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『 祭 〜 夜に咲きたる刹那の綺羅 〜  』
七種 戒ja1267


 鮮やかな光が舞った。
 夜の闇を照らす光は各所に設置された篝火。絶えず形を変える焔は、太陽を薄めたような緋色と橙色の中間色。夜のキャンパスに火の粉を撒いて、あるかなしかの風に身を任せている。
 夏の彩りとも言える祭り会場は、熱を帯びた空気に包まれていた。
 そんな中、楽しげなお囃子に誘われた七種戒(ja1267)は、屋台の間を泳ぐようにして冷やかしてまわる。
 結い上げた黒髪は艶やかに美しく、清楚な浴衣に身を包んだその姿は、凛とした美貌と相まって周囲の人目を惹いた。結い上げたことにより露わになったうなじ、淡い微笑を浮かべて水槽の金魚を見る横顔から首筋のラインには、匂い立つような色香がある。
 行き交う人が男女問わずちらちらと振り返るのに気づかず、無邪気に隣のヨーヨー釣りに興じて──
 ふと、広場の方から聞こえてきた催し物アナウンスに動きを止めた。

『……により、パフォーマンス対決を開催いたします。只今、特設会場にて、挑戦者を募集しておりますので、皆様、お誘いあわせのうえ、ふるってご参加下さいますよう……』 

(パフォーマンス)
 放送をよく聴こうとよそ見したのが悪かったのか。掬ったヨーヨーがぽちょりと落ちる。
「ぁあっ!?」
「お。惜しかったなー。まぁええっか。おまけしちゃろ」
「おっ! オットコマエー!」
「楽しんでいきやー」
 気の良い屋台の親父に見送られて、戒は放送のあった特設会場へと向かう。
 もし仲の良い友達がそこにいたのなら、「『呼ばれた』のね」と笑ったことだろう。
 人の波を割るようにして、戒はただ足を進める。

 彼女の為の舞台が、そこで主賓を待っていた。



 会場に着くと、思いもよらない光景が目に飛び込んできた。
 被り物。
 被り物である!
 しかもそれを被った男性やら女性やら子供やらお年寄りやらが様々なパフォーマンスで順次対決している。
(これは……出ねば……!!)
 戒の血潮が騒いだ。
 立てば芍薬座れば牡丹。歩く姿は百合の如し。しかしてその実態は、久遠ヶ原被り物界の女王である。
 戒はそこにあった白い被り物をひっつかむと、素早く着用、恐るべき勢いでステージへと飛び入った。

『おーっと! 飛び入りだーッ!』

 察して運営班、声を張り上げた。
 ステージの上にはナゾの被り物をした男の姿が。すでに対戦者は負けていたらしく、袖口に引っ込みながら、挑戦者たる戒の勇姿に拍手した。
「あたしの分もがんばって!」
「任せろ!」
 おとkげふん女前らしい返事である。
 戒の被り物はイカ。顔の部分だけくっきり切り取られた巨大イカの被り物である。
 しかもこのイカ、そこんじょそこらのイカではない。
 その名も【くらーりん】! とある一部の方々にとって極悪的な強さを持つ恐るべきもんすたー(ひらがな)である。
 ……しかし、現在のくらーりん、幼稚園児バッチのような名札がちょっと可愛いかったりする。
「ふ。私を越えてイケるかな!?」
 そしてお嬢様、ノリノリである。
 相手もその強さを熟知しているのか。それとも別の意味からか。わずかに息を呑み、そうして声を出した。
「まさかお主がこの場に現れるとは……!」
「なぬ!?」
 その声色に今度は戒が息を呑んだ。
 髪の毛の間から生えて見える灰色垂れ耳、なぜかぴくぴく動くそれは兎の被り物。露出されるべき顔は、しかし、能の翁のお面で隠されていた。そして、服装は着物。
 そんな相手の正体など初見で分かろうはずがない。
 だがその声。その気配。そのくしゃくしゃに洗った髪をそのまま固めて乾かしたかのような癖ッ毛。
「その声……貴様は……!」
「おうとも! こんな所で会うとは思わなかったが、これも宿命!」
「くっ……まさか、ここで相対するのが貴様だとはな……我が強敵(トモ)さかえんよッ!」
 うんめい(ひらがな)の対決、だった。
 翁のお面を被った可愛いラビットもどきは、被り物界においても宿敵にして戦友、ライバルにして理解者、戒の被り物愛に誰よりも共感してくれる久遠栄(ja2400)だったのだ。
 だが、なんということだろう。
 ステージにて対峙すれば、そこに待つのは仁義なき戦い。引き分けなどあり得ない、勝つか負けるかの真っ向勝負しかないのだ。
 二人が醸し出す雰囲気に、観客は思わずごくりと唾を嚥下する。
「これが運命とは……なんとも言えぬ!」
「よろしい。ならばリテイクだ!」
「いや待って!? まだ始まってもいなかったよ!?」

 ──そこがリテイクとなりました。

 場面がちょい遡る。(リテイク)
「これも戦いの常」
 嘯く栄のウサ耳が揺れる。
「勝敗に私情は挟まん……!」
「ふっ」
 黒髪──は被り物で隠れてしまっている為、イカ耳をゲソの一本(左手で付き)で払いつつ、戒はニヒルに笑った。
「望むところよ! 元よりこの【くらーりん】! 容赦ないリテイクと大自然モザイクには定評がある!」
 すみません! 書き手のSAN値にダメージ大です!
「勝負に甘さは不要! 今宵この場にて、さかえん! 貴様を倒す!」
 戒の意気に応え、栄も叫んだ。
「いざ、尋常に──勝負!」





 勝負はインフィルトレイターらしく「射る」姿での魅せあいとなった。
 まずは栄。
「──参る」
 声にあわせて、太鼓が雄々しく音を響かせ始めた。
 能管の音が、太鼓のリズムに旋律を添える。
 踏まれる『拍子』。ただし、能楽には非ず。
 翁面と着物の相乗効果もあって一部に誤解が走りかけるが、演目は式三番、所謂『翁』ではなく、あくまでも『射る』パフォーマンス。
 進んだ足が舞台中央に差し掛かった。
 留メ拍子にも似た力強い足踏み。翻る着物が虚空を舞った。
「おおっ!?」
 文字通り空を舞った着物に、観客と戒は身を乗り出す。
 現れ出たのはタキシードを纏った男。
 相変わらずのふわタレうさ耳が揺れる下、何処へ消えたか翁の面。かわりに白い布がその目元を覆っている。
「なん……じゃと!?」
 戒は慄然とした。
 目隠しして的に矢を射るのがどれほど難しいか。知っているからこその戦慄だった。
 同じく目隠しで射る行事に御神的神事というのがある。神主が鳥居にかけた的を目隠ししたままで射て一年の天候を占うものだ。だがそれは、至近距離で行われるものだ。
 対して、栄が置いた的は舞台下手。その距離、およそ6スクエア。
 長距離武器を扱う者からすれば命中補正がかかりそうな程の中距離。
 だが、目元を覆った状態では恐ろしいほどのマイナス補正がかかる。
 大丈夫か。
 いけるのか。
 戒の不安は相反する期待と激しくせめぎ合う。
 成功してくれ。勝負だが、やはりそこは同じ射手。至難であることがわかるからこその葛藤がある。魅せてみろ。射手の意地を。その本気を!
 タキシード兎は周囲の熱い視線が集中する中、厳粛ささえ感じられる動作で一礼する。
 始まる。かすかな地鳴りのような音から徐々に音量を上げていくドラムロール。
 思わず拳を握った戒の前、栄は──射た。
「──ッ!」
 観客から声にならない声が上がる。
 わずかな揺れ一つなく空を駆けた矢。
 タンッ、と響いた軽い音。
 正鵠。
 まさに、その中央に──
『うぁあああああああっ!』
 歓声が迸った。あがる、などという表現では緩い程の声だった。
 何事かと他の場所にいた祭り客まで駆けつける有様だ。
「──」
 射た後も姿勢を崩さず立っていた栄は、しばし後、観客を顧みて優雅に一礼した。
 割れんばかりの拍手と喝采が浴びせられる。
 栄の頭の上で、垂れ耳が誇らしげにそよいでいた。





「……やるな、さかえん」
 目隠しを取りながら舞台から降りようとする栄に、立ちはだかりつつ戒は笑む。
「じゃが……負けん!」
 瞳に宿る闘志は健在。そして告げた。
「舞台上で勝負。手伝ってもらいたい」
「? どういうことだ……?」
 首を傾げる栄に、戒は悠然とした足取りで舞台中央へと進む。中央をやや通り過ぎ、そうして栄の方を向いた。
「同じ距離で立って欲しいのじゃよ」
 向かい合う形をとった栄は、ふと気づく。
 彼女が持つ武器──弓に。
「構えを」
 強い眼差しに思わず構えた。観客がどよめく。
 それはそうだろう。互いに互いを今まさに射んと向かい合って矢を構えているのだ。
 当たる。確実に。
「おきゃkもごっ」
 慌ててストップをかけようとした運営が、謎の黒子に捕縛された。
「……そうくるか」
 何を狙っているのか。察して栄は苦笑した。

 ──危険はある。

「さすがは我が好敵手(とも)さかえんだ」
「怪我するかもしれないぞ?」

 ──けれども、信じている。

「せんよ。私と、さかえんだからな」
「……そっか」

 大切なのは、信じるということ。

 決して外さず。
 意をくみ取り、
 心を理解し、
 共にあること。

「一、二の、三だ」
「了解」

 刻まれる鼓動。
 揺らがぬ意志。
 声なき声が数える。

 一。

 戒が笑む。

 二。

 栄も笑む。

 音が止み、
 風が止まった。

 ──三。


 放たれた矢が、中央で正面からぶつかり、はじけ飛んだ。







「めっちゃ怒られたな!」
 舞台裏。運営一同にこっぴどく怒られた二人は、面映ゆい笑みを浮かべる。
「そりゃあ、普通に危険だからなぁ。運営としちゃ、止めるしかないだろ」
「けどまぁ、成功するって分かってたからなー」
 しかももの凄まじい歓声をもらっていた。負けたな、と思う。
「まぁ、そりゃあ、な……」
「ふ、私の実力を思い知ったかね…!」
 ドヤ顔されました。栄は顔だけ戒を向く。
「くっ、もっと被り物を活かすべきだったか……はっはっは、サラバだっ」
「待てい」
 あっ! 足が伸びてきた!
 見事躓き、前方に吹っ飛ぶ栄。
「……奢ればいいんだろー」
「そう思うならなぜ逃げるかー!」
 ぴこんとその額を指で弾いて、戒はそう言えばと栄を見た。
「ところで、なんでさかえんは兎耳?」
 問われて栄は握り拳を作った。
 戒は首を傾げる。
 血涙すら流し、彼はこう叫んだ。


「何故兎かって?アシスタントのバニーが居ないからさ!」


 愛らしいタレ耳がわびしく風にそよいでいた。





登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1267/七種 戒/女/18才/インフィルトレイター】
【ja2400/久遠 栄/男/19才/インフィルトレイター】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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夏の一舞台を綴らせていただき、ありがとうございました^^
お二人の行く先にいつも光がありますように……

常夏のドリームノベル -
九三 壱八 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年09月20日

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