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『ジャックの悪夢/闇の向こうに光差す 』
星杜 藤花ja0292

●悪夢の入り口/藤花
 それは、とある夜の物語。
 雪成 藤花は、自室で穏やかな時間を過ごしていた。
 肌寒くなってきた気候はもうすっかり秋のもの。
 秋にだって、遊ぶことは尽きない。
 紅葉にお祭りに、――ハロウィン。
 恋人と何をどうするか、なんてことをカレンダーを眺めて楽しげに考えていたはずなのに。

 ざわり、と胸のどこかが揺らぐ。
 ひどく、嫌な予感がした。
「……せんぱい?」
 恋人は今、バイトに行っている筈なのだけど。
 なんだか胸が騒いで、携帯をコールする。
 行く度も鳴るコール。
 気ばかりが焦って、―――やがてぷつ、と通話に切り替わる。
「あの、」
 声を投げたつもりが、圧倒的なノイズに打ち消される。
 ザアザア、と不吉な雑音。
 その向こう、その奥から。
 誰かの声が、聴こえた気がして。
 耳がちりちりと痛む。
 触れるのはイヤーカフの硬さ、刻まれた炎の指触り。
 そうしたらもう、いてもたってもいられなくなった。

 彼女は、歩き出す。
 何処に向かって?
 そんなことは、分からない。
 ただ真っ暗な闇が目の前に、いつの間にか続いていた。
 誰に向かって?

 そんなことは、―――とうに分かりきっている。
 恋しい人の元へ、どうか。
 少しでも早く。


●悪夢
 紅く、昏い闇が広がる。
 焔と藤花はお互いにその闇の縁に立っていながら、自分以外の人間に気づけない。
 今世界で一番会いたい相手に、気づかない。
 それが、この紅い闇の呪縛だった。

 闇が凝って、小さな少年が生まれる。
 ふわ、と柔らかい銀色の髪に青の眸。
 いっぱいの楽しさとお土産をリュックサックに抱えて、走っている。
「……あれは、俺だ」
 焔が吐き出す声は、低く枯れていた。
 抱き留めようと咄嗟に手を伸ばすが、届かない。
 あれは七歳の頃の、自分。
 この先に行っては駄目なのに。
 少年は走る、走っていく。
 その表情が、驚きと恐怖に染められる。
 門柱を潜ろうとしたところで立つ、二体の醜い影。
 ――ディアボロだ。その鋭い鉤爪が少年の喉を抉ろうとした瞬間、血の華が咲いた。

 舞うように踊り込む、小柄な影。
 鮮やかに風に靡く、緑なす黒髪。
 優しい色合いのレースやコサージュで彩られた装いは如何にも愛らしい少女は、その手に不釣り合いな散弾銃を持っている。
 迷わずに少年を背に庇うと、身体の底まで響くような轟音と共に銃弾がばら撒かれる。
 アウルで作られた銃弾は、ディアボロの腕を砕き、腹を砕き、頭を砕いた。
 鮮血は少女の可憐な服も、うつくしい髪も全てを汚しながら。
 少年も、彼女の肩越しに鮮血を、肉片を浴びる。
 銀色の髪が朱に汚れて、白い肌がピンクの肉に塗れて。
 目を大きく見張っていた、―――全ての光景を目に収めて。

「……駄目だ」
 焔は、弱く首を振る。 
 その場に膝をついて、己の掌で口を抑え込む。そんなことが、どうにもならないことなんて分かっていても。
「言うな、言わないで…」
 懇願は誰の心にも、届かない。
 少年は何処か夢見る瞳で。
 初めての恋に触れるような眩しさで、笑って。
 口を開く。

 ―――きれいだね。

 確かに、その時少年は見惚れていて。
 それが、焔の罪だった。

 血と肉の塊に成り果てた、ディアボロだったものは何故か二重写しで焔には見える。
 そう、彼はもう知っているから。
 苦痛に歪み、死相を晒す姿は男女、並べて二つ。
 焔の、両親だった。


●観る者
「……焔、せんぱい」
 藤花もまた、その光景を観ていた。
 手を伸ばしても、擦り抜けてしまう。
 声は、何処へも届かない。
 あまりにも見覚えがある幼子が、彼女の恋人を想像させない訳もなくて。
 だから、彼女はただみていた。
「わたしの、出来ることを――します」
 目の前に映し出される陰惨な光景に、呼吸が苦しくなる。
 目を瞑ってしまえば楽だと思う。
 血の匂いすら感じられるような気がして、胸の前できゅっと拳を握りしめた。
 嫌悪は、少しも感じなかった。
 ただ彼の苦痛を思えば、胸が痛まない訳はない。
「目を、逸らしてはだめ」
 凛と通る声は、自分に言い聞かせるもの。
 目を塞いで、耳を塞いで知らないふりだって出来るだろう。
 けれど、それではだめなのだ。
 彼がきっと晒したくない、隠し通したいものは愛おしい恋人の確かな一部なのだから。
 視界が曇るのが怖くて、だから今は泣かない。
 両の手はいつか、祈りの形に組み合わされていた。


 光景は、未だ続く。
 両親の姿を横目に、ふらふらと少年は進んでいく。
 もう誰もがいない、独りの家に。
 不気味なほどにがらんとしていた。
 家と言うのは、家族がいなければただの箱に成り下がるのだとその時に分かる。
 ダイニングは不思議と、その侭に残されていることに少年は気づく。
 大きな鍋がガスコンロの上に置かれている。
 用意された食器、少年が気に入っていた専用のスプーン。
 ああ、ああ。
 だってその日、少年はカレーが食べたかったのだ。
 とびきり楽しい遠足の後に、とびきりおいしいカレーを食べたかった。
 家族で。
「……良い匂い」
 少年は、鼻をひくつかせる。
 血臭に麻痺した嗅覚に、料理の残り香はあまりにも優しく――甘い。
 火を使うのは、初めてではない。
 迷わずに少年はスイッチを着けて、小さな料理の灯を点す。
 だってもう、温めてくれる人は何処にもいないのだから。
 何処にでもあるような、カレー。
 けれど、この家でしか食べられないカレー。
 幾重にもスパイスが香って、子供の舌でも食べられるように優しい味の。
 丁寧に炊かれた真っ白いご飯に、ごろごろと野菜の入った魅惑的なルゥ。
 楕円形の皿に乗せて、気に入りのスプーンを添えて。
「いただきます」
 椅子に座っても、手を合わせても一緒に食べてくれる人は誰もいなくて。
 声は、やけに室内を寂しく響かせる。
 自分でカレーの準備ができたのに、褒めてくれる人もいない。
 ほかほかと湯気を立てるものを、一掬い。
 頬張ると口の中に広がるカレーは、いつもの自分の家の味。
 やさしい家族の、日常の味。
「…おいしい、」
 本当に、本当においしい。
 目を閉じれば何も変わらない家族はそこにいるんじゃないかと。
 こんな自分は消えてしまって、昨日までの当たり前があるんじゃないかと。
 ―――両親だったモノの虐殺を見て心躍らせた少年なんて、いなくなるんじゃないかと。
 少年は、笑う。
 あたたかな食事に胸を満たされて。
 幸福なのだと。
 ―――わらって、わらって、わらいつづける。
 未だ、鮮血に汚れた顔を拭いも出来ずに。



●回顧
 焔は、思い出す。
「俺の好み〜? スプラッタとか好き、散弾銃で派手にひゃっはーな感じで天魔とかにぶっぱなすんだ〜」
 そういうものを観るのが好きだと、折につけて言っていた自分を。
 紅く飛び散る血潮が、原型ものこさぬ肉片が好きだと言った。
 確かに、言い続けた。
 ――俺は、本当は。
 ――あの赤さを、あの惨劇を。
「――きで、見――れて、            」
 心のどこかで、声がする。
「………見ないで」
 己の心の在りようも、こんな茶番も。
 本当に焔は、純粋にスプラッタが好きで、それをどうして何度も口にしたのか。
 知って欲しかったのか。覆い隠したくなかったのか。
 ――何を?
 考えれば考えるほど、心の奥の醜い自分が浮き上がるようで懸命に顔を押さえ、その場に崩れ落ちる。
 闇は、少しずつ彼にも忍び寄っていた。
 彼の心が本当に血肉に興奮したのか、――ただ颯爽と立ち向かう撃退士の姿に心揺らされただけなのか。
 本当のことは、分からない。
 けれど焔にとっては全てが、罪でしかないから。

 藤花も、また。
 そんな彼を見ていた。
 全ての惨劇を、立ち尽くす位置で見届けて。
「お願いします。――あのひとのもとへ」
 昏い闇は、二人を遮る。
 昏い闇は、先を覆い潰す。
 それでも彼女が祈る、その手から。
 一本の、細い糸が零れる。
 きんいろの、ひかり。

 縫い付けられたように動かなかった足が、漸く進む。
 一歩、二歩、歩いてしまえばこんなにも近い。
 自分より余程背の高い彼の姿は、こんなにも小さく。
 だから迷わず腕を伸ばして、その胸の中に蹲る彼をしっかりと抱きしめる。
「みつけた、…先輩。そばに、います」
 何より先に、口にする。


●夢の先に
 焔の方に真っ直ぐ歩み寄る小さなその影は、彼にとって世界で一番会いたくて、世界で一番――今だけは、会いたくない人だった。
 焔が好むのは、血肉なのだと。
 両親の惨殺死体を見てなお、光景に見惚れてしまう最低のバケモノなのだと。
 焔は、言ってはいない。
『先輩は、とても優しいひと』
 腕の中で囁く甘い声、眩しい眼差しが嫌悪に淀んだら本当にもう、どうしていいかわからない。
 そもそもに幸福を望んだ、望んでしまったことすら。
「俺は、―――」
 此処にいても、いいのか。
 生きていて、幸せになっていいのか。
 問おうにも、彼の関わった愛しいものは既に死んでいる。
 許可は、誰からも貰えない。
 けれど。
 柔らかくて、温かな温もりにいつしか彼は、包まれていた。

 言葉をかけようと思った。
 何か、伝えたいことは山とある気がして、一つも言葉にならないから藤花はただ、焔を抱き締める。
 腕の中に、この温かさがあること。
 彼の一番心の弱い個所に触れることを許されること。
 傷も痛みも、全て抱き締められる距離を、この孤独な人がひとりで生きなかったことの幸福を。
 共に生きられる、奇跡を。
 藤花は喜ぶことも、愛おしむことも出来る。
 焔の、出来ない分だけ。
 広い背中も、大きな肩も、柔らかな髪も。
 今は驚く程に儚くて、彼女が抱き締めて押さえていなければいけない。
 寄り添って、支えることができる。
 触れた瞬間に、怯えた目の色が少し揺らいだ気がしてそれだけで藤花は幸福だと思う。
 彼は、自分を見てくれる。
 彼の傷は、自分が――癒していける。
「いいんです。先輩、――幸せになって、いいんです」
 お伽噺で悪い魔女の魔法をとくようには、彼の心は凍えすぎているけれど。
 藤花が泣くことは、出来る。
 氷がとけるように、流れた涙はひどく静かで。
 焔の頬に、温度を伝える。
 きっと、これは二人分の涙。
 少し焔の顔がこちらを見て、だから藤花は唇を重ねていく。
 呼吸が、熱くて荒い。
 苦しそうな、水に溺れた物のような。
 ゆっくり、ゆっくりと。
 世界に空気があることを、彼に教えなければならない。
 温かな吐息を吹き込んでいく。
「わたしは、先輩が好きです。全部を、好きです」
 惨憺たる光景をどれだけ見ても。
「何を見ても、何を知っても嫌いにならない自信があります。
 だって、先輩の生きていてくれること、わたしのそばにいてくれること。
 全部が、わたしの幸福なのですから」
 泣きながら、藤花は笑う。
 強がりでも、安心させるためでもなく。
 ただ彼があることの幸福に胸が満ちて。


●淡い光
 見ないで、と言う暇もなかった。
 こんな俺を嫌いになった?と問う暇もなかった。
 彼女は、いつだって。
 真っ先に、鈍い自分をきらきらと追い越して言葉をくれる。
 腕が少し動いて、彼女の背を掴む。胸に抱き込めば小さく、なのに強く凛々しい少女を。
 唇が触れる感触に、貪るよう呼吸を重ねた。
「…いなく、ならないで」
 彼女の唇までも冷えてしまえば、彼は立ち尽くすしかないから。
 いつだって、失うことが怖い。
 きらわれるのも、死なれるのも。
 自分の側から、砂が零れるように消えていくのが、怖くて堪らない。
 腕の温もりは、キスの柔らかさは。
 今日も――彼女は、焔の側で生きている。
 こんな哀しい、夜でさえ。
「大丈夫です」
 優しい声は、耳元で囁く。
「一緒に幸せに、なりましょう。……きっと、それを望んでます」
 誰が、とは藤花は言わない。
 けれどそれが、答えの還らぬ問いへの想いだと、焔は分かる。
 本当に?
 それは、誰にも応えられないけれど。

 暗闇は、少しずつ壊れていく。
 藤花から零れる光が溢れて、ゆっくりと焔を包む。
 それは、いつしか笑いながらカレーを食べる少年と二重写しになって、藤花はその両方を強く、強く掻き抱く。
 昏い夜は、淡い光に溶かされていく。


 朝はもう、直ぐそこだった。


「いきましょう、先輩」
 藤花がいい、焔は頷く。
 蹲る昏い闇の夢から、二人は歩き出す。
 夜明けに向かって。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ja5378 / 星杜 焔 / 男 / 17 / ディバインナイト】
【 ja0292 / 雪成 藤花 / 女 / 14 / アストラルヴァンガード】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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トラウマ暴露悪夢大会だぜひゃはー!!
ということで御用命有難うございました。
闇には優しい光が、届きますように。
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エリュシオン
2012年10月11日

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