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『まぼろし遊園地/お願い事、ふたつ 』
霧咲 日陽ja6723

●まぼろし遊園地
 それは決まって月の綺麗な夜。
 どこか懐かしく物寂しいメロディが、夜の底を零れていく。
 気づいた者だけが辿りつける、まぼろし遊園地。


●秘密の夜の始まり――ひだまりの彼女
 夏は、夜が長い気がする。
 だからいつまでもお喋りしててもいいような、きもちで。
 霧咲日陽は、今日も電話をしている。
 冷房は控えめの、心地の良い室温。
 気に入りのパジャマは少し丈が長くて、その上から毛布にくるまると秘密基地みたいで少し楽しい。
 カップに満たされたホットチョコレートを、大事に、大事に少しずつ。
 携帯の向こうからは、優しい声がする。
 特に、用事がある訳ではない。
 何処でだって、直ぐに会えるのだから。
 けれど、彼は恥ずかしげも無く声が聴きたい、なんて言ってコールをしてくる。
 学校のこと、食事のこと、本当はなんだってよくて。
「今日のお月様、真ん丸ですね」
「おー、ほんとだ綺麗な」
 同じ月を、見ている。
 窓の外のカステラみたいな、まあるい月を。
 電話の向こうの相手も見上げているのかと思えば、沈黙の息遣いすら少し楽しい。
 笑うような、息ひとつ。
「ね、月好き?」
「はい、好きです」
 今にも月に触れるみたいに手を伸ばしながら答える。
 同じ口調で。
「俺のこと好き?」
「は、……えっ」
 一気に、頬の熱が上がる。どうしてこうも、この年上の男の人は、恥ずかしいことを恥ずかしげも無く言うのか。
「月居さ――!」
 何かせめて一言、と言いかけたところで。
「なんか聞こえる。――窓の向こう。行こうよ、俺と」
 絶妙のタイミングで、声が差し挟まれる。
 結局、彼女もつられてしまって、窓際に。
 鍵を外して、窓を開け放つ。
 僅かに聴こえる気がする、どこかせつないメロディ。
「この音、どこから…え、行くんです?」
 こんな時間に、とか、一体どこにとか、そんなことよりごくすんなりと出かける気持ちになる。
 何処へでも、行ける気がした。


●道をたどって
 音が導いてくれるから。
 お伽噺に出てくる輝く石を辿るくらいに、道のりはあっけなかった。
 昨日までは空き地だった場所に、確かに存在するまぼろし遊園地。
 小ぶりな作りながらも、しっかりと観覧車やティーカップまである様子には、感嘆するしかない。
「遊園地って移動するんですねー」
 はしゃぐ日陽は、思わず身を乗り出して数歩。何もかも物珍しくて、眩しいばかり。
 色とりどりに瞬く明りに、オルゴールに似た懐かしい音色が重なる。
「…移動遊園地なんて初めてだ」
 物語の中や、異国の話なら聞いたこともあるけれど。
 実際に、配布用の仮面を手に従業員がにこりと、愛想の良い、そして何処か得体のしれない笑みを向けるのは如何にも浮世離れしている。
「はぐれないように、ね」
 真っ先に掴んだのは、日陽の手だ。大事なものを、けして離してしまわないよう。
「は、はい…」
 掴まれる手の感触は力強くて、まだ彼女には慣れない。
 耳まで紅く染めながら、深呼吸をひとつ。
 けれど、高い位置の愁也の眼差しを覗き込んだら、少し照れるみたいにふいと瞬かれて。
 恥ずかしいのは、きっと同じなのかもしれない。
 だから、二人で歩き出す。

 わ、と近い位置で歓声が上がった。
 華やかなミュージックを引き連れて、先頭を歩くのは長いリボンを杖に結んだ女性たちだ。
 彼女達は動くごとに立ち位置を変え、花咲くようにぱっと白いリボンが夜空を舞う。
 続くのは電飾に彩られた大きな三輪車。
 タイヤだけで数メートルもあるのではないかというような不思議な乗り物の上で、派手な衣装を着た男がジャグリングを披露する。
「まぼろしパレードにようこそ!」
 あっという間に数人の女性達が二人を取り囲んで、持ち手のついた鈴を配る。
 リズムに合わせて揺らせ、と手拍子で煽るのに、まずはそろりと。
 それでは小さい、と身振り手振りに示されて、二人で息をつめ、真剣にリズムを覚えて鈴を揺らす。
 りん、しゃん、りん、しゃん。
 響く音色は、硝子が弾けるようで。
 それが気に入ったのか、またパレードは歩き出す。
「…頑張りましたね、私達」
 真剣に挑戦して、やたら難しいリズムを仕掛けられては全力で挑戦していた日陽はやりきった顔できらきらと愁也を見つめる。
 思わず、小さく笑ってしまうのはただただ、愛おしいからで。
「んー、頑張った!」
 ぽん、と頭の上に手を乗せる。
 ごく自然な仕草に、手の重みを感じたのか首がく、と傾いでいく。
 どんどん、沈んでいく。
「えっ!? あれ、ちょ!」
 その侭しゃがみ込んでしまうのじゃないのかと慌てて手をどけると、やっぱり赤くなる顔があって。
「やっ、やだ恥ずかしい…。メディーック!! 衛生兵が必要です!!」
「落ち着いて!?」
 いつもの通りの騒ぎに興じる、その合間でこっそりと日陽は深呼吸。
 恥ずかしすぎて、堪らない。
 どうしてこの人は、こんなにも自然に甘いんだろう?
「この乙女ーーー!!!」
 色々、言いたいことは胸に溜まって一回りして。そんな風に、帰結した。
「ええ!? 日陽ちゃん…!?」
 唐突な言動に素直に動揺してくれる恋人は、それはそれは得難い存在ではあるのだけど。

●まわれ、まわれ
 遊園地のお決まりと言えばティーカップ。
 優しい音楽が鳴る間、たくさんの紅茶椀の中で一番のお気に入りを選んで中へと潜り込む。
 ここのティーカップのコンセプトは、アリスのお茶会らしい。
 巨大な三月ウサギや帽子屋が見下ろすカップの中、小さくなる薬を飲んだときのアリスもかくやとばかり収まってしまう。
 しかしながら今日のアリスは、少しばかりおてんばなようで。
「あははっ、楽しいです〜!」
 時々はしゃいだ小学生がやってしまうこと、即ちカップの早回しに挑戦し始める。
「日陽ちゃん回しすぎ…!」
 遠心力に押しつぶされながら、傍らの小さな体まで転がってしまいそうで愁也の手がうろうろと忙しなく彷徨う。
 が。
「月居さんももっと回して下さい! 早く早く」
 そんな風に強請られてしまえば、結局は一緒になってハンドルを回してしまうくらいにはこの男、彼女に甘い。
 結局、音楽が鳴りやむ頃には、お互いちょっと立ち上がるのに時間が必要にすらなっていた。
「…地面が、ぐるぐる回ります…」
「俺らが回ってんのかも…」
 這う這うの体で辿り着いたベンチに腰を下ろして、移動の屋台からオーダーするのはシロップソーダ。
 味は、苺。
 口の中でその名の響きを転がしてから、二人で乾杯する。
 そして、どちらからともなく笑いが零れて。
 後は、二人で抑えようとしても漏れる笑いに思わず腹を抱えたり。
 かと思えば、相手が飲み物を口に含んだ瞬間に、殊更大声を立てて笑ってみたり。
 自分達のやっていることの他愛なさとおかしさに。
「こんな夜に、私達何やってるんでしょうね」
 それは呆れる口調でなく、ただただ、楽しいばかりで。
 彼等は、明らかに幸福で満ち足りたカップル達だった。
 だからこそ、勧められるカード遊び。
 トランプのようにカードを大きく広げて、愛想よく従業員が声をかける。
「幸せなお二人に、指令のカードをお配りしています。達成したら、プレゼントがありますよ」
 仮面をつけた青年が、気取った口調で言うのに愁也は目を瞬かせる。
「月居さん、これ、いいですか?」
 そして、早速ババ抜きの要領でどれを引くかとカードを前に思案を巡らせていた日陽の姿に少し笑ってしまって。
「カード? ん、引いていいよ」
「じゃあ、えい!」
 勢いよく引き抜いたカードを、二人で覗き込む頃には従業員の姿は忽然と消えてしまっている。
 残されたのは。
「お互い、相手のお願いをひとつ聞くこと』
 装飾された字体で書かれた、一枚のカード。


●願いの行方
 さて、この可愛らしい恋人に何を願おう?
 カードを指先でくるくると回しながら思案の間は、少しだけ。
 に、と口端が上がる悪戯げな笑みで、傍らの恋人を指で招く。
「…うぅ…」
 動物病院に連れて行かれる猫のように、既に警戒態勢になっている日陽。
 こういう時に、こんな顔をしたら。
「絶対っ! 恥ずかしいことを言おうとしてますねっ!?」
 いつもの抗議もなんのその、愁也は小さな白い耳に顔をすれ違わせる。
 吐息が届く、僅かの距離で。
「いつか俺の奥さんになってね」
 明日は一緒にご飯を食べようか、くらいのごく軽い口調だったから思わず大きく目を瞠る。
 だが、羞恥を堪えてそろそろと隣の顔を盗み見れば、表情は作り損ねたような照れた色。
 お互いの、心臓の音が近すぎて、早すぎて。
 倒れそうに、なる。
 衛生兵が必要なのは、ぐっとこらえて。
 声にはならなかった。
 一生懸命、身体に力を込めて。
 ただ少しだけ動かすのに、こんなに精神力と体力と、その他もろもろの力がいるなんて、全く誰も教えてくれなかったし知らなかったのだけど。
 顔を真っ赤に火照らせながら、目を伏せて。
 頷きの肯定を恋人に、伝える。
 それから。
「じゃあ、あの…今だけでいいので」
 まだ心臓の音は喧しい。
 けれど、今一気に言ってしまわなかったらその場を走り去る自信がある。
 覚悟を決めて、顔を上げて。
 手を、差し出す。
 カードを弄んでいる彼の指先から、それをそうっと引き抜いて。
 完全にフリーにしてから、三つ指めいて。
「手を…離さないでいてくれますか?」
 真っ直ぐの、直球で告げる。
 この先のことなんてわからない。
 お互い、何があるか、どうなるかなんて神様だって知らなくて、二人で掴み続けるしかない。
 けれど。
 今は、今だけは。
 ――確かな、絆として。
 どうか、この手を離さないで。
「……参ったな」
 恋人の真剣な表情に、小さく口の中だけで呟いてくしゃりと己の髪を掴む。
 いつだってひたむきで、幼くて、真っ直ぐの彼女は。
 その眼差しがどれだけ自分に突き刺さるか、心を根こそぎ奪い取っていくかなんて知らないだろう。
「煽らないでって、お願いしてんのに」
 大事な、宝物だから。
 壊さないよう、なくさないよう、そうっと大事に触れているのに。
 衝動的に抱きしめたくなる程、どうしてこんなに愛しいのか。
「……月居さん?」
 見上げる仕草に、笑って。
 細い、小さな手を掬い上げて大事に、握り締める。
 あまりにも軽い、細い手だから。
 壊さないよう、細心の注意を払って。
「ずっと、繋いでる」
 今は、とも、今日も、とも言わない。
 先に何があっても、『今』は消えない。
 この時間を、宝物に。
 そうして、――先を、歩いて行こう。


●指に咲く華
「ミッションクリア、おめでとうございます!」
 派手な拍手と喝采を浴びて、彼等はずらりと指環を並べられる。
 溢れる、ビーズの洪水。
「……わ」
 眩しいきらきらしたものに目を輝かせる日陽と肩を寄せ合い、どれが良いかと二人で囁き合う。
 選ぶのに、あまり時間はかからなかった。
「これに、しよっか」
 日陽の同意を得て愁也が受け取ったのは、赤と白の花模様のついた小さな小さな指環。
 玩具だけれど、玩具じゃない。
「はい、嵌めてあげる」
「…お願い、します」
 約束通り手は繋いだ侭だから、彼女の細い指に赤色の映える指環を落とし込む。
 シンプルなデザインの指環なのに、彼女の手に収まったとたん、初めからそこにあったようにしっくりと馴染む。
 華が、咲いたよう。
「綺麗ですねー」
 自分の手を灯に翳して、早速眺める彼女の声ははしゃいでいて。
 指環ひとつでこんなにも心をあらわに喜ぶ彼女が眩しくて、愛しくて堪らない。
 いつか、の約束。
 今はまだ早い、先のお話。
 だけど、いつかを引き寄せる気は、十分で。
「叶えるから」
 囁いた声は、届いたろうか?
 恋人の手の握る強さに気づいて、日陽もまた彼を見る。
 真摯で、真剣な眼差しが彼女と目が合うとふわりと優しく笑った。
「もっと、もっと遊びましょう」
 それが嬉しくて、手を引っ張る。今にも、駆けだす気持ちで。

 優しい不思議て、儚い夜。
 今の約束が一つ。
 いつかの約束が一つ。

 どうか、これからもずっと、在れますように。
 願いにも、想いにも似て。
 彼に伝える代わりに、長い夜を明けるまで共に。


 手は、離さない侭で。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6837 / 月居 愁也 / 男 / 23歳 / 阿修羅】
【ja6723 / 霧咲 日陽 / 女 / 17歳 / インフィルトレイター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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霧咲さんのあまりの愛らしさに、暫く蹲りました。
甘くしていいんですよね、いいんですよね?
頂いたお二人からの私信の可愛らしさが、本当に素敵なカップルです。
どうかどうか、お幸せに!
口調の把握とかその他コレジャナイ感ありましたら、お気軽にご連絡ください…!

常夏のドリームノベル -
青鳥 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年09月19日

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