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『変わらないもの【千夜:夕乃】 』
夏木 夕乃ja9092


 ―― ……ねぇ、知ってる?
 知ってる 知ってる。

 あの神社の夏祭り、一日だけ、特別に、絵馬じゃなくて錠が売られてるんだよね。
 そうそうそう。
 その錠には鍵が存在しないんだよね。
 うん、そうそう。
 それをね。
 お社の裏にある、神木に掛けるの。

 変わらない願いを込めて
 かちゃりと、一つ
 音を立てて閉じ込める……。

 鳥居の外。
 神社へと続く道には、屋台が並んでお囃子も響いているのに、その音だけははっきりと聞こえるんだよね。

 かちゃりと一つ。
 ねぇ、何をお願いしようか?


 ―― ……コトン
 大き目のフェイスブラシを置いて、鏡の自分と睨めっこ。
 自然に明るく元気に見えるように、アプリコットとオレンジを少し混ぜたチークを頬に載せる。
 口紅は保湿リップにほんの少し色の混じった物。
 んーっと一文字に口を結んで整える。
「よっし」
 いつもより、ほんのちょっとだけ背伸びしてみたのだけれど、どうだろう? 
 今日くらいは兄弟ではなくてちゃんとした恋人同士に見えるかと、姿見の前で自身の姿を要チェック。
 今日のために仕立てた藍地に夕顔が咲いている浴衣だ。
(おさげも崩れていないし、帯も傾いてない。大丈夫だよね)
 うん。と一人頷いて、時間を確認してもまだ大丈夫。ゆっくり歩いて待ち合わせ場所に向っても、きっと先に着くだろう。
 そう思いつつ。夏木夕乃は空と同じ色に染まる、夕暮れ色した道に出た。
 カラコロと下駄の鳴る音が、木霊する。それが楽しげに聞こえるとは、夕乃自身それだけ楽しみに満ち、高揚している。


 待ち合わせたのは、神社の参道から少し離れたところ。
 人ごみの中で迷子になっては大変だし、誰か良からぬ輩に声でも掛けられては堪らない。
(何も外で待ち合わせなくても迎えに行けば良かった)
 着慣れない浴衣の袖を、くんっと引っ張りおかしなところはないか、もう一度自分を見下ろして、日下部千夜は小さく息を漏らす。
 今からでも、迎えに……そう思っても、行き違っては勿体無い。メールで連絡することも出来るけど、取り合っている時間が少しばかり惜しい。
 時間まではあと少し。あと少しだけ待てば夕乃はやってくる……だから、もう少し……。
 そう考えたところなのに、やはり落ち着かなくて、心配で……迎えに行こうかと、一歩踏み出したところで
「千夜さん!」
 声がした。
「あたしの方が早いと思ったのに!」
 ぷぅっと頬を膨らませかけて、夕乃はころりと表情を変えて手を打った。
「いつもと違う! 渋カッコイイ!」
 浴衣姿を見る機会なんて、当然こんなときしか存在していなくて……、現在目の前で立つ千夜の紺色の浴衣姿を見て、超満足。
 絶対に似合うと思った。熱望した甲斐があったというものだ。
 夕乃のテンション上昇の原因が自分の浴衣姿にあると知って、千夜は視線を僅かに彷徨わせると、微かに頬を染める。
「……俺よりも」
「ん?」
 ぽつっとこぼした千夜の台詞に夕乃はかくんと首を傾げる。
 両サイドに降りている三つ編みがぴょこりと跳ねた。
「……その浴衣、よく似合ってる。……可愛いな、夕乃」
 一瞬、何を言われたのか理解するまでに時間が掛かり、夕乃は大きく瞬きをした。
「……可愛いな」
 重ねられ、じわじわっとその言葉の意味が全身に染み渡ってくると、ふわっと体中が熱くなる。
 あわあわと動揺している姿は愛らしい。
 千夜は、ふっと表情を緩めて、行こうか? と手を伸ばした。
「あ……」
 差し出された手を見つめ、顔を上げて千夜を見る。その瞳に映っているのが自分であるのがとても嬉しい。
 夕乃は、へへっとほんの少し恥ずかしそうな笑みをこぼして、千夜の手を取った。
 きゅっと繋がれた手のひらから伝わる温もりが嬉しい。
 カラコロと鳴る下駄の音も、穏やかだ。
 それは自然と千夜が夕乃の歩調に合わせてくれているからで、何気ない優しさに溢れている。


 提灯の柔らかなオレンジが石畳の道を照らす。
 落ちる二人の陰は、四方八方に延びてその幾つかが重なっていた。
 行き交う人々の笑い声に、道の両脇に立ち並ぶ夜店からの立ち上る何故か食欲を誘う香り。
 にぎわっているその様子を見るだけで、わくわくと心躍るものだ。
「千夜さん、たこ焼き食べよー! あとは、わた飴も、りんご飴も!」
 ぐいぐいと楽しげに千夜の腕を引く。

 ほかほかの湯気を上げるたこ焼きに、爪楊枝を刺して
「熱いから気を……」
ぱくりっ☆
「あっ、つぃ!!」
 千夜の言葉が間に合わなかった。んんーーっと声を殺しながらばたばたとする夕乃を、心配する気持ちがもちろん強いのに、頬が緩んでしまった。
「……大丈夫か?」
「はひっ」
 落としそうになっていた、たこ焼きの皿を取り上げ、そっと千夜が背をさすって問いかけると、夕乃はこくこくと頷く。
 そして、両手で口元を押さえて、ふぅっと大きく息を吐く。
「おいしぃ、よ……」
 微妙に涙目になって告げる夕乃に、くすりと微笑むと千夜はそっと人差し指で夕乃の目尻を拭った。
 くすぐったそうに肩を竦める仕草が愛らしく、優しい気持ちになれる。
 その気恥ずかしさを誤魔化すように、
「千夜さんも」
 と一つ刺して持ち上げたところで、あ、と声を上げふーふーと冷ましてから、もう一度千夜の口元へと運んだ。
 うら恥ずかしくて逡巡するも、じっと見上げてくる瞳に耐えかねて、ぱくり……。
「美味しい?」
 もぐもぐと咀嚼している間、見つめられると緊張して実はあまり味が分からない。けれど、そのままを告げるのは忍びない。
「……ん。美味いよ」
 そう答えれば、にこりと嬉しげな笑みが返ってくる。ただそれだけのことが凄く嬉しい。

 その後のわた飴もりんご飴も、それから全部二人で半分こ、少しだけ夕乃が多かったかも知れない。
 二人で食べたら美味しさも二倍だね。なんて可愛らしいことを言われてしまっては、あれもこれもとなってしまうのも、やはり仕方ない。


「んーっと、あたしはあのぬいぐるみと……あっちのお風呂セット! それから……」
 射的をやっている夜店を見つけて陣取った。
 千夜が構えたおもちゃの鉄砲から弾き出されるコルク弾は、夕乃があげるものを的確に射止めていく。
 狙い済まし、引き金を引く間わずかに呼吸を止めるその瞬間が特に格好良い。
「……夕乃?」
 ぽやんとしていた夕乃に、不思議そうな、どこか不安そうな声が掛かる。
 夕乃は、まさか見惚れていたともいえず、なんでもないと首を振り
「つ、次は、あれ! あれが欲しいかな」
 指さしたものは、小さな指輪。
 最初から、欲しいなと目星はつけていたものの、流石に照れもあり、何となく後回しにしていたのに反射的に指さしていた。
「……分かった」
 千夜は、小さく頷くと、すっと構える。
 ―― パン☆
「あ……」
 これまで的確に射ていたのに、ちっちゃな指輪ケースの端を掠めただけだ。
 ぐらん、ぐらんっと大きくケースが揺れる。
 思わず二人して、
(倒れろ)
 と願った。

「ごめん……」
 確実に打ち落とすべきだったけれど、指輪というのはなんというかちょっと特別で、それを面と向かって欲しいといわれるのは、とくりと高鳴る胸に集中力を欠いてしまった。
 だからこそ短く詫びたのに、夕乃は
「どうして?」
 と首を傾げる。
 千夜がさっき思ったことを伝えるかどうか、遅疑逡巡した間に、夕乃はにこにこと続けた。
「すっごくドキドキしたね! もう、倒れろー、倒れろーって念じたし」
 ぐっと拳を握って力説した夕乃に、千夜は肩の力がほっと抜けた。そして僅かに頬を緩めて
「俺も」
 と笑う。
「一緒だね!」
「……ああ」

 そして少しだけ、喧噪を離れて向かい合って立つ。
 身長差もあって、夕乃がわずかにうつむけば、見えるのは千夜の帯あたりだ。
 二人の手には戦利品が収まっていた。
「―― ……おもちゃだけど」
 ほんの少しだけ、申し訳なさそうな色を含んだ声に、夕乃は、ぱっと顔を上げて
「そんなことないよ!」
 と声を上げた。
「あたしは、これが欲しかったし、千夜さんが取ってくれたんだよ、凄く嬉しいっ!」
 ぎゅうっと手にしていた小さな箱を握りしめた夕乃に、千夜は再び暖かな気持ちになる。
 夕乃に出会って時間を重ねる度、こういう機会が増える。それを幸福というだけの単語に納めてしまうには惜しいくらいに、満たされていた。
 千夜は、握りしめていた夕乃の手に手を重ねて、そこから小さな宝石ケースを抜き取った。
 そして、器用に片手で箱を開けると、中の指輪を取り出して、夕乃の左手を取る。

 この指先から緊張が伝わらなければ良い。そう思ったのはどちらだろう。

 ゆっくりと薬指に収まった指輪は、道の脇にそって吊されている提灯の明かりにきらりと光った。


「ありがとうございます」
 話に聞いていた通り、神社の片隅で、お守りと一緒に売られていた錠を一つ手に入れご神木の場所を聞いた二人は境内の砂利の上をゆっくりと歩いた。
「あー、でも、錠なんて、束縛みたいで嫌がられるんじゃないかと心配だったんだけど」
「―― ……束縛?」
 不思議そうに夕乃の台詞を繰り返した千夜に、夕乃はうんと頷く。
「なんとなく、そんな感じがしたから。だから、一緒に来てもらえて嬉しいなーって」
 本当に不安だったのだろう。
 いつも通りに元気に口にしているように作っていても、ほんの少しだけ、陰って聞こえる。
 それだけ、夕乃に大切に思われて、そしてそれが分かるほどに自分も大切に思っている。
 事実、千夜は束縛、という意味は考えていなかったが、迷うことなくそれでも良いと答えられる。
(愛するもの――)
「夕乃になら、許される限り一生束縛されても良い」
「あたしも! あたしも、千夜さんとなら全然いいよ!」
 一生でも、いいよ……弱まった語尾に顔が熱くなる。きっと夜の闇でも隠しきれないくらい赤いかも知れない。
 急にそのことが恥ずかしくなって、顔を逸らした夕乃の手を千夜が、くんっと引いた。
 え? と顔を上げると目の前には荘厳さすら感じる巨木が姿を現す。
 見上げても先は見えない。
 わっと広げられた枝葉は、屋根のように空を遮る。
「凄い大きな木、これならなんだか本当にみんなの願いを守ってくれそうだよね」
 ご神木にそって添え木されそこにはすでにいくつかの錠がぶら下がっていた。
 そこに込められた想いは一つ一つ違うだろうが、その全て大切なものであることに違いはない。
 二人顔を見合わせて小さく頷くと、ご神木に歩み寄る。
 夕乃が手を伸ばして届く位置。
 目一杯背伸びをして腕を伸ばす夕乃の身体を少しだけ支えて、一緒に錠を手にする。

(……夕乃と共に、生きていたい)
(千夜さんと、ずっと一緒に居られますように)

 ―― ……かちゃり

 二人の願いを閉じこめて、錠は玉を弾いたような響く音を立てて掛けられた。
 その音を合図にしたように、ぽっと灯った小さな明かりが、神木の周りを螺旋状に登っていく。
「―― ……蛍だな」
「うん」
 まるで二人の想いを空へと届けるようで、千夜と夕乃はその僅かな灯火が消えるまでずっと見守った。


 鳥居に向かって歩きつつ、お互いに握る手の力が強くなる。
(今日だけは夜がずっと続けばいいのにな……)
 そう思ったのはきっとお互い様。
「もう少しだけ」
 小さな声が聞こえて
「少しだけ」
 同じように重ねていた。
 にこりと笑った夕乃に、千夜も微かに口角を引き上げる

 ――もう少し、あと少しだけ……繋いだ手を離さなくても、ゆっくり歩いても良いよね……




【変わらないもの:終】



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja9092 / 夏木夕乃 / 女 / 13 / ダアト】
【ja7997 / 日下部千夜 / 男 / 16 / インフィルトレイター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 初めまして、汐井サラサです。
 素敵なお二人のお話手がけることが出来て嬉しいです。
 糖度控えめということで、若干控えました。大丈夫? 大丈夫ですか? 
 少しでも楽しんでいただければ、嬉しいです。
 これからも二人が優しい幸せに包まれますように。
 ご指名ありがとうございました。
常夏のドリームノベル -
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エリュシオン
2012年09月18日

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