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『〜細糸〜 』
来生・十四郎0883)&来生・一義(3179)&(登場しない)

「もう終わりだな…」
 崩れそうなブロック塀に寄りかかり、来生十四郎(きすぎ・としろう)は、絶望色をしたため息を宙に吐いた。
 すべて自分が知りたがったことだ。
 だからそれを知ったことで、誰を責めるわけにもいかない。
 自分は最初から、人間ではなかった。
 過去も現在も、そしておそらく未来永劫、「人間」ではないのだ。
 しかし兄は、来生一義(きすぎ・かずよし)は、「人間」だった。
「人間」と「化け物」が兄弟だなんて、どう考えてもおかしいだろう。
 これ以上、茶番に付き合わせたくはなかった。
 右腕を両目の上に置き、十四郎はつらそうに笑った。
「終わりに、しねえと…」
 この世界に「化け物」はいらない。
 世界というジグソーパズルには不必要な、世界が創ったものではない自分など、この世に居場所があるとは思えなかった。
 だとしたら、どこに居場所があるのだろう。
 簡単に死ぬこともできないこの身体を、葬り去ることができる場所――そこが自分の終着駅なのかもしれない。
 十四郎は、さっき話した相手が去って行った方向を見やった。
 そうだ、彼なら知っているはずだ。
 自分がこれからどこへ行けばいいのか、そして、どうなるべきなのか。
 いつもの癖で、ポケットに手をつっ込み、タバコを探す。
 だが、考えごとをしながら出て来たせいで、そこにタバコはなかった。
 十四郎は自分と兄の住む「第一日陰荘」の206号室を見上げ、そちらに向かって歩き出す。
「タバコがねえと生きて行けねえからな…」
 本当は、最後にひと目会いたいとちらっと思ったのだが、遠くから聞こえた誰かのせせら笑いが、十四郎のその思いをぐしゃぐしゃにたたきつぶしてくれたのだった。




 与えられた衝撃が大きすぎて、一義は、畳の上に座り込み、どうしても動けなかった。
 しかし、その耳が玄関のドアが開く音を拾い上げると、また同居人が戻って来たのかと、思わず視線だけが勝手にそちらに向いた。
 入って来たのは、弟だった。
 一瞬何と声をかければいいか迷った一義に、十四郎は目も合わせずこう言った。
「もう俺を見守る必要もここにいる必要もねえだろう。さっさとあの世で家族と暮らせよ」
 十四郎は、散らかった自分の机へとまっすぐに歩み寄り、タバコと財布を無造作にひっつかむ。
 そしてそのまま身を翻して、また玄関に引き返す。
 さっきの衝撃のさらに上から、今の弟の台詞が激しい動揺をともなって突き刺さり、一義は震える声をようやく絞り出した。
「お前、何をいきなり…」
 だが十四郎は乱暴に靴を履き、ドアを開ける。
「どこに行くつもりだ?!」
 予想以上に大きな声が一義の口をついて飛び出し、そのせいかどうかわからないが、十四郎が一歩外に踏み出したところで足を止めた。
 返って来た答えは、予想外のものだった。
「化け物のいるべき場所へ戻るだけだ。あいつなら、俺の居場所を知ってるはずだからな」
 その言葉を聞いて一義は目をまばたいた。
(なぜ自分のことを化け物だと断言するんだ…? 十四郎はまだ自分の正体をはっきりとは知らないはず…)
 そこまで考え、一義ははっとした。
(まさかお前はさっきの話を…?!)
 振り向かない弟の、少し猫背気味の背中を呆然と見つめながら、一義は自分の迂闊さを呪った。
 十四郎はさっきの話を聞いてしまったのだ。
 そうでなければ、ここまではっきりと言い切れるはずがない。
 とっさに一義は駆け出し、十四郎の前に立ちはだかった。
「俺がお前の兄でいるうちはどこにも行かせない!」
「…ま、確かに幽霊に化け物なら、兄弟を名乗ってもおかしくないな」
 十四郎は皮肉げに笑った。
 その笑みはひどく作り物めいていて、一義はカッとなって十四郎の肩に手をかけた。
「母さんの代わりに赤ん坊のお前の面倒を見たのは俺だ! それに、兄弟として共に暮らした記憶がある以上、お前は俺の弟なんだ!」
「それは」
 視線を外し、やや乾いた声で、十四郎は反論した。
「お互いに何も知らなかったからこその話だ。俺が自分の正体を知った以上、全部無意味だ。それに、俺を創った『父親』は、俺が10歳になるまで実験をくり返した…検査と称してな。理解は出来ないが、気持ちはわかる。どうしても認めたくなかったんだろう、俺という『作品』が、出来損ないだったなんてな…で、結局、俺への興味も失っちまった。その事実自体が、俺を息子どころか、人間とも思ってねえ証拠だ。あの赤い日記帳にも書いてあったことだぜ」
 淡々と、十四郎は自分の中にある「事実」を、一義の前で披露し続けた。
 その声には、ひとつの感情以外のものは宿っていない――すべてのことに対する「あきらめ」という感情以外は何も。
(このままでは、こいつは…十四郎は…どこかへ…)
 一義の両手が、十四郎の肩から伝わる体温をじわりと感じる。
 この手を離したら、弟は確実にどこかへ消えてしまうだろう。
 そう、もう二度と、この手の届かぬどこかへ。
 あの火事の中、一度離してしまった手だったが、今、こうして弟をつかまえることができている。
 この奇跡を、どうして自分から捨ててしまえるというのか。
 一義は、ぎゅっと十四郎の肩を握った。
 弟の表情は、変わらない。
 だがそれでも、一義はあきらめなかった。
 後ろ手で無理やり扉を閉め、鍵をかける。
 今度は、気力さえも失った十四郎の手首をつかんで部屋の中に引き戻し、茶ばんだ畳の上に座らせた。
 十四郎が強引に逃げようとはしないのを見て取って、一義は赤い日記帳を取り出した。
「まだお前が知らない事がある」
 言って、あるページを開き、十四郎の虚ろな目にも映るようにと間近に差し出した。
 そこには特徴的な筆跡で、ある言葉が書かれていた。
 それは、一義と十四郎の父親からの、2人の「息子」にあてたメッセージだった。
 
 
 〜END...?〜


 〜ライターより〜
 
 
 いつもご依頼、誠にありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です。
 
 おふたりのお互いを思う気持ちがひしひしと伝わりました…。
 そして、メッセージの内容が、本当に本当に気になります…。
 
 それではまた未来のお話を綴る機会がありましたら、
 とても光栄です!
 この度はご依頼、
 本当にありがとうございました!

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
藤沢麗 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年09月18日

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