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『夏祭りの夜。〜誓いの日 』
玖堂 羽郁(ia0862)

 三火祭(ミホマツリ)、という祭が、ある。夏に行われるそれは、句倶理の里の夏の風物詩として例年、里の民に親しまれているものだ。
 それはもちろん、玖堂 羽郁(ia0862)とて変わらなかった。句倶理で生まれ育った彼にとっても、三火祭は降り注ぐ陽射しに夏の気配を感じるたびに思い出さずには居られないものであり、そうして長の一族、息子としての簡単な役割も果たしながら、概ねは里の民達と交わって祭を楽しむものでも、あった――昨年までは。
 今年は、違う。それを夏の陽射しに思い、羽郁は見上げた夏の青空から眼差しを庭へと戻した。
 今年の三火祭は、羽郁にとって2つの意味で、特別だ。1つは、双子の姉である玖堂 真影(ia0490)が、この祭と兼ねた当主就任式によって正式に、句倶理の長になること。そうしてもう1つは――

「――二ノ君、お待ち兼ねのお客様がお見えですよ」
「‥‥! 解った、すぐ行く」

 ふいに部屋の外からかけられた女房の声に、羽郁は文字通り飛び上がるように驚いた後、こほん、と1つ咳払いをして落ち着き払った素振りを装った。そうして、内心では駆け出したい気持ちを抑えながら廊下を歩き出した羽郁を、見透かしたような女房のくすくす笑いが追いかけてくる。
 昔馴染みの女房は、どうかすればまさしく姉か母のように、羽郁に対して遠慮がない。姉はともかく、母は生まれると同時に亡くした羽郁には、こんな感じかな、と想像するしかないけれども。
 ほんの少しの気恥ずかしさと、それにも勝る喜びで、自然と歩調が速くなる。それを意識して堪えながらも、羽郁は大股歩きで回廊を突っ切り、玄関へと続く最短の道を選んで通り抜けた。
 どんどん、歩調が速くなる。そんな羽郁を見た女房や家人が、微笑ましそうに目を細めて、くすくす暖かな笑みを零し。

「――柚李葉! いらっしゃい」
「――羽郁」

 やっと辿りついた玄関で、羽郁の到着をぽつねんと待っていた佐伯 柚李葉(ia0859)の姿に、嬉しそうな歓声を上げた羽郁を振り返って、彼女はほっとしたように微笑んだ。それから、お招きありがとう、と丁寧に頭を下げる。
 そうして着替えの詰まっていると思しき風呂敷包みとは別に、品の良い黄色の風呂敷で包まれた箱を、どうぞ、と手渡した。

「お養母さんからなの。詰まらない物ですけれどもどうぞ、って」
「そっか。じゃあ、せっかくだからさっそく、一緒に頂こうか?」

 その重みと大体の感じから、中はお菓子だろうと見当をつけてそう提案すると、こく、と嬉しそうに柚李葉がはにかむ。そんな彼女を見ているだけで羽郁の胸には愛おしさが込み上げてくるようだった。
 ――今年の三火祭が特別な、もう1つの理由。それは晴れて婚約者となった柚李葉と一緒に、初めて、この祭を楽しむ事が出来る、ということだ。
 それが羽郁は本当に楽しみで、彼女が来ると決まったその日から念入りに自室や、彼女が泊まる客室を掃除して、幾らなんでも気が早すぎますよ、と女房達に苦笑されてしまったほどで。今朝は柚李葉が来るころを見計らって、ちょうど葛羊羹が冷えるように葛を練り、仕込んで準備万端、整えていたのだった。
 だが、柚李葉をこの上なく大切に愛し、羽郁自身も好意を持っている彼女の養母からのお土産となれば、これを頂かない理由はない。冷やしてある葛羊羹も一緒に並べてしまえば問題ないだろうし、なんなら羽郁のお菓子はまた作り直しても良いわけで。
 これからまた、幾らでも彼女にお菓子を作る機会は、ある。そう思って、その事実を幸せに羽郁は噛み締めた。

「じゃあ柚李葉、こっち。前に来た時にもオレの部屋、案内したけど‥‥」
「ちょっと‥‥あんまり、覚えてないかも‥‥」

 羽郁の言葉に柚李葉は、困ったような、申し訳ないような顔になって、小鳥のようにちょこん、と首をかしげる。随分前の事だったし、この屋敷と来たら入ったばかりの家人が軽く本気で迷う位に広いのだから、それも無理のないことだろう。
 だから羽郁は柚李葉の手を握って、自室へ向かって歩き始めた。そんな微笑ましく、仲睦まじい様子の恋人達を、家人達がにこにこと微笑んで見守っていた。





 柚李葉の養母からのお菓子は、日持ちのする焼き菓子だった。それを見た柚李葉が、ちょこんと円座の上に座ってあの、と控えめに声をかける。

「せっかくだから羽郁のお菓子を先に頂いた方が、お養母さんも喜ぶと思うの。これは、明日また頂けばいいから‥‥」
「‥‥うん、じゃあそうしようか。明日はこの焼き菓子に合う、とっておきのお茶を用意するな!」

 そんな柚李葉に大きく頷いて、羽郁はお菓子の箱を丁寧に仕舞って文机の上に置くと、改めて冷やしておいた葛羊羹と、羊羹に合う濃茶を用意した。そうしてそれらのお皿を前に置いて、柚李葉の隣に並べて置いた円座の上に、羽郁も並んで腰を下ろす。
 2人きりなのだから向かい合って座れば良さそうなものだけれども、すぐ隣で、彼女の存在を感じていたかった。それは柚李葉も一緒だったのだろうか、彼女はそれに何も言わず、ふふ、とくすぐったそうに微笑んで。
 ゆっくりと、会わなかった間の事を、他愛なく話す。依頼の事。家の事。友人の事――

「――今日の浴衣はね、お養母さんに見立てて貰ったの。お養父さんにも、ちゃんと『行ってきます』って言えて‥‥」
「そっか。良かったな」
「うん」

 ほわり、頷いた彼女が葛羊羹を小さく切って1口、口に運ぶ。その時、部屋の外から「二ノ君」と呼ぶ声がした。

「一ノ姫のお客人を案内して参りました」
「え、姉ちゃんの‥‥?」

 その言葉に、羽郁は二重の意味で驚き、つい畏まる事も忘れて、いつもの調子でそう言った。何しろ真影は今日は、朝から安雲の別邸に所用で出かけていて、夕方まではどうでも戻らないと聞いていたし、まだ柚李葉と話してそれほど時間が経っていないように感じていたからだ。
 とはいえ姉の客人ということは、姉も一緒に帰ってきたのだろう。何より羽郁を呼んだ声は、真影に従者として同行していたタカラ・ルフェルバート(ib3236)のものだったのだから、真影が帰ってきていないわけはない。
 だから羽郁は不思議に思いながらも、ちょっと待ってて、と柚李葉に言い置いて部屋の外に顔を覗かせた。一瞬、真影を『姉ちゃん』と呼んでしまった事が脳裏を過ぎったが、畏まって『御主殿』と呼ばなければいけないような相手なら、そもそも羽郁の自室なんて私的な場所に、案内してきたりはしないだろう。
 半ばは自分に言い聞かせるようにそう考えながら、外で畏まっていたタカラへと尋ねかけた羽郁は、その後ろに居る『客人』を見てますます、驚いた。

「木原さん!? しじまちゃんに、珊瑚ちゃんも‥‥え、何でタカラと、っていうか姉ちゃんと?」
「え、木原さん達が?」

 そうしてつい、らしからぬ大声で叫んでしまった羽郁に、柚李葉もひょいと顔を出して、驚きの眼差しで客人たちを見つめている。それも無理のないことだと、羽郁は『客人』の3人を信じられない思いで穴が開くほど見つめた。
 木原高晃は、羽郁の開拓者仲間でもあって、時折羽郁や柚李葉と一緒に依頼にも赴く仲だ。そうして彼と一緒に居る少女2人は、五行は某所に居を構える清月家に修行で身を寄せる、陰陽師見習いの清月珊瑚と清月しじまで――やはり彼女達もまた、とある依頼を通じて知り合った友人で。
 随分会っていなかったと思えば、なぜ、こんな所に居るのか。二の句が告げず、パクパクと口を動かすしか出来ない羽郁の耳に、こほん、とタカラが咳払いをするのが、聞こえた。
 はッ、とそれに気付いて羽郁はぎくしゃくと、「とりあえず、入って下さい」と高晃達を自室に招き入れる。こちらの対屋は羽郁と真影しか使っていないが、まったく人が寄り付かないわけではないし、こんな所で騒いでいては目立つ事この上ない。
 すまんね、と笑った高晃はさして気負った様子もなく羽郁の自室に入ると、さらに並べた葛羊羹を見て「をぉ、うまそうだな」と相好を崩した。その後ろから入ってきた珊瑚としじまはと言えば、2人で手を取り合って、どこか不安げな眼差しだったのだけれども。
 3人は、羽郁が部屋の隅から持ってきた円座に腰を下ろして、薦めた葛羊羹と濃茶に口をつけると、ほっと息を吐き出した。そんな3人に嬉しそうに、柚李葉がにこにこと話しかける。

「あは、又会えて嬉しいです、元気でしたか?」
「は、はい。その‥‥まだまだ、修行中の身です、けど‥‥」
「私はこの春、御師から1人立ちのお許しを頂きました。今は清月家に居候をさせて頂きながら、近隣のアヤカシ退治などで少しずつ経験を積んでいます」
「そうなんだ‥‥じゃあ、いつか依頼で一緒になるかな?」
「まだ、開拓者登録をするかは考えていなくて‥‥御師は『金剛』に遊びに行けば、などと仰いますが」

 はぁ、と深いため息を吐いた珊瑚に、聞いていた高晃もどこか遠い眼差しになって、あの御師は、と何とも言えない表情を浮かべた。『金剛』とは五行に幾つか存在する、陰陽師だけで構成された自由集団の1つだが、少なくとも『遊びに』行くような場所ではない。
 とはいえ彼の言いそうなことだと、羽郁は思わず苦笑した。同じことを思ったのだろう、柚李葉もまたくすくすおかしそうに肩を揺らしている。
 それからぽろ、ぽろ、と依頼の事などを懐かしく話していたら、廊下をばたばたと走ってくる足音が聞こえて、知らず5人は押し黙った。その足音は真っ直ぐにこちらへと近付いてきていて、羽郁にはすぐにそれが、双子の対たる姉の真影のものだと、解る。
 案の定、ばっと部屋に飛び込んできたのは、簡素な狩衣に腕を通した真影だった。彼女はぐるっと部屋を見回すと、まっすぐ柚李葉へと飛びついていく。

「柚李葉ちゃん! いらっしゃい」
「真影さん。お招きありがとう」

 そうして満面の笑みでそう言ったのに、柚李葉がはにかんだ笑顔になった。それにふる、と首を振って、真影がぎゅっと柚李葉に抱きつく腕に力を込める。
 それからまたあれこれと、真影も加わって懐かしい依頼の話や、共通の既知でもある彼らの師匠、高晃の友人であるサムライの話題などに花を咲かせた。用意した葛羊羹はあっという間になくなって、柚李葉の養母からの焼き菓子まで出さなければなるまいか、と羽郁は真剣に考える。
 とはいえ今夜は、儀式が終わったら里まで降りて、夜店を楽しむ予定で。ならばそろそろお菓子は控えた方が、と思った頃、部屋の外でまたタカラの声がした。

「御主殿、そろそろ――」
「――もうそんな時間? ごめんなさい、あたしそろそろ、行かなくちゃ」
「気にしないで、真影さん。お仕事、頑張ってね」
「木原さんも、しじまちゃんや珊瑚ちゃんも、ゆっくりしていってね。羽郁、頼んだわよ」

 今度呼ばれたのは真影で、彼女ははっと腰を上げながら皆に頭を下げ、最後に弟に釘を刺すと、慌ただしく部屋を後にする。実のところ姉は、今夜行われる産火の儀式の主役として、目が回りそうなほど忙しいはずだった。
 飛び出していった真影にびっくりした様子の4人に、そう説明すると柚李葉がぽつり、心配そうに呟く。

「真影さん、大丈夫かな」
「んー‥‥でも、姉ちゃんの傍にはタカラも居るし、いざとなったらオレもいるしな」
「――うん」

 笑ってそう言ったら、ほっとした様子で柚李葉が笑みを綻ばせ、頷いて。だがすぐにそんな羽郁達も儀式に出席する為にバタバタと慌しくなって、高晃達は戻ってきたタカラが整えた客室へと案内していった。
 ――産火の儀式は、祭事神殿で行われる。今日の羽郁の役割は、その儀式で姉が三本の大きな柱のてっぺんの篝火に火を灯す前に、精霊と一族に捧げる舞を舞う事だ。
 それは羽郁にとっては幾度も踏み慣れた舞台だった。けれども今日の舞台がいつもとちょっと違う事には、今日の舞の曲を奏でるのは、婚約者として名実共にお披露目を済ませている、柚李葉なのだ。
 最初にそれを聞いた時には、柚李葉はひどくびっくりして、それから恐縮したようだった。けれどもしばらく考えてから、私でも出来るのなら、とこっくり、頷いてくれて。
 けれども女房の手を借りて、羽郁と真影がきっと柚李葉に似合うだろうと用意した華やかな衣装に身を包んだ柚李葉は、ひどく緊張した様子でぎゅっとお守りのように横笛を握り締めていた。

「柚李葉、大丈夫? オレがいるから」
「――うん」

 そんな彼女の、笛を握る手に力が篭り過ぎて真っ白になった手を両手で包み込むと、柚李葉は青ざめた顔を懸命に笑みの形に動かし、頷く。すっかり冷たくなった柚李葉の手が少しでも温まればいいと、羽郁は彼女の手を包み込んだまま、祭事神殿をぐるりと見回した。
 祭事神殿にはすでに、多くの人々が顔を揃えていた。とはいえ誰もが出席できる、という儀式ではないから、それでも顔ぶれは少ない。多くの里人は神殿の外で、儀式の様子を伺うように見つめているだけだ。
 少し待っていたら、祭壇に真影の姿が現れて、産火の儀式は始まった。堂々と口上を述べ、儀式を進める真影に伴って、タカラを含む周りの人間も、要所要所で己に割り当てられた役割を、果たす。
 次はいよいよ出番だと、柚李葉を振り返ったら彼女はこくり、頷いた。そうしてすっと立ち上がった彼女の横顔が――瞬間、変わる。
 まるで、先ほどまで緊張で怯えていた柚李葉は、どこかに消えてしまったかのように。或いは彼女に、この場に居るのであろう精霊が降りたのではないかと思うほどに――ひどく澄んだ表情で奏でる柚李葉の横笛が、夏の夜空に澄んだ音色を響かせた。
 それに合わせて舞を踏みながら、羽郁はそんな柚李葉を眩しく見つめる。これは精霊と長に捧げる舞だけれども、同時に今の羽郁にとっては、陶酔したように笛を奏で続ける柚李葉に捧げる舞でも、あった。
 永遠にも思える、僅かの時間。ふいに笛の音が途切れ、それと同時に羽郁の舞も、終わる。
 真影が、儀式神殿の前に据えられた三本の大きな柱のてっぺんの篝火に、同時に火を灯した。――三火祭の語源でもある、煌々と燃え立つ三つの炎。
 一気に、里の方から賑やかな気配が押し寄せた。里の住人にとってはここからが、祭の本番だ。
 大役を終えて、ほっとした様子の柚李葉が、羽郁の良く知る柚李葉であることを無意識に確かめながら、羽郁は「柚李葉」と声をかけた。

「この後は、どうする? いつもはこのまま、着替えて里の夜祭に向かうんだけど」
「――うん、じゃあ、行こうかな。お養母さんが見立ててくれた浴衣も、着なくちゃ」

 羽郁の言葉に柚李葉は、ほんの少し考えてから、こくりとそう頷いた。そうして2人、手を繋いで本邸まで戻ると、儀式の為の衣装を脱ぎ捨てて、同じく着替えた真影やタカラ、高晃達とともに、いそいそと里へと下りていったのだった。





 夜祭は盛況だった。里に近付くにつれて、ぽつり、ともる灯りが一つ、二つと増えていき、耳を澄ませば賑やかな祭囃子が聞こえてくる。それにつれて自然、祭へと向かう足取りもうきうきと楽しげなものになってくるのが、自分でも解る。
 だから羽郁はもちろんの事、みんな、目いっぱい夜祭を楽しんだ。金魚すくいにりんご飴、氷菓子、射的に冷やし胡瓜。
 傍らの柚李葉とはぐれないように、しっかりと手を繋いで、そんな1つ1つをじっくりと眺めていたら、ふわぁ、と珊瑚としじまが息を吐くのが聞こえた。ん? と振り返ったら、少女達は顔を見合わせて、ほんのちょっとくすぐったそうに羽郁と柚李葉を見つめている。
 「あ」と小さな声を上げた柚李葉が、慌てて手を放そうとして、でも放しがたいように、どうしたら良いのか解らない様子で顔を赤らめ、わたわたする。それが可愛いと、思わず目を細めて幸せを噛み締めた。
 昔の柚李葉は、あまり、積極的には甘えてくれない少女だったから。こうして、放しがたいと思ってもらえるのがひどく、嬉しい。
 自分達と同じく恋人同士で並んで歩いている真影が、けれどもそんな様子は露ほども見せないで、しじまと珊瑚をからかうような口調で言った。

「しじまちゃんと珊瑚ちゃんは、誰か、好きな人は居ないの?」
「私はこの春、御師から1人立ちを許されましたけど、まだまだ至らない事ばかりで、とても他の事は考えられません」
「わ、私は、その‥‥清月には御師しか、いらっしゃいませんし‥‥その、早く、1人前の陰陽師に、なりたくて‥‥」
「ふぅん‥‥じゃあ、木原さんはどうなんですか?」
「ん? 俺はまぁ、のんびりと、だな」

 それに少女達は顔を見合わせた後、揃ってふるると首を振る。だがちらりとしじまが高晃を覗ったのに気づいたのだろう、ひょい、と高晃に話題を振った真影に、振られた当の高晃はといえばひょいと肩を竦めると、顔を顰めて「大体、御師の世話が忙しくてそれどころじゃないしな」と妹弟子と似たようなことを嘯いた。
 何となく、この人は決定的にどこかが鈍いのかもしれない、という気が、する。いや、今のはちょっと、気付いてあげても良いんじゃないだろうか。
 微妙に気まずくなった空気を払拭するように、柚李葉が「しじまさん、珊瑚さん」と少女達に声をかけた。

「あっちに細工飴がありますよッ。一緒に食べましょうッ」
「細工、飴‥‥?」
「飴を好きな形に細工してくれる屋台よ。しじまさんは初めて?」
「その、村には、あまり来なかったから‥‥」

 柚李葉の言葉に、きょとん、と首をかしげたしじまを引っ張って、珊瑚がぱっと顔を輝かせて柚李葉と一緒に、細工飴の屋台へと歩いていく。どうやら珊瑚の方は、この年頃の少女に多いように、甘いものが大好きらしい。
 そんな3人を見送っていたら、小声でタカラと何かやり取りをしていた真影が、嬉しそうに少女達の後を追っていった。ちら、とタカラを見ると涼やかな笑顔だけが返って来て、彼もまた真影の後を追って細工飴屋へと向かっていく。
 長の屋敷の一ノ姫のことは誰もが知っているから、真影様、姫様、と周りから声がかけられていた。そこに羽郁が加われば、長の屋敷の双子は里でもかなり有名だから、ちょっとした騒ぎになってしまったのだけれども。
 ――賑やかな祭りの喧騒は、翌日になるといや増した。昼間ということもあってだろうか、前夜に増して見渡す限りの屋台が立ち並び、ちょっと進むのにも人混みに困るくらいで。
 昨夜は薄青の狩衣で夜祭を楽しんでいた羽郁だけれども、今日は柚李葉の浴衣に合わせて、紺地に蒼藤の刺繍をあしらった浴衣だ。柚李葉は今日も、養母が見立ててくれたという、翠の地に囀る小鳥の柄の浴衣を着ている。
 そんな彼女とはぐれないよう、しっかりと手を握った羽郁は、ひょい、と反対側の袖をしっかり掴む少女2人を振り返った。

「大丈夫か? もっと、はぐれないようにしっかり捕まっても良いよ」
「だ、大丈夫、です‥‥」
「ご迷惑をおかけしてすみません‥‥」

 そんな言葉に恐縮しきりで、少女達はつつましく羽郁の浴衣の袖を握りながら、手を取り合って必死に後をついて来る。そうして真影とタカラ、高晃の姿は、どこにもない。
 どうやらこの人混みのせいで、いつの間にか、彼らと離れてしまったようだった。気付けば周りに居たのはこの4人だけで、これ以上はぐれるのはまずいだろうと、こんな格好で出店を回ることになったのである。
 押し合いへし合い進むうち、ふふ、と柚李葉がふいに笑い声を零した。何となく、この様子がおかしくなったのだろう。しじまと珊瑚もどうやらそれは同じだったみたいで、反対側で顔を見合わせて、くすくす肩を揺らして笑っている。

「うーん‥‥この調子じゃ姉ちゃん達と合流するのは難しそうだし、とりあえず、そこの店で氷菓子でも買って食べようか?」
「はい‥‥!」
「氷菓子って初めてです」
「そうなんですか? 町のほうだとあまり、珍しくはなくなってきたんですけど‥‥」

 そうして笑い合いながら、羽郁達は氷菓子屋を覗き込み、それぞれ別の味の氷蜜をかけて食べ比べた。なんだかひどく、美味しかった。





 香木の森は、一歩足を踏み入れると柔らかな良い香りが、森いっぱいに漂っているような心地がした。それはもしかしたら、ここでじっと愛しい人の訪れを待つ気持ちが、羽郁にそう感じさせているからなのかもしれないけれども。
 夜も更けた今となっては、祭の喧騒は静まり返り、虫の声だけが聞こえている。時々、森の中を吹き抜ける夏の夜風が森の木の葉を揺らして、さやさやと耳障りの良い音を立てた。
 かさ、と草を踏み分ける音が、静かな森に響く。そちらへと眼差しを向けた羽郁は、ようやく訪れた待ち人の姿に、ほっと息を吐き出した。

「柚李葉」
「ご、ごめん、羽郁‥‥遅れちゃった?」

 これでも急いだんだけど、と申し訳なさそうに頭を下げる柚李葉に、笑って首を振る。今夜、香木の森で2人きりで会おうと誘ったのは、羽郁の方からだった。
 屋敷でも羽郁の部屋で2人で過ごす事は出来るけれども、いつ人が訪れるとも限らないし、仰々しく人払いするのもなんだか、気まずい気がする。それにこうして、こっそりと2人で秘密を共有するように、特別を重ねるのはひどく、心が躍ってどきどきとするものだった。
 柚李葉もそう思ったのだろう。ひとしきり謝り終わると、途端に彼女はそわそわと落ち着きなく辺りを見回したり、羽郁をじっと見上げたりした。そんな彼女を抱き寄せると、小さな細い体がすっぽりと腕に収まる。
 そっと、身を寄せるように柚李葉が遠慮がちに、羽郁の胸に頬を寄せた。月明かりでも解るくらい、彼女の顔は真っ赤に染まっている。
 そんな彼女が、腕の中のぬくもりが愛おしいと、思った。月明かりの下、恥じらいながら身を寄せてくる彼女も、けれども羽郁に抱かれるがままに、どうしたら良いのか解りあぐねた様子でそのまま動かずに居るのも、何もかもが愛おしくて――何よりも、美しい。
 陶酔したように笛を吹いていた、柚李葉の横顔が蘇った。あの時の彼女も、今の彼女も、どちらも紛れもなく柚李葉で――紛れもない、羽郁の最愛の人だ。

「柚李葉、綺麗だ‥‥愛してる」

 腕の中の彼女に囁き、ますます赤く染まった頬にそっと口付けを、落とす。と、ありがとう、と消え入りそうな声が聞こえた気がして、羽郁はますます彼女を抱く腕に力を込めたのだった。





 翌日は、姉の当主就任式だった。とはいえ実際に忙しいのは、主役である真影とタカラを始めとする家臣団の面々であって、羽郁自身は就任式で果たす役割は決まっているし、それほど難しい事もない。
 だから羽郁は今日はのんびり、自室で柚李葉や高晃、珊瑚たちと話して過ごした。幸い、柚李葉の養母から貰ったお土産のお菓子がまだ余っていたから、果物を漬けて冷やしたお茶をそれに合わせて、出す。
 午後になると、やっと準備の隙間が出来たらしい真影がやってきて、珊瑚としじまに、と昔使っていた陰陽術の教本を渡していった。その合間にもタカラが何くれと様子を伺いにきたことを教えると、どこにそんなヒマがあったのよ、と怒りながら心配をしていたけれど。
 ゆっくりと腰を落ち着ける間もなく、慌しくまた部屋を飛び出していった真影に、柚李葉達が心配そうに顔を見合わせた。高晃がのんびり、羽郁に声をかける。

「あんたの姉さんも大変そうだな」
「そうですね。今日を過ぎたらちょっと、マシになると思うんですけど」

 言いながら、本当にそうだろうか? と内心、思う。先代の長でもあった羽郁の父は、確かに忙しい人ではあったが、思い返す限りは忙しさのあまり余裕までなくなる様な事はなかった気がしたけれども。

(父上は規格外だもんな‥‥)

 実の父に向けるにしては、あまりにひどい感想を胸の中だけに抱く。だがあの父を表すのに、正直なところ、羽郁にはそれ以外の言葉が思いつかないのだ。
 だからひょいと肩を竦めてそれ以上の言葉を避けた羽郁に、察したように高晃は頷き、何も言わなかった。――妙なところで鈍いが、こういうところでは察しの良い男である。
 やがて夕刻が近付くと、女房達が柚李葉の着替えを、と部屋まで迎えに来た。彼女は今日は、羽郁の婚約者として真影の当主就任式に、一緒に出席する事になっている。
 ちら、と不安そうな顔で柚李葉が羽郁を振り返った。

「どうした? 大丈夫だよ、柚李葉」
「う、ん‥‥あのね、羽郁、もし時間がかかったら、先に行っててくれる? お役目が、あるんでしょう?」

 そんな彼女に笑いかけると、心配そうな言葉が返る。どうやら柚李葉は、もし自分が遅れてしまったら、羽郁も就任式に遅れてしまうのではないかと、心配していたようだ。
 解った、と頷くと、ほっとした様子で女房達と一緒に部屋を出て行く。きっと彼女の事だから、見ず知らずの女房達に着替えを手伝ってもらう事も恐縮に違いないし、1人で式場まで向かうのも不安に違いないのに、それよりも羽郁を気遣ってくれたのが、嬉しい。
 だからそんな柚李葉を安心させる為、高晃たちが察して客室に引き上げた後、就任式用の句倶理の武人の正装である蒼と銀と黒基調の直垂と略式具足に着替えた羽郁は、柚李葉がまだ着替えに時間がかかる事を確認して、本邸を出た。式場である特設櫓までは、まっすぐ行けばまだ十分に余裕のある時間だ。
 羽郁は少しゆったりとした歩調で、そちらに向かって歩き始めた。もしかしたら、途中で柚李葉が追いつけるかもしれない――そう考えていると、背後から「二ノ君」と声がかかる。

「宜しければ、途中までご一緒しませんか」
「――ああ」

 振り返ると、そこには薄紫の束帯姿に着替えたタカラが、いつもの涼やかな微笑を浮かべて立っている。それに頷いて羽郁は、彼が追いついてくるのを待った。
 ぽつり、ぽつりとこれからの就任式のことを、話す。今日の主役である真影は、すでに特設櫓に作られた控えの間で、着飾られて窮屈に過ごしている事だろう。それに比べれば柚李葉は遥かにマシだけれども、もう少し時間がかかりそうだ、などと。
 そうですか、と相槌を打っていたタカラが、ふいに足を止めた。それに気付いて二、三歩先に進みかけた羽郁は立ち止まり、振り返る。
 タカラの、従兄の眼差しが、真っ直ぐに羽郁へと向けられた。

「‥‥ニノ君は、姫と共に父君と戦われると思っていました」

 そうして紡ぎ出されたのは、あの夜の事。真影が父に謀反を企み、実行に移した夜――すべてにおいて一対である真影と羽郁は、けれどもあの日、別行動だった。
 ああ、と羽郁はタカラがなぜそんな事を言い出したのか察し、ほんの少し息を吐いた。真影を至上とする彼が羽郁に疑念を抱くことは予想していたし、いつか聞かれるだろうとも、思っては、居て。

「あれは、姉ちゃんの指示だったんだ。いざという時には姉ちゃんの代役を努める為に、オレは待機してろ、って」
「――代役? 二ノ君が?」

 その言葉に、タカラは頓狂な声を上げた。その気持ちは羽郁にも解ったから、咎める気にはなれなかった。
 一対とはいえ、真影と違ってそも、羽郁は句倶理の通力が微弱だ。そんな彼が真影の代役など務まるはずもない――本来ならば。
 けれども、と羽郁は当たり前に、当たり前ではない言葉を、続ける。

「万一の時は、姉ちゃんの心臓を喰らって通力を高めて、例の禁術を実行する予定だった」
「‥‥!」
「タカラなら、解るだろう?」

 知らず、口元に浮かんでいた笑みが果たしてどんな種類のものだったのか、解らない。我ながら現実感がないと思ったのかもしれないし、そうならなくて良かったと思ったのかもしれないし――そうなったら柚李葉はどう思っただろうと、思ったからかも、知れない。
 禁術『心喰い』。相手の心臓を食す事でその力を吸収する、氏族でも迷信じみた術――だが、一対たる自分達ならば、きっとこの術は発動するだろう。
 真影と羽郁は少なくとも、それくらいに一対だった。自分達のような存在のためにあるのではないかと思うような術――いざという時には姉の代わりに、姉に成り代わって父を討つ為に、その覚悟をしておいて欲しい、と。
 それは羽郁にとって当たり前に決められた覚悟だった。対である真影に何かがあれば、その身代わりと成るのは幼い頃から考えるまでもなく当たり前に、そうするものなのだと感じていた事であったから。
 だから――あの時、改めて覚悟を促され、羽郁は迷いなく頷いた。それが、自分と姉との間にある絆であり、自分の存在意義だったから。
 タカラがそれに、何を思ったのか、知らない。それ以来、極端に口数の少なくなったタカラは特設櫓の手前で、舞台の脇に向かう羽郁と別れて、真影が居る控えの間へと足を向けたから。
 それを聞こうとも思わなかったし、また聞くべきことだとも思わず、羽郁は舞台の脇から客席の方に目を凝らした。自分がここに立つのは、姉が登場してからのほんの少しの間で、後は客席で柚李葉と共に、就任式を見守る事になっている。
 だから自分の席の辺りを見つめると、ちょうど柚李葉が周りに頭を下げながら、ちょこん、と席につく所だった。青緑色を基調とする、句倶理の伝統装束である巫女風の衣装。額に輝くのは、銀の額冠だ。
 それがよく似合っていると、目を細めた羽郁に「そろそろ」と舞台の脇に控えた家臣の1人が、声をかけた。そろそろ、式の始まる時間だ。
 頷いて櫓舞台を見やったのと、そこから真影が姿を現したのは、同時。一歩、踏み出してきた真影の姿に、様子を見守っていた里人達がシーン、と静まり返った。
 伝えられるところによれば、真影が今身に纏っているこの衣装は、初代の姫長が正装としていた、といわれているものだ。鮮やかな紅と黄金色、そうして輝く夜闇を思わせる漆黒が品良くあしらわれた、長い年月を経たとは思えないほど美しい衣装。
 高貴で、艶やか。清楚で、華やか。
 そんな衣装に身を包んだ真影は、我が姉ながらまさしく言い伝えの姫長のように、思えた。それに誇らしさを感じながら、真影が櫓舞台の中央に立つを、見守り。
 一拍を置いた後、羽郁は舞台の脇から力強く宣言した。

「我らの新たな句倶理王・真影姫である!」

 それに呼応するように、真影が大きな声で宣言する。

「我は第13代句倶理王である!」

 ――その宣言に、一瞬の静寂の後、歓声が響き渡った。新たな王の誕生を寿ぎ、祝う民達の声。句倶理の新たな時代の幕開けを喜ぶ、人々の喜びの声。
 ここまでくれば、羽郁の役割は終わりだった。そっとその場を抜け出して、他の人々と同じく真影の姿に見惚れている様子の柚李葉の傍らに、さりげない仕草で着席する。

「羽郁。――お疲れ様」
「お待たせ、柚李葉。その衣装、よく似合ってる」
「あ、ありがと‥‥」

 そうして、恋人の手をぎゅっと握って囁きながら、羽郁は舞台の上で始まった真影の舞をじっと、見守った。先にも羽郁は祭事神殿で舞ったけれども、今日の舞は姉の、姉だけが舞うことを許される、長の舞だ。
 タカラの鼓の音が、聞こえる。その響きと舞を感じながら、羽郁は手の中の柚李葉の温もりを、ぎゅっと大切に抱き締めた。





 今年の句倶理の三火祭は、こうして更けていったのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /     PC名     / 性別 / 年齢 /  職業 】
 ia0859  /    佐伯 柚李葉   / 女  / 17  / 巫女
 ia0490  /    玖堂 真影    / 女  / 19  / 陰陽師
 ia0862  /    玖堂 羽郁    / 男  / 19  / サムライ
 ib3236  / タカラ・ルフェルバート / 男  / 29  / 陰陽師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そうしていつもながら、お届けが遅くなってしまって、申し訳ございません‥‥orz

息子さんの新たな誓いを胸に抱く祭りの物語、如何でしたでしょうか。
なんというか、想像とか、アレンジの部分がやや、多くなってしまったやも知れません、が‥‥ッ(汗
何か、イメージしていたものと違う、というようなところが在られましたら、いつでもお気軽にリテイク頂ければ幸いです(かくり

息子さんのイメージ通りの、覚悟を見据えるノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
常夏のドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年09月28日

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