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『ゴールデンタイム・ラッシュ 』
青木 凛子ja5657


 カラリと晴れた、夏も終わろうかという空。
 気温だけがしがみつくように街中で上昇している。
 休日。
 街中は若者たちで賑わい、アイスクリームショップには長蛇の列。
 信号が切り替わると同時に人の波が意思を持った生き物のように動きだす。
 ありふれた休日。
 幸せのラッシュアワー。
 平和なOneday、そうなるはずだった。
 そうはいかないだろうという予感と備えは、していたけれど。



●ラッシュ・アワー
「あーっ、暑い! でも休日ってとびきりね!」
 ダブルのアイスを片手に、青木 凛子が声を弾ませた。
 そんな彼女の横顔に、並んで歩く夜来野 遥久が目を細める。
「口元に。ついてますよ、チョコチップ」
 曲げた人差指で、そっと唇の横を拭ってやれば、凛子は猫のような金色の瞳を大きく見開き、硬直する。
「……っ」
「! 遥久ちゃんたら、からかって! もうっっ」
 声を噛み殺して肩を震わせる遥久へ、凛子が喰ってかかった。


 アウルの発現とともに実年齢より若返った凛子だが、遥久の前では外見年齢相応の少女となってしまう。
 友人たちの間では包容力と手厳しさを備えた姉御肌――通り越して『オカン』ポジションを欲しいままにしている彼女にも、弱みはある。
 周囲には筒抜けだったかもしれない、けれど伝えることは憚られる感情だった。
 認めるには勇気が必要だった。
 確認すること、形にすることは、生半可な覚悟でできることではなかった。
 ――それでも。
「信号が変わりましたよ、凛子さん」
「あっ、待って」
 食べ終わったアイスの包み紙をすぐ傍のダストボックスへ投げ入れ、凛子が遥久を追う。
 遥久が差し伸べる左手薬指には、学園のウェディング企画優勝記念のペアリングが光る。
 そっと右手を重ね、できる限り赤面を抑えようと、動悸を抑えようとしながら、深呼吸で凛子は歩く。
 そんな二人は、周囲から見れば疑いようのない『恋人同士』だろう。
 事実、そうではあるのだけれど。
 そこへ至るまでに、二人がどれだけ悩みを抱え、苦しみ、決断を下したか――
 幸せそうな互いの表情から、推しはかれる者は、きっといない。



●ポーカーフェイス・ポーカーフェイス
 ――化け物が出た!!

 平穏なデートは、その叫び声とともに終了した。
 通りかかったのは、解体途中のビル。
 作業員と思われる人々が、血相を変えて白昼の街中へ躍り出る。
 遥久と凛子は顔を見合わせ、迷うことなくビルへと飛び込んだ。


「人は誰も残っていないんですね?」
「お、おれで最後だ……全員逃がした。そのはずだ」
 責任者らしい中年の男性が、喉の奥を引きつらせながら凛子の問いに答える。
「こ、こんなことが起きるなんて何も聞いてない、何も知らないんだ!! このビルは、どうなってるんだ!」
「落ち着いてください。あとは、私たちが」
 よほど、恐ろしいものを見たのだろう。取り乱す男性の肩を、遥久が押さえる。
「って……、あんたらは?」
「あたしたちは、ただの通りすがりのデート中の撃退士ですわ」
 『デート』を強調しつつ、凛子がドラグニールF87を具現化して見せた。
「こういったことには、慣れています。安心して、任せてください」
 倣うように遥久はカイトシールドを具現化させる。
 二人の光纏が、チカチカと周辺を照らす。
「行きましょう」
「えぇ」
 どういった形態の化け物か、おおよその数は…… ざっと聞き取りを終え、二人はビルの奥へと進んだ。


 廃ビルに、二人の影が濃く落ちる。その先には――腐臭を放つ、化け物。
「夏に、どうして毎回貴方たちなの?」
 白いシフォンスカートからスラリと脚を伸ばした凛子が、腰に手を当て半眼で睨んだ。
 グールにデートを邪魔されるのは、人生二度目である。
 獲物を見つけたと、低い知能の屍者は短絡的に攻撃を仕掛けてくる。
「軽い」
 遥久が、カイトシールドでその爪を食い止める。
 慣れた連携で、彼の肩に片手を乗せ支えとし、凛子が照準を合わせる。

「清潔感の無い子は嫌われるわよ?」

 乾いた銃声が響いた。
「……上から物音がします」
 屍者の撃破を確認した遥久が、次へと意識を移す。
「索敵は任せて頂戴」
 銃を胸元に構え、気配を殺し凛子が遥久のあとに続く。
(ヒールじゃなくてよかったわ)
 解体途中とはいえ、コンクリートに足音が響いてしまう。
 ……かといってサンダルも、心もとない装備ではあるが。
 愛用の銃と共にシルバーレガースも具現化してある。活性化のスイッチで、いつでも近距離戦に対応できる。
 対する遥久は白シャツに紺のサマーストール、グレースラックスと――戦闘に際しては可もなく不可も無く。
 ただ、やはり依頼を意識してのものとは勝手が違うだろう。
 ふ、と凛子は自分の手元に視線を落した。
 遥久とのペアリングが傷つかないよう、戦闘の際は指ぬきのレザーグローブを嵌めるようになった。
 コンパクトに形状を変えられるヒヒイロカネと違い、これは――凛子にとって、日常と非日常を意識的に繋ぐもの。
 本当に出先で使うことになるとは思わなかったが、持ち歩いていてよかったとも思う。
(っと、そんな場合じゃないわよね)
 ポーカーフェイスを取り戻し、凛子は遥久とともに二階へと続く階段へ踏み込んだ。



●プレッシャー・ゲーム
 階段を登り終える先にグールが1。
 やや奥左手に2体。
 中央を徘徊するように――あるいはグールを指揮するように、ワーウルフが1体。
 策敵能力で看破した凛子が、踊り場で遥久に伝える。
「どうする? 遥久ちゃん」
「人狼が厄介ですね。先にグールから片づけるのが上策でしょう。取りこぼしの、無いように」
「オッケ!」
 打ち合わせは手短に。
 階段を駆け上がる凛子が、流れる動作で引鉄を引く。
 金色のアウルを纏いながら射出される弾丸が、解体途中のコンクリートを撃ち抜き、その向こうのグールを砕く。
 凛子がワーウルフから一番離れたグールを狙撃し、こちらの存在に気付いた直近のグールに対しては遥久が滑り込み防御する。
 シルバーレガースへと活性化を切り替えた凛子は、『審判の鎖』でその他の足止めをする遥久と背を合わせる。
 グールの顎を蹴り上げ、同時に至近距離から腹に撃つ!
 素早く武器の活性化を切り替えながら、敵に攻撃の隙を与えない。
 遥久の盾、そして審判の鎖の影響を確実に活かし、凛子が次々とグールを撃破してゆく。
 頃合いを見て、遥久が盾から武器へと活性化を切り替えた。
「慣れない大剣ですが、さすがの威力です……ね!」
 ブラッディクレイモアを叩きつけるように振るい、グールを潰す!
「凛子さん、ケガは」
「大したことないわ?」
「いえ、いけません」
 脚に幾つかの裂傷を負っていた凛子へ、遥久が素早く癒しの術を掛ける。
 こんな巻き込まれ型トラブルで、痕の消えないような傷を負うのは許せない。
「! 遥久ちゃん!!」
 気を抜いたわけではなかった、が
 瓦礫に隠れて手当てをしていたつもりが、配下を倒した相手を探しまわる人狼の跳躍一つで看破されてしまった。
 振り向いた遥久の、前髪が爪で乱される。
 丁寧に後ろへ流された銀色の髪が、額にかかる。
「――許さないわ」
 氷点下の声で凛子が呟く。

「そんな物欲しそうな目をしなくても、直ぐに相手してあげるわ、坊や」

 唸る人狼を前に、凛子が冷めきった眼差しを送る。
 跳躍の姿勢を見せた隙を逃さずクイックショットで連射、その間に遥久が審判の鎖を発動する!
 麻痺で動けない人狼へ、凛子が一気に間合いを詰めて上段回し蹴りを見舞う。
 綺麗に脚が円を描いた後ろから、遥久のブラッディクレイモアが突きだされた。
 人狼は鳴き声を上げる間もなく、後ろへ吹き飛ぶ。
「だれも、まだオネンネして良いなんて言っていないわよ……?」
 蹴りから姿勢を立て直す流れで、凛子が頭部へと連弾を撃ち込んだ!!



●ゴールデンラバー・プレシャスシルバー
 遥久の乱れた髪を、凛子が丁寧に梳く。
「ああもう、腹が立つったら!」
 ケガの確認の後、そのまま遥久を座らせて、凛子は立て膝で彼の額に、髪に、顔に、傷が無いか確認している。
「私はどこも、ケガなんてしていませんよ?」
「そういう問題じゃないわ」
 す、と手を止め、凛子が遥久を――直視できずに顔を逸らす。
「ダメージを肩代わりしてもらって遠くからの狙撃だけ、だなんて あたしがイヤなの。役に立ちたい、守られてるだけなんてイヤだわ」
「凛子さんは、私を守ってくれたでしょう。防御だけでは敵を倒すことはできません」
 あんな近接型インフィルトレイターなんて、そうそう居ませんよ。
 そういって、遥久は笑う。凛子を、こちらへ向かせる。
「突っ立ってても明日は来る。ただ、明日を迎える場所が自宅であることが大事。あたしは、そう思うの」
「えぇ」
「だから……強く、なりたいの。遥久ちゃんにも、傷一つ負わせないくらい」
「それじゃあ、私の役割が無くなってしまう」
 凛子の想いが解らないでもない。だから、強く否定もしない。
「同じように。私にも、凛子さんを守らせて下さい。そう、誓ったのですから」
 凛子の左手を取り、そっとグローブを外す。
 キラリと光る、自分の物と同じ金色のリングに、遥久はキスを落した。


 凛子が再び索敵で周辺に残存勢力が無いか確認する。
 無事を把握したところで、凛子は学園へ、遥久が工事関係者へ報告をした。
 後日、ビルの責任者より二人へ報酬が支払われるとのことだ。

 臨時収入の報せに、少しだけ足取りを軽くしながら。
 何事も無かったかのように二人はデートを続ける。
 だって、まだまだ日は長い。
 夏の終わりを惜しむような暑さは憎たらしくも、健在だ。
 手を繋ぎ、二人は賑わいの退かない街を楽しむ。
「ところで、凛子さん」
 遥久はウィンドウに並ぶ秋物衣装に目を奪われている凛子へ呼びかける。
「スカートでの蹴りは他では却下です」
「……それって独占欲?」
 ウィンドウ越しに、凛子が遥久を見上げる。
 いつも動揺させられてばかりだから、凛子なりの精一杯の反撃だ。
「どう思います?」
 笑顔ではぐらかし、凛子の手をそっと握る。
「もう〜〜 ねぇったら!」
 子供のように唇を尖らせる凛子を、『かわいいな』と思ったことは伏せ、やはり笑顔のままで遥久は歩いた。
 目に見えて上機嫌とわかるのは珍しい。
 胸の動悸はそのままに、凛子は『ねぇ』と繰り返しながら、大切なひと時を噛みしめた。


 確認すること、形にすることは、生半可な覚悟でできることではなかった。
 だからこそ、自覚した今は全力を賭して大切にしたい。
 日はゆっくりと暮れようとしていて、金色に街を染め上げていた。
 やがて、空には銀の星々が輝き始めるだろう。
 愛しい、大切な恋人と同じ色の。




【ゴールデンタイム・ラッシュ 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6843 / 夜来野 遥久 / 男 / 27歳 / アストラルヴァンガード】
【ja5657 / 青木 凛子 / 女 / 18歳 / インフィルトレイター】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
撃退士デートあるある……にしては切ない展開ですが、デート&戦闘、お送りいたします。
今回はベースラインをそのままに、それぞれの視点で微妙に描写を変えております。
その辺りも含め、楽しんでいただけましたらと思います。
お二人に、どうぞ幸せな時間がずっと流れますように。
常夏のドリームノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年09月20日

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