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『+ 君と過ごすハッピー・ハロウィン・ナイト! + 』
九乃宮・十和8622



 おいで、おいで。
 誘う声は闇の中より出で。
 おいで、おいで。
 甘く甘く貴方の耳元で囁く声。


 さあ、目を覚まして。
 でも気をつけて、此処は夢の中。
 まだまだ続くハロウィン・ナイト!


 ここではなんでも叶うから。
 君の望みを――夢のまにまに。



■■■■■



 いつもの収録場所、いつもの楽屋。
 でも何かが違う、それがハロウィンマジック。
 さあ、それに最初に気付いたのは――。


「あれ、これって夢っぽい」


 アイドルグループ「Mist」のティールこと九乃宮 十和(くのみや とわ)。
 彼は現在魔法使いの格好になっており、自分がこんな衣装に着替えた記憶が無い事からここが夢の中だとそう判断した。ぶかぶかローブに魔法使いのとんがり帽子、小さな杖という典型的な魔法使いの姿。楽屋を出て左右を見渡しても普段なら人通りの多いその場所には人影が無い。


「ねぇねぇ、黒ちゃんはどう思う?」


 普段はカラス姿の彼が召喚した不定形生物――愛称・「黒ちゃん」に声を掛けてみる。今はカラスではなく本来の姿に近い黒い球体悪魔猫プチになっており、それもまた小首をくりっと傾げる様に動かし「状況が良く分からない」といった行動を示した。
 十和は折角だしと楽屋を抜け出し、テレビ局を出て町へと繰り出す。
 現実世界なら仮装で外を出ようものならファンの子に捕まって大変な目にあうが、ここは都合の良い夢の世界。もし町の人に会ったのならば――。


「Trick or treat!!」


 杖を一振り、悪戯魔法を掛けてみて。
 そしてぽふんっと一発。なんと大人もびっくり、子供化+コスプレの世界へとご案内! まさかこんなに楽しい魔法が使えるなんて思っても居なかった十和は誰かに使いたくてウズウズし始めた。


「おや、十和さんではありませんか」
「あ、朱里だー! Trick or treat!」


 Mistのメンバー仲間であるアッシュもとい鬼田 朱里(きだ しゅり)を街中で見かけた十和は素早くお菓子を貰いに走り、ハロウィンの時期にだけ使える魔法の言葉を口に出す。いつもの服装で街中を歩いていた朱里は最初キョトンっとした顔で十和を見つめるが、やがて彼がキラキラとした表情で返事を待っているのを見るとその意味に気付き、自分の荷物からそっとクッキーを取り出し彼に手渡した。
 お菓子は何かと誰かに――強いて言うなら主にこうやって十和にあげるため常時しているため朱里本人への危険は無事回避されたのだが。


「ちえー……悪戯できない」


 何やらクッキーを貰った十和本人は不満足そうで。
 一体何がどうしたのやらと朱里本人は首を傾げるばかり。そこで一応は外見年齢も実年齢も上である朱里は十和に理由を聞いてみた。すると。


「なんとそういう事が出来るのですか! それは是非掛けて欲しいですね!」


 それはもう勢い良く揺るぶられる朱里の子供心。例え彼の本性が『鬼』で三桁は余裕で生きていたとしてもそういう悪戯は大好きなのである。
 どんな悪戯か話したばかりの十和はむしろ朱里が乗り気になってくれた事に気分を良くすると、それはもう嬉々とした表情で杖を構える。朱里は「さあ、来い」とばかりに心構えをした。
 それはハロウィンの魔法使い。
 不思議な不思議な魔法。
 振り下ろされた杖の先からぽふんっと煙が出て朱里の身体を包み、そのまま覆い隠したかと思えば――やがて現れたのはなんと十歳くらいの可愛い女の子!! 全体的にちまっと、元々華奢だった身体も一層華奢な身体つきとなり、着ている服装は悪魔っ子のコスプレ衣装。


「あり? 女の子にも出来るんだ、これ」
「それは試してなかったんですか?」
「てへ☆」
「ああ、しかしこれはこれで私可愛い姿になって」
「朱里、とーっても良く似合ってるよ!」


 十和が普段の自分よりも細くて愛らしい女の子になった朱里へと拍手をしつつ、今の相手の格好を上から下まで眺め見る。
 現在の彼――ではなく、彼女の姿は上はヘソだしの黒服、下は黒とオレンジのフリフリミニスカートにオレンジで縁取られたショートブーツを履いており、さらに背中に悪魔の羽に、悪魔の尻尾が生えている。まさに典型的なロリ悪魔っ子! 一部のマニアなお方にはそれはもう追い掛け回されそうな魅力的な格好である。
 朱里自身も性別転換にはびっくりはしたものの、過去夢の中ではあるが女の子になった事があるため平気であった。それに彼自身も言う程神経質ではない。いや、むしろこういう事は楽しむものにあるもので。


「ええ、ええ。こういう悪戯は乗らなければ損です!」
「うわぁー、笑顔が眩しいね♪」
「ふふふふふ、私も悪戯側に回れませんかね。標的いませんかね」


 キラキラとした満面の笑みを向けられ、十和がわざとらしく手を持ち上げ何かを遮断するかのように掲げた。既にやる気モードとなった朱里の言葉に十和も段々とテンションが上がっていく。


「朱里がいるんだったら他の二人もいるんじゃないかな? お菓子貰いに行こうよー!」
「お菓子なんてあるわけありませんよ。あの二人が。あるとしたらお酒でしょう」
「えー……」
「でも彼らを探しには行きましょうか。どうせご都合主義の夢の世界。だったら思う存分悪戯を楽しみに!!」
「でもどこにいると思う?」
「有名な言葉にこういうのが有りますよ、十和」
「なになに?」
「噂は噂を呼ぶ――つまりこういう風に二人の話題をしていると」
「おーい、十和やないかー!!」
「あ、瑞希はっけんー! 隣に出流も居るよ!」
「ほら、都合よく現れるのが掟なのです」


 親指を一本立て朱里は自分の思った通りの事態ににこにこと笑み、そして十和はと言うとMistの残りのメンバーである二人の元へと走った。
 「Mist」のリーダー、バーミリオンこと久能 瑞希(くの みずき)。アクション俳優も兼ねている関西弁を喋る陽気な兄貴分だ。
 そしてその隣にいる朱里よりも長い金の長髪を持ちどちらかと言うと儚げな印象を抱かせる男性の名はシアンこと桐生 出流(きりゅう いずる)である。
 彼らもまた朱里同様普段着――、一応それなりにファン避け対策として変装はしてはいるが――での登場である。そんな彼らは駆け寄ってきた十和とその向こうにいる誰かに似ているような小さな魔女っ子の姿を交互に見た後、「そう言えば今日ってハロウィンやったな」「ですね」などと言い合う。


「瑞希、出流! Trick or treat!」
「こんにちは、Trick or treat! です」
「う、しまったな。うちなんにも菓子持ってへんわ。これでええか」
「良いんじゃないでしょうか。という訳で、お二人にはこれをあげましょう」


 そう言ってMistの大人組の瑞希と出流から手渡されたのはなんとビールとワイン!
 期待する目で見ていた十和はまさかのお酒の登場に目を丸めた後、ぷっくりと頬を膨らませて――。


「これ違ーう! 僕はお菓子が欲しいの! というわけで悪戯魔法はっつどーうっ!」
「ああ……やっぱり。この二人じゃね」
「え、なんですかこれ!」
「なんや、コレ!?」


 えーいっと言う掛け声と共に十和が杖を振り下ろす。
 その行動を悪魔っ子もとい朱里は止めない。むしろ「いいぞもっとやれ」状態で、クスクス笑いながら見ていた。
 ぽふんっと朱里が悪魔っ子になった時同様煙が二人の身体を包み込む。そしてその煙が去った後に待っていたのは――お決まりの変化。


「は?」


 まず出流は十歳時変化に加えてスーツにマントの典型的な服装。ちびっこサイズなので何処か可愛らしいがれっきとした吸血鬼の姿である。一応性別は変わっていなかったが、自分の変化に思い切り顔を顰め、不機嫌そうに顔を歪めた。それを見た朱里はふんっと相手を見て。


「ノリ悪いですね」
「その口調は朱里ですか!! なんです、十和と一緒にはしゃいでこんな変な魔法を掛けるなどと」
「はん。ハロウィンなんですからもうちょっと楽しい顔したらどうです。っていうか十和、彼には女性化の魔法掛けなかったんですか。……やってしまえば良かったものを」
「無礼にも程がありますよ。朱里」
「なんですか、やりますか。腐れ吸血鬼さん」
「本来男なのにノリノリで悪魔っ子を楽しんでる朱里には言われたくありませんね。このピーーーーが」
「規制入ってますよ。ファンが見たら泣きますのでもっと綺麗な言葉を使って下さい」
「朱里に言われたくありませんね。切れた時の朱里を見たらファンは引くでしょうね」
「やりますか」
「その喧嘩、買いましょう。そもそも朱里とはキャラ被ってるんですよ。そう言う点でも決着を付けましょうか」
「望むところです」


 いつもの事だが、朱里と出流は結構口喧嘩が多い。
 別に仲が悪いわけではないのだが、単純にノリと傾向が合わず、ちょっとした口論に発展してしまうだけの話だ。だから二人とも心底相手を嫌っているわけではない。
 どちらかというと朱里から見た出流は「ちょっとノリの悪いところが直ったら良い兄貴分なのに」だと思っているし、出流から見た朱里は「口喧嘩仲間であり、それなりに手のかかる弟のような存在」である。決して、決して――キャラが被っているから云々で色々あるわけではない。多分。


 一方、その頃の我らがリーダー、瑞希はというと。


「あー……」
「わお! なにその十歳にしてはいい身体つきの美少女狼☆」
「えー……っと。菓子はないわな。それにしても変な感じやわ」


 流石に苦笑しか浮かばないようであった。
 そんな彼は――否、彼女になってしまったリーダーは現在十歳児+狼少女。それはそれは露出度が高い服装で髪と同じ黒の狼耳に尻尾を生やし、艶のある黒髪にくりっとした目がとても魅力的。基本的に彼はおおらかな性格であるため、ちょっとしたことでは怒らない。今回の十和の魔法に関しても子供の可愛い悪戯レベルだと思っている。
 しかし心もとない布面積の少なさと、普段とは違う性別には少々戸惑いを隠せない。
 結果普段アイドルとして活動している彼らだが今は、魔法使い、悪魔っ子、吸血鬼、狼少女となり、とってもとってもトリッキー。


「とりあえず朱里も出流もほどほどにしいや。別にええやん、どっちがどっちでも朱里はアッシュで、出流はシアンに変わりあらへんし」
「あはは、二人の口喧嘩はメンバー内では名物だもんね!」
「う、瑞希は悔しくないのかよ。こんな姿にされて」
「やー、別に。ちょっとした可愛い悪戯やーん」
「そうそう、ノリの悪い人なんか放置しておくのが一番ですよ」
「朱里みたいにノリノリになれって言うわけやないけど、折角皆でこうやって集まってるんやし、喧嘩より他の何かしよー。な?」
「瑞希がそういうならいいけどよ……」


 なんだかんだと瑞希とは腐れ縁。出流は彼相手のみ普段は礼儀正しい口調も崩れるほどの仲であるため、こうして制されるとしぶしぶという感じで言葉を飲み込む。
 朱里もまたリーダーからの制止にそろそろ出流をからかうのは止めておくか、と口に両手を当てた。その下にはちゃっかりにやにやとした笑みが浮いているわけでは有るが。


「ね、ね、折角だしハロウィンパーティしようよー!」


 さて変化の元凶であり、今現在外見だけだったら一番年上である十二歳の十和がそろそろ飽きたと言う様に皆を誘う。
 それには全員同意。楽しい楽しいハロウィンパーティの舞台をどこで行うかという話で盛り上がり、それが決まると移動と買い物が始まる。この夢の中では決して誰もアイドルとして自分達を見ず、扱わず、そして追いかけてこない。なんて気楽なのか。暫し解放感を味わいながらも彼らはハロウィン・ナイトを夢の中で過ごす事にした。



■■■■■



 さてところ変わってパーティ会場兼瑞希の家。
 関西方面からやってきた瑞希は現在当然の如く一人暮らしであるからしてパーティ会場としては最適なのである。そこでは購入したばかりの物をテーブルに広げながら既に盛り上がり始めている二人が。


「よーし、飲むでー!」
「飲み比べは負けないからな。さあ、今日はどちらが先に倒れるか、楽しみだな。瑞希」
「うちかて負けへんもんー!」
「ふふ、瑞希の家には沢山酒はストックしてあるし――この姿じゃ飲まないとやってられないってーの」
「まだ拗ねてんのか。ほら、飲め飲め」
「おっと、頂きます」


 子供の姿になったとしても中身は成人男性。
 どこからか取り出してきた酒やワインをどんっとテーブルの上に置きながら瑞希と出流が酒の飲み比べを始める。だが、そこは流石に肉体的に年齢が十歳に下がっていると言う事で慌てて朱里が止めに入った。


「駄目です! 二人とも今日はお酒禁止!」
「えー、なんでやの。ええやーん」
「そうですよ。どうせお子様舌な朱里には飲めないんですからそっちで十和と一緒にパンプキンケーキ突いてなさい」
「えー、じゃあ子供扱いするっていうなら僕も飲むー!!」
「ほら、十和が真似をするでしょ! 大人だって言うなら子供の前では自重して下さい!」
「「 それはない(ですね/わー) 」」


 ハロウィンと言う事で特別販売場所が出来ていたお菓子コーナーを思い出し、そこで購入したお菓子の数々を大人組の二人は指差し、朱里と十和にはそっちを勧め自分達は酒飲みに走る。
 自重という言葉はどこへ。
 メンバーしかいないこの状況では普段ならばメンバー唯一の良心である出流も子供吸血鬼にされたという点からして拗ねており、自棄酒を始めているのだからもう歯止めが利かない。
 酒豪の二人であるからいきなりぶっ倒れたりはしないとは思うが、いかんせん今は肉体的には子供。肉体的にアルコールを入れる事は危険だと朱里は訴えるが二人は聞く耳持たず。
 最終的には「どうせ夢だし」と言いくるめられてしまった。


「あ、そーいえば、ファンのおねーさんがね。バミシアとかバミシュと言っていたけど、それ何?」
「ぶっ!!」
「わっ、朱里汚いよー!」
「え、あ、えっと。十和ちょっと黙りましょうか!!」
「もご? もごごご?」
「あ、ははははは! なんやそれ、そんなんなっておるんかー! うち総攻やねんなー!」
「もごー……?」
「このチビっ子にそんな事吹き込んだの誰でしょうね」


 いきなりの十和からの爆弾発言。
 年上のお姉様から吹き込まれたらしい単語を純粋な疑問から皆に聞いただけなのにまさか異常なまでに反応されるとは思わず、十和は慌てふためいた朱里に口を塞がれながら首を傾げる。
 ワインを飲みながら出流はムッとしつつすっかり呆れかえっていた。更にもう一杯とばかりに赤い液体がグラスに注がれる様からどうやら気分は宜しくない様で。
 ちなみにバミシアはバーミリオン×シアン、バミシュはバーミリオン×アッシュの事であり……つまり、腐ったお姉様達の腐った思考から生まれた略語である事は言うまでもない。それをさり気なく知っている三人も三人ではあるが、今の世の中そういう文化があるという事も知識として知っているためあえて放置――しようとしたのは二人だけ。


「ええかー、十和。うちの言う事よく聞きや。その単語はな」
「「教えるなー!!」」


 残念ながら我らがリーダーはノリノリであった。
 朱里と出流の制止も聞かず、瑞希はさらっと単語の意味を教えてしまう。知らなくてもいい世界もあるというのに、だ。
 その瞬間、意外にもウブな朱里はかぁあっと顔を赤らめてしまい、逆に出流はより一層不機嫌になってしまった。そんな二人の対照的な態度ににやりと笑ったのは瑞希。
 当の十和は「へー」というレベルで聞き流す程度。今のところ自分には被害が及んでいない事もあり、人事と思い込んでいる節があるが……世の中には色んな思考を持つ腐ったお姉様達がいらっしゃる為、彼もその対象になっていることなど知るはずもない。
 だからこそ無邪気に彼はお菓子を食べながら更に話を続ける。


「で、真相はどうなの? 僕偏見ないから暴露してくれても大丈夫だよ♪」
「なわけないでしょう!」
「えー、出流つめたーい。うちと何度も夜を共にした仲やーん」
「酒飲み仲間としてだろうが!!」
「つまらん。ノリ悪いやっちゃな」
「あのな、瑞希……」
「あ、けど、今のうちやったらオッケーやない?」
「え」


 クスクスと笑いながら隣に座っている出流の方へとしなを作りながら寄り、甘えた声と誘惑の為に伸ばした手は相手の頬へと滑らせて……布面積の少なさもあり、その妖艶な姿は十歳児とは思えないほどの色香を放つ。思わず場にいた朱里は一層紅潮し、十和は「わお!」と声を上げ、ターゲットとなった出流は女豹さながらの色気に一瞬思考が真っ白になった。
 今の瑞希なら?
 女性で、年齢も一緒で、色気もむんむんで……。


「って、中身が瑞希なんだから無い!」
「ちえ、フラレてもた。くすん、誰か慰めてー」
「でも今ぐらっと来てたよね☆ もう少しで落ちるよ!」
「ホンマ?」
「ホントホント!」
「瑞希、十和!」
「冗談やないの」
「ねー」


 最年少と最年長が顔を見合わせ、二人で首を傾げながら出流をからかいに走る。
 ……頭痛がしそうだ、と彼は酒のせいではない鈍痛を覚えそうになり、ふと視界の端ではわはわしている朱里を見つけるとにやっと笑った。普段はとても紳士な彼だが、メンバー内ではそれも多少は剥がれるのだ。


「大体そういう話ならもっと適切な人材がいるでしょう。朱里、例の子とはどうなんですか!」
「ちょっと、こっちに振らないで下さいよ!」
「それは聞きたいなぁー♪ 今時小学生でも手を繋いでキスしてデートくらいしてるよ!」
「え、え、あ、そ、それは……オフレコっていう……その、あれで!」


 好きな相手に対しては積極的ではあるが、その相手の事に対して外部から色々と聞かれるとあうあうとなってしまう朱里である。
 中身が例え九百年生きた鬼であっても成長しきっていない――否、経験した事のない部分を突かれると弱いものである。


「なんですか、男なんですからもっと積極的に動きなさい。告白くらいしたんでしょう」
「う、ぁ、それ、は」
「え、まさかまだなの!? ちょっとー、駄目だよ。そこはさっさと言わないと他の男に持って行かれちゃったらおしまいだよー?」
「ほ、他の男!? うあ、ぁ、えええ!?」
「うちなんてまだおらんしなー。彼女欲しいわ。ええな、朱里」
「う、まだ、彼女っていう、わけじゃ……」
「じゃあ、さっさとものにしておしまいなさい。男なら行動力も必要です」
「ごーごー!」
「う、ううう……でも、その、まだ……時期ではないと、思って……」
「情けないですねぇ」
「朱里普段はあんなにも元気いっぱいでアクティブなのにね!」
「別に恋愛禁止ではないんですし、彼女も朱里の事嫌ってはいないんでしょう。なら、いけます」
「う……でも、ほら、……ね。アレです。その、……あれで、はぅぅう……」
「あはは、朱里アレじゃ僕わかんなーい☆」


 十和が無邪気な笑みを浮かべながらいつの間にか買ってきていたケーキをぺろっと平らげていた。その隣では彼の連れている黒ちゃんがあぐっと大きな口を開いて、カットケーキをぺろりん。恋話には興味の無い不定形生物はひたすらマイペースであった。
 ワインを飲みすすめながらも出流もそれなりに朱里の行動を押す。からかうことも多いが、ちゃんと応援はしているのだ。
 だがしかし朱里は集中業火を浴びせられた事により、ぐらぐらと自分の思考が纏まらなくなってきてしまい、言葉は上手く紡げなくなってしまう。アレ、とか、その、とかそういう単語で繋ごうとするが、決して綺麗な形にはならない。
 流石にそんな状態の朱里を見かね、今まで出流と十和の攻撃を見守っていた瑞希が此処で動く。


「ほら、そろそろええかげんにしとき。朱里パニックになっとるわ」
「瑞希、しかしだな」
「十和もやで。お前こそ好きな女の子の一人くらいおってもええやろ」
「僕は黒ちゃんがいるもーん。今はアイドルやってる方が楽しいし、問題ない!」
「ほれ、朱里。深呼吸して落ち着きー。もう皆お前の事あれやこれや突っ込まへんからな」
「う……す、すみません」
「朱里はあれや。ちょっと顔赤くなり過ぎとるからジュースでも飲んでお菓子でも食べな。甘いもん食うと落ち着くで」
「そうします……」
「冷えたジュース持ってくるわ。ちょっと待っててな」


 見事場を収めた瑞希は朱里の背中をそっと撫でて呼吸を促してやりながら適当な洋菓子を朱里の前へと引っ張ってから立ち上がる。その洋菓子が欲しかったらしい黒ちゃんがじぃーっと二人を見つめていたが、十和が「後でまた買ってあげるよ」と囁く事によって機嫌を直した。
 冷蔵庫前に立ち、瑞希は約束通り冷えたオレンジジュースのペットボトルを取り出してグラスに注ごうとする。しかしここでリーダーもちょっとした悪戯心というか疑問が浮かんだ。目の前にはオレンジジュース。その隣にはウォッカのボトル。
 「あいつ飲めるんかなー」と、ただそれだけの単純な好奇心。とくとくとくっとオレンジジュースにウォッカを混ぜ、度数少なめのスクリュードライバーを作り始めてしまう。それに気付いたのは氷のお代わりが欲しくなった出流一人で。


「え、瑞希それ」
「しー」
「……飲ませるのかよ」
「だってアイツ飲めるのか気にならん?」
「一応未成年だろ。いいのかよ、成人として」
「本気で止めるんやったらお前が飲む?」
「いや、面白いからやれ」
「よし来た。――朱里お待たー! ほれ、これ飲め!」


 吸血鬼と狼少女な大人組がこんな企みをしていることなど露知らず。
 朱里は素直に瑞希が持ってきてくれたジュースを熱を冷ます意味を込めて一気に煽り飲んだ。意外にいけるクチかと大人組二人が見守り、その隣では黒ちゃんと一緒にお菓子を楽しげに食べていた十和もそろそろ朱里が落ち着くかと横に視線を向けた。
 その瞬間。


「――……大体ですね。人の恋路に口出ししてんじゃねえですよ、マセガキ共が」
「「「 !? 」」」


 豹変、という言葉が似合う空気の変わりっぷり。
 朱里は飲みきったグラスをダンッとテーブルの上に置きながら視線を強めながら三人へと視線を向けた。その頬は先ほどまでの恋話のせいではなく、アルコール成分摂取による赤みも追加されており、目も据わっている。


「そっちのガキは黒ちゃんと一緒で問題ねえですって? は、だからガキだっつーんですよ。ガキはガキらしく年上を敬って少しは敬語の一つくらい使えって言うんです。そっちの腐れ吸血鬼もですよ。ああ? 押せだの行動力が大事だの言うくせに、お前には彼女いないんじゃ説得力が無いって言うことくらい気付けっつーんですよ。ああ、そうそう。そうだった、貴方には瑞希がいるから要らないんですよね。彼女じゃなくって彼氏がいるんですよね。おめでとうございます。結婚式には呼ばないで下さい。知り合いだと思われたら迷惑なんで」


 毒舌朱里発動!
 酔った勢いで喋る喋る。それも刺々しい言葉をぽんぽんっと。
 これには悪戯を仕掛けた瑞希もさぁっと血の気を下げ、止めに入ろうと口を開く。しかし今の彼になんと声をかけたものか。出流も共犯者であるがゆえに今回はフォローに走ろうと思ったが、いきなり自分と瑞希とを公認カップルかのような扱いにされればその意識は吹っ飛んでしまい。


「朱里ー!! ちょっとそれ以上わたくしと瑞希の仲をぐちゃぐちゃにしないで下さい!」
「ああ? バミシアなんでしょ。こっちに瑞希回してくんな。バミアシュなんて迷惑なんだって気付いてくれませんか。出流が瑞希を引き取ってくれるなら「わたくし達出来てます」ってテレビの前で公言するだけの簡単なお仕事くらいセッティングしてやりますよ。ああ、マネージャーに連絡を取ってあげますよ。今すぐ」
「ちょ、携帯を置きなさい!!」
「あー……二人とも落ち着きぃや。これ夢なんやし。っていうかうちを物扱いすんなや」
「朱里って酔うと普段溜め込んでいる色んなもの吐き出しにかかるタイプだったんだね。……ちょっとびっくりしちゃった!」


 十和は部屋の端という安全地帯に素早く逃げ、三人のやり取りを見やる。
 黒ちゃんも主が逃走したのを見るとその小さな手に持てるだけの菓子を持ってぱたぱたと羽を動かして移動した。瑞希が頑張って朱里VS出流を収めようとするが、朱里が今回正気でない分苦戦してしまう。


「あかん、酒飲ましたうちが悪いのわかってんねんけど……しもたな」
「朱里ー!!」
「あはは、ほら、さっき瑞希が誘惑した時に落ちかけてた人が何を言いますか。貴方だったらそのままお持ち帰りする勇気くらいあるんでしょうね?」
「今は十歳児でしょう!?」
「十歳児が酒飲むんじゃねえですよ。ああ?」
「――っぐ」


 そこを突かれると弱い。
 今突かれると朱里に酒を飲ませた共犯者としては胸にぐさりと突き刺さる。瑞希が「ごめんなぁ」と言いながら出流の方へと両手を合わせて謝罪のポーズをとる。その姿すら可愛いため……一層出流の心がかき乱されるわけで。


「あーあ、収まりつかなくなっちゃった。あ、ねえねえ。今度のコンサートもハロウィン後だけど、それっぽい格好する?」
「おお、どんと来いですよ。着てやろうじゃないですか。魔女っ子ですか。楽しみですねぇ。特に瑞希の狼少女」
「待って、ちょっと待って! うち現実世界じゃ肉体派やねん! うちがアクション俳優目指してる事思い出してー!」
「そしてステージの上で「わたくし達結婚しまーす!」っていう宣言をするんですね。おめでとうございまーす、あはははは!! 実はバミシアではなくシアバミだったと知ったらファンがどんな顔をするか今から楽しみにしておきますよ!」
「朱里ー! 正気に戻ってくださいぃぃ!!」


 どんどん追い詰めてくる朱里の毒舌攻撃と高笑い。
 追い詰められた大人組二人はとんでもない事態に後悔が湧く。しかしこのことが教訓となり、今後朱里には酒禁止令が出るわけだが。


「これって誰得なの? ね、黒ちゃん」


 主である十和の質問にも我関せず。
 黒ちゃんは問われても一瞬だけきゅるんっとした丸い瞳を向けるだけで何も答える事はなかった。









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル】
【8622 / 九乃宮・十和 (くのみや・とわ) / 男 / 12歳 / 中学生・アイドル】
【8626 / 桐生・出流 (きりゅう・いずる) / 男 / 23歳 / アイドル・俳優】
【8627 / 久能・瑞希 (くの・みずき) / 男 / 24歳 / アイドル・アクション俳優】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は単品型の方のトリッキーノベルへのご参加有難うございました!
 なんとMistの四名! 自分でもアイドル活動が気になっていましたのでありがたい事ですv(今回はあまりアイドル関係有りませんが/笑)
 各々の正体に関わる変化+子供化は可愛いですよね♪

 でもとりあえず、オチが酷い事をお詫びいたします。朱里様正気に戻ってください。


■十和様
 二度目まして!
 今回はちょこちょこ黒ちゃん登場で! そして可愛らしい悪戯担当かつ朱里様へのあれやこれや担当を^^
 外見だけだったら一番年上となったわけですが今の気分はいかがでしょうか。同年代だらけのパーティも楽しいですよねv
ハロウィントリッキーノベル -
蒼木裕 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年10月22日

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