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『恋心をだきしめて 』
星杜 藤花ja0292


●夜の始まり
 雪成藤花は、何度も自分の部屋を確かめる。
「これで全部揃った…かな?」
 お部屋の片づけは、勿論完璧。
 元々藤花はそこまで散らかす性質でもないし、これと言っての大がかりな掃除も必要はないのだ。
 夏用カーテンも綺麗に洗って、今は眩しい鮮やかな軽い色ではためいていて。
 二人分のクッションに、お茶がいつでも出せるよう茶器セットの準備も完璧。
 夜のお菓子だって、勿論しっかりと。
 幾ら準備してもまだ足りない気がして、何度もキッチンや洗面所まで見回るのはどうしてもどきどきしてしまうから。
 楽しみで、胸が躍る。
 それは恋愛とは全く別のベクトルの。
 かといっていつもの友達と遊ぶ感じとも、またちょっと違う。

 パジャマパーティ。

 口に出した響きは如何にも甘く、楽しげな。
 女の子達の、ひみつのよるが始まる合図――。

「こんばんはー、お邪魔するねー!!」
 藤花が何度目かのチェックを済ませたタイミングで、藤咲千尋の声が扉の外から響く。
 開いて出迎えると、大きめのカバンを持った千尋の姿。
 何が入っているのか、なんて野暮なことを藤花は聞かない。
 たかが一泊とは言え、女の子の宿泊は一大事。
 しかもそれがパジャマパーティともなれば、色んなものでぱんぱんに膨らむのは当たり前なのだから。
 女の子は、たくさんの夢や恋、それからお喋りでできてるのだから。
「ひゃー、女の子って感じのお部屋だね!!」
 部屋の中を見渡しての第一声にそうですか?と藤花は笑って、荷物の置き場や部屋の中を一通り説明する。
 お風呂は、まだ勧めない。
 パジャマパーティはメインディッシュ、まずはオードブルの時間だ。
「ごはん、先にご一緒しましょうか」
「うん!」
 楽しい夜の始まりに、お互い胸を高鳴らせながら。
 まずは、夕食の時間を。


●オードブルは夕食を
 並べられるのは、ごく普通の寮の食事。
 温かいご飯にお味噌汁、白身魚はムニエルで温野菜を添えて。
 デザートは夏のフルーツを閉じ込めた冷たいゼリー。
「これも、美味しいんですよ」
「うん、十分御馳走だよー!! ……けど、も?」
 二人で食事を囲み、頂きますと手を合わせて。
 藤花の勧める言葉を聞きつけてか、きょとんと千尋が顔を上げる。
 食事を食べるとき、藤花には思い出してしまう味がある。
 いや、人と言うべきか。
 彼女の心の中だけで、どうしても思うこと。
 ――『あの先輩』の作る料理とは、違う。
「え、その…美味しいですよねって」
 頬を赤くして、慌てて首を振る藤花に、きょとんとした顔で千尋は一瞬見て。
 けれど、ムニエルへと箸を入れる。
「うんっ、美味しいねー!」
 女の子には、いくらだって秘密があるんだから。
 それを突っつくのは、突っついていいよって合図の時だけ。
 そして、それは今ではないのだと。
 おんなのこのテレパスってやつで分かっている。
「今日は、お泊りでいっぱい話せるね!」
 何を話そうか、と千尋が首を傾げて見せると、藤花が少し瞬いて。
「改まって二人だけでおしゃべりって、機会はあまりないですからね」
 うんうん、と目を合わせて頷き合う。
 喋りたいことはいっぱいあって、学校やいろんな場所で話すことも多いのだけど。
 どうしてだか、喋りたりなくなるのはこの年頃の不思議で、特権だ。
 年を取れば夜を明かしても喋り続けたい機会なんてなくなるというけれど、
 彼女達には、想像もつかない訳で。
「話もいっぱいあるんだよー!! 依頼のこととかー!」
 友達のこと、学校のこと、部活のこと。
 お互い、話はやまほど抱えている。
 藤花が一つずつ頷きながら、――深呼吸。
 その言葉を口にするだけで少し熱い気がする頬を指で押さえ、熱を逃がしながら。
「恋バナ…とかも、ですか…?」
「こここ、…コイバナ!!」
 がたん、と千尋がフォークを取り落してしまう。
 派手なアクションは、全く今同じことを彼女も考えていたからかもしれない。
「あっ、びっくりさせちゃったかな。ごめんね!!」
 いつも千尋のリアクションはちょっと元気が一杯に詰まっていて、藤花を驚かせがちなのだ。
 だから何でもないのだと、首を振って見せる。
 藤花とする話は、とっても甘くて。
 胸がどうしたってときめいてしまう。
 だから地団太を踏んだり、ごろったりもだったりするのは仕方のない、ことなのだけど。
 今日は、ゆっくり、じっくり話す気持ちなので、千尋も深呼吸。
 それに、それに。
 ――踏み切れるかなぁ?
 自分の胸に尋ねるみたいな、小さなノックをひとつだけ。
 準備は出来てる?
 もう、外に飛び出たい?
 大事に、大事に温めた優しい気持ち。
 それはとても、脆くて淡くて、愛おしいものだから。
 心が、ゴーサインを出すまでじっと千尋は抱き締めている。
 けれど、今日は話してもいい、そんな気もしていたから。


●パジャマパーティ!!
 さて、さて。
 クッションの上にぽふりと座る藤花は、淡いブルーのレースも愛らしいフェミニンな装い。
 向かい合って、手土産のお菓子を並べてどれにする?なんて笑う千尋の方も、タオル地のイエローパジャマで、二人揃ってパステルカラー。
 ふわりと膨らんだかぼちゃパンツの形が目に楽しくて可愛い千尋の姿に、何処で買ったんですか?なんてお約束の情報交換をしたりして。
 お茶を入れている最中も、千尋のお土産苺のレアチーズケーキを切り分けている最中も、話は止まらなかった。
 けれど、ここからが本番だ。
「じゃあ、藤花ちゃんの話聞きたいなー!!」
 テーマは、恋バナ。
 大好きな人、の話は千尋も聞いてはいる。
 勿論彼女はそれが彼氏になったことは知らないけれど、藤花が恋を語る様子を純粋に可愛らしいと思う。
 ほら、今も。
 想像するだけで、彼女の頬が赤く染まるのもまた可愛らしいのだ。
 彼女みたいなふーんわりな女の子になりたいなあ、と少しだけ思う。
 柔らかくって、触ったらふんわりしてそうな少女。
 恋を語るときの瞳に宿る熱すら、とっても甘くて温かい。
 藤花は、ピンク色のチーズケーキにそっとフォークを入れて一口。
 それから優しいミルクティーを飲み込むまでが、準備の時間。
 ゆっくりと、口を開く。
「……理想の人、の話なんですけれど」
 藤花の恋は、皆には秘密の恋人で。
 もしかしたら、千尋には気づかれているかもしれないけれど内緒の約束があるから口にはできない。
 だから、敢えてそんな風に前置きをする。
 千尋が笑って頷くのは、気づいていないのか、気づかないふりをしてくれているのかどちらかは分からない。
「ご飯が美味しくて、やさしくて、素敵な人――」
 口の中にふうわりと広がるレアチーズケーキの自然な甘みに苺の酸っぱさ。
 美味しいお菓子を噛み締めながら、藤花はゆっくりと思いを辿る。
 食事をしたり、お菓子を食べたりすると、思い出す顔が一つ。
 一緒に食卓を囲むことの幸福さ、誰かの為に作られた食事の美味しさ。
 おいしい、と言うと零れる笑顔。
 おいしいものを見つけたときに、食べさせたい相手。
「…一緒に、ずっといて。ご飯を食べたり、したいんです。
 辛い時も、かなしみを分かち合えて、嬉しい時も一緒に喜ぶような。
 優しい人だから、わたしがその分優しく出来るように――」
 彼女の語る相手は、既にたった一人で。
 それは夢の王子様のようなあやふやな言い方には、どうしてもならない。
「そんな人とずっとそばにいられたらなぁ、って思うんです」
 締めくくって、目を少しだけ閉じる。
 自然と、指先が耳元を少しだけ撫でた。
「うーん、可愛いーー!!!」
 千尋、ノックダウン。
 レースのクッションを抱えて、床にころころと転がってしまう。
 なんだかつられて自分まで紅くなってしまった頬をクッションに押し付け、足もばたばた。
 ごろんごろんと転がる千尋を見る藤花の口元も綻ぶ。
 幾ら、秘密の恋といったって。
 おんなのこは恋の話をしたいもの。
 こんな風に、踏み込みすぎずに聞いてくれることが彼女の優しさだと、藤花も分かっているから。
 では、彼女の恋の話は?
 はた、と藤花は少し首を傾げる。
 普段なら迷ったかもしれないけれど、今日は二人の夜だから。
「千尋先輩は?好きな人、いないんですか?」
 クッションを抱えて丸くなる少女に聞いてみると、ぴたりと、動きが止まった。


●すきなひと
 心の準備は、出来ていた。
 今が、そのきっかけの時間なのかもしれない。
 だから千尋は、ぴたりと転がるのを止めて。
 天井の模様を眺めて深呼吸。
 確かに自分の心の針が、たった一人を示しているのを自覚してから。
「うん、わたしも、好きな人いる…」
 小さく、けれどはっきりと口にする。
「わぁ、素敵ですね…!」
 藤花はそんな彼女を微笑ましく見守って、歓声を上げる。
 優しい、可愛い先輩。
 踏み込むことに躊躇いの無いアクティブさが、少しばかりうらやましい人。
 愛しい人に、いろんなことに、彼女は身体ごとぶつかっていくバネを持っている気がするから。
 お互いが、お互いにちょっぴり憧れてることは二人とも知らない侭で、甘い恋の話をする。
「でもまだ伝える勇気が出なくって、しばらくはこのままでいいかなぁって思うんだよ」
 クッションに顔を埋めた侭、付け足すのはちょっぴり弱い声。
 また、ころころと千尋は転がり始めてしまう。
 伝える、と言うのは勇気のいること。
 今までの関係が、ぎこちなくなってしまったらどうしよう?
 せっかく少しずつ築いていた愛しい関係。
 衒いの無い笑顔が、恋に壊されてしまうのはこわい。
 育てた恋を伝えるタイミングは、とっても大事。
 明後日伝えたら彼の心にも恋の種が芽吹いてるかもしれないけれど、今日の彼はまだ友情だけなのかもしれない。
 駆け引きとか、そういうことを千尋は得手でもないから、相手の気持ちなんてわからない。
 ただ一緒にいる優しい時間を、大事にしているだけで。
 恋を得る為でなく、相手のことが好きだから。
「でも、」
 考えながら、一つずつ千尋は口にする。
「好き、なんだ。――とっても、すき」
 甘い甘い恋を思う時、彼の姿は確かにあるんだって。
 口にしたら、もう揺るぎようもない確かなことだった。
 そんな彼女の様子を見下ろしていた藤花が、千尋の隣にころんと寝転がる。
 同じように、クッションを抱いて。
「千尋先輩も、きっと幸せになれますよ」
 ぽつ、と口にするのは真摯に。
 強くクッションを抱き締める手に、力が籠る。
「わたしだって幸せになれる、と思うし」
 言い切った後少しだけ考えるよう、藤花も目を瞑る。
 告白は幸せのゴールじゃないから。
 其処から手を取って、幸せに向かって歩んでいく形をずうっと一緒に考える約束。
 恋の始まりって、きっとそういうものだから。
「幸せになる権利は、きっと誰にだってあるんですから。――わたしは、幸せにしたい、です」
 やっぱり、思い描く一人のこと。
 誰よりも、幸せにしたい人。
「うん。…今も、幸せ。一緒に幸せになるのも、素敵だよね」
 千尋は彼女の言葉に耳を澄ませてから、笑う。
 この少女が恋の成就を願ってくれたのも、彼女の恋を思うのも分かるから。
「たっくさん、幸せになろうね!!」
 乾杯、の代わりにクッションを大きく掲げると、藤花もそれにぶつけるようにクッションを揺らす。

 大事な友達、素敵な恋。
 優しいものも、愛しいものもみんなここに詰まってる。


●雪成藤花が抱く恋
 藤花は、千尋が転がるのを見守ってからやっぱり彼女と一緒に天井を眺める。
 彼女の恋は、きっとまだ始まったところで。
 ゆっくりゆっくり温めていくのだろう。
 卵を育てていくみたいなその感覚は、彼女にもなじみ深いものだった。
 恋をして、恋を確かめて、恋をひとつずつ育てていく。
 そうして、相手と分け合って。
 告白の瞬間にありったけの勇気を溜めておかなければいけない。
 勿論、告白したってされたって終わりは来ない。
 新しい関係の作り方は手探りで、藤花も未だにいろんなことを考える。
 もっと触れたい、傍に居たいという気持ち。
 何が出来るのか、何をするのか、考えることは山積みで。
 しかも、未だ人にはひみつの恋。
 千尋とのやり取りに、自分の胸も高鳴るのを藤花は感じてゆっくりと目を瞑る。
「……よくばりですね。一つ手にはいったら、次のことを考えます」
 ぽつ、と零したのは殆ど独り言みたいなものだった。
 今だって奇跡的なくらい幸福だけど、もっと幸せにしたくなるこのきもち。
「うん、いっぱい。――沢山、大事だからね!!」
 千尋の弾む声が、当たり前みたいに心を撫でてくれるのに吐息で笑う。

 本当に、恋ってそういうものだ。
 一つを満たしたら、次の一つ。
 ゴールなんかないし、お伽噺のラストページはきっとまだまだ訪れない。
 自分一人のことじゃないから、どんどんと探したいものも、掴みたいものも増えて。
 その分背筋は、しっかり伸びる。
「恋って、素敵ですね」
 祈りに似て、けれど手が届くことはたくさんある。
 些細なことが、小さなやり取りが、それだけで胸をとびきり高鳴らせて。
 朝起きる度、眩しい世界を見せてくれる。
 それに、


●気が付けばもう、朝
「……わたしね、藤花ちゃんと仲良くなりたかったんだ」
 白み始める空を見て、笑ってしまいながら千尋は言う。
 ゆっくり話して、もっといろんなことを分け合えば、仲良くなれる気がしていて。
「はい、仲良くなれました。…もっと、仲良くなれる気も、します」
 嬉しげに藤花が頷く。
 女の子同士で恋の甘い話をすると、とっておきの秘密を打ち明けた気持ちにすらなって。
 夜はもう明けている。少しもねむなくて、胸ばかりが高鳴る夜だったから。
「こういうのも、夏の思い出ですよね」
 二人だけの秘密の夜、恋を語り明かすなんて物語の中の少女たちのように。
 彼女らは笑い合う。
 甘いお菓子に、温かなお茶。
 そうして恋のあまいみつ。

 毎日、愛しい恋を抱き締める為に。
 ゆっくり休んで、素敵な日々を。



登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8564/藤咲千尋/女/16才/インフィルトレイター】
【ja0292/雪成 藤花/女/16才/アストラルヴァンガード】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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パジャマ―パーティにコイバナ…!!
素敵な時間を書かせて頂き、有難うございました。
こいするおんなのこたちの素敵な夜を、描けていれば幸いです。
常夏のドリームノベル -
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エリュシオン
2012年09月24日

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