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『夏祭りの夜。〜蛍火の夜 』
シルヴィア・エインズワースja4157

 シルヴィア・エインズワース(ja4157)がその祭りの事を聞いたのは、すべてが終わってからのことだった。

「夏祭り……ですか?」
「ええ。お陰で無事に、夏祭りが出来そうですから。これも何かの縁ですし、良かったらぜひ」

 こくり、首をかしげて告げられた言葉を繰り返したシルヴィアに、告げた相手は人好きのする笑顔でにこにこ、そう頷く。夏祭りですか、と口の中でもう一度、シルヴィアは呟いた。
 シルヴィアが今日、この町を訪れたのは、偶然だ。何の変哲もない田舎町――学園からは遠く離れた、日本の片田舎に存在する、小さな町。そんな町で困った事が起きて、夏祭りが出来そうにないから助けて欲しいと、彼女は依頼を受けてやってきたのである。
 依頼自体は無事に、何の問題もなく解決した。そうして学園に帰ろうとした彼女を、呼び止めた町の住人でもある依頼人が、せっかくだから今日の夏祭りに参加してから帰ってはどうかと、勧めてくれたのである。
 取り立てて、急いで帰らなければならない用事はない。確かに依頼人の言う通り、こんな依頼を受けてこの町にやってきたのも、何かの縁というものだろう。
 そう考え、シルヴィアは微笑んで頷いた。

「ありがとうございます。では、喜んで」
「良かった。そうだわ、せっかくだから浴衣を着てみません? ちょうど、私の娘時代の物を先日、見つけたの」
「浴衣……?」
「ええ。――ぁ、浴衣って、ご存知ないかしら?」
「あ、いえ」

 ふ、と考え込むような素振りをしたシルヴィアに、首をかしげた女性に慌てて首を振った。浴衣というものが何なのか、くらいならシルヴィアも知っている。日本に来てからも目にしたし、祖国に居る時も意外と、日本の文化に触れる機会は多かった。
 だからシルヴィアが気になったのは、別のこと。すなわち、浴衣という文化を知ってはいたけれども、それを身に付けたことのない彼女には、恐らく、いや確実に、浴衣の着方が解らないだろう――ということ。
 とはいえ、せっかくの申し出を断るのも気が引けた。何よりシルヴィア自身、浴衣を着てみたい、という興味に駆られても、いて。
 あの、とシルヴィアは控えめに、女性に尋ねた。

「浴衣、ぜひお借りしたいです。けれど……私でも、着れますか……?」
「まぁ!」

 そんなシルヴィアに、女性は目を丸くした後、朗らかな笑顔で「もちろん」と頷いた。

「もし挑戦されるのなら、着付けをお教えするわ。難しそうだったら私が着付けてあげますけど……」
「じゃあ、ぜひ教えてください」

 女性の言葉に、ほっとしてシルヴィアはそう頭を下げた。そうして、快く頷いて「じゃあ家まで……」と促し歩き始めた女性の後をついて、のんびりとした町の中を歩き出す。
 着せてもらっても良かったけれども、どうせなら教えてもらって覚えておけば、また何かの機会が会った時に今度は自分で着る事が出来るだろう。あるいは、祖国に帰った時に着て見せても良いかもしれないと、思ってシルヴィアの胸は、楽しみに高鳴り始めたのだった。





 依頼人でもある女性が貸してくれた浴衣は、シルヴィアの好む群青の物だった。夜空よりほんの少し明るい青の中に、薄赤の朝顔が幾つも咲いている。
 それを、女性に教わりながらどうにかこうにか着付けして、渋めの黄色い細帯をきゅっと締めて鏡を覗くと、何とかそれなりに見られるようになった。おおよそ3度ほどやり直したが、覗き込んだ姿見の中のシルヴィアは、お手本ね、と笑って一緒に何度も浴衣を着たり脱いだりしてくれた女性と、ほぼ同じように見える。
 ほんの少し拠れてしまった襟の所を、帯の下からきゅっと伸ばして引っ張りながら、女性が言った。

「綺麗に着付けられてますよ。初めてだなんて思えないくらい。やっぱり、こういう柄はシルヴィアさんみたいに若い人じゃないと、ね」
「ありがとうございます」

 褒められれば悪い気はしない。シルヴィアは素直に礼を言って、やはり貸してくれるという下駄に恐る恐る、足を突っ込んだ――これもまた、見た事はあるけれども、実際に履いた事はないものだ。
 ビーチサンダルに似ているけれど、足の裏にひやりと張り付く木の感触が、やはり違うと教えてくれる。そうして立ち上がり、歩いてみるとカタカタと音がして、日ごろ履いている靴よりも遥かに硬い。
 その感覚に戸惑いながら、ゆっくりと足を慣らすように玄関へと、向かう。がらり、扉を開けて外に出ると、小学生ぐらいだろうか、それぞれに浴衣を着た子供たちが何人か、シルヴィアの姿を見て「あ!」と歓声を上げた。

「お姉ちゃん、お着替え、終わった?」
「お祭、案内したげるよ」
「ねぇお姉ちゃん、一緒にいこ?」
「ぇ……え……?」

 わっ、と一気に群がってきた子供たちに、目をぱちくりさせていると後ろから、依頼人の女性が「お姉さんを困らせるんじゃないの」とちょっと怖い声で言う。どうやらこの子供たちは、彼女の娘や息子らしい。
 はーい、とお行儀よくお返事しながらも、シルヴィアへ向けられる眼差しは好奇心に満ちていて。ごめんなさいね、と肩を竦めた女性にただ、首を振る。
 学園でこそシルヴィアのように異国の者は珍しくないけれども、やはりこれほどの田舎まで来れば、珍しいのだろうとは想像が出来た。それに向けられる好奇の視線は、純粋な好意から出ていると解るから、不快ではない。
 ちょうどそこに、ご近所の主婦なのだろう、別の女性が訪ねてきて、やはりシルヴィアを見て目を丸くした。それに「せっかくだから夏祭りにお誘いしたのよ」と説明した依頼人は、けれども主婦の話を聞くと困ったようにシルヴィアと、子供達を見つめている。
 おそらく、何か用事が出来てしまったのだろう。察してシルヴィアは彼女に小さく頷き、子供たちに声をかけた。

「お母さんはご用事みたいだから、先に行ってましょう。夏祭りは、どこでやってるんですか?」
「……うん! えっとね、橋の先の神社!」
「こっち、こっちよ」
「馬鹿、お前達、お姉ちゃんは浴衣は初めてなんだから、ゆっくり歩かなきゃダメだぞ!」

 途端、嬉しそうにシルヴィアの両手を引いて、駆け出す勢いで歩き出した年少の子供たちに、一番年かさらしい子供が両手に腰を当てて「めっ」と怒る。ありがとうと微笑むと、彼はえっへんと自慢そうに胸を張って、得意げな表情になった。
 そうして両手を小さな子供たちに引かれ、先頭を行く男の子のあとについて、シルヴィアは慣れない下駄でゆっくりと、夏祭りへと歩き出す。舗装された道路から脇に逸れて、小さな川沿いの土手を、ゆっくりと。
 夕暮の涼風が、シルヴィアの髪や子供たちの帯をもてあそぶように、ふわりと吹きぬける。さらさらと聞こえてくる小川のせせらぎに、砂利を踏み締める下駄の音。
 子供達は余程夏祭りが楽しみなのか、見慣れぬ異国の綺麗なお姉さんと一緒なのが嬉しいのか、まるで踊るような足取りではしゃいでいた。ぐいぐいと両手を引かれて歩くシルヴィアは、そんな子供たちの様子にただ、微笑む。
 無邪気な子供から受ける好意は、素直に気持ち良い。何とは知らず、楽しい気分になって一緒にくすくす笑いながら、歩くうちに遠くにぽつり、ともる灯りが一つ、二つ、見えてくる。
 目を凝らせば、大きな朱塗りの鳥居が聳えているのが見えた。澄ました耳に聞こえてくるのは、賑やかな祭囃子。あちら、こちらから集まってきた人が、さざめきあいながら祭へと歩く様もどこか、うきうきと楽しそう。
 気の良い田舎の人々は、シルヴィアに気付くと揃って好意的な眼差しを向け、気さくに声をかけてくれた。

「楽しんでいってね」
「ありがとうございます」

 そのたびに頭を下げながら、シルヴィアは子供たちと一緒に大きな朱塗りの鳥居をくぐる。そうして、そこにずらりと並んだお祭の屋台の灯りに、うわぁ、と知らず、歓声を上げた。
 屋台形式のお店は世界中どこにでもあるが、何度見ても壮観だ。それに、今日は浴衣を着ているからだろうか、いつも以上にどこかうきうき、心が弾んでくる気がする。
 それは、シルヴィアをつれて来てくれた子供たちも同じようで。

「あっ、くじ引き!」
「りんご飴〜!」
「お姉ちゃん、金魚すくい、しよ?」
「ちょ、ちょっと待って……! みんな、はぐれちゃダメですよ。順番に、一緒に回りましょう」

 ぱっと目を輝かせ、それぞれに走り出そうとした子供たちに、慌ててシルヴィアは声をかけた。この人混みでは、ちょっと離れるとすぐに迷子になってしまいそうだ。
 幸い、子供達はシルヴィアの言葉に、はーい、と良い子のお返事をした。そうして改めて手を繋ぎなおして、皆で一緒に、1つ、1つの屋台を回り始める。
 くじ引きに、りんご飴。金魚すくいに、亀釣り。シルヴィアの故郷にも祭はあったけれども、日本の祭の屋台はやはり、見た事のないものが多い。
 初めて見るシルヴィアもうきうきと胸が浮き立つくらいだから、まして小さな子供にはこの上なく輝いて見えるのだろう。いつしかシルヴィアは、子供たちが我を忘れて走っていこうとするたびに「ダメよ!」と引き戻すのが役目になって。
 それでも、その祭はこの上なく、楽しかった。射的の屋台では皆で、誰が一番大きなものを取れるか勝負して、つい本気で大物のイルカのぬいぐるみを打ち落としてしまったくらい。
 綿飴を皆でちぎりながら食べて、お好み焼きを1皿買ってみんなで分けて。かき氷は、全員で違う味を買って、1口ずつわけっこした。キーン、と頭に冷たさが走るのが、おかしくてくすくす笑い合う。
 と、子供達の浴衣がはしゃぎ過ぎてすっかり乱れているのに、気づいた。

「いらっしゃい。直してあげます」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「僕も!」
「私も!」

 浴衣の着方を習っておいて良かったと、思いながらその子に声をかけると、羨ましがった他の子供もいっせいに手を上げる。くすくす笑って順番に、全員の浴衣を直してやると、嬉しそうに「ありがとう」とお礼を言われて、なんだか照れくさくなった。
 そうしながら歩くうち、気付けば随分神社の奥までやって来ている。けれども引き返す様子はなく、周りの人々も奥へ、奥へと進んでいくようだ。
 この先に、何があるのだろう。不思議そうなシルヴィアに、気付いた子供が「あのね」とくいくい繋いだ手を引っ張った。

「この先にね、蛍がいっぱいいるの。今日は、蛍のお祭なのよ」
「蛍ですか?」

 きょとんと目を瞬いて、シルヴィアは夜の先へと目を凝らした。ここからではけれども、蛍も何も見えはしない。
 蛍が良く見えるようにと気遣ってだろう、照明も極限まで抑えられた参道は、祭の明るさになれた目には薄暗くて、うっかりすると足元がおぼつかない。案の定、木の根につまずいて転んだ子供が、ふぇ、と泣き出したのを助け起こしてやりながら、シルヴィアたちはゆっくりと足を踏み締め、先へと進む。
 流れる川の音が、大きくなってきた。何かの虫の鳴く声が聞こえて、夜風に葉がさやぐ音が頭上から静かに降ってくる。
 そうして、そこに――数え切れないほどのさやかな灯りを持つ蛍が、飛び交っていた。辺りの照明はすっかり落とされていたけれども、それにも俄かに気づかないほど、明るい、明るい、蛍火。

「――うわぁ……」
「ね、綺麗でしょ、お姉ちゃん」
「ええ……すごく、綺麗……」

 押し殺した中にもはしゃいだ響きの子供たちに、こくりとシルヴィアは頷いた。つい、じっと見つめてしまうほどにそれは幻想的で、美しい光景。つ、と飛び交うさやかな灯りが、人々を惑わすようにあちら、こちらと揺れている。
 良かったと、思った。依頼を受けて、この町に来て――この光景を見ることが出来て、本当に良かったと。
 ともすれば一晩中だって見つめていられそうだったけれども、手を繋いだ子供たちが、ふわぁ、と大きな欠伸をしたのに気がついて、シルヴィアはふと頬を綻ばせた。よく見れば、みんな、必死に目を開けて蛍を見つめているけれども、どこかとろんと眠たそう。

「そろそろ、帰りましょうか?」
「でも……お姉ちゃんは……?」
「お姉ちゃんはたくさん見たから大丈夫。でも、もうそろそろ疲れてしまったから、帰りましょう?」

 自分も疲れたからと促すと、やはりそろそろ休みたかったのだろう、子供達は顔を見合わせた後、こくりと大きく頷いた。そうして行き道とは違って、どこか重たげな足取りの子供たちと、時々は順番に負ぶってやったりしながら、家路を辿る。
 神社では会えなかったけれども、どうやらやはり夏祭りには行っていたらしい依頼人の女性が、あとから追いかけてきて「ごめんなさいねぇ」とシルヴィアと一緒に1人、子供を負ぶってくれた。一番大きなお兄ちゃんは、やっぱり疲れた様子だったけれど、お家までは歩けそう。
 背中に快い重みを感じながら、歩いていたら女性が、言った。

「楽しんで頂けました?」
「――はい、とても。楽しかったです」

 それにシルヴィアはしっかりと頷く。良かった、と微笑んだ女性とシルヴィアの背中では、すでに子供たちがすやすやと寝息を立てていて。
 思いの外疲れていたのだろう、シルヴィアもまた女性の家でお風呂を借り、布団に横になった途端、ぐっすりと寝入ってしまったのだった。





 翌朝、一家に別れを惜しまれながらシルヴィアは、学園へと帰還した。胸に、たくさんのかけがえのない思い出を抱いて。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /      PC名      / 性別 / 年齢 /     職業    】
 ja4157  / シルヴィア・エインズワース / 女  / 21  / インフィルトレイター

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

お嬢様ののとある田舎町での夏祭りの物語、如何でしたでしょうか。
どこかのんびりとした光景になってしまいましたが、古き良き田舎の光景をイメージしながら書かせて頂きました。
どこか、イメージと合わない所などございましたら、いつでもお気軽にリテイク下さいませ(汗

お嬢様のイメージ通りの、優しくハートフルな夏のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
常夏のドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年09月18日

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