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『ハロウィン・ナイト、フェアリー・ナイト 』
フィオナ・アルマイヤーja9370

 『それ』をどうして、どうやって飲んだかは覚えていない。
 ただ、気がついたら。
 まるでおとぎ話に出てくるような、小さなガラスの小瓶。
 わたしを飲んでと言わんばかりの、魅力的な香り。
 それをそっと口に含むと、ほら、がらりと世界の色が変わった。
 さあ、一夜の夢の、はじまり――

  ●

「……んん?」
 いつの間に眠っていたのだろう。
 フィオナ・アルマイヤーは、目をこすりながらぼんやりと目を開けた。
(こんな素敵な晩なのに……)
 幼い頃から適正が薄いとうすうす気づきつつも学び続けていた『魔法』。その知識が、この夜の行事について、ぼんやりと思い起こさせる。
 ハロウィンは万聖節の晩と言われるが、本来はケルトなどの土着信仰が生み出した行事のひとつだ。
 妖精や魔女の出現だってあり得ると信じられていた、そんな静かな聖なる夜。
 魔法の道を諦めたとはいえ、胸が弾まないわけではない。彼女の家は、真実その魔法の使い手を多く輩出してきたのであるし。ゆえに、魔法は身近な存在でもあった。
 だからこそ、ドキドキする。この日だけはややこしいことを抜きにして、そんな神秘と遊ぶことができるのだから。
 夜は好きだ。星空は好きだ。普段は宇宙工学を学び、理性的な考えを持つフィオナも、たまにはちょっぴりそんなことを考える。
 ――それにしても、寒いような。
 秋も終わりの気配を見せているこの時期、彼女の姿は、
「……えっ?」
 自分で見下ろして、目を丸くした。
 みたことのないデザインの、淡い赤い色をした薄絹のドレス。背中が大きく開いているらしくすうすうとするし、風が吹くたびにひだになったスカートの裾が緩くはためいている。そしてなにより、身体が妙に軽い。
 おかしい、どういうこと?
 慌てて姿見の前に立つと、そこには淡く光る薄い羽――そう、まるでカゲロウのような――を宿した少女……フィオナ自身が、目を丸くして見つめ返していた。
「……この姿……フェアリー……?」
 驚くなという方が難しい。身長もいつもよりいくぶん低いらしく、思い起こしてみれば確かに視界がいつもと違う。羽は意識を集中させるとふるふると震え、風を巻き上げて身体がふわりと宙に浮かぶ。
 子どもの頃に絵本で読んだフェアリーそのままの姿の自分。とはいえ、髪の毛を結わえているのはいつものリボンで、それは安心させてくれる材料のひとつだった。
 でも、どうしてこんなことに。
「そういえば……夕方の、あのドリンク」
 思い返して、おとぎ話に出てきそうな綺麗なガラスの小瓶をはたと思い出す。
 買い物先のマーケットで、ハロウィン限定と称して試飲会があった怪しいドリンク。普段なら口をつけることもないのだろうけれど、つい出来心で飲んでしまった、甘い液体。子どもも口にしていたし、魅力的な香りもしていたから、ただの新作ソフトドリンクかなにかと思っていたのに……まさかこんなことになるなんて!
「それこそフェアリーテイルじゃないんだから」
 そう、これはきっと夢に決まっている。ハロウィンで少し浮かれてしまっただけ。そう思いつつも鏡の中の自分は欲目抜きにしても整った顔立ちにドレスが良く似合っていて、普段が飾り気ないぶん美人度がかなり上がったようにも思える。
(こういう格好……本当いうと嫌いじゃないから……)
 もう一度鏡を見て、わずかに顔を赤らめる。いつもは実用性重視、化粧っけもあまりないしパンツルックメインだけれど、憧れがないわけではない。むしろ、可愛らしいものは好きな方だった。これでも母国ではそれなりにお嬢様なのだから、ある意味当然ともいえよう。
 自分の中のちっぽけなプライドなどが邪魔をして、なかなか身につけることのなかったドレスだが、今身にまとっている薄紅色のそれはまるで羽のように軽い。そして同時に、自分のスタイルの良さもきちんと魅せてくれている。
 それがなんだか嬉しくて、羽をまた震わせると、また身体がふわりと浮かんだ。……いや、よく見ると最初から足は地面を踏んでいない。
 フェアリーというものは物理法則を無視する存在なのだろうか、いっしゅんそんなことを考えたけれどバカらしくなってやめた。
「……まあ、これもきっと夢なのだし。あるいはハロウィンの魔法みたいなもの?」
 非現実と思いながら、フィオナはそんなことをつぶやく。けれど彼女の知る世界には魔法はたしかに存在しているのだから、すべてを夢の一言で片付けることも難しい。
 ふるりと羽を震わせて、空を舞う。魔法使いは箒で空を飛ぶなどというけれど、きっとそれよりも心地いい。耳の側で風が流れていく音が聞こえる。姿が変わったこともあって、そういった五感も研ぎ澄まされているのだろうか。
 その風に乗ってか、不思議な声が聞こえた。
『ふふふ、ふふふ』
『さあいらっしゃいな、可愛らしいお嬢さん』
 鈴を転がすかのような、可愛らしい微笑と囁き。その言葉になぜか抗えないものを感じて、フィオナはふらりと窓から飛び立つ。いつも見るよりも、その世界は光にあふれている気がして、思わず小さな声をあげた。
「すごい……フェアリーになっているからかしら」
 すると耳のそばでささやきがまた聞こえる。
『そうよ、可愛らしいお嬢さん。さあいらっしゃいな』
 この声はフェアリー?
 フィオナはくるくると、はじめてとは思えない飛びっぷりで、夜空を舞う。それはまるでダンスのようだと、自分でも思いながら。
 ふと目をやると、普段は小さな公園のある場所が光り輝いている。普段は薄暗い照明しかないそこは、神秘の光に満ち溢れていたのだ。また声がする。自分を誘う、優しい声。
 彼女はそこへ向かうことにした。なんだか、とても楽しそうだったから。その考え方が、あるいはいつもと少しばかり違うのかもしれないけれど、あまりわからない。……これはきっと夢だから、そう納得しているせいかもしれない。
 たどり着くとそこにはすでに多くのフェアリーがいた。
『来たのね、来たのね』
『ようこそお嬢さん、歓迎するわ』
『ハロウィンの、フェアリー・パーティに!』
 まるでアニメ映画のような、様々な姿のフェアリーたち。恐らくヒトの目では見ることもかなわない、ささやかで美しい光。眩しくはない。ひどくやさしい、ささやかな光。
 それでも、今のフィオナの目には何もかもが新鮮だった。
 蝶の羽、とんぼの羽、そんなものを持つ妖精の娘たちに、白いシーツをかぶったような、コミカルなゴースト。ハロウィンのお約束、ジャック・オ・ランタン。
 そんなヒトでないモノが、所狭しと騒いでいる。漂ってくる香りは甘い甘いお菓子の香り。
 妖精たちはさあ、と言わんばかりにフィオナを招き寄せ、楽しそうに微笑んでいる。あちらこちらではフィドルの音色。それに合わせてダンスの輪がくるくると回る。
 フェアリーサークル、なんてものはこうやってできるのね。
 そんなことをぼんやりと考えながら、けれどフィオナもその輪に加わることになった。体が軽く、ステップをふむ足取りも愉快な気分にさせてくれる。ひと通り踊っても、まだまだ踊り足りないというふうに、多くの妖精たちが彼女の周囲をくるりくるりと回る。
「フェアリーのパーティなのね、本当に」
 ジャック・オ・ランタンからクッキーをもらいつつ、フィオナがそう笑う。純粋にそう思えるのは、楽しいから。こんなパーティははじめてで、身も心も愉快に軽い。
 そばにいる妖精たちも、ひどく楽しそうに笑う。それがまた見ていて愉快で、耳をついそばだてる。
 彼女たち妖精の会話は現実的なような、非現実のような。
『あっちの少年は格好いいよね』
『でもあの子は時々粗雑。ワタシなら、向こうの、あの子がいいな』
『あら、彼はもう相手がいるんじゃ?』
『それでもいいの。ううん、だから余計にいいんじゃない』
 ……人間も妖精も、恋愛事情は複雑なようで。ついくすりと笑ってしまう。妖精も随分と人間臭い存在であるようだ。
 ――私にはまだ、そこまで好きと思える人はいないけど。
 フィオナは思う。
 でも、彼らの気持ちも、わからなくはないわ……
 見た目よりも案外ピュアな性格のフィオナは、それでも恋に憧れないわけではない。
 そう、いつかそんな人ができたら……良いのだけど。
 とろりと眠くなる頭で、そんなことをこっそり考える。
 そして、ふっと目の前が暗転した――

 気づくと、朝だった。
 フィオナは自室のベッドの中で、いつもの様に眠っていたらしい。
 ――やはり、あれは夢だったの?
 何度か目を瞬いて、それからふと、服のポケットに何かが入っていることに気づいた。
 それは、あの夢のハロウィンパーティでもらった、ジャック・オ・ランタンのクッキー。
 あれは夢?
 それとも本当?
 ぼんやり考えても、答えはでない。クッキーを口にすると、ふわりと甘さが口の中に広がった。
「たまには、こんな夢も……悪くない、か」
 フィオナはそう言って微笑む。

 きっと忘れられない、記憶になる。
 一夜限りの、フェアリーナイト。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja9370 / フィオナ・アルマイヤー / 女性 / 21歳 / 阿修羅】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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今回は発注ありがとうございました。
理知的・現実的な思考と、魔術などの幻想に対する知識を兼ね備えたお嬢さんということで、どれをどう活かそうか、悩みもしましたが楽しかったです。
それでは、素敵なハロウィンを!
ハロウィントリッキーノベル -
四月朔日さくら クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年09月24日

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