『まぼろし遊園地/魔法の夜 』

青空・アルベール（ja0732）

●まぼろし遊園地
　月の夜は、儚い音楽が何処からか聴こえる。
　それは一人で聴くには物寂しい、誰かと居たくなるような。
　だから、今一番会いたい人にコールを入れて。
　誘ったのはどちらともなく。
　ただ月の下で会う約束だけが、昏い夜の灯の如く胸に宿る。

　独りでは寂しい夜に、愛しい人と待ち合わせをしよう。
　そうすれば、何処へでも行ける気がした。
　――例えばそれは、夜しか現れない不思議な場所で。
　
　さあ、手を取って向かうはまぼろし遊園地。


●夜の魔法を
　青空・アルベールは、珍しくいつもの着崩した着物を纏ってはいない。
　手触りの良い薄手のシャツに、スラックスのシンプルな恰好。
　襟元がどうにも馴染みづらくて、一つ目の釦を外しては、またつけたり。
　どうにも、落ち着かない。
　あの、音楽の聴こえたとき。
　共に、出かけようという話になったとき。
「なら、デートだね〜」
　おっとりとした少し眠そうな声が、花咲くように笑ったから。
　青空の胸は、どうしたって弾んでしまう。
　彼女に合わせようと洋装をしたりして、意味も無く路地をうろつき回ったり。
　一人の時に、ふっと訪れる迷いと悩み。

　――は、…に、――？

　自分の手を、青空は少しの間開いて、閉じる。
　この手は幾つもを救ってきた、この手は幾つもを――。
　別の意味で騒ぐ心は、駆け寄ってきた足音に驚く程宥められる。
　顔を上げれば、輝くみたいな気配は間近で。
「すーちゃん、お待たせ〜」
　待ち合わせに、と使える時間はそんなになかったはずで。
　しかもその時の森浦　萌々佳の声はもう眠気を孕んでいたのだけど。
　今は、キャミソールとティアードスカートを合わせて上からオーバーサイズのカーディガンを羽織る姿で、
　走って来たのか少し乱れた髪を直す指先までが整えられている。
　そんな彼女が、青空を見たらぱっと笑う。
　――……うわ。綺麗。
　一瞬、誇張でなく息が止まった。
　いつもならそうっと窺う眼差しは、今日ばかりは夜の闇に甘えて音の出所を探したり、辺りの地理を確かめたりしている少女から離れない。
　どうにも、視線を剥がせなくて目で追い続けてしまう。
「うん〜？」
　そんな彼を厭う素振りなく、森浦は見返して首を傾げて見せる。
「な、なんでもない…から」
　綺麗で見惚れてしまった、なんて口に出せる訳も無い。
　そんな自分に気づいて肩を落としかけるが、次第に鳴り響く音楽は近くなっていく。
「もうすぐ着くな！」
　遊園地が近づく、高揚もまた確かに自分の物。
　
　肩を並べる距離の、恋人はとても近くて――少し遠い。

　けれど、今から行くのは一夜のまぼろし遊園地。
　夜の夢は、二人の距離を近くしてくれるだろうか？


●二人で、
　控え目な電飾で飾られた入り口では、道化師が深々と礼をして二人を迎える。
　ティーカップに、ローラコースター、園内を回るゴーカートはレトロなクラシックスタイル。
「……遊園地だ」
　初めての遊園地に、何処か実感がわかない顔で目を瞠る青空の、その表情だけで森浦は少しばかり嬉しくなる。
　彼氏がたくさんのことを面白くて楽しんでくれたら。
　しかも、傍に居られるなら。
　とても、素敵なことで。
　勿論二人きりのデートなんだから、気恥ずかしかったり遠慮するところもある筈なのだけれど。
　今日ばかりは、いつもよりちょっとだけ素直で。
　いつもよりちょっとだけ、積極的に。
　そんな勇気が背中を押すのは、夢も現も曖昧なこの夜だからだろうか？
「観覧車、乗りたいな〜」
　小さな個室の中で、肩を寄せ合う場所で二人がいい。
　普段なら言う前に飲み込んでしまいそうな言葉も、すんなり出た。
「うん、行こうか萌！」
　恋人の声も、いつになく迷いよりはしゃぐ色が強くて、こういう提案も嫌われていないのだと安心できる。
　待ち時間は、不思議なことに全くなし。
　オルゴールの儚い音楽が響く中、二人はプレゼントボックス型の小さな箱へと乗り込むことになる。
「あ、次はあれ！　あれ乗りたい！」
　この世の素敵なものを全部ぎゅっと詰め合わせたような夜景を、透明な窓から見下ろして青空が指を差す。
　目当ては、ゴーカートのクラシックカーだ。
　丁度ライトアップされていて焦げ茶の愛らしくもレトロなスタイルが二人の目に留まった。
　実際、運転して園内を回れるらしい。
「その次は、あれ！　萌はどの色がいい？」
　くるくる回るティーカップ。
　花畑みたいに赤、青、黄色に白やピンク、オレンジの電飾が光るのはカップの色と合わせているのだろうか。
「すーちゃん、そんなに慌てなくて大丈夫だよ〜」
　観覧車のゆっくりとした振動を楽しみながら、森浦は微笑む。
　肩を少しだけ寄せて、一緒に彼の見る風景を自分の物にしながら。
　あれが可愛い、あの色がいい、なんて返事も勿論返して。
「時間はたっぷりあるし、あたしはずっとすーちゃんと遊ぶんだから〜」
　長くて短い夜を、ずうっと二人で。
「……うん」
　眩しげに森浦の笑う表情を見ていた青空も、ゆっくりと頷く。
　何処か噛み締めるように。
「行きたい場所、増えた。……付き合ってくれる？」
「うん、勿論〜」
　どこに行くのか、何をするのか、一つも聞かなくたって。
　ずっと、傍に。
「わぁ…」
　青空の歓声が上がり、傍らの森浦に共に見ようと指先で合図をする。
　丁度、観覧車はてっぺんで。
　下の景色はもう、ずいぶん遠く。
　観覧車が一番高い位置に着く時間に合わせているのか、中央の大きなメリーゴーランドの屋根から電飾が花開くよう色を変えて広がり。
　やがて遊園地中が、キャンディボックスみたいな甘い光に満たされていく。

　綺麗なものを、二人で。
　独りでなく。
　一人と、一人でもなく。

　綺麗だねと囁き合う時間が、夜の魔法を深くする。


●今宵の贈り物
「そこの可愛らしいお嬢さん連れのお兄さん、彼女に似合うとっておきのアクセサリは如何？」
　やけに大きなシルクハットを被った従業員は、気取った口調で呼び込みをする。
　これ自体も、アトラクションみたいなものだろうか。
　しかしながら、品ぞろえはかなり上等だ。
　夜目にもしっかりと行き届いた彫金細工のネックレスは目玉商品だろうか。
　花や蔦まで生き生きと彫り込まれた艶消しの金が目を惹く。
　他にも上等のビーズを埋め込んだストラップに、きらきらのクリスタルが嵌ったブレスレット。
　勿論お値段もそれなりではあったが、青空は決然と足を止める。
　彼女に贈り物を出来る機会を、逃せる筈も無かった。
「欲しいのあったらプレゼントするよ？」
　彼女を振り返る動作と共に、自然に言えたことに少しほっとする。
「ほんと？　嬉しい〜」
　手を打ち合わせてはしゃぐ彼女の姿はこの上なく愛らしく、なにをねだられたって財布を開く気持ちで。
　しかし、真剣にアクセサリ達と睨めっこした挙句、彼女が選んだのは小さな指環だ。
　淡いピンクのガラス玉が埋まった、金メッキの子供しか欲しがらないようなお姫様の指環。
　チープなものに、青空は少し瞬く。
「他のでもいいんだよ？」
　彼女の選ぶ物に文句をつける気も無いけれど、懐を気にしてるならと耳元に囁くも。
「これがね、いいの」
　もうこれ以外考えられないと大事に胸に押し抱く様子に、青空もそれ以上は問わずにお金を払う。
「有難うね〜、嬉しい」
　早速指に嵌めて空へと翳し、きらきらと光を反射する様子を楽しむ少女に、少し考えてから青空は問う。
「どこが、気に入ったの。萌」
　彼にとっても値段は大して価値のないことで、笑う彼女こそに意味がある。
　何が好きなのか、どんなふうに好きなのか、この次の贈り物の為にもっともっと知りたいと問う言葉を重ねたら。
「沢山詰ってる気がね、するの〜」
　例えばそれは金銭では無くて。
　例えばそれは、夢とか、不思議とか。
　自分の尺度では測れない、無限にある素敵なもの。
　指環を撫でながら、躊躇わずに笑う彼女。
　もう、本当に参るしかないのだった。
「お取込み中失礼、お二人さん。これは君達に贈る、とびきりのカード。
　どうか楽しい夜を？」
　従業員が、二人のやり取りを眺めて笑う口調でカードを数枚差し出す。
「なあに〜？」
　森浦が勧誘の文句に心惹かれたのか従業員に説明を聞いて。
　それが、カップルで指示をクリアするものだと聞くと、目を大きく、早速カードと睨めっこ。
「楽しそう〜。ひいていい？」
「うん、もちろん」
　カードを引くのは彼女にお任せ。しばらく悩んで、一枚を森浦が選び取る。
「指示１０：お互い、相手のお願いをひとつ聞くこと……か」
「すーちゃん、お願い事ある？」
　森浦が何気なく、近くに顔を寄せる。
　甘く柔らかい、無防備な声。
　何か塗っているのか、艶やかで綺麗に光るくちびる。

　――……キスしたい。

　衝動はいつだって理性より早く、胸の一番奥を揺さぶる。
　こくりと青空は喉を鳴らして、慌てて首を振る。
　――何を考えているのだ、私は……いや恋人だから良いんだけど、
　良い筈なのだ、妨げるものなんか何もない。
　だって、二人はもう既に恋を誓っているのだから。
　でも、と心のどこかで自分が言う。
　自信ががなくて臆病な、弱い自分。
　こんなにも輝かしい、友達も多くて明るい少女を自分の腕の中に収める権利があるのか？と、怯えに似た感情が先に。
「思いつかない、から。…先に、もう少し遊ぼう？」
　先延ばしにして、目を逸らして。
　青空は、歩き出す。
　いいよ、と当たり前に受け入れてくれる笑顔すら、今は少し胸に刺さった。

　けれど、そこから少し歩いたメリーゴーランドの隣が恋人カードゲームの景品配布所。
　そろそろ、帰る時間も近い。
「すーちゃん、先にお願いしてもらっていい…？」
　森浦に、と譲ろうとしたら彼女も何か迷っているのか、そんな風に言われてしまう。
　本当は自分がもっとリードすればいいのに、分かっているのに。
　また情けなくなって、肩が落ちる。
　したいことは、別にあるのに。
　諦めて、青空は口を開く。


●願い事の行方――ヒーローの願い
「萌は、私のどこが好き……？」
　結局は、祈るように口を開いた。
　心がどうしたって弱く、萎れながら。
　青空に、護れないものは山ほどあった。
　護りたいものは、それよりももっともっともっと、多いのに。
　自分の手の足りなさに立ち竦む日はあって、そんな時も彼女は鮮やかに軽やかに、笑っている。
　眩しくて、綺麗で、愛おしいのは少しも変わらない。
　ただ、少しだけ不安になる。

　――彼女に相応しく、彼女を守る「ヒーロー」に、自分は相応しい？

　お姫様をキスで起こすのは王子様であるように。
　彼女の夢見るヒロインの手を取るのは、格好良く強くて何もかも守り通せるような、「ヒーロー」であるべきなのだ。
　迷うし、立ち竦む。自信の無さは、時に心を重くする。
　けれど、その間だって恋心はおとなしくしてやくれない。
　自分が弱かろうが、足りなかろうが、彼女の側へと心は逸る。
　側に行きたくて、触れたくてたまらないのに、自分の資格の無さに悔しくなる。
　そんな弱い顔をどう思ったのか、森浦は少しの間考えて。
「優しくて、仲間思いで、笑顔が素敵なところ」
　一つずつを大事な言葉のよう、そうっと囁く。
「――え？」
　少しの間、青空は彼女のくれた言葉を何度も胸の中で繰り返す。
　それは、自分が思っていることで。
　自分が、彼女の眩しくて愛しい場所として、恋い焦がれる部分なのに。

　どうして、彼女も。
　自分を見る眼差しは、太陽を見たように眩しげに。
　無上の幸福が、そこにあるよう愛おしげに。
　笑って、いるのだろう？

　自分が彼女を好きなように。
　彼女も自分が好きなのだと、身体も心全部で、伝えてくれる。
　それが、青空の大好きな恋人の姿で。


●ひとつの、勇気
　―――そうして、森浦は目を瞑る。
　自分のお願い、を口には出さず。
　ただ彼の傍で、真正面に向き合って。
　跳ねる胸を心の中だけで懸命に抑えながら。
　迷う心は、青空にももうなかった。
　彼女のそばに行きたがる気持ちの侭に、数歩の距離ももどかしく駆け寄って強く、背を抱き締める。
　腕の中に抱き寄せてしまえば、抱き込んで閉じ込めてしまうのはあまりにも容易で。
　顔を斜めに傾け、受け入れるのを待つ唇を攫うように重ねてしまう。
　触れてしまえば、柔らくて、儚くて――熱い。
　その感触に夢中になって甘く吸い上げ、唇が深く触れ合っていく。
　気が付けば、呼吸も忘れていた。
　不意に湧き起こるのは、小さな歓声と音楽。それから、光の海。
　メリーゴーランドの、発車時刻なのか。
　有名なプリンセスストーリーの音楽に合わせて、イルミネーションが明滅しゆっくりとカボチャの馬車や白馬が回り始める。
　その音楽が、鳴り始めて一番賑やかになる、その頃に。青空のシャツを、掴む小さな白い手がある。
　そうして森浦の唇が、ちいさく、ちいさく、動く。
「――だいすき、だよ」
　微かな、囁きは届いたろうか？
　森浦の背を抱く青空の腕が、強くなった気がして。
　いつまで、そうしていたろうか。気づけば音楽も終わっていて、青空は慌てて腕を解く。
「ごめん……！　えと、我慢、できなく、て」
　森浦は顔を上げて、少しまだ熱に浮かされたような眼差しで緩く首を振る。
「ううん〜。あたしが…」
　お願いしたのだからとでも言おうとするのか、青空は彼女だけにそう言わせて置ける訳も無くて。
「私が、――私も、したかったんだ」
　詰る呼吸の中、そう囁くのが彼の精一杯。
　景品を貰いに行こう、と歩き出す背は少し彼女を先導する位置で。
　背中を見て、森浦は少しだけ笑う。愛おしげに、十分に広い背のシャツ、その裾を少しだけ掴む。


　ヒーローになるには、きっと近道の魔法は無い。
　ただ地道な積み重ね。迷いも、葛藤も重ねての苦難の道を彼は歩むのだろう。
　己がそうと、認める日まで。
　けれど、たった一人の愛しい恋人と距離を近くする魔法なら、お互いに持っている。
　勇気を出して、胸を張って彼は言う。

「どうか今日だけは、私のヒロインでいて」

　そうして踏み出した一歩の分だけ、彼らは共に歩んでいく――。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0732　／　青空・アルベール　／　男　／　１６歳　／　インフィルトレイター】
【ja0835　／　森浦　萌々佳　／　女　／　１８歳　／　ディバインナイト】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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大変、大変お待たせいたしました申し訳ありません…！！
ヒーローとヒロインの真夏の夜に、魔法はありましたでしょうか。
お互いのことを大好きなのだと書いていて夢膨らみました…！
口調その他何かありましたらどうぞお気軽にお声掛け下さい。

常夏のドリームノベル

青鳥

エリュシオン

2012年09月24日