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『小さな来訪者〜名前はナイショ 』
シルヴィア・エインズワースja4157

 それはハロウィンの夕方のこと。
 少女と呼ぶほどに幼くはないが、大人にもまだ成りきれていない彼女は、ベランダにでて月を見ながら街に並んだジャック・オ・ランタンの滑稽な笑みを思い出す。
 幼い頃に体験した万聖節。
 先祖代々のしっかりした家系に育った彼女にとって、その日というのはアメリカ式の愉快なイベントと言うよりは、厳かな儀式の印象が強かった。
 でもそれでも、
 ――ああ、やっぱりこういう空気は嫌いではないわね。
 その穏やかな顔からも、つい笑みがこぼれる。
 そう息を吸い込んで、そして部屋に戻って――目を瞬かせる。
 そこには――見知らぬ、幼い闖入者がいた。

 ●

「……まあ、あなた、どこから来たの?」
 ソファに座り、不思議そうな顔でキョロキョロと周囲を見回している少女がいた。シルヴィア・エインズワースは思わず、声を上げて尋ねる。
 少女といってもまだ幼稚園児程度だろうか、金髪碧眼の大きな瞳の可愛らしい女の子だ。一瞬、ほんの僅か、天使のような子、と思う。……いや、あるいは本当に天使なのかもしれない。
 だって、この部屋に気がついたらいただなんて、普通ではありえない。……撃退士なんていう、常人はずれの身体能力をもっているシルヴィアからしても。
 天使は倒すべき存在とされているけれど、そしてシルヴィア自身もそれを倒すための訓練を受けている身だけれども、教会のフレスコ画などで見たものはもちろんもっと穏やかで、そして目の前の幼子はたしかにそれに似た雰囲気を持っていた。
 幼子はきょとんとした顔でシルヴィアを見つめると、にぱっとやさしく微笑んだ。子どもの微笑みというのはどうしてこうも無邪気で、そして警戒心をほどいていくものなのだろう。シルヴィアもなんだか毒気を抜かれた気分で、くすっと笑みを浮かべる。お姉さん気質の彼女からすればこんなに愛らしく幼い少女は、庇護すべき対象で――そして何よりもかわいがりたい。
(そういえば学校でこの間受けた依頼の子どもたちも、このくらいだったかしら)
 そんなことをぼんやりと考えつつ、少女を見る。少女はやわらかそうなリネンのパジャマ姿だ。パステルカラーが愛らしい。ふっくらとしたほほはわずかにピンク色で、いかにも健康そうだ。
「お……おねえちゃんっ」
 少女が声を出す。まだ舌っ足らずな、でもとても明るい声。
「なにかしら?」
 シルヴィアは尋ねる。
「こんばん、いっしょにあそんでくださいっ」
「え……っ?」
 その申し出は嬉しくもなんだかくすぐったいもので。幼いながらに色々考えたのだろうと思うと、つい笑みがこぼれる。
「――そうね。とりあえずは、少し遅いけれど、ティータイムにしましょうか。きょうはハロウィンだし、少しくらい夜更かししても大丈夫しょう、ね?」

 二人の前には白磁のティカップ。
 アールグレイの香りが、ふわりと部屋のなかに漂う。
「そういえば、名前をまだ聞いていなかったでしょう? なんて言うのかしら」
 シルヴィアが手元にあったクッキーをすすめながら少女に尋ねる。と、少女はちょっぴり難しそうな顔をして、
「それは、ナイショなの」
 そういうと、ティカップを傾けた。その動きは年齢にそぐわず優雅で、生まれの良さを感じさせる。ただ、そのしぐさはどこかで見たような気がして、シルヴィアはどうにも落ち着かなかった。
「ママが言ってたの。ナイショのある方がレディだって」
 少女は母親の口調を真似たのだろうか、人差し指を振りながらそう言うと、またにぱりと笑顔を浮かべる。この調子だと、どこからきたのかを聞いてもきっとはぐらかされてしまうのだろう。
「ナイショのある方がレディなんだから、おねえちゃんよりわたしのほうがレディなんだー♪」
 その発想はけれどいかにも幼くて、たしかに見た目相応で、そのアンバランスさにシルヴィアの顔からもつい笑みがこぼれる。ひとしきり笑ったあと、いいことを思いついたという顔をした。
「……そうだ。この間引き受けた依頼で、幼稚園のお手伝いがあったのだけど……せっかくのハロウィンだし、外に出てみない?」
 きょとんとする少女に、シルヴィアはウィンクをした。

「トリック・オア・トリート!」
 そう言いながら通りを歩くのは、シルヴィアと可愛らしい魔女――仮装をした少女だった。先日引き受けた幼稚園からの依頼、というかお願いごと――それはハロウィンの仮装行列用に子どもたちに衣装を作ることで、無事にその手伝いも終了したあとで気がついたら一着手元に余ってしまっていたのだ。それを手元に残していたのが、今回役に立ったというわけである。
 普段ならいろいろと言われるかもしれないが、今日はハロウィン。世界のあちこちに魔法がかけられ、それがたとえちょっぴり突飛だったとしてもすんなりと受け入れられてしまう不思議な夜だ。だからきっとこういうことが起きても、ちっとも不思議じゃない。
(それにパジャマ姿で外に出るわけにも行かないでしょうし)
 シルヴィアが少女を見やると、少女は嬉しそうににこっと笑う。
「おねえちゃん、なんだかすごいね、楽しいねー」
 少女の笑顔はとても無邪気で、突然の来訪者であるとはいえ彼女の存在はシルヴィアにどこか守りたいと思わせるだけの何かを想起させる。

 幼い子どもだから?

 ……わからない。それだけでは、ないのかもしれない。

 ただ少女は本当に、嬉しそうにシルヴィアになついていた。だからこそ、いっそうかわいいと思えるのかもしれないのだけれど。
「ところでおねえちゃん。これからどこいくの?」
 少女が不思議そうに尋ねるので、シルヴィアはどこか楽しそうな口ぶりで微笑む。
「今日はせっかくのハロウィンでしょう? 素敵なお菓子ををあなたにごちそうしたいな、って」
「ほんとう!? わたし、パンプキンパイだいすきなの!」
 少女がぱあっと、顔を明るくさせた。

 菓子やパイの材料などを買いだししたあと、ふたりはまたシルヴィアの部屋へと戻る。
 ここからが腕のみせどころだ。
 少女は先ほどの仮装のまま、それをじいっと見つめている。
「ちょっと時間かかるけど、待っている?」
 シルヴィアが尋ねると、少女は買ってもらったキャンディを舐めながらむしろ楽しそうに、
「おねえちゃんのおてつだいしたい! ママのおてつだいしたことあるから、少しはできるよ!」
 そう言って材料になるかぼちゃに触れる。包丁などの『触れると危険なもの』だけは注意するように心がけながら、キッチンを簡単に紹介した。少女は目をきらきらと輝かせて、それを見つめている。
 パイ生地は実は昨日のうちから仕込んであった。パイ皿にはすでに乗せられており、縁には同じくパイ生地でこしらえた、ちょっぴり可愛らしいデコレーションも。
 適度な大きさに切ったかぼちゃをレンジにかけて柔らかくし、それを裏ごしする。そこに砂糖やサワークリームなどを使ってなじませ、甘くておいしいパイフィリングをつくり上げた。
 少女もレシピ通りに材料をはかったり、フィリングを混ぜる手伝いをしたりなど、楽しそうに動きまわる。
 あとはそれをパイの土台に入れて焼くだけ。
 焼けるまでの時間がとても楽しみで、二人は休憩にまた紅茶を飲みながら、そわそわと待ち焦がれる。
「パンプキンパイは好きなの?」
 シルヴィアが何気なく尋ねると、少女はいかにも嬉しそうに頬を染め、大きく何度も首を縦に振る。
「ママのつくるおかしでいちばんすき!」
 子どもらしいその発言に、シルヴィアも優しく微笑む。
「じゃあ、あなたのママに負けないくらいおいしいパイ、にしたいところですね」
 少女は頷く。
「うん、きっとおいしいよ。おねえちゃんのも」
 ……そう言っているうちにパイは良い香りを漂わせて焼きあがり、そのあつあつを切り分ける。少女のパイにはよく息を吹きかけて冷ましてから。
「おいしい!」
 ひとくち食べて、少女は満面の笑みを浮かべた。その笑みを見ていると、なんだか日々の疲れも吹き飛んでしまいそう。
「それなら良かった。ママの作ったパイとどちらが美味しい?」
 ほんのり意地悪な質問も。少女は首を傾げて、それから、
「どっちも同じくらいおいしい!」
 嬉しそうに笑った。釣られて、シルヴィアも嬉しそうに笑う。

「とりあえずもう疲れたでしょう? 少し眠るといいでしょうから。明日にでも、お母さん探すの手伝ってあげますね」
 片付けを済ませてからシルヴィアが言うと、少女は素直にパジャマに着替えなおし、そしてシルヴィアのベッドを示すところりと横になり、すぐにスヤスヤと寝息を立て始めた。それを見てまたシルヴィアの頬が緩む。少女の頬にそっと触れ、
「おやすみなさい、良い夢を」
 と言うと、彼女自身はソファで横になった。

 ――翌朝。
 少女の姿はどこにもなかった。
 部屋のどこにもおらず、シルヴィアは
「……夢? だった、の?」
 ぼんやりとそう呟いて。
 けれどパンプキンパイは確かにあって。一人では食べきれない量が減っている。
「あれは……あの子は……」
 シルヴィアは思う。一晩だけの来訪者、自分の幼い頃によく似た、無邪気な少女のことを。
「……まさか、ね」
 脳裏によぎった可能性。それを思いながら、そして今日もまた――いつもの一日が始まる。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja4157 / シルヴィア・エインズワース / 女性 / 21歳 / インフィルトレイター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご指名いただきありがとうございました。
ほのぼのとしたやり取りに、ちょっとこちらもほんわかさせてもらいました。
その空気が出ていたら、とても嬉しいです。
ハロウィントリッキーノベル -
四月朔日さくら クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年10月22日

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