか」
 かつての依頼以来、ショウに対する思い入れを知っている夢野が快活に笑う。
「アイス……」
 カタリナの目が、豊富なアイスの種類を書いたメニューに釘付けになる。
 蒼く燃える炎の如く、表面上は涼やかな侭、しかし何処か熱意のこもった真摯な眼差しでまずは店へと。
 パインやパパイヤ、お決まりのマンゴー。中にはピスタチオのアイスまで、なかなか普段は馴染まない珍しいものがずらりと並ぶさまは壮観で。
 更に、オーダーが入る度に、アイスを大きな平たい石の前でトッピングと混ぜ合わせるのも楽しそうだ。
「俺もあれやってみたいな〜」
 焔が店員の軽快な手の動きに見惚れていると、一人が手招きする。どうやら、ここでは客の体験コーナーも用意されているらしい。
「え……」
 しかしながら、焔は初対面の人間には少し、人見知りのきらいもある。
 ぺたり、と猫耳が伏せられて、表情も心なし戸惑ったような、沈黙。
 彼が笑い顔では無くこういった素の表情を見せるのは、ごく最近になってのことだった。
「先輩、楽しそうですよ? ご迷惑でなかったら、お願いします。マンゴーと、パイナップルの」
 藤花が、彼が嫌がっているのではないと知ると背を押すように、頷く。
「おお、ほむほむのアイスか…! 楽しみだな!」
 戒が、重ねて殊更はしゃいだ声を上げた。
 純粋に彼の作る物を楽しみにする彼女らの存在は、心に、やけに優しい。
「……じゃあ、やっていいなら〜」
「歌いますか?」
 カタリナが、茶目っ気たっぷりに笑う。既に、店員達がお決まりの合唱の準備をしていた。
「こういうところで歌っていうのも、なんだか嬉しいものだな」
 夢野の指先が、知らずリズムを取り始める。
 焔がやり方を教わり、見よう見まねでアイスをかき混ぜるに合わせて、素朴なカントリーミュージックが響く。
 店員達の歌が上手いかといえば、そういう訳でもなく。
 けれど、自分も歌を口ずさみながら辺りの顔を見渡してみれば、誰もがショウスマイルというだけでなく笑っている。
 自然に心から零れる、優しい笑い方で。
「できたよ〜。俺もマンゴー系にしようかな?」
「わ、先輩。とっても美味しそうです…!」
 綺麗に飾り付けられたアイスを焔が、藤花に手渡す。
 花が咲くように、二人で視線を交して笑う。
 ささやかな幸せに、甘いものに、歌に。
「じゃあ、俺もマンゴーの頼むよ」
 皆が頼む、明るい黄色のアイスクリームは太陽の光も、幸せも詰め込んだようでつられて夢野も思わず頼んでしまう。
「女子の分は奢るね〜」
「ああ、じゃあ俺も出すよ」
 オーダーが始まると、焔と夢野が揃って財布を取り出す。この辺りは、流石の男子というところ。
「いえ、悪いですから」
 真剣にメニューへと見入っていたカタリナは、大学部生である自分の立場に思わず遠慮するも、彼等は一足早く全員の支払いを済ませてくれている。
「ごちそうさまです」
「有難うなー!」
「では、朱星も御馳走になってしまいます」
 他の女性陣が各々礼を伝えるのにも、少し考えて結局は頭を下げる。
「では、このピスタチオのアイスと、パパイヤを」
 他の皆が頼むまで待って、誰も選ばないのをチョイス。テーブルには、直ぐに色とりどりのアイスが溢れている。


●アイスタワーよ何処までも
「まだ行けるか…!」
 オレンジ、イエロー、鮮やかな南国フルーツに加えてお決まりのバニラやチョコレートまで。
 山ほどのアイスを、どこまで積めるか、という無茶なオーダーをしたのは戒だ。
 店員に十種類のアイスを積ませてもらい、アイスのカップを両手で支えて満足げに。
「カイ、……かなり危険です」
 アイスが倒れれば真っ先に身を挺してでも護る。決意を込めて、カタリナがアイスを見守っている。
「しかし、絶妙なバランスだぞこれは」
 ごく真剣に、夢野がアイスタワーを観察して今にも崩れそうながら支えられているポイントは何処なのか、と推し量り。
 少し先を歩いて、テーブルにつくまでの障害物を排除しにかかる。
「有難うな! 到着だ、食べようとも。ふふ、私に不可能はない」
 カップを置いて、全員が着席。
 戒は早速アイスの山を崩しにかかるが。
「あいたたたた!?」
 直ぐに、こめかみを押さえて悲鳴を上げる。
「一度に食べ過ぎるとそうなります」
 カタリナが呆れながらも、別に買った温かい紅茶を差し出してやる。
「…手伝おうか?」
「くっ、頼む……」
 一人では到底食べきれないアイスの山に見かねて夢野が手を出すと、皆もこぞってアイスの山を制覇しにかかる。
 藤花は、好きなチョコミントまでしっかり食べられてご機嫌に。
 それからは、皆で味見大会だ。
「パイナップル、すっごくさっぱりしていて美味しいです…!」
 藤花が、果肉のたっぷり混じって酸味の効いた食感に思わず歓声を上げる。
「じゃあ、一口」
 言い出したのは誰か、幾つもスプーンが差し出される。見る間に減っていくのにあれ、と首を傾げてからまあいいか、と笑うまでのテンポもスローペース。
「トウカ、はいあーん」
 だが、減るだけでは勿論終わらない。お返しとばかりカタリナが差し出すピスタチオを、ぱくり。
「これも不思議な味で美味しい…!」
「アケボシも、あーんですよ」
 有難うございます、と観月もぱくり。
 そして、順当に行けば残るは。期待に満ちた目をしている戒に、スプーンを揺らして。
「カイも、はいあーん」
「あーん!」
 待ってました!と口を開ける戒の前で、スプーンがUターン。カタリナの口に収まってしまう。
「ちょ!?」
 テーブルを叩いて抗議する戒に、冗談です、と笑いながら改めてアイスを支給。
「今度は本当だな……?」
 もう人間なんて信じないよと、野生動物の目になった戒はアイスを持つ手を捕まえてからの、ぱくり。
 笑いが、明るく弾けていく。
「ゆっくり骨休めっていうのも悪くないね。見えるものが、ある気がする」
 丁度そこに戻ってきた夢野は焔に、気の抜けた素の声でしみじみという。
 最初は人見知りをしていた焔も、漸く夢野に慣れた風情で言葉を交わすようになっていた。
「うん〜。あ、ココナッツジュースだ」
 夢野が手に持っていたのはココナッツの実をくりぬいて、直接実から飲むジュース。南国ではお決まりの味である。
「どう〜?」
 問う焔に、無言で差し出す夢野。早速味見、と一口飲むと独特の青臭さと苦味。
 ジューシーなフルーツ!というわけではない、スポーツドリンクにどこか似た味わいだ。
「ここに居ると、小さなことも楽しくなるよ」
 思わず二人で笑ってから、夢野は大きく天を仰ぐ。
 南国の葉で細工された屋根が、暑い日差しを遮ってくれている。
 楽しいばかりの時間は、ゆっくりと流れていく。
「市場に買い出しに行こうと思うんだ。手伝ってくれる〜?」
 勿論、と快諾の声が響いた。


●夕飯前の
「朱星ー! 市場でデートと、海に飛び込むのとどっちがいいかね」
 市場での賑やかな買い物の後。
 戒の問いに、観月は迷わず応える。
「戒ちゃんの水着姿が見たいです」
 この女もわりとぶれない。妙な迫力に、戒も有無を言わさずお着替えタイム。
 ややあって黒を基調とした華やかなビキニスタイルに、腰を絶妙のラインで隠すパレオにマーベラス!とばかり観月の拍手が鳴り響く。
「では出陣……!」
 とん、とテラスを蹴って身を乗り出すだけで。
 大きく、水が弾けた。
 潮水のしょっぱさすら心地よく、水温は温めで泳ぐには優しい。
「戒ちゃん。………その胸には何が入っているんですか?」
 真剣に観月がにじりよる。しかも、胸と言いながら狙いは腰に巻かれたパレオだ。
「……何をたくらんでいるのかね!?」
 じり、じり、と距離を詰めながら、足のつく位置で戒の肩に飛びついて水に沈めようとする観月。
 身を交わしてわざと水しぶきを立てながら、戒が戦略的撤退とばかり遠泳を開始すれば、更に二人でもつれ合っての賑やかな水音が響く。
「楽しそうだね〜」
 こんな騒ぎも、コテージ内には筒抜けである。
 焔が手際よく、新鮮な蛸や白身魚、貝類にもココナッツミルクや玉ねぎを加えてマリネをしていく。
 唐辛子のパウダーは控えめに、レモンはたっぷりと。
「ほむらちゃん、これを包んで食べるんですか? トウモロコシの粉なんて久しぶりに使いました」
 カタリナは横で寝かせていたトルティーヤを広げて、麺棒でしっかりとした生地を作っている。
 その具となりそうなメインのシーフードに、美味しそうですね、と笑って。
「こういうのはガーリックトーストとも相性がいいですよね。海鮮料理、好きです」
 見えない尻尾があったら揺れている、と藤花は自覚しながらにんにくをすりおろしたり、カルパッチョを作る為の液を作ったり。
 何しろ、焔の腕は知っている。しかも、新鮮なシーフードと来て、美味しくない訳がないのだ。
 魔法みたい、だと思う。美味しいものを、次々に作り出す、魔法使いのように彼は出来た分から料理を並べていた。
「焔君の料理は食べた事はないけど、きっと美味しいんだろうなぁ」
 リビングまで、シーフードのガーリックグリルの匂いが届いて思わず夢野は腹を押さえる。
 空腹時には堪らない香りが、殊更心地良い。
 ウクレレを弄ってチューニングを終えると、コードを確かめにいくつか押さえては爪弾いて遊ぶ。
 何処かころころした、温かい音色がウクレレの持ち味の一つだ。
 怜悧な音では無く、陽気に奏でるのがぴったりの楽器はこの場で弾かれるのが嬉しいのかやけに反応が良い。
 親指で奏でてみれば、殊更に優しい音が響く。
「あら、虹の曲ですね」
 丁度、スコールが先程あった所為か窓の外には鮮やかな虹が浮かんでいる。
 それにつられたのかメジャーな曲を演奏する夢野に、カタリナがいち早く音を聴き。
 虹の彼方に、夢の国を。
「この曲、素敵ですよね」
 藤花も夢野の曲に耳を澄ませて、柔らかく自然に表情を綻ばせる。
 くつろいだ姿勢で、優しく聴く音楽は胸に沁みる。
 誰もが一度は聞いたことのある曲に、いつしか戒の歌声が重なっていく。
 夢野が目を向けると、テラスの向こうでは虹を背に、腕をテラスに乗り上げるようにして顔を出している戒の姿があった。
 素朴で、温かなメロディ。
 其処に重なるのは、カスタネットの如く石を擦り合わせたり叩く、本当にそれだけの音。
「原初の楽器、だな」
 今度は夢野が笑う。イリイリ、という石を合わせる民族楽器は当然彼も知っている。
「なんだか、気持ちイイな?」
 示し合わせたわけでもなく歌や楽器が重なり、好きなように歌って好きなように演奏する。
 やけに、戒の気分は陽気に。
 それは、皆でもうすぐ囲む、友人の作る美味しい料理のせいかも知れなくて。


●日は、暮れていく
「マンゴーパイ、皮がさっくさくで美味しいです…」
「アイスとの組み合わせは、もはや悪魔的ですね」
 デザートのマンゴーパイに持ち帰ってきたアイスまで添えれば、観月とカタリナが揃って陥落する。
 散々晩御飯は食べたのだが、デザートは別腹、という奴だ。
「さっきのトマトリゾットも香りが素敵でした」
 世にも幸せそうな顔で笑うのは、藤花。皆で囲んだ食卓に、焔の料理は最高に美味しくて。
 そんな彼女らを見守る焔も、嬉しくない訳がない。嬉しさを表すよう、尻尾がぱたぱたと揺れている。
「お風呂あがったぞーー! 大富豪か? ババ抜きか?」
 長い髪をタオルで包みながら戒が合流して、余計に場の雰囲気は賑やかになる。
「フレッシュジュース、あるんですよ。皆で頂きましょうか」
 藤花が席を立ち、湯上りの戒や皆に、絞り立てと市場で宣伝されたオレンジジュースを給仕する。
 たっぷりの氷が、さわやかな音を立てた。
「うーん、美味しい! やっぱりリゾートってテンションあがりますね!」
 濃厚で新鮮なオレンジの味に、カタリナがはしゃいだ声を上げる。
 彼女のこんな姿が見れるのもリゾートならでは、と夢野も笑ってまた、抱えていたウクレレを爪弾く。
「また、ライブラリーで合奏もしようか」
 賑やかな夜は、なかなか終わらない。
 トランプから始まったカードゲームに、お喋りに。
「戒ちゃん、ほらここからだと見える星空が全然違いますね」
 二人してテラスから毛布にくるまり、星を眺めるのは観月と戒だ。
「本当だな。蛍も、少しは混ざってるのかもな?」
 冗談めかして戒が片目を瞑り、二人で声を立てて笑う。その隙に、すう、と星が流れた。
「――楽しい日々が続きますように」
 この幸せが、楽しさが。今日と同じ、そして全く違う素敵な明日を、星に願って。
 なかなか、はしゃぐ声は止まらない。
 しかしながら泳いだり遊んだりした疲れは溜まって、一人ずつ撃沈していく。
 皆が落ち着いて食事の片づけも終えてから、遅い風呂に入る焔も、浴室から星空を見上げる。
 猫足のバスタブを広々と使うこの猫は、水を嫌いではないらしく耳が震えて機嫌よく水をはじく。
「ココナッツパンケーキ…、バニラアイス添えようかな〜」
 焼きバナナも、なんて焔は体を休めるときまで、次の料理のことを考えていた。
「ほむらちゃんが上がってきたらいい加減、眠らなければいけませんね」
 カタリナも年上らしく言ってみるものの、それがもう夜明け前であればわりと説得力も無い。
 うとうととソファに凭れて眠る藤花の肩に、毛布を掛けてやりながら優しく笑う。
「トウカ、もう少ししたらベッドに行くんですよ」
 それは当たり前すぎて、優しすぎる光景で。
 そえは日常すぎて、手に入らない光景で。
 やけに、胸に詰まる。
 星空を切りぬいた如く、鮮やかな夜を窓から眺めながら夢野は背中に皆の声を聞いていた。
「たまにはこんな安らげる時を送ってもバチは当たらないよな?」
 何処か、自分に言い聞かせるように。
 今ばかりは、苦痛も悲しみも何もかもを胸の奥底に。
 優しい眠りに、彼は目を瞑る。

 夜が明ければ、甘い甘いココナッツパンケーキの匂いが擽って藤花は眠い目を擦る。
 まだ意識がはっきりしないうちから、枕元に大事にしまった大事なストラップを取り出して確かめて。
 白い貝殻と小さな二対の宝石の嵌る、揃いのもの。市場で、昨日購入したものだ。
 胸に詰まる幸せを零さぬよう、ゆっくりゆっくり起き上がる。扉を開けたら、調理する背中が見えた。
「おはよう〜。今日は、何をしようかな」
 ぴん、と立つ猫耳の背中が自分と同じくらい幸福そうで、堪らない。


 日々を心全部で向き合って、迷いながら苦しみながら前を向く彼等に。
 今ばかりは世界の全てが優しく、温かいものであるように。

 碧の海は、何処までもうつくしい。
 夢の、ように。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0292 / 雪成 藤花 / 女 / 14 / アストラルヴァンガード】
【ja5119 / カタリナ / 女 / 23歳 / ディバインナイト】
【ja5378 / 星杜 焔 / 男 / 17歳 / ディバインナイト】
【ja1267 / 七種 戒 / 女 / 18歳 / インフィルトレイター】
【ja0561 / 君田 夢野 / 男 / 17歳 / ルインズブレイド】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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夏のバカンス、いかがでしたでしょうか。
日々を生きる皆様方の、少しばかりスローで優しい時間と優しい夢をお届けできていたら幸いです。

常夏のドリームノベル -
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エリュシオン
2012年09月18日

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