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『碧色夏旅/歌を聴かせて 』
亀山 淳紅ja2261


●君の声が聞こえる――亀山淳紅――
「常夏リゾートの島へ、モニターのご案内」
 船着場へ降り立ったばかりの彼の手には一枚の葉書が握られていた。
 夏は、まだこれからが本番。
 真っ青な海や、白い砂浜、―――そして夜は水上ヴィラへのお泊り。
 無料で遊べるこの機会に、心躍らせぬものがいるだろうか?
 しかも、

 彼、――亀山 淳紅には恋人がいる。
 奥手で恋に臆病だった彼が、大事に育んで花開いたばかりの優しい恋。
 名前を口の中だけで小さく辿れば、直ぐに姿は目に浮かぶ。
 色素の薄い何処か儚げな風貌の、――けれど、触れる温度の確かな温かさを淳紅は知っていて。
「……、あかん…!!」
 自分の頬が、熱くなっていることに気づいて淳紅は思わず手で頬を仰ぐ。
 今日から、二人でお泊り旅行で、朝からずっと心臓の音が自分の耳に喧しい。
 漸く、ある程度心が落ち着いてきたばかりなのに、この侭では身が持たない。
 大体において、恋人だって緊張してる筈なんだから自分がリードせずしてどう、…、
「恋人かー…」
 またちょっと紅くなる。口にするだけで、想像するだけで優しい、甘い響き。
 それに、ほら。
「ジュンちゃーん!」
 華やかな声が、誰のものより色を持って彼に届く。
 どれだけの雑踏でも、物音の中でも、淳紅の耳は彼女の声を見つけることが出来るのだと、思う。
 色にするなら、何色だろう? そんなことを考えながら、大きく手を上げ声を投げて。 
 彼を見つけた途端、駆け寄ってくる無防備な表情は、くるくるとじゃれつく子猫のよう。
 
 さあ、海に行こう。
 君と一緒に。


●この夜を、共に
 夏を身体中に吸い込むように、全力で遊んでしまえばいつの間にか日は暮れている。
「っはー、これ以上ないってほど遊んだなぁ!」
 身体をソファに大きく沈める途中で、言い出した言葉からまた楽しくて堪らないみたいに淳紅は笑ってしまう。
 少しも曇らずに、空は快晴。
 砂浜を歩けば真っ白のパウダーサンドで、海は勿論何処までも色の違うブルー。
 目につくもの全てが新しくて、面白い。
 スーパーで買い物するだけで、小さな冒険のようだった。
「ちょっと疲れたですけど、楽しかったですね♪」
 キッチンの設備を確かめ、買ってきたものを冷蔵庫に収めながらレフニーが振りかえって笑う。
 疲れた、と言いながらもまめまめしく動く様子に、淳紅は思わず腰を浮かせる。
「少しは休んだ方がええんとちゃう? どっか、ご飯食べにいかへん?」
 彼女が疲れているなら、自分にも何か出来ることはあるだろうかと彼女に数歩、思わず近づくも柔らかな笑みで首を振られる。
「いいえ、作りたいのですよ。ジュンちゃんは何が食べたいです?」
 彼の為に、手料理を振る舞える。
 その機会を得たことが無上の幸福のように、いそいそとエプロンを準備する彼女の背に思わず見惚れるしかない訳で。
 駄目ですか、と少し寂しげに言われてしまえば、慌てて首を振る。
「…そりゃ、自分もレフニーちゃんの作ってくれたもの食べたいし。な、なんか簡単な物な?」
「はい!」
 沈んだ顔が、もう笑顔に変わる。
 料理をする為に纏めた髪はいつもと違う形で、見える項が少しだけ赤くなっているのは気のせいだろうか?
 駆けていく足音は弾んで、音符がついているよう。

 ソファに頭を凭れさせて、暫く淳紅は優しい物音を聴く。
 耳を澄まして、意識を凝らして。
 冷蔵庫の開く音、食器の触れ合う音。これは、まな板に包丁を置く音。
 違う音程、違う響きで。
 けれど、全てが陽だまりに置かれた毛糸のように、優しい響きを持つ。
 優しい、温かい音に包まれるばかりの幸福を、思う。

「ジュンちゃん、……どうですか?」
 簡単な食事、と言われはしたがどうしたって女の子。
 しかも料理を得手とするレフニーが、ここで愛情を思い切り料理に込めない訳はない。
 メインは新鮮なシーフードを活かしたソテーとして、
 簡単につまめるカナッペから魚介のコンソメゼリー寄せまで様々なものがテーブルを埋め尽くしている。
 二人とも未成年なので、フレッシュジュースで乾杯だ。
「うわー、手間かかったやろ?」
 表情や、手を広げる動作全部で素直な喜びを表す彼を、愛しいと思う。
 優しさも労いも、溢れる程にくれる恋人。
 料理は手馴れている筈なのに、それでも彼が最初の一口を食べる瞬間は、動悸が激しくなる。
 気に入って貰えなかったら?
 口に合わないんじゃないだろうか。
 嫌いなものをもっともっと聞けばよかった。
 そんな不安が、完全に胸を覆うより先に、満面の笑顔がぱっと広がる。
「レフニーちゃん、これ、すっごい美味しいなぁ」
「良かったのです。もっと、食べて下さいですよ」
 新しく取り皿に盛り付けて、差し出す。
 彼の心が、もっともっと、捕まりますように。

 幸せな食事の後は、なんとなく去りがたくて並んでテラスの夜空を見上げている。
 お供は温かいミルクと、楽しいお喋り。
 部屋に帰ってしまえば、解散なのだ。もちろん、一緒の部屋にすることもできたのだけど。
 ――一緒なんて、まだ早すぎるのです……。
 想像するだけで、気恥ずかしくてレフニーは少しだけ下を向く。
 彼女のその仕草にどう思ったのか、淳紅が優しく微笑みかける。
「散歩行かん?」
 離れがたいのは、お互い様。
 そう、教えてくれるよう。


●少しの距離
 後、少し。
 そう思ったのは、どちらだろう?
「ご飯、すっごい美味しかったなー!」
「お口に合ったのなら、良かったのです」
 二人で、砂を踏みながらゆっくりと歩く。
 月明かりの砂浜は二人の足跡だけを寄り添って残しながら、肩が触れるには少し遠い距離。

――やっぱり、繋がれへんなぁ。

 指先がうろうろと、傍らの恋人には気づかれないよう彷徨っては結局は届かない距離で空を掻く。
 その間も、笑いながら喋っているのだけれど。
 ほんの少し、勇気を出して手をつなぐことが。
 友達じゃなくて恋人だと、びっくりするほど難しくなる。
 例えばこれが誰かに握手を求められたなら、初対面でも受けられるかもしれないのに。
 相手の手の感触を考えるだけで、頬が熱い。

――難しい、のです。

 傍らの気配は、知ってか知らずか。レフニーもまた、自分の手をそっと握り締める。
 彼の手を捕まえてしまえば、冗談めかして触れてしまえば。
 そうしたら、後は離さないでいるだけで。
 なのに、いろんなことが気になる。
 緊張でこの手が汗や熱を持ってしまっていないかとか。
 変な風に思われたら、どうしようとか。

 いつの間にかお互い、言葉少なに距離だけが近くて。
 空気を切り替えてくれたのは、賑やかな人々の喧騒だった。
 いつの間にか、市場に辿り着いていたらしい。
 砂浜の向こうに幾つも張られたテントには口々の呼び込み、ファーストフードの屋台も立ち並ぶ。
「あ、夜食とか買ってかへん?」
 楽しげな空気にあてられて高揚交じりの声で淳紅が誘えば、レフニーも表情を明るく。
「珍しいもの、食べたいのです。紅茶いれましょうか」
 少し気恥ずかしかった時間も忘れて、肩を並べて二人で店頭をあれやこれやと冷やかしてみたり。
 買うものが決まった辺りで、顔を上げたのは淳紅だった。
「どうかしたのです? ジュンちゃん」
 覗いた面差しは、高揚にみちたもの。
 黒の眸がきらきらと眩しく輝いて、今にも駆け出しそうな男の子の顔。
 見れば、天幕を張ったステージで人々が集まり、歌い、踊っていた。
 極彩色の衣服を纏った少年少女が、同世代の二人と見て取ってか身振り手振りで手招きする。
 ステージの中央が、ぱっと開けられた。
 おいでよ、ということだろう。
「行こ!レフニーちゃん!」
 彼の手は、ほとんど無意識に、――無意識だからこそ、強くレフニーの手を取って駆け出している。
「……っ! はい!」
 音楽が、だいすきで。
 でも、その大好きな音楽に誘われたって、咄嗟に手を取ってくれる人が。
 自分をけして置いていかない人が、レフニーの恋人なのだ。
 愛しさで胸が押しつぶされそうになりながら、彼女も走り出す。
 一緒に。


●真夜中の音楽会
「おや、ボウズ彼女連れか?」
「あらあら、隅に置けないわねえ:
 香料や食べ物の匂いで溢れた天幕で、二人は殆ど揉みくちゃに迎え入れられる。
 音楽会なのだから、着飾らなければとレフニーの頭には薄いベールがかけられ、
 淳紅の髪には金鎖の、レフニーの髪には銀鎖の髪飾りが垂らされて淡い儚い音を立てる。
 早速、歌える曲はと聞かれてなんでも!と答える淳紅。
 身振り手振りでリズムを取り、初見のメロディを耳で拾えば、直ぐに曲は覚えてしまう。
 素朴な楽器で奏でられるメロディは、シンプルで耳に残るもの。
 レフニーは大きな鈴を渡されて、一緒に振るのだと説明される。
「よっしゃー! いくでー!!」
 マイクも、スピーカーも何もない。
 全てがアナログで、生演奏に生歌だけの。
 時にそれは異国のメロディで、
 時にそれは聞いたことも無い歌詞で、
 時にそれは声を合わせて。
 時にそれはたった一人で。
 
 ただ、星空の下で思い切り歌を、歌う。
 心の底から溢れる熱を。
 心の底から溢れる思いを。
 身体を揺らして、髪を、頬を汗に濡らして。
 思い切り。 

 歌に合わせてベールやスカートを揺らしながら、女性たちが踊る。
 かと思えば、静かな歌の辺りでは彼女達の踊りは終わって――男性たちが、一人ずつパートナーとして現れる。

「え、次どうするん?」
 淳紅が問うと、演奏手の一人が茶目っ気たっぷりに片目を瞑り。
「告白をするのさ、これは恋の歌なんだ。男が、女をダンスに誘う為のな。難しいけど、出来るか?」
 楽器と口伝えに教えられるのは、音域を広く取るいかにもややこしいメロディが混じっている。
 しかし、出来るかと言われて、普段の弱気も、迷いもなんのその。
 彼はこと歌に関してはとびきりの負けず嫌いだ。
 に、と口端を上げる強気な笑みで、前奏を待つ。
 背筋を正し、真っ直ぐに立って。
 一音目から真っ向勝負の構えで、高く、高く――何処までも届く、奇跡みたいな声を。

 レフニーは彼の傍で、ベール越しに見える光景に眩しげに眼を細める。
 歌ってる時の彼は、殊更に綺麗で、しなやかで、強い。
 どこか遠くに行ってしまいそうな。
 どこへでも、行けそうな。
 けれど。
 いつしか、演奏は止んで最後のひとくさりだけを彼の地声がアカペラで甘く、強く歌い上げるその間。
 淳紅は、レフニーだけを見て。
 真っ直ぐに、手を差し出した。



●ずっと、繋いでる
 どちらも手を離そうと言わなかったから、繋いだ侭での帰り道。
 何とはなしに空をふり仰げば真っ暗な夜から――夜が明ける、その手前の僅かの時間で。
 ちか、と何かが瞬いた気がした。
「あ、明けの明星や!」
 繋いだ手と反対側で、声を上げて示す。
 綺麗なものを見つけたとき、分かち合いたい人がいることはどれだけ幸せだろう?
「……、綺麗なのです」
 尊いものを見るように、愛しげに見上げる人の横顔を盗み見て、余計に胸が温かくなる。
 けれど、彼女の頬は何処か赤い。
 ――明けの明星、金星はヴィーナス。愛の女神の象徴……。
 心の中だけで呟くレフニーの想いは、こっそりと。
 伝える代わりに、傍らの恋人の手を強く、大事に握り締める。
 少しだけ自分の胸に押し抱くようにして。
「なんや小っちゃいけど、綺麗な手ぇやんなぁ」
 星のひかりに微かに照らされる少女の指は、細くて儚く、白雪姫もかくやというような。
 小さな爪の色は薄い桜、そこからほっそりとしたラインがあまりにも、愛おしい。
 少しでも力を入れて握り返したら壊してしまいそうで、ただ指先が優しく撫でる。
 それを合図に、伏せられていた目が上がった。
 熱に潤む、黒曜石のような色が、淳紅と明けの明星だけを映して。
「ジュンちゃんの手は、おっきいのです……」
 恥ずかしさにか、小さく――けれど、耳への響きは信じられない程甘くて。
 彼女の頬に上がる熱と同じくらい、自分も耳までが今はきっと赤くなっている。
「…ずっと、つないどってな」
「……はい、ずうっと」
 指先を、どちらともなしに絡める。掌を合わせ、指を重ねる繋ぎ方は、距離をまた少し近くする。
 その侭、二人で。
 また、歩き始める。
 寄り添う足跡は、行きよりも距離は近く。

 手を、繋いで行こう。
 ―――何処までも。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja5283 / Rehni Nam / 女 / 15歳 / アストラルヴァンガード】
【ja2261 / 亀山 淳紅 / 男 / 17歳 / ダアト】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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御用命有難うございました。
星空の下の音楽会に、恋人たちの初々しい距離。
思い切り歌って頂いたり楽しかったです!
お二人のこの先にずっと、金星が輝きますよう。
常夏のドリームノベル -
青鳥 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年09月18日

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