▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『 祭 〜 夜に踊りし翁の兎 〜  』
久遠 栄ja2400


 篝火が幻想的な光を放つ特設会場の上で、様々な被り物を身につけた人々がそれぞれのパフォーマンスを披露していた。
 猫の被り物をした誰かの玉乗り。
 馬の被り物をした誰かと黄色い何かの被り物をしたマッチョの即席プロレス。
(おお……!)
 久遠栄(ja2400)は自身で選んだ被り物とお面を手に、その光景に見入っていた。
 年齢よりもやや若く見られる顔立ちに、やんちゃな子供にも似て跳ねっ返りな癖毛。目尻は柔らかく笑むようにわずかに下がり、意志の強さを感じさせる口元は今だけは軽く半開きになったまま。
 どこか人懐こさを感じさせる顔立ちは、甘さを帯びながらも頬の線や首筋に男らしさがあった。だが笑めば、何とも言えない愛嬌に可愛らしさが先に立つ。
 あと数年、年経れば見事な男となるだろう。そんな期待をせずにいられない風貌だった。
 そんな栄は二十歳になったばかり。二、三歳若く見られることもあるが、れっきとした久遠ヶ原学園の大学生である。
(く……こんなところにも、名だたる被り物師が……!)
 被り物に熱い視線を注ぐ姿は、やはり若々しくあるのだが。
 何はともあれ、久遠ヶ原でも著名な被り物師として、このステージは見逃せなかった。
 ここにライバルにして戦友たる七種戒(ja1267)がいれば、きっと自分と同様にステージに乗り込んだことだろう。
 だが、ふらりと寄った先の祭りイベントだ。そんな偶然などあろうはずもない。
 栄えはやや惜しげに首を振り、すぐに表情を引き締めて被り物を装着した。髪の毛の間から、灰色の垂れ耳がてろんと垂れる。
 キリッと引き締まった表情を能の翁面で隠すと、司会者の声にステージへと足を踏み出した。
(いくぜ!)

 彼は知らない。
 世の中には神々の悪戯にも似た偶然があることを。
 それはあたかも運命の如く、もう一人の被り物師を引き寄せる。

 ──久遠ヶ原、被り物界の女王を。





 パフォーマンス対決は、ある種クラウンの戦いに似ている。
 いかに観客を魅せるか。
 その一点に集中することが最も優先されるべき事項。
 危険な技であればあるほど観客は燃え、難度の高い技であればあるほど情熱を炙る。
 見事一回目を勝ち進んだ栄は、確かな手応えに満足げな息を吐いた。
 対戦相手は猫の被り物をした少女だった。ジャグリングからの投擲による的当てでの勝負は、しかし栄に軍配が上がった。
 対戦者をも巻き込む大胆なジャグリングと百発百中の投擲で観客をおおいに沸かせたのだ。それは、先の勝負で観客を沸かせたプロレスに匹敵する大歓声だった。
(よし。一勝!)
 実はこの勝負、トーナメントではない。一回一回の戦いなのだ。ただし、一度破れた者がステージで居座ることはほとんど無い。所謂、お祭りの暗黙のルールだったが、わりときちんと守られていた。今も敗者が観客の拍手に見守られながらステージ下へ降りようとしているところ。
 健闘を讃える意味で栄も惜しみない拍手を相手に送った。
(……ん。次は二回ぐらい見てからにしようかな)
 一旦ステージを辞そうと栄が踵を返した刹那、

『おーっと! 飛び入りだーッ!』

 背中を運営の声と観客の歓声が叩いた。





 驚いて振り返った栄は、その人物を見て愕然とした。

 ものすごく知った顔がイカの中からこちらを見ている!

 何故だ。いつ来た。というかどうしてその被り物だ。
 デフォルメな白巨大イカの被り物の中、顔部分だけが、にゅっと文字通りの顔出しをしている。
 人間の顔の両側にイカのつぶらな瞳があるため、栄は二対の瞳で見つめられている気持ちになった。
 やめて! そんなつぶらな瞳で見ないで!?
 そして大きなイカゲソは胸元にまで達するサイズ。おそらく用意された被り物の中でも最大級だろう。
 そのイカゲソにクリップでとめられた名札は【くらーりん】。\アッ!/とか\ァアッ!/とかを監視するべく、天が設置した多方向迎撃型万能撃墜機、デロとえろの天敵、かのクラーリンのゆるキャラである。
 しかしてその実体は、しゅくめいのらいばる(ひらがな)・戒!
「ふ。私を越えてイケるかな!?」
 待て! その格好でその台詞はヤバい!
 思わず戦き、栄は息を呑む。このノリ。この潔いまでのネタ。間違いない!
(おのれ御主も被りものか!)
 その精密センサー、もしくは偶然、恐るべし!
「まさかお主がこの場に現れるとは……!」
「なぬ!?」
 栄の声に戒が目を見開いた。
「その声……貴様は……!」
「おうとも! こんな所で会うとは思わなかったが、これも宿命!」
「くっ……まさか、ここで相対するのが貴様だとはな……我が強敵(トモ)さかえんよッ!」
 二人の声に、観客はおろか運営も固唾を呑んで成り行きを見守った。
 まさか突然の飛び入りが、顔を隠した垂れウサ翁の知り合いとは……!
「これも戦いの常」
 栄は低い声で告げる。
「勝敗に私情は挟まん……!」
「ふっ」
 その声に、愚問、とばかりに不敵に笑い、戒は己のイカ耳をゲソ足をつかって払った。
「望むところよ! 元よりこの【くらーりん】! 容赦ないリテイクと大自然モザイクには定評がある!」
 何故か会場のそこここで呻き声があがった。
 誰か関係者様いましたか?
「勝負に甘さは不要!」
 凛とした声で告げ、戒は言い切った。
「今宵この場にて、さかえん! 貴様を倒す!」
 栄は翁の仮面の下で笑む。それは好敵手に対する歓喜の笑み。
「いざ、尋常に──勝負!」





 ともに撃退士。ともにインフィルトレイター。
 とくれば勝負の方法はその特性を活かしたものが望まれる。
「──参る」
 先に演じる栄の声にあわせ、太鼓が雄々しく音を響かせ始めた。
 風を切るような能管の音が、その太鼓のリズムに旋律を添える。
 スッと栄が歩を進めた。
 踏まれる『拍子』。ただし、能楽には非ず。
 翁面と着物の相乗効果もあって一部に誤解が走りかけるが、演目は式三番、所謂『翁』ではなく、あくまでも『射る』パフォーマンス。
 進んだ足が舞台中央に差し掛かった。
 留メ拍子にも似た力強い足踏み。翻る着物が虚空を舞った。
「おおっ!?」
 声が上がった。栄はただ足を進める。
 現れ出たのはタキシードを纏った男。
 見よ、あれが闇夜に舞うタレ兎だ。
 相変わらずのふわタレうさ耳が揺れる下、何処へ消えたか翁の面。かわりに白い布がその目元を覆っている。
「なん……じゃと!?」
 慄然とした戒の声が聞こえた。
 目隠しして的に矢を射るのがどれほど難しいか。知っているからこその戦慄だろう。
 タキシード兎は周囲の熱い視線が集中する中、厳粛ささえ感じられる動作で一礼する。
 始まる。
 かすかな地鳴りのような音から徐々に音量を上げていくドラムロール。
 思わず拳を握った戒の前、栄は──射た。
「──ッ!」
 観客から声にならない声が上がる。
 タンッ、と響いた軽い音。
 正鵠。
 まさに、その中央に──
『うぁあああああああっ!』
 歓声が迸った。あがる、などという表現では緩い程の声だった。
 何事かと他の場所にいた祭り客まで駆けつける有様だ。
「──」
 射た後も姿勢を崩さず立っていた栄は、しばし後、観客を顧みて優雅に一礼した。
 割れんばかりの拍手と喝采が浴びせられる。
 栄の頭の上で、垂れ耳が誇らしげにそよいでいた。





「……やるな、さかえん」
 目隠しを取りながら舞台から降りようとした栄に、立ちはだかった戒が笑む。
 その顔はイキイキと輝き、勝負云々を忘れたかに見えるほど。
 だが、
「じゃが……負けん!」
 瞳に宿る闘志は健在。そして告げた。
「舞台上で勝負。手伝ってもらいたい」
「? どういうことだ……?」
 首を傾げる栄に、戒は悠然とした足取りで舞台中央へと進む。中央をやや通り過ぎ、そうして栄の方を向いた。
「同じ距離で立って欲しいのじゃよ」
 向かい合う形をとった栄は、ふと気づく。
 彼女が持つ武器──弓に。
「構えを」
 強い眼差しに思わず構えた。観客がどよめく。
 それはそうだろう。互いに互いを今まさに射んと向かい合って矢を構えているのだ。
 当たる。確実に。
「おきゃkもごっ」
 慌ててストップをかけようとした運営が、謎の黒子に捕縛された。
「……そうくるか」
 何を狙っているのか。察して栄は苦笑した。

 ──危険はある。

「さすがは我が好敵手(とも)さかえんだ」
「怪我するかもしれないぞ?」

 ──けれども、信じている。

「せんよ。私と、さかえんだからな」
「……そっか」

 大切なのは、信じるということ。

 決して外さず。
 意をくみ取り、
 心を理解し、
 共にあること。

「一、二の、三だ」
「了解」

 刻まれる鼓動。
 揺らがぬ意志。
 声なき声が数える。

 一。

 戒が笑む。

 二。

 栄も笑む。

 音が止み、
 風が止まった。


 ──三。


 放たれた矢が、中央で正面からぶつかり、はじけ飛んだ。





「めっちゃ怒られたな!」
 舞台裏。運営一同にこっぴどく怒られた二人は、面映ゆい笑みを浮かべる。
「そりゃあ、普通に危険だからなぁ。運営としちゃ、止めるしかないだろ」
「けどまぁ、成功するって分かってたからなー」
 しかももの凄まじい歓声をもらっていた。負けたな、と思う。
「まぁ、そりゃあ、な……」
「ふ、私の実力を思い知ったかね…!」
 ドヤ顔されました。栄は顔だけ戒を向く。
「くっ、もっと被り物を活かすべきだったか……はっはっは、サラバだっ」
「待てい」
 あっ! 足が伸びてきた!
 見事躓き、前方に吹っ飛ぶ栄。
「……奢ればいいんだろー」
「そう思うならなぜ逃げるかー!」
 ぴこんとその額を指で弾いて、戒はそう言えばと栄を見た。
「ところで、なんでさかえんは兎耳?」
 問われて栄は握り拳を作った。
 戒は首を傾げる。
 血涙すら流し、彼はこう叫んだ。

「何故兎かって?アシスタントのバニーが居ないからさ!」



 愛らしいタレ耳がわびしく風にそよいでいた。




登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ja1267/七種 戒/女/18才/インフィルトレイター】
【ja2400/久遠 栄/男/19才/インフィルトレイター】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
夏の一舞台を綴らせていただき、ありがとうございました^^
お二人の行く先にいつも光がありますように……
常夏のドリームノベル -
九三 壱八 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年09月20日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.