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『眩しき夏は、泡沫の 』
ルドルフ・ストゥルルソンja0051

●プールサイドにて
 真夏の、とあるプール施設。
 複合型のそれなりに大きなこのプールは、巨大なスライダーや波の出る形式のプールなど幾つもの施設を持っている。
 逆に、それ故にただ広いだけの普通のプールゾーンはあまり人気がない。
 家族連れは、やはりスライダーなどで遊ぶということだろう。
 しかし、その一角が今は微かなざわめきを見せていた。
 中心となるのは、ルドルフ・ストゥルルソン。
 真夏の太陽の下、色素の薄い目を庇うように掌を翳しながらも見上げるのは――雲一つない、真っ青な空。
 細く精緻なブロンドが肩口を越して流れ緩く纏められてから、この炎天下の中でも日焼けのしないノルディック特有の真っ白な肌へと零れ落ちている。
 面差しは何処か物憂げで、睫毛の影すら淡く儚い飾っておきたいような麗人の姿に、どうしても人の目は吸い寄せられていく。
 そのすらりとした長身と水着の上から薄い上着を羽織る服装で男性と知れる麗人は、他人の視線には気づかないのかビーチチェアで悠然と足を組み、空ばかりを見ている。
 だが、不意に背から跳ね上がるように身を起こして、大きく手を振るのは連れが来たのだろう。
「セシル、こっちだよ」
 儚げな風貌からは意外にも、気安げで親しげな声が零れる。
 何度も大きく手を振って見せる先には、もう一人異国の風情を纏う女性の姿。
 彼の恋人たる、セシル・ジャンティが人目を気にしながらゆっくりと歩いてきていた。
 ルドルフとは対のような色合いの、艶やかな金糸の髪が均整のとれた肢体へと絡み付いては零れてしまうのを結い上げようと細い手が押さえ、手早く束ねていく。
 その分隠すものの無くなった体は、パーカーこそ羽織っているものの淡い色のビキニが彼女のボディラインを明確に際立たせていた。
 細くくびれた腰、すんなりと伸びた足に無駄な脂肪は少しも無い。
 アメジストの目が、少し気恥しそうに瞬いて伏せられてしまう。
「…あまり見ないで下さい」
 気恥ずかしさにか頬を染める紅の色は、透き通るような白の肌の所為ではた目にもよく分かり、
 抗議のように彼を見上げる眼差しの熱までが初々しく、何処か人形のような硬さすら感じる彼女の容貌が今はひたすらに可愛らしい。
「いやあ、肌白いなぁって思ってさぁ」
 対するルドルフは、彼女の様子を好ましげに腕を組んでしみじみと観賞する。
 まるで体温がないかのように白く美しい姿は、彼を見るなり温度のある誰よりも愛しい女へとくるくると色を変える。
 彼の為にと考えてくれたのだろう水着も勿論彼女の魅力を引き立てるし、
 そもそもに男性とのデートに慣れていないだろう彼女がこうやってここに居るということも愛しくて堪らない。
 並みの男なら眩しすぎて目を逸らすか、もしくはなめまわすように見てしまうだろう彼女の水着姿も、
 姉妹が要て見慣れている所為か、単純に好意ばかりで世にも幸せそうに観賞をしている。
「…もう」
 いつまでも眺めていそうな恋人の様子に、セシルは弱り切った吐息を一つ零し。
 これ以上こんな風にみられていては、恥ずかしくて堪らないとばかり側へと寄って、上着をそっとチェアへと落とす。
 代わりに、恋人が膨らませておいてくれた浮き輪を抱え。
「行きましょう、せっかく来たんですから」
 早口で告げ、踵を返してプールの方へと向かう足は少し早目に。
 恋人の手首に、細い己の指先をしっかりと絡めて。
「うん、いこっか」
 何もかもが好ましく、愛しくてたまらないとばかりルドルフもまた彼女の供として歩き出す。
 手首を掴んだ手を、確かな形に繋ぎ直してから。


●柔らかな水
 足先からそうっと入ると、水が心地よい抵抗で身体へと纏わりついてくる。
 深さは、足が余裕でつくくらい。
「水中訓練では、無いのですね」
 小さくセシルが呟く。
 水圧は水を楽しめる範囲に抑えられており、勿論余分な水流も無ければ、深度もさほどは用意されていない。
 学園に来て、恋人とあるという意味が些細なことでしみじみと感じられる。
 家を出た後は、ただ軍人として生きるばかりだった自分の生活は、大きくこの学園で様相を変えた。
 その、大きな要因は目の前にいる、彼女を必要としていつも愛を注いでくれる恋人だ。
「ふふ、冷たくて気持ち良いですね」
 零れた声は、自分でも驚く程に甘く、寛いでいて。
 暖かな太陽の日差しの下で、ぬかるんだ水の中で腕をばたつかせてみる。
 浮き輪に身体を通してしがみついてみると、身体がふわりと浮く感覚も楽しい。
 その浮き輪に通された紐に、そっと手を添える恋人が横へと滑り込む。
「うあー、冷たっ!けど暑いから丁度良いね♪」
 浮かべる笑みは心からのもので、台詞も勿論忌憚ない彼の本心だ。
 ―――多少、笑みが引きつっているような気はするが。
 白鳥は水の中では懸命に足を動かしているというたとえもあるが、彼もわりと真剣に水深を確かめたりしている。
 足がつけば問題はない、と自分の中だけで小さく頷く。
「ルドルフ、どうかしましたか?」
 顔を上げれば少し心配げに身を乗り出しているセシルの姿があり、それだけで楽しくなって彼女の乗っている浮き輪をゆっくりと引く。
「大丈夫ー。あっち、ちょっと静かだよ」
 安心させるように笑んで、ぐん、と浮き輪を引っ張っていく。
「…きゃ、」
 少し驚いた小さな悲鳴が上がり、セシルが体勢を崩しかけるのに己の肩を示して笑い。
「ここ、手を置いて?」
「………はい、有難うございます」
 甘えることの下手な恋人は、いつだって甘やかされると綺麗なパープルアイズが僅かに見張られ。
 それが、直ぐに委ねきって煙るような優しい色へと綻ぶ。
 目の前で、華が開くように。
 彼は、彼女のそういうところが大好きで、いくらだって、なんだってしてやりたいと思う。
 ややあって遠慮がちに肩にしがみつく、小さな細い手の感触。
 銃を持つのに慣れていても、恋人に触れることにはおっかなびっくりの戸惑いと、――委ねられる重みの信頼。
 本当に、なんだってしてやりたいのに。
 世界中の素敵なものを全部彼女の手の中に運んできてあげたくなるのに。

 ―――けれど、それはきっと、かなわない。


●今あるもの、先にあるもの
 ぱしゃ、と太陽の光を浴びてきらきらと輝く水をセシルは両手で跳ねあげる。
「あっ、こら」
 じゃれかかるセシルに、ルドルフも笑うばかりの声でわざと大きく腕を動かし、水を弾く。
 高い位置から降ってくる水しぶきに、両腕で顔を庇うがどうしたって濡れてしまう。
「お返しのお返しです」
 今度は、水鉄砲の形にして水を飛ばすけれど、それは外れ。
「じゃあ、お返しの、お返しの…」
 笑いながら、浮き輪をぐんぐんと引っ張るルドルフの肩へと腕をしがみつかせるのも、もう安心してできるようになった。
 少し前には全く想像もできなかった、今は当たり前の日常。
 恋人が傍に居て、笑っていて。
 自分も、そこにいるのだということ。
 セシル・ジャンティという存在を、何より尊い宝物のよう抱き締めてくれる恋人が、ある。
 時間の欠片ひとつでも、空に舞う水しぶきみたいに太陽を抱え込んで鮮やかで、同時に、儚い。
 同じものは二度と、還らない。

 ――幸せ、です。永遠にこの時が続けばいいのに。

 祈りを込めて、セシルは彼が作った水しぶきを、両の手で受け止める。
 けれど当たり前に掌から滑り落ちて、儚く水は零れていく。
 一瞬、胸の深いところが強く痛むのに堪えて笑うと、恋人の顔は直ぐ近くにあった。
「そういえばこの間部活の連中と川行って来てさー。なんでか知らないけど、いきなり川に投げ込まれたんだよねぇ」
 声を立てて、彼は笑う。おどけて、彼女と居るのがただ楽しいばかりのように。
 けれどその紫の眼差しは湖より深く、心の奥までも包み込むような優しい色で。
「楽しかったですか? 川も、いってみたいですね。日本の景色は綺麗だと言いますから」
 こちらも相槌を打ちながら、いつしか浮き輪はプールの端へ。
 セシルの揺らぐ表情を、他には見せないよう背と身体全体で、ルドルフが庇っているのに気付くともうどうしようもなく弱い息が、零れた。
 口に出せば、それはどんどん重みを持ってしまうのに。
 それでも言葉にしてしまうのは、心がそれを求めてしまうから。
 静かな凪いだ微笑の侭で、彼女はとうとうその言葉を口にする。


●泡沫の、
「わたくしも貴方も撃退士。死を恐れていては天魔に立ち向かう事など出来ません」
 罪無くして罪を懺悔するように、セシルの手はいつしかルドルフに伸ばされている。
 彼の手を両の手で包み抱き、己の胸に押し当ててその温もりを確かめる。
 軍人である時から、もしかしたらその前から。
 命が失われるときにはただそうあると、呆気ないものであると分かっていたはずなのに。
 命を奪い、奪われる覚悟は出来ていたのに。
 撃退士として、任務に従い、死地にも踏み出して行く覚悟すらとうに持ち合わせはある筈だった。
 なのに、たったひとつ、目の前の命を失う覚悟は、彼女の心の何処にもできていない。
 力を込めて、腕を引く。優しく添うてくれるこの手は、どこか遠くに逃げ出そうと言っても、ついてきてくれるだろうか?
 命のやり取りも、死地への任務も無い、二人だけの穏やかな地へ行きたいのだと彼女が乞うたら、或いは――?
 考えてしまうことに、セシルの口元に自嘲じみた笑みが浮かぶ。
 どうしても震えてしまう指先を、彼の手から無理矢理引き剥がす。
 滑稽な願いを、叶わぬ願いを口にしてしまう前に。
「わたくしは死を恐れている。貴方を失うことが怖いのです、ルドルフ」
 そう、彼を見上げるセシルの表情は、軍人でも撃退士でもなく。
 たった一つだけの寄る辺を失うことを恐れる、一人の若い女性の顔で。
 頼りない、弱い色の眼差しにルドルフは浅く息を飲む。
 一瞬だけ浮かんだ狼狽の色が、どうか彼女に気づかれないように祈りながら、浮かべるのはごく優しい笑みで。
 自分から離してしまう手を追いかけて、今度はルドルフが彼女の掌を包み込む。
 震えが止まるまで、じっと手の中で抱き留めているつもりで。
「怖いからこそ、恐れるからこそ、だから人は誰かを愛しいと思うんじゃない?」
 囁く声が、どうか、どうか彼女の心に何より、だれより優しく触れますように。
 ほんの少しでも痛めつけないよう、何もかもが今だけはこの世界が全て彼女に柔らかく降り注ぐよう。
 硝子の脆い細工を抱くより、余程丁寧にルドルフは恋人の指先までを撫でて体温を伝えていく。
「滑稽ですね。元軍人であるわたくしが弱音を吐くなど」
 剥き出しの感情を理性で無理やり押し込めようとするセシルの声も、表情も痛々しい。
 日に焼けない肩がやけに細く見えた。
 自分に言い聞かせ、気丈に笑いながら。
 気づいて、いるのだろうか?
 彼女の頬に伝う涙を。
 幾筋も、幾筋も、眦から零れる透き通った切ない滴を流す心を、彼女が押し隠そうとする痛々しさを。
 手の震えすら自分に許さないとばかりきつく握り締める、その指をゆっくりと解き解していく。
 たとえ、先がどうあろうと。
 彼女の涙を、拭ってやりたかった。
 この細い糸で己を張りつめさせている、内側の一番脆いところを抱き締めてやりたかった。
 それは、それだけは本当で。
 だから、ルドルフは日差しに負けないほどに温かく、柔らかく笑う。
どうしようもないことなど、分かっているのです」
 力がすっと抜けて、彼の腕に凭れるよう縋るよう、顔が寄せられる。
 その温度だけは確かだと、今だけでも温かなものを求める彼女の身体を、ルドルフは背を支えて抱き締めてやる。
 そうして、彼女が欲しい言葉を、自分があげたい言葉を誓いじみて口にする。
「大丈夫、俺は死なない。君の側に居続ける」
 軋む心を押し隠して、彼は恋人に嘘をつき続ける。
 儚く冷えた唇に、ルドルフは己の熱と吐息を分け与えるよう重ねて。
 言葉にかキスにか、彼女の硬い身体が解けていくのが分かる。
「――どうか、」
 彼女の細い声は、それ以上言葉にならずただ口づけの深さと強さに、飲み込まれる。

 何処かで、水が弾けた。
 誰かの歓声が鮮やかに響いた。

 目を開ければ空は、ただ底抜けに青く。
 一度しかない、夏の色。
 二人で同じ空を見ていた。
 二人で同じ夏を過ごしていた。

 ――幾度共に過ごせるかも分からぬ、夏を。


●嘘吐きの彼氏は、泡沫の夢を見せる
 ――ごめんよ、愛しい人。この嘘吐きをどうか許して。
 抱き締める指先は、少しだけ強く。
 けして明かさぬ、心の内側を伝える代わりに。
 ルドルフは、嘘をついている。
 何よりも愛おしい宝物に、けして許されぬ嘘を。
 彼の身体は、―――長く、もたない。
 元々が生まれたときから傷んで、今も痛めつけ続けている身体だ。
 彼の身体には、光纏の負担は強すぎてその一歩ずつが黄泉路へと進むもの。
 戦いに赴くだけで、不調を訴える身体でけれど、彼はこの稼業を続けている。
 とうに、全てが終わる覚悟は出来ていた。
 心残りが、あるとすれば。
 ――そう遠くない未来に…きっと、君を置いて逝く。
 取り残される、大事な愛おしい恋人。
 全身で縋る、この愛しい女に彼は未だ、告げていない。
 だから、ただ、ただ笑って。
「大丈夫だよ」
 どうか、と告げられる祈りに同じ安心を手渡すばかり。
 まるで次の季節も、その先もあるようなまぼろしを。
 胸は軋みながら、身体を蝕む痛みより余程強い苦痛で心に縛りながら。
 それでも、愛しい恋人に。

 泡沫の夢を、見せる。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ja0051 / ルドルフ・ストゥルルソン / 男 / 20 / 鬼道忍軍】
【 ja3229 / セシル・ジャンティ / 女 / 23 / インフィルトレイター】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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御用命下さり、有難うございました。
そして、大変、大変お待たせしてしまい申し訳ありません…!!
こちらの諸事情でどうしても仕上げる順番も前後してしまったことも合わせ、お詫び申し上げます。
執筆自体は本当に楽しんで、大事に書かせて頂きました。
夏も過ぎた頃の納品になってしまったこと、本当に申し訳ありません。
何かありましたら遠慮なくご連絡下さい…!
常夏のドリームノベル -
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エリュシオン
2012年10月03日

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