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『Trick or Treat? 』
人形屋・英里8583

1.実り…過ぎたサツマイモ
 秋。食欲の秋。実りの秋。
「豊作が豊作を呼んだのだ」
 大きな廃屋のような洋館の屋根裏。そこには小さいながらも立派な畑が存在する。
 人形屋英里(ひとかたや・えいり)はそこに山と積まれたサツマイモを見ながら「うん」と頷いた。
「困りましたねぇ。さすがにこの量は一気に消費できる量じゃありませんよ」
 掘り返して一息ついた鬼田朱里(きだ・しゅり)は、驚くほどの量を掘ったことに気がついた。
 朱里は英里とこの屋根のひとつ下に一緒に暮らす仲だ。
 とはいえ、恋人かと聞かれれば違うと思うし、友達かといわれるとう〜ん…と、まぁ、そんな仲だ。
「芋けんぴ、大学芋、ふかし芋……うーん、それでもまだまだ余りますね」
「お裾分けしても?」
「お裾分けしても」
 朱里にそう返されて、英里は困った顔をした。
 たくさん採れるのはいいことだ。
 しかし、それは全て誰かに食べてもらえてこその収穫物。
 喜んでもらえることが大切だ。
 英里は考える。どうしたらいいのかを。
「そうだ! スイートポテトを作りましょう!」
 朱里の言葉に英里は思わず聞き返す。
「す、すい??」
「スイートポテトです。茹でたサツマイモを裏ごしして、形を整えて焼く西洋のお菓子だそうです」
 朱里はサツマイモを持てる限り持って、台所へと運ぶ。
「それを作ってどうするんだ?」
 英里の言葉に朱里はにっこりと笑う。
「今日はたしかハロウィンなので、お菓子を配ってもいい日らしいです。…そうだ。草間さんのところに持って行きましょう」
「はろ…はろうぃ??」
 混乱する英里に優しく朱里は諭す。
「西洋のお祭りなんだそうですよ。ほら、『バレンタインデー』や『ホワイトデー』と一緒ですね」
「なるほど」
 英里はふむっと納得した。
 きっと西洋の人たちはお菓子が好きなのだ。好き過ぎてきっと皆にも配ってしまうほどなのだ。
「…何か手伝えることはあるか?」
「じゃあ、一緒に作ってくれますか? スイートポテト」
 朱里が顔をパァッと明るくしたので、英里は少し微笑んだ。
 2人で何かするのは悪くない。朱里の楽しそうな顔を見るのは嬉しい。
 全てのサツマイモを運び終えると、2人は台所に立って皮むきを始めた。

 美味しいお菓子になぁれ。


2.赤頭巾と時計ウサギ
「良い仕事をしました」
 にっこりと最後のスイートポテトが焼きあがると同時に朱里は満面の笑みを浮かべた。
「これで全部か?」
「はい、これで全部です」
 とても満足したように朱里は完成したスイートポテトを見回して、英里ににっこりと笑った。
「ありがとうございました」
「なんで礼を言う?」
「だって一緒に手伝ってくれましたから」
 ニコニコ上機嫌の朱里に英里は少し驚いたような顔をして、目を細めた。
「さて、次に取り掛からないと」
「え? 今これで全部だって…」
 朱里の言葉に英里は首を傾げる。すると朱里はまた微笑む。
「ハロウィンには仮装をするのが規則なんだそうですよ。着替えましょうね」
 ノリノリの朱里に英里はやれやれと思いながらも、何がいいだろう?と考えるのだった…。

 衣装棚を探すと赤い頭巾が出てきた。
 そういえばこんな赤い頭巾をかぶった少女のお話があったはずだ。
 英里は頭巾と同色の服を探した。
 赤いエプロンドレス。これと赤い頭巾を組み合わせたらどうだろう?
 …いいかもしれないな。
 そういえば、朱里はどんな格好をするのだろう?

 扉を開けると、そこには籐の籠にスイートポテトを詰め込む白いウサギの扮装をした朱里がいた。
「あ、赤頭巾ですね。すごく可愛いです」
「そ、そうか」
 褒められて悪い気はしない。
 朱里の手伝いをしながら、英里は朱里の姿もとても似合っていると思った。


3.まだまだ余ります
 外に出るとすでに夜の帳が下り始めていた。
 宵闇に明るく光るジャックの頭。
 街を闊歩するのは可愛いおばけたち。
「さぁ、お菓子をあげるからおいで」
 大人たちの声に、駆け寄る子供達は口々に言う。
「Trick or Treat!」
 にぎやかな街角、おばけたちの世界。
 日常とは違う、少し不可思議な世界。
 そんな中を朱里と英里は近所の人々にスイートポテトをお裾分けしつつ、草間興信所を目指す。
「Trick or Treat!」
 途中、何度か行きかう子供たちにそういわれ「?」マークをつけながらも、スイートポテトをお裾分け。
 子供達は既製品のお菓子がもらえると思っていたらしく、びっくりしていた。
「ありがとう、お姉ちゃん。お兄ちゃん」
 嬉しそうに走っていく子供たちに、英里も朱里も思わず笑みがこぼれる。
 そうか。あの言葉を言えば『すいーとぽてと』を渡してもいいのだな。
「とりっく・おあ・とりーと」
 英里は道行く人々全てにそう言いながらスイートポテトを渡し始めた。
 さぁ、草間興信所までもうすぐだ。

「こんばんは。お裾分けに…」
 大音量のブザーを鳴らして、英里と朱里は草間興信所へと入った。
 するとネコ耳のカチューシャをつけた草間零(くさま・れい)と犬耳カチューシャを嫌そうにつけた草間武彦(くさま・たけひこ)が「おぅ」と出迎えた。
「今日は2人一緒なのか」
 草間がそう言うと朱里は嬉しそうに笑った。
「ハロウィンなのでスイートポテトのお裾分けに来ました」
「…? なんでハロウィンでスイートポテトなんですか?」
 零がよくわからないといった顔で朱里と英里を見比べる。
「たしか、はろうぃんは菓子を配る日なのだろう?」
 英里がそう言うと、零は今度は草間のほうを見た。
 兄弟の無言の会話に、朱里は何かを感じ取ったようだ。
「え……? 僕達、間違えてました?」
「いや、間違いではない。間違いじゃないんだが…お菓子をあげるのは『Trick or Treat!』と言ってきた子供にであって、誰彼かまわずお菓子をやる日…ではないぞ?」
 草間にそういわれて、朱里は少なからずショックを受けているようだ。
 西洋の文化は難しいな…英里は納得した。
「と、とりあえず頂きましょう! 折角持ってきてくださったんですし!」
 零が慌ててお茶の用意をする。
 そして4人はスイートポテトを食べ始めた。
「おぉ。美味いな」
「英里さんの作ったサツマイモですから」
「どうりで美味しいわけですね」
「…ありがとう」
 和気藹々と食べる4人だったが…。

 やっぱり予想通り、多いものは多い。
 4人で食べきれる量ではなかった…。


4.緊急ミッション発生
「捨ててしまうのはやはり…誰か渡せそうな人、居るか?」
 英里は考えて、そう草間に訊いた。
 草間は難しい顔をして「そうだな」と考え込んだ。
「うーん……子供達にもほぼ、渡してしまいましたし」
 道すがらに渡してきた子供たちや大人たち、近所の人たちに配ってまだこの量。
 それを話すと零はびっくりしたようだった。
「どれだけ作ってきたんですか?」
 零の問いに朱里は「…えっと、沢山?」と困ったように笑った。
「いい案ありますか? 草間さん」
 朱里がそう聞くと、草間はおもむろにこの地域の地図を取り出し指差し始めた。
「ウチの事務所がここ。んで、ココまで歩くと…」
「? 何が??」
 あまりに唐突な説明に英里も朱里も、零までもがぽかんとしている。
 しかし草間はお構いなしにニヤニヤと笑って話を続ける。
「あそこの連中は終始頭使ってばっかだからな。美味いもの食えば、ちったぁマシな記事も書けるかもしれない」
 記事? 一体何のことだ??
「もしかして…白王社ですか!?」
 零がようやく思い当たったように、大きな声を出した。
「その通り。まぁ、子供じゃないが、脳味噌の中は子供みたいなもんだ」
 ニヤリと笑った草間に「白王社?」と英里は訊ねた。
「あぁ、昔なじみのヤツが雑誌の編集をしててな。怪奇系じゃちょっと名の知れた雑誌なんだが…『月刊アトラス』って知らないか?」
 訊かれて英里は「あ、あと…??」と頭を横に振った。
「…そうか。まぁ、知らなくてもいい世界はあるさ。とにかく、そこなら多分色んな人間もいるだろうからスイートポテトの完食も夢ではないわけだ。さ、行くぞ!」
 草間はそう言うと先頭に立って歩き出した。
 英里は少し不安になって朱里を見ると、朱里は優しく微笑んで「いきましょう」と手を繋いだ。

 その手はほんのりと温かくて、英里はホッとできた。


5.白王社にて
 月刊アトラス編集部は現在修羅場中である。
「えぇい! 寝てるのは誰!? 原稿あげるまでは寝かせないわよ!!」
 叱咤激励するのは有名鬼編集長・碇麗香(いかり・れいか)その人である。
「…!? ね、寝てましぇん!」
 ハッとその声に起きたのはダメ編集者・三下忠雄(みのした・ただお)である。
「相変わらずの殺伐さだなぁ…」
 草間がそう呟くと「あら」と碇はまるで珍獣でも見るかのような眼差しで草間を目視した。
「誰かと思ったら草間探偵じゃない。どうしたのかしら? 仕事がなくてうちに就職でもしにきたの?」
「だぁれが仕事がないって? …折角ハロウィンを楽しませてやろうと思ったのになぁ…」
 どうやら旧知の仲らしい2人の会話に、なにやら殺気を感じたりするが気のせいだろうか?
「ハロウィン? あぁ、だから仮装しているのね。折角だから用件だけは聞いてあげるわよ?」
 碇の言葉に草間は朱里に視線を移した。
「私、鬼田朱里といいます。ハロウィンなのでスイートポテトをお裾分けにきたのですが…」
 朱里の言葉を聞きながら、碇はじーっと朱里の顔を見つめて何かを朱里に言ったが英里には良く聞き取れなかった。
「まぁ、いいわ。スイートポテトを持ってきてくれたわけね。ありがとう」
 にっこりと笑った麗香は、先ほどまで怒号を上げていた同一人物とは思えない。
 こういった表情のくるくる変わる人形が作れたら…なんだか面白そうだ。今度作ってみようか。
「そっちの子は…赤頭巾なのね。アリスじゃなくて」
「あ、あ…?? …人形屋英里という。よろしく頼む」
 英里がそう言うと、麗香は「こちらこそ」と名刺を差し出した。
「社会人のたしなみとして貰っておいてくれるかしら? 何かいいネタとか情報掴んだら売り込みに来てもらってもかまわないし」
 麗香はそう言ってにこりと笑うと、編集部内に大声を張り上げた。
「可愛い赤頭巾ちゃんと白兎さんからスイートポテトの差し入れが届いたわ! しっかり味わって食べなさい!」

『おーーーーーー!!!!』

 湧き上がるアトラス編集部内。スイートポテトはあっという間に編集者たちに持っていかれた。
「手作り!? 美味い! なんていうか…人の温もり感がコンビニ弁当とは違うね!」
「これで勝つる! 勝つるぞ!!」
 空になった籠と張り切って仕事に戻る編集者たちを見て、英里はふふっと小さく笑った。
「どうかしました?」
 朱里が訊くと、英里は答えた。
「喜んでもらえてよかった」

『とりっく おあ とりーと!』

 そう英里たちが言うと、編集者たちは英里たちに満面の笑顔を返した。
 少しでも笑顔を。少しでも楽しさを。

 それがハロウィンの魔法…。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女性 / 990歳 / 人形師

 8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男性 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル

 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ) / 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵

 NPC / 草間・零(くさま・れい) / 女性 / ? / 草間興信所の探偵見習い

 NPC / 碇・麗香(いかり・れいか) / 女性 / 28歳 / 白王社・月刊アトラス編集部編集長

 NPC / 三下・忠雄 (みのした・ただお) / 男性 / 23歳 / 白王社・月刊アトラス編集部編集員

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 人形屋英里様

 こんにちは、三咲都李です。
 ご依頼いただきましてありがとうございます。
 最後の方をお任せいただいたので、初対面になる月刊アトラス編集部へとお誘いしてみました!
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。
ハロウィントリッキーノベル -
三咲 都李 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年10月03日

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