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『碧色夏旅/誓いの一対 』
星杜 焔ja5378


●碧色夏旅
「モニター当選のご案内」
 二度目の葉書当選に、二人して笑ったことを覚えている。
 あまりにも鮮やかなあの碧さ。
 何処までも息の止まる、うつくしい場所へ。

 もう一度、出かけよう。


●ドリンクミー!/焔の場合
 それは、部活での出来事。
 いつもの通り、いつものように。
 星杜焔は皆と遊びながら、勉強しながら不思議な薬に手をだした――それだけの、ことだったのに。

「……あれ?」

 思わず、瞬きをひとつ。
 自分の手を見てみると、小さくて細い。
 肩幅も、足も、何処か頼りない。
 何より目にかかる髪の輝きが、違っている。
 今は淡い緑では無く、――何処までも眩しい銀の色。
 眼差しの色も、ライラックで染めた様な赤紫ではない、淡い碧眼。

 これは、―――あの頃の、自分。

 未だ力も無く、心の一番深いところまで切り裂かれて。
 笑うことだけを、残していた。
 何もかもが苦しかった、苦しいことすら気づけなかったのかもしれない。
 足掻くだけの、日々。
 思い出す十二の頃。

「……せんぱい?」
 けれど、呼ぶ声がある。
 自分を驚いたように見ているのは、愛しい少女。
 凍った心を少しずつ温めてくれる、彼の奇跡の鍵。
 視点が、どうしてこんなに近いんだろう。
 彼女も薬の所為かと思うより先。
 その手を、握った。

「行こう〜。…モニターの、旅行」

 唐突にも聞こえる誘いに、君はきっと頷いてくれると信じてた。
 こんな時は、こんな日には。
 君と、一緒にいよう。



●夜の海辺で
「兄妹旅行に見えるかな〜」
 ヴィラの鍵を受け取った時に、従業員が弟さんですか?
 なんて藤花に話しかけていたのを思い出してか、思わず焔は笑ってしまう。
「とっても仲の良いご姉弟ですね、って言われちゃいました」
 自慢げに、藤花は返す。
 真っ白のサンドレスに、花のついたミュール。
 足取りはどうしても、弾んでしまう。
 月の光を編み上げたみたいに綺麗な、彼女の恋人。
 本当なら見る筈のない姿とこうやって一緒にいて、更に旅まで出来るのだから。
 もう日は暮れてしまっているけれど、一日が終わることに寂しさは感じない。
 まだ、楽しい時間はこれからだ。
 それに、白の砂浜に打ち寄せる波の音は何処か、昼よりも優しくて。
 月の光を弾いて、焔の髪が淡く輝く様を見るのは素敵。
 お伽噺から出てきたどこかの国の、王子様のよう。
「こっちが本来の色だったのだけど…おかしくないかな?」
 だから、そんな彼の言葉には笑って首を振る。
「いつもと違う先輩に、どきどきはします、けど。――おかしくなんて、ないです。目線が近くて嬉しい」
 素直な声を出すと彼の額がふと近づいて、内緒話みたいに頭同士をぶつけて囁く。
「俺も、君に近づきたくてこうなったのかも」
 そして瞬きの合間にふわ、と降ってくる手もいつもより低くて。
 髪の間に差しこまれるものは――何処までも白い、花弁。
「プルメリア……?」
 鏡があれば、今すぐ確認したいけれどここは夜の海で。
 指先が少しだけ確かめに触れた瞬間―――彼の指と、重なって触れる。
 何度触れても、温かさには慣れない。
 覚え込むよう、手のひらに強く握り込んで。
「似合ってますか、先輩」
 くるくる、と砂の上でターンをする。
 子供みたいな仕草だと自分で思ったけれど。
 嬉しくて、気持ちが胸から溢れて止まらない。
 彼を恋人と言えること。
 こんな場所まで二人で来れること。
 何より、―――信頼し切って無防備に近いこの距離が。
 本当に彼が心開いてくれるのだと思ったら。
「すごく、似合うよ」
 綺麗な髪飾りを差し出してくれて、留めてくれる。
 それは彼が彼女を、恋人として思ってくれた上でだから。
 何をどう伝えれば、この想いは伝えきれるか分からない。
 ただ、何度も、何度も。
「先輩のことが、大好きです」
 真っ直ぐ、伝えることを止めないでおこうと思う。



●満天の星空の下
 寄せては返す、波の隣で。
 真っ白なサンドレスの裾は月に映えて、何処までも白く。
 落とさないよう髪飾りを指先に添えながらふわりと回る君が、妖精のようだと。
 自分にとって、誰よりも眩しくて美しいのだと。
 この無邪気な少女は知っているのだろうか。
「俺も好きだよ」
 堪らずに、腕を伸ばした。
 この侭、何処かに攫われてしまってもおかしくない妖精のような少女を腕の中に捕まえておきたくて。
 掴んだ腕はいつもより頼りなくて、縋りつくのにも似ていたかもしれない。
 だが、藤花は柔らかく笑って、彼女にしかできないやり方でそうっと身を預け、背を撫でてくれる。
「わたしは、ここにいます」
「―――どうして、藤花ちゃんはいつも俺の欲しいものをくれるのかな」
 本当に分からなくなって首を傾げる。
「すきだから。大好きだからです、先輩」
 腕の中にすっぽり包み込むのではなく、抱き締めあうようなハグが二人には少し目新しい。
 いつもは体格差の所為で、焔が身をかがめてキスをしていたのに。
 今は、はにかむような眩しい笑いが直ぐ側に在る。
「…だいすき、か〜」
 生まれたばかりの、小さな恋。
 無償の愛情や、傍にあるということ。
 自分が絶対に愛して、護りたいと思うもの。
 繋ぎたいと思う時に手があって、許されるということ。
 恋は、まるで魔法のように、奇跡のように。
 温かいものばかりで、未だ少し慣れない。
 彼女が少し頬を染めて、目を瞑るのはキスの合図。
 キスしたいな、と思う時に、彼女も同じ気持ちなのは魔法のようだ。
 いつもは壊れ物とばかりおそるおそる、そうっと抱き締める細い肩。
 今は目線が同じで、体格も近いから思い切り力を込めてみる。
 薄いピンクの唇が夜目にもやけに綺麗に見えて、吐息を重ねるキスをひとつ。
 下唇を甘く噛み、小さく濡れた音が響く。
「ん、…」
 少しだけキスの熱に滲んだ彼女の声が零れて。
 胸同士が、触れ合う。
 柔らかで、―――確かな彼女の感触。
 普段は身長の高さの所為か、密着する彼女の身体の細さを意識することはあっても、
 その、柔らかな部分にそこまで意識を割くことはない。
 けれど、今は。」
 心臓の跳ねる音が、耳元で聞こえた気がした。
 慌てて、唇を離して身を少し引く。
 彼女の手を代わりに掴んで。
「せんぱい…?」
 まだ熱に溶けた彼女の声が、耳に残る。
 懸命に心を整えながら盗み見る表情は、同じくらい甘く溶けて。
 いつもとは違う、懸命にこちらにすべてを委ねてくれる見上げる瞳の、愛おしさ。
 なんでもないよ、と首を振って少しだけ夜に感謝する。
 この動揺を、上手く包み隠してくれる宵の暗さに。
 白く細い指先を、大事に押し抱こうと掌を重ねて。
 指を絡め、深くお互いが指の合間に滑り込ませる。

 けして離れぬ、絆のように。


●流れ星、ひとつ
「――わあ、先輩見て下さい!」
 先にはしゃいだ声を上げたのは、藤花だった。
 熱に火照った頬を冷ます深呼吸に、空を見上げれば見事な星。
 いつだって。
 焔と藤花の恋は、星が見守っていてくれた気がする。
「……あの夜、みたいだね」
 焔がそう言ったのは、同じことを考えていたのだろうか。
 彼の手が動いて、すう、と流れる一筋を示す。
 流れ星。
 一つ尾を引けば、幾つも。
 また、一つ、二つ。
 星達が光の尾を引いて流れていく――余りにも、幻想的な風景で。
 星に見惚れていた筈の二人が、お互いへと視線を向けたのはどちらが先か。
 星を映す恋人の眼差しのうつくしさに、思い出の尊さに。
 繋いだ手は、強く。
 向き合って、少しずつ顔を近くする。その間は、お互いしか見ていない。
 好きと伝えたくて唇が動いたのも、お互い様で。
 言葉だけじゃたりない、もっと欲しいと願ったのもきっと、二人とも。
 だから――唇を重ねた。
 幼い焔の少年めいた容貌は、今は包み込むように藤花だけを見ている。
 キスは衝動的に熱くて、舌先が相手を求めて懸命に唇を辿り、その先を彷徨う。
 受け入れに唇を、藤花が開くと途端に居場所を見つけたよう滑り込んでくる温もりは、いつもの彼のもの。
 姿が変わっても、幼くなっても。
 彼女の愛おしい恋人であることは何も、変わらないのだと思う。
「いつまでも、こうしていたいです」
 キスの吐息に交えて囁くと、呼吸の色が一際熱くなった気がした。
「俺も…だいすきだよ。このままずっと、はなしたくない…」
 触れた指先から、唇から。
 溶けて行けば、いいのに。
 お互いが離れないよう、二度と分かたれないように。
 境界線も、互いの存在も曖昧に。
 深く深く、近く、ちかく。
 呼吸の温度も、唾液の甘さももうどちらのものか分からない。
 空には、幾つも星が流れていく。
 世界から切り離されて、ただうつくしいばかりの星の下で。
 一度目のキスとは違う、優しさで。
 けれど、一度目のキスと同じくらい――もっと、もっと熱く。

「――だいすき」

 零れた声は、誰のものか。
 いつの間にか焔は、強く背を抱きとめてきつく彼女の身体を捕まえて。
 誓いの、キスをしていた。
 共に生きる、共に行く――恋人としての、口づけを。



●夜も更けて
 天蓋付きのベッドで、周りの布を下ろせばまるで世界はまぼろしのよう。
 同じ高さで身を寄せ合い眠る二人だけが、確かな存在だった。
 向き合って、視線が重なる。
 焔が優しく頬を撫でると、藤花が眩しげに笑う。
 近い距離で笑い合う彼等に、今は艶めいた色は無い。
 ただ近い位置で、少しでも触れ合う距離で眠りたいのは二人が同じ気持ちなだけ。
「もうすぐ、薬は切れちゃうんでしょうか」
 焔の銀の前髪を指先で撫でて、藤花が問う。
「残念〜?」
 そう問われて、初めて藤花も自分の心を確かめるよう瞬きを、数度。
「いろんな先輩が、全部好きです」
 結局出てきた、一番素直な言葉を伝えてまたじゃれる甘い仕草で唇を重ねる。
 近くにいたら触れたい、キスをしたい。
 それは二人きりになる度の、お互いの気持ちで。
 焔が藤花の肩を抱き寄せるのに、完全に委ねきって顔を擦り寄せる。
「――いつも、先輩のそばに居たいです」
 例えば彼が、傷ついたとき。
 笑顔しか浮かべられなくなったとき。
 彼の心にはいくつも深い傷がありすぎて、そのとき自分がいたらどんな痛みからも抱きしめたいと思うのに。
 その手は、過去には届かない。
「……でも、今はずっといてくれる」
 今も、未来も。
 どれだけ辛いことがあったとして、今は焔も、その時に抱き締めてくれる愛情を疑ったりはしない。
 同時に共にあることを自分も、誓う。
 自分は、どんな表情をしていたのだろう?
 気づけば、藤花が焔の頬を撫でて嬉しそうに眼差しを細めている。
 彼女は、いつもそうだった。
 笑顔しか浮かべられなかった頃から、心の機微を一つ一つ探してくれて、見つけてくれて。
 今は、焔が少し違う表情をする度に、得難い宝物でも見つけたかのように大事にしてくれる。
 それが、どんな感情の動きでも。
 哀しいものでも、苦しいものでも。
 勿論、恥ずかしがったり喜んだりするときも。
「先輩の心が、解けていくのが嬉しいんです。見つけた分だけ、もっと傍に居られるから」
 彼女は、未だ自分も幼い少女でありながら全てを抱く覚悟と愛で、――焔を捕える鎖をひとつずつ解いていく。
 魔法の鍵のように。
「明日も、一緒にいようね。俺と」
 口癖か、約束か。眠るおまじないに焔が呟いて彼女の頬に口づけると、同じくらい優しいキスが返ってきた。
「明後日も、一緒にいて下さい。わたしと」
 眠りも、何もかも。二人を分けるものは、なくて。
 優しい時間だけが――過ぎていく。


●次の朝も、君と
 優しい陽光が差し込む頃、焔の姿は元通りに戻っていた。
 髪の毛の緑色がやけに懐かしい気がして、軽くつまんだりして遊んでしまう。
 側で、微かな気配。
 寝返りをうつ恋人が、少し太陽を眩しげに手で遮ろうとしているのが可愛くて、
 代わりに自分の掌で日差しを覆うついでに、頬を緩く撫でてしまう。
「…せんぱ、…い?」
「起こしちゃった〜?」
 寝てていいよ、食事を作るから。
 そういうのに、藤花は首を振る。
「先輩と一緒にいるときは、起きていたいです」
 まだ寝ぼけ眼をこすりながら懸命に起きようとする彼女に、額を晒させて小さなキスをおはようの合図に。
 それから、片手で大きく身体を掻き抱く。いつも通りの彼の体躯では、彼女の肩はやっぱり収まってしまう程小さくて。
 鼻筋から唇が伝って、二度目のキスはきちんと唇に。
 甘く吸い上げながら口の中におはよう、と囁く。
 そして、もう片手は彼女の耳朶へと滑らせる。持っていたのは、シルバーのイヤーカフ。
 己を示す焔が宿る、銀の形。
「これからも、ずっと側に」
 祈るよう、誓うよう。
 小さな白い耳にすんなりと嵌るそれは、初めからそこにあったように映えて。
 それ以上何も言わずに彼女の手に、対のカフスを手渡すと静かな頷きと共に。
 今は何もなかった、焔の耳へと。
 藤の模様が刻まれた、――彼女を示す銀飾りを。
「はい、――一緒にいきましょう」
 いつかの約束、いつかの誓いをもう一度。
 囁きながら、その耳朶へと落とし込む。

 いつかは星降る夜の下。
 もしくは愛しい人の部屋。
 今日は眩しい陽光の中で。

 明日も、明後日も。
 違う景色と、――変わらぬ幸福を。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ja5378 / 星杜 焔 / 男 / 17 / ディバインナイト】
【 ja0292 / 雪成 藤花 / 女 / 14 / アストラルヴァンガード】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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またもや御用命有難うございます。
前回の続き、ということでらぶらぶを…!!
お二人の幸せな星降る夜のその先を、お祈りいたします。
常夏のドリームノベル -
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エリュシオン
2012年09月21日

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