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『変わらないもの【のとう:縁:千尋】 』
大狗 のとうja3056


 ―― ……ねぇ、知ってる?
 知ってる 知ってる。

 あの神社の夏祭り、一日だけ、特別に、絵馬じゃなくて錠が売られてるんだよね。
 そうそうそう。
 その錠には鍵が存在しないんだよね。
 うん、そうそう。
 それをね。
 お社の裏にある、神木に掛けるの。

 変わらない願いを込めて
 かちゃりと、一つ
 音を立てて閉じ込める……。

 鳥居の外。
 神社へと続く道には、屋台が並んでお囃子も響いているのに、その音だけははっきりと聞こえるんだよね。

 かちゃりと一つ。
 ねぇ、何をお願いしようか?


 参道までは石畳。
 カラコロカラコロ
 まるで歌っているように、笑っているように下駄の音が響く。
 逢魔が時の時間帯。昼と夜が混じりあう、少しばかり不思議な時刻。カナカナカナとひぐらしが鳴く。

 ***

「どうしよう、すっごくドキドキするのにゃぁ」
 大狗のとうは身体中から溢れる喜色を隠すことなく、カラコロと大好きな友達との待ち合わせ場所まで跳ねるように掛けていく。ぶんぶんっと両手を振って元気良く、浴衣の裾がぴょっこぴょっこ跳ねるのも楽しむようにリズム良く。

 ***

 蛍光灯にきらきらと煌く長い長い金糸を、ゆったりと三編みにして出来上がり。そのままでは地面についてしまうからと、軽く首元に巻くと――まるで、白地に菊模様の浴衣の上に、金の川が流れるようだ。
 素足に下駄を引っかけて、コンコンと弾いて履いて。家を出る。
 茜色と夜の色、両方が染み込んだ空は赤紫に近い。真野縁が見上げた空には一番星が輝いていた。

 ***

 心が浮き足立ってついつい早めに家を出た。
 早すぎたかな? と思いつつ下駄の踵とつま先を交互にカンコン鳴らし足を揺らす。視界に入る白地に桃色の蝶が飛び交う愛らしい柄。気に入って手にしたものだから、その柄を眺めるだけでも心が弾む。
 いつもは一つに結っている髪も高い位置でお団子に。
 崩れていないか気になって、襟足をちょいちょいと直したところで駆け足の下駄の音が聞こえてきた。
 藤咲千尋は、反射的に顔を上げ、ぱっと顔を綻ばせる。
「千尋ー! お待たせなのだー」
 わぁいっと抱きついてきたのとうを受け止めて、千尋もぎゅうと抱き返す。
「遅れたかぁ?」
 ちょっと不安そうに眉を寄せたのとうに、千尋はふるふると首を振ってにこり。
「ううん。わたしが楽しみ過ぎてかなり早く出てきちゃった!」
「俺も楽しみなのだー! 夏祭り誘ってくれて感動なのなっ」
「縁もだよ」
 と間髪居れずに重ねたのとうの後にもう一人の声も重なった。
「縁なのだー」
「縁ちゃん!」
 ぽぽぽぽんっと辺りに花でも咲くように笑顔でハモった二人に、縁はにこにこっと微笑んだ。
 三人とも予定時間よりかなり早い。そのことにまず三人でひとしきり笑って、わいわいと話しながら夜店の並ぶ通りに向う。
「二人ともすーぅごく! 可愛いのだ」
 ぐっと両手で握りこぶしを作って力強く口にしたのとうに、千尋と縁も顔を見合わせてにこり
「のとも可愛い」
「のと姉も可愛いよ」
 二人同時に口にする。
 生成りの生地色に朱色の古典柄。しとやかな浴衣に身を包んでいてもパワフルわんこな愛らしさはなくならない。


 祭囃子に人の声。
 辺りには夜の帳が降りてきて、ちょうちんの明かりが参道近辺をオレンジ色に染め上げる。
 ふうわりと風に乗って鼻腔を擽るソースが焼ける臭いは、どうしてこうも食欲をそそるのだろう?
「お祭りなんだよー! 夏って感じがするんだね!」
 するするー! と縁に同意した後千尋が
「どこから見ようか?」
「うに! 食べ物を全制覇するんだね」
 即答だ。微塵も考えた素振りはない。二人もやっぱりそう来たかという顔で、見合わせると
「よーし、いってみよー!」
 と人ごみの中へと繰り出した。
 逸れたりしないように、手を繋いで腕を絡めて……。

 ***

 たこ焼きに、焼きそば、イカ焼きのソース軍を支配下に置いた後は、もちろん♪ 甘味。
「あっ、こら、それってば俺のだものー!」
 チョコバナナを片手にしていた、のとうの腕をがしりと掴んでぴょんとジャンプした縁がパクリ。
「美味しいんだよ!」
「もうー! うぬぬぅ……仕方がないなぁ」
 もうっと重ねたのとうの表情は怒っているというよりは、楽しんでいる。むぅっと作ったむくれっ面が、もうひと口! と縁の食欲を誘った。
「あー!」
 といったときには、ほぼ完食。美味しそうにもぐもぐする縁の姿に、見ていた千尋が噴出した。
 それにつられてのとうも、いっししっと笑う。
「縁ちゃん、わたしのリンゴ飴も食べる?」
 差し出されたリンゴ飴も、もちろんパクリ☆
 かりっと飴を割る小気味良い音が響いた。

「次はー」
「あれなのだ!」
 狙いを定めたのは、綿菓子の店。わっほーぃ、と飛びつくのとうに続く。
「おぅ! 可愛いお嬢ちゃんたちにいつもより多く巻いてやろう!」
 気前が良すぎて綿菓子一つで三人分くらいになってしまった。
 中央に置くと、三人とも顔が見えないくらい大きい。
「いっただきまーす!」
 千尋とのとうはちょっぴりしゃがんで、縁に合わせて一緒にぱくり☆
 口の中にふわふわっとあまーい風味が広がって、じわっと溶けて消えていく。
「おーいしー」
 顔を上げた三人の鼻の頭は白くふわふわ。
 互いに指差して大笑い。何を食べても美味しくて、何をしても楽しくて、全てのものがキラキラして映る。
 お祭りってこんなに楽しかっただろうか?
 夜店を巡って食べ歩きして、擦れ違う人たちの笑顔にまみれて……ただそれだけのことなのに、それがとても特別なこと。


「あ! 見て見て、射的があるよ! 射的なら任せて!! わたしインフィルトレイターなんだから!! まっけないよー!!」
 的屋発見☆千尋は浴衣の袖を捲くり、ぐっと力を込める。
 巨大なぬいぐるみ(絶対コルク弾では無理だろう)から始まって、小さなおもちゃの指輪まで。
 少しレトロっぽい雰囲気のする、いろんな的が並んでいる。
「よっしゃあ! あのかわい子ちゃんを、射止めてみせるのだっ」
 例え遊びでもこの瞬間だけは真剣勝負。
 パンパンパンッ!
「あいてっ!」
 同時に銃口から飛び出したコルクの一発が、何故かお兄さんの眉間を直撃。ある意味大当たり☆
「うに?」
「お嬢ちゃん、的はあっち、あっちね?」
 微妙に赤くなった眉間をすりすり、連帯責任、三人で謝ったけど余りにも綺麗に当たったものだから込み上げてくる笑いを我慢するほうが大変で……。

「戦いはこれからなのだ!」
 残ったコルク弾を手の中で転がして告げたのとうに、気合を入れなおして……。
「うぬぬぅ」
 残念。獲物が大きすぎたのとう。
「うに! この狐のお面かっくいーんだよー!」
 最後の一発に奇跡が起こった。縁。
「やったー!」
 全弾命中。千尋。受け取ったのは揃いのマスコット三つ。
「なんなのだ?」
「なんなのだろね?」
「うーん……ゆるキャラ系じゃないかな?」
 顔を見合わせて唸る。動物なのは分かる。多分動物だ。でも耳の長さも中途半端だし、くたびれ感が半端ない、ただつぶらな瞳が愛らしい。
 とりあえず、と、千尋はのとうと縁に一つずつ渡してにこり。
「お揃いだね!」
 添えた台詞に、のとうが勢い良く抱きついてきた。
「千尋凄いのだ! 大好きー」
「わたしも大好きだよ!」
「お揃い嬉しい」
 手に入れたばかりのお面を頭に斜めに引っ掛けて、手の中に納めたマスコットをまじまじと見た後、縁もにこり。


 常時ハイテンションを保ってきたため、当然。
「なんか喉渇いたね」
「うにうに、カキ氷食べよー」
「さんせーなのだ!」
 三人でカキ氷片手に神社へと続く石段の隅っこを拝借。先がスプーンになったストローで、しゃりしゃりと氷を崩していく音は清涼感があって心地が良い。
(去年は家族で夏祭りに行ったっけなぁ。わたしがイチゴでお兄ちゃんが、確かレモンだった……ちょっとずつ分けっこしたんだよね)
 刹那脳裏を過ぎった思い出に千尋は顔を上げて、二人に声を掛ける。
「のと姉あーんして!」
 いわれて何も疑うことなく、あーんっと開いた口にカキ氷を掬って差し出すと、ぱくり。
「イチゴも美味しいのだ」
「縁ちゃんも!!」
「あーん」
 ぱくり☆
 ふふーっと笑い合って千尋もぱくり。
 縁のブルーハワイと、のうとうが食べていた霙もぱくり。
 三人でわけっこして食べた後は
「こ、これは駄目なのだー」
 のとうが既に完食した縁に狙われた。
 わわわーっと追いかけっこを始めた二人を見て、千尋はころころ笑みを零す。

「ごっそりとられたにゃー」
 しょぼんとして、千尋の隣りにのとうが腰を降ろした。
 何か言った方が良いかな? と千尋が思って口を開くよりも早く、ぱっと顔を輝かせたのとうが
「縁、千尋、ねぇねぇ、舌見せて? 見せてー?」
 言われて、顔を見合わせた、千尋と縁はちろりと舌先を出すと、いっししし! とのとうはお腹を抱えた。
「縁、真っ青なのな!」
 おかしー! と大笑い。千尋も多少赤みが強くなっているが青には勝らない。舌を出したまま、千尋と縁もお互いを確認して、ぷっ☆と噴き出した。

 そんな二人を見ると、ますますうきうき。
 目の前の二人が笑顔でいてくれる、楽しくて、嬉しくて、すごくすごく大好き!
 のとうはふわふわっと浮き足立つ心をそのままに、また二人にがばりと抱き付いた。

 うわぁっ! とあははが重なり合う――


 夜店の通りを少し離れただけで、人気が少なくなる。カラコロと三人の下駄の音が参道に響き、神社を囲むように植えられている木々に木霊した。
 低い石段を三つ超えて、鳥居を潜れば正面のお社の脇に控えた、小さな建物。
「あそこかな?」
 顔を見合わせて頷いて、思わず小走りに駆け寄った。
 籠の中に整然と並べられた金色の錠が提灯の明かりに照らされて鈍く光る。
「一つ下さい」
 声を揃えた三人に、年配の女性が柔らかく微笑む。
「これ、人数制限的なもの……」
「ないよ、みんなが同じ願い事なら大丈夫」

「うわぁ……」
 両脇にある石灯篭に照らされたご神木は、見上げると夜空が見えなくなるほど巨大だ。
 大きく張った木の枝の隙間から、少しばかりの星が煌く。
 その光源は神木に電飾が施されているような美しさがある。
「星が生ってるみたいだな!」
 にかっと笑ってそういったのとうに、両脇で見上げていた二人がうんうんと頷いた。
「形的には金平糖かな?」
 まるで、手に取ることでも出来るかのように縁が両腕を空へ突き上げて泳がせる。片手に持っていた錠がキラリと光った。
「美味しいかな?」
「あんなにキレーだからきっと美味いのだ!」
 縁の話しに、とんとんと乗っかってくれる千尋とのとう。
 それはなんて幸せなことだろう。そんなことあるわけないと笑うことも出来るし、あっさり否定する事だって出来る。
 けれど、二人は絶対にそんなことはしない。受け入れて同じ目線で見てくれる。
 そんなちっちゃなことがとても大きくてとても嬉しい。
 縁は、湧き上がってくる温かな気持ちのまま、唇の端を引き上げてにっこりと微笑んだ。
「それじゃあ、」
 うんっ! と頷き、ご神木にそって鍵を掛けていくために用意された添え木に歩み寄る。
 既に幾つか掛かった錠。
 それぞれにとても大切な想いが篭っているはずだ。これから、自分達もそこへ一つ願いを重ねる。
 縁が持っていた錠を手のひらに載せて広げると、千尋とのとうが手を重ねる。
「お願い事、しよっか?」

 願い事始めた二人を見て、のとうも同じようにぎゅっと強く目を閉じる。
(愛しい愛しい俺の友達。ずっと仲良しで居たいのだ)
 ちろりと縁を盗み見る。
(縁、大好きな俺の親友! 食べ物を持ってると、良く食べられちゃうけど、仕方がないなぁって思えちゃうくらい大好きっ!)
 続けて千尋を見る。
(千尋、大好き! いつも会えばはぐはぐするのだ! 千尋もぎゅーってしてくれるのだ!)
 我慢しきれなくなって、にぱっ☆
「もっと皆で遊べますように。一緒に居られますように」

 上げた声は三人揃っていた。ごちゃりとしたけど、思わず息が合ってしまうと可笑しい。あははっと声を上げて笑った。

 千尋は、笑いすぎて目尻に浮かぶ涙を拭う。
 本当に変なの、なんでこんなに可笑しいんだろう。
 三人で居るだけで楽しいが止まらない。嬉しいが止まらない。いつでも笑顔を取り戻せる。
 お兄ちゃんや家族と離れて寂しくないなんて嘘だけど、それを感じる暇もない。
 二人がいっぱいいっぱい満たしてくれる。

 収まりそうにない笑いを、三人で一緒にごっくんして、改めて深呼吸。
 三人の願いを沢山込めて、錠は三人の手によって掛けられた。

 ―― ……かちゃり

「―― ……」
 刹那、沈黙が落ちた。
 三人の気持ちは一緒。

 改めて伝える大好き。
 改めて実感する友情。
 ずっとずっと長く続くと良い、大人になったその先もずっとずっと…… ――

「あ」
 ぽろっと千尋が封を切ると、のとうがその視線の先を追った。
「縁の髪に星が降りたのだ!」
「え?」
 ふんわりと縁の柔らかな金糸の上が淡く光る。
「あ、触っちゃ駄目!」
 動いた瞬間、光はふわりと飛び立ってしまった。
「蛍なのだ!」
 上げた声に驚いたのか――どこにその身を潜めていたのか――沢山の蛍が舞い上がり、優しい明滅を繰り返して飛び交う。
「忘れないんだよ」
「うん、忘れない」
「忘れないのだ」
 じっとその様子をただ見詰めて呟いた。


「さぁって! まだまだ夜は長いから、思いっきり楽しまないとねっ」
「あ! のと姉っ待ってよー!」
 ぶんぶーんっと大きく手を振って駆け出したのとうを千尋が追いかける。
 その後ろを、のんびりと追いかけながら、縁はあとにしてきた神社を振り返った。
「……君も大変だね……うに、ありがとなんだよー」
 ぽつりと一言添えて、向き直る。
「二人とも、待つんだよー!」

 カランカランカランカラン。
 下駄の音が三人の笑い声に混じって楽しげに歌っていた。
 ―― ……来年もまた、みんな一緒に……ね…… ――



【変わらないもの:終】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3056 / 大狗のとう / 女 / 18 / ルインズブレイド】
【ja3294 / 真野 縁 / 女 / 12 / アストラルヴァンガード】
【ja8564 / 藤咲千尋 / 女 / 16 / インフィルトレイター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 初めまして汐井サラサです。字数に余裕がないので手短にw
 女の子同士でのお祭り。楽しんでいただけたでしょうか?
 私は楽しかったです。
 最後錠掛けの部分のみ少し違います。お楽しみいただければ幸いです。
 ご指名ありがとうございました。
常夏のドリームノベル -
汐井サラサ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年09月18日

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