▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『とあるお店の軒先で。〜Mysteric Treat! 』
九神こよりja0478

 ハロウィン、というのは奇妙に心をくすぐられる響きを持っている。目にも華やかな色合いの衣装にお菓子、極めつけは子供達の「トリック・オア・トリート!」。
 日本ではまだまだ、定着しきったとは言いがたい習慣ではあるけれども、それでも多くの人がハロウィンという言葉を聞いた時に、そういった楽しげで華やかな様子や、一種独特の、ヒトとヒト以外のモノの境界が交じり合うような危うげな心地よさを連想することだろう。まして楽しいことが大好きな人間ならば、なおさらに。
 九神こより(ja0478)もまた、そういう、ハロウィンに心踊る者の一人であることは、間違いなかった。むしろどちらかと言えば、彼女は率先して、そうして全力でそういったイベントに参加し、周りの人間を引き込んで楽しみたいタイプで。
 だからついに訪れたハロウィンのその日、こよりが部長をつとめる探偵倶楽部の面々で、部室でささやかながら盛大にハロウィン・パーティーをしよう! と考えたのは、彼女にとって、とても自然な流れだった。だってこんな楽しいイベントを、大好きな仲間と楽しまないなんて、嘘だろう?
 ハロウィンの何日も前から、仲間にも内緒で楽しませようと、こっそり色々、走り回って。当日、みんながどんな顔をするだろうと想像するだけでわくわくしながら、ハロウィン・パーティーの仮装衣装を用意する。
 そう、仮装もまたハロウィンを、なんだか特別に感じさせるものだ。自分ではない何かになってしまったような、この夜だけは何だかいつもと変われるような、そんな不思議な感覚。
 この日のためにこよりが用意したのは、オレンジのフリルも華やかなワンピースに、真っ黒なカーディガン。頭にはストレートロングのウィッグをつけて、ちょこんと魔女帽子を乗せている。
 そんな格好をしただけでも何だか心が浮き立つ気がして、誰よりも早く部室に来てわくわくと待っていたら、木南平弥(ja2513)がひょい、と顔を出して、こよりを見て目を丸くした。

「おぉ? ワイが一番やと思ったのに、もう来てたんか」
「当たり前だろ。今日はハロウィンだからな」

 がさ、とお菓子のたっぷり詰まった籠を揺らしながら、こよりは笑顔でそう告げる。こんな楽しみな日に、おとなしくしていられるわけがない。
 とはいえ、平弥がやってきたのも集合時間よりはほんの少し、早かった。けれども取り立てて仮装をしているというわけでもない、いつものジャージ姿である。
 むぅ? とこよりは首をかしげた。

「ナンペー、仮装はしないのか?」
「うん、まぁ、後のお楽しみ、やな」
「……? 何やってるんだ、九神、木南?」

 そんなこよりに、誤魔化すようにも受け流すようにも取れる様子で笑った平弥を、むぅ、と頭のてっぺんからつま先まで見て唇を尖らせていたら、ちょうど部室に入ってきた柊 夜鈴(ja1014)が不審に眉をちょっとひそめる。だがすぐに視線を元に戻すと、これ、と手に持っていたビニール袋をがさりと差し出した。
 受け取った、中に入っていたのはスナック菓子が数種。ハロウィン限定のパンプキン・チップスも、大きなパーティーパックで入っている。
 おぉ、と途端、笑顔が弾けた。

「美味しそうだな。ぁ、柊の仮装は、ドラキュラか?」
「うん」

 こくりと頷いた柊が身に着けているのは、まさにドラキュラとしか言い表せない、黒のタキシードと、血の色のような赤い裏地を打った黒いマント。揃いの漆黒のシルクハットを目深に被れば、まさに妖しげなヴァンパイアで。
 とはいえ部室の中でシルクハットは、いかにも狭苦しい。早々に脱いでテーブルにひょいと置き、持ってきたお菓子を自分でさっさとバーティー開きにしてテーブルの上に並べ出す夜鈴だ。
 部室に、美味しそうな匂いが広がる。コーヒーも入っていて、おまけに今日のパーティー用にジュースも揃っているとなれば、うず、と食欲がうずき出すと言うものだ。

「皆、まだかな?」

 魅力的なテーブルをちらちら見ながら、こよりは窓の外を見た。そこに、まだ『来客』の姿は影も形もないことを確かめてから、部室のドアへと視線を向ける。
 時計は、ようやく集合時間の5分前を指したところだ。パーティーが楽しみすぎるせいだろう、時間が過ぎるのがひどく遅く感じられて、何度も何度も時計を見たり、誰か来ないかを確かめてしまう。
 そんなこよりの祈りが通じたのだろうか、何度目かにじっと見つめた時、ガラ、とドアが大きく開いた。

「――ん? 遅れた?」
「いや……大丈夫、だけど……」

 そうして入ってきたミリアム・ビアス(ja7593)が、一身に受けた注目にきょとん、と目を瞬かせたのに、ゆる、と首を振る。振りながら、こよりは思わずミリアムの格好を、まじまじと見つめてしまった。
 取り立てて奇異な仮装、と言うわけではない、と思う。どちらかと言えば、服はいつも通りだし、一瞬、ミリアムも平弥と同じく、仮装をしてこなかったのかと思ってしまったくらいだ。
 ――が、目を引くのは彼女の小脇に抱えた、モノ。オレンジ色のハロウィン・カボチャに子供の落書きのような顔が書かれ、上にちょこんと、ちょうどこよりが被っているようなとんがり帽子を乗せている。
 あれは、一体。いや、そもそもこれは何の仮装なのか。それ以前に、何かの仮装なのか。
 考えていたら、平弥がミリアムのカボチャを指差しながら、なぁ、と首を傾げた。

「それ、何なん?」
「ん? デュラハンの首だよ。私はデュラハンの仮装だからね」
「デュラハン……ッて、ミリアムさん、首あるじゃん」

 えへん、と胸を張ったミリアムの言葉に、冷静に突っ込んだのは夜鈴である。よほど特殊な技術なり、知られていないスキルなりを駆使すれば首のないフリも可能……かどうかは不明だが、普通に考えれば首がなくなるはずもないのだから、かなり無理がある。
 だがそのツッコミを受けると、ミリアムはずりずりと上着を引きずり上げて、すっぽり顔を隠してしまった。大人気ない。そしてお腹が丸見えだ。
 おいおい、とそんな4人に笑みを含んだ声が向けられた。

「入口で何をやってるんだ? 入れないじゃないか」
「栄! ずいぶん、凝った仮装だな」

 そうしてそこに居た、久遠 栄(ja2400)を振り返ったこよりは、彼の姿を見て目を丸くする。何となれば、栄の仮装はオーソドックスな包帯男……というよりは透明人間の、いわゆる包帯ぐるぐる巻きになった姿だったのだ。
 よくよく見ればもちろん、解けかけた包帯の中からは作り物らしい肌色の被り物が見えている。のだけれどもやはり、包帯ぐるぐる巻きというのはひどく目を引くもので。
 ふぅん、と呟いたミリアムがずるりと上着から顔を出すと、デュラハンの首(と主張するカボチャ)をテーブルにおいて、ぐるぐると栄の包帯を解き始めた。するすると中から肌色の被り物が姿を現して、おいおい、と栄は慌てて逃げ出すと、部室の隅で被り物を外して包帯を巻き直す。
 それから改めて被り物を被った栄は、ぐるり、部室の中を見回した。

「うん、それにしても、みんなも凝ってるねー。……あ、でも真田はまだなのか?」
「なっつん? うん、まだ来てないけど」
「――わ、私が最後でした!? お待たせしました……!」

 そう話していたらちょうど、噂の真田菜摘(ja0431)が少し息を切らせて、ぱたぱたと部室に駆け込んできた。そんなに慌てなくても――と思ったけれども、どうやら、菜摘が息を切らせているのは、走って来たからだけではなさそうだ。
 なっつん、とこよりは首を傾げた。視線は菜摘が両手で抱えている、大きな、ちょっとした凶器になるんじゃないかと思えるほどに大きな、カボチャ。

「それ、どうしたんだ?」
「あ、えっと、来る途中で見つけたんです! 皆さんに喜んでもらえるかな、と思いまして」
「へぇー、ミリアムさんのカボチャもけっこうな大きさだけど、これまた大きいね。――ふうん、模様が顔になってるんだ」
「柊君、私のはデュラハンの首だから。カボチャじゃないから」
「あーはいはい、あむぴのは首やねんな。それにしてもソレ、ほんまでっかいなぁ」

 さすがにこれほど大きなカボチャとなると、こより以外のメンバーも興味をそそられたらしい。ぞろぞろと集まってきて菜摘を囲み、まじまじと覗き込んだ夜鈴の言葉にこよりも良く見ると、確かに巨大なハロウィン・パンプキンはオレンジに濃淡があって、まるで何かの顔のように見えた。
 誰か知人のようにも見えるし、まったく知らない誰かのようにも見える。さらには人間じゃなくて、何かの動物にも見えてきたり。
 そうだ、と目を輝かせた栄が、ぽん、とカボチャを叩きながら提案した。

「せっかくだ、真田の持ってきてくれたカボチャで、みんなでランタンを作ろうじゃないか」
「おぉ、それは面白いな! 栄、良いことを言うじゃないか」

 その言葉に、こよりは笑顔で大きく頷いた。ハロウィンと言えばパンプキン、パンプキンと言えばジャック・オー・ランタン。ちょっとばかし順番は違うかもしれないけれど、それは些細な問題だ。
 他の探偵倶楽部のメンバーも、それは面白い、と頷き合っている。とはいえすっかりパーティーの準備も出来ていることだから、ランタンを作るのはもう少し後でも良いだろう。
 そう頷き合いながら、こよりは笑顔で仲間と一緒に部室へと入り、ちらり、窓の外を見た。そうして『来客』がやってきたことを知り、ますますわくわくと胸を高鳴らせたのだった。





 クラッカーの音が鳴り響く中、探偵倶楽部のハロウィン・パーティーは始まった。
 パー……ンッ! パン、パパー……ン!
 派手な音と同時に色とりどりの色紙を撒き散らす、賑やかなクラッカーはミリアムが持ち込んだものだ。とは言え当の本人は、人に向けてはいけません、という注意書きをまるっと無視して栄目掛けて糸を引いた後、そうそうに紙屑をテーブルにほうり出すと、いっぱいに並んだお菓子をせっせと口に詰め込みはじめた。
 そうして、頭からそうめんのように細い紙テープを垂らした栄が、おい、と複雑な顔で呼ぶと、しれっとした顔で「うん?」と首を傾げるミリアムに、知らず、笑いが弾ける。その間にもミリアムは、どんどんと、自分が持ってきたお菓子も遠慮なく口に詰め込んで、誰にもお菓子を食べさせない勢いだ。
 慌ててこよりや他のみんなも、お菓子に手を伸ばし始めた。

「ずるいぞ、あむぴ。ちょっとは遠慮したらどうだ?」
「遠慮? 早い者勝ちでしょ。何だったら、こよちゃんの分も私が食べてあげるから……」
「わーッ、いい! 食べなくていい!」

 まるでリスの頬袋のように、ほっぺたをもごもご膨らませながら言ったミリアムに、慌ててこよりは自分の分を確保する。放っておけば、本気で全部を食べてしまいそうだ。
 そんな2人のやりとりに、また部室に笑顔が弾けた。あちらこちらに広げられた、みんなで持ち寄ったスナック菓子や、ハロウィン限定の焼き菓子があっという間になくなって行って、気付けば部室のサイフォンはもう3度もコーヒーを淹れている。
 紙コップのジュースを飲み干して、次はジュースとコーヒー、どちらにしようか考えていたら、少し席を外していた平弥が何やら大皿を抱えて戻ってきた。黄色い生地の、ころころと丸いそれは――たこ焼き?

「ワイが新開発した『かぼちゃたこ焼き』や! せっかくのハロウィンやし、ありきたりのたこ焼きやったら面白くないやん?」
「いや、いつもありきたりじゃない気もするけどな」

 日頃、機会があれば部室などに変り種たこ焼きを持ち込んでいる平弥である。ある意味では平常運転とも言えるが、そんな突込みも気にした様子はなく、平弥はテーブルの真ん中に大皿をどどんと置いた。
 ほかほかとまだ湯気を立てているたこ焼きからは、ふわり、かぼちゃの甘い匂いが漂ってくる。それだけを取れば、とても美味しそうで、食欲をそそるのだけれども、モノはたこ焼き。
 じっ、としばし大皿を見つめた後、爪楊枝を取ってかぼちゃ色のたこ焼きを口に運んだ。とりあえず、匂いは美味しそうなのだから、味も行けるのかもしれない。
 口にいれた瞬間、フワッとかぼちゃの風味が、口一杯に広がった。生地をかみ締めると、じわりとかぼちゃのほっこりした甘さが感じられ、中から姿を現したたこが――
 ―――………

「たこ、焼き……?」
「生地は美味しいのに、タコがそこはかとない不協和音……」
「たこ焼きなのに、たこが余分とはこれ如何に」
「木南、これ、たこ抜きで作ったほうが美味しかったんじゃないか」
「そ、その、でも、それぞれは美味しいですから……!」

 五者五様の反応に、平弥ががっくりと肩を落とした。生地とたこをマッチングさせる、もう一工夫が必要なのかもしれない――或いは、たこではなくてフルーツやチーズを入れるとか。
 とはいえ、たこと生地がやや分離していると言うだけで、それなりに食べられない事はない。あれやこれやと言いながらも、もそもそかぼちゃたこ焼きを食べ続けるこよりに、栄が「なぁ」と声をかけた。

「九神。そういえば、九神は何も持ってきてないのか?」
「私は部長だからいいんだよ」

 かごにたっぷり詰まったお菓子を提供するでなく、こよりはわざとそっけなくそう答える。答え、またかぼちゃたこ焼きを口の中に放り込む。
 このお菓子は、取って置きの『来客』の為のものなのだ。それにしても、その『来客』はそろそろ、部室に辿り着いても良さそうな頃だが――
 そう考えたちょうどその時、とんとん、とドアをノックする音が響いた。

「あれ? 誰か他に呼んでたのか?」
「さぁ? なっつん、誰だか見てみてくれるか?」

 ひょい、と首を傾げた夜鈴の言葉に、しれっとこよりは嘯きながら、菜摘を振り返ってそう頼む。はい、と笑顔で頷いた菜摘が、ちょっと待って下さいね、とドアの向こうに声をかけながら立ち上がり。
 ガラ、と部室の扉を、開く。

「トリック・オア・トリート!」
「とりーとー!」
「え……え……?」

 そうしてそこに居たのは、さまざまに可愛い魔女やオバケに仮装した子供達。まだ幼い子供から、小学校高学年くらいの子供が多いだろうか。
 いっせいに可愛い声を上げて、はじける笑顔でそう言った彼女たちに、菜摘の目が丸くなる。だがそれは子供達の向こうに立つ、目を細めて微笑んだ少し年配の女性の姿を見ると、また別の色に変わった。

「がんばってるみたいですね」
「先生……!」

 そう呟いたきり、菜摘の言葉は続かない。そうしてほんの少し瞳を潤ませて、その女性を――先生と呼んだ、彼女がかつて居た児童養護施設の指導員を、見つめる。
 よし、とこよりは小さくガッツポーズをした。何となれば、彼女達こそがこよりの待っていた『来客』。この日のために、菜摘を驚かせ、喜ばせようと前々から準備をしてきたのだ。
 内緒で児童養護施設を訪問して、子供達にお化けやカボチャ、魔女の衣裳をプレゼントして。施設の先生に子供達を探偵倶楽部のハロウィン・パーティーに招待したいと申し入れて、施設長に了解を取って、子供達と引率の先生の移動のためのバスの手配をして、学園への入校許可を、取って――
 真田、とそんな菜摘に夜鈴が声をかけた。

「とりあえず、中に入ってもらったら? 立ったままっていうのもなんだろ」
「あ、そ、そうですね! すぐに席をご用意しますので……」
「……ぁ。待て待て、その前にトリック・オア・トリートなんだから、お菓子をあげなきゃ」

 部室の中へと促す菜摘に、はた、と気付いてこよりは立ち上がる。そうして、部室の入口のあたりで固まっている子供達へと近付くと、手に提げたお菓子のいっぱい詰まった籠から、はい、と1人1人、手渡した。
 ありがとうと、笑顔が返ってくるのに、笑顔を返す。だって今日はハロウィンの夜、トリック・オア・トリートには、トリート(お菓子)だって決まっている。
 それから皆で手伝って、子供達や施設の先生の席も作って、改めてジュースとコーヒーで乾杯した。ミリアム以上に口いっぱいにお菓子を詰め込む子供達のお陰で、テーブルのお菓子はどんどんなくなっていくけれども、みんなで持ってきたお菓子はまだまだたくさんあるから大丈夫。
 お喋りが進むうち、テーブルの上にはカードゲームやボードゲームも登場した。子供達は、いつもとは違う場所に興奮しているようで、しきりに菜摘や先生に「遊びに行って良い?」と尋ねているけれども、生徒ですらたまに迷う広大な久遠ヶ原学園を、子供達だけで歩かせられるわけもない。
 そのたびに夜鈴も一緒になって子供達を窘めるけれども、案外子供のあしらいがうまいのか、それでも楽しい雰囲気だけは壊れることがない。そのうち平弥がまた、ふらりと姿を消したかと思うと、オレンジのカボチャのマスクを被り、すっぽりと真っ黒なマントに全身を包み隠して現れた。

「ジャック・オー・ランタンやでー! みんな、良い子にしとるかー?」
「木南、それ、ナマハゲ……」
「ふふ……ッ。ぁ、ジュースがそろそろなくなりそうですね。私、ちょっと購買部まで行って買ってきま……す……?」

 そんな平弥に、くすくす笑いながら立ち上がって部室を出ていこうとした菜摘が、ふと動きを止めて眉を寄せる。おや、とこよりは首を傾げた。

「なっつん? どうしたんだ?」
「いえ……あの……」

 それに曖昧に、菜摘自身もよくわからない様子で頷くとも首を振るともつかない反応を返しながら、彼女はきょろきょろ、辺りを見回す。そうしてテーブルの上の、菜摘が持ってきた一際目をひく巨大なカボチャを見て、眉をひそめ。
 もう一度、辺りを見回し、またカボチャを見た。それから、あの、とこよりを振り返った顔は、引き攣り、少し青ざめている。

「こより……時計の音が聞こえるんですけど……」
「――時計の音?」
「はい……その、どう考えても、このカボチャの中から……」

 その言葉に。しーん、とした沈黙が、部室に降り注いだ。





 『カボチャの中から時計の音がするんですけれども』。その言葉に、最初に反応をしたのは夜鈴だった。

「……えッ?」

 ただしそれはどちらかと言えば、反応したというよりは、思わず漏らしてしまったという印象の方が強い。一体、菜摘が何を言っているのかよくわからない――そういう類の声色だった。
 とはいえ、それはこよりも一緒である。普通、カボチャと時計という単語は、あまり結び付かないものだ――ましてカボチャの中から時計の音、だなんて。
 だからこよりは座ったまま、カボチャと菜摘を見比べながら尋ねた。

「ぇー……と。なっつん、どういうことだ?」
「そ、その、私も何が何だか……ッ。でもこの音、よくアニメやドラマで聞く……じ、時限爆弾のよう、な……!」
「時限爆弾!?」

 菜摘の言葉に、誰からとも知れず叫び声が上がった。それも無理のないことだろう――いかに天魔と戦うべくアウルに目覚めた者達が集う久遠ヶ原とはいえ、爆弾なんて物騒なものとはそうそう、縁があるはずもない。
 いや、だからこそそんなわけはなかろうと、まるで自分に言い聞かせるように、平弥がかぼちゃマスクを脱ぎながら、それでも多少引き攣った笑顔で、言った。

「お、落ち着くんや。かぼちゃが時限爆弾やなんて、そんな、マンガやないんやから……なぁ?」

 はは、と笑いながら巨大なカボチャに近付くと、まるで浮かんだ顔にお伺いを立てるように手を伸ばす。そうしてカボチャを叩いてみたり、転がしてみたり、撫でてみたり、擦ってみたり。
 だが当然、カボチャは何の反応も返さない。答えを返すわけでもなければ、震え出すわけでもなく、中からナニカが出てくるわけでも、なくて。
 長い、長い一瞬が、過ぎた。知らず、息も殺してその様子を見守っていたこより達を、ゆっくりと平弥が振り返る。――つ、と額に流れる、一筋の汗。

「ヤバイかも」

 そうして告げられた言葉は、ひどく短くて、だからこそ重々しく響いた。何がヤバイのか。聞きたいが、聞きたくない。聞かなくてもわかるけれども、わかりたくない。
 あはは、とミリアムが渇いた笑い声をあげる。

「まっさかー。なんぺー君、お茶目なんだから……」

 騙されないんだからね、とデュラハンカボチャを置き去りにしたまま、巨大なカボチャへと近付いて見を屈め、ほーらね、と言いながら耳を当てた。が、すぐにぴき、とその笑顔が固まる。
 次の瞬間、ミリアムは大きく後ろに跳んでカボチャから距離を取ると、ババッ、と床に伏せて頭を抱えた。

「爆弾や、死んだふりせぇ……ッ!」
「死んだふりは熊やろが!?」

 何故か関西弁で叫んだミリアムに、平弥が突っ込む。どうやら床に伏せたのは、ミリアムなりの『死んだふり』らしい。
 じわり、こよりの胸に焦りが広がった。何となれば、この場にいるのは探偵倶楽部の仲間だけではない。こより自身が招いた、児童養護施設の子供達や、先生も居るのである。
 アウルに目覚めている自分達ならばなんとかなるかも知れないが――いや、さすがに爆弾は無理かもしれないけど――無関係の子供達まで巻き込むわけには、行かない。ちら、と怯えた表情になっている先生と子供達を見て、こよりは焦った気持ちを押し殺してぐっと笑顔を浮かべた。

「大丈夫だ、すぐに解決するさ。ここは探偵倶楽部だからな」
「――だいじょうぶ?」
「どっかーん、しない?」
「もちろんだ」

 力強く、にっこり笑顔で請け負ってから、さて、とこよりは爆弾カボチャ(?)へと向き直った。そもそも本当に爆弾なのかもよく解らないけれども、みんなが時計の音がすると言っている以上、それは間違いないのだろう。
 うーん、と唸りながら、こよりは夜鈴を振り返った。

「柊、どう思う?」
「そもそも、真田が偶然買ったカボチャに時限爆弾が……ッていうのが不思議だよね。無差別テロなのか、探偵倶楽部を狙った犯行なのか……」
「というか、まず、カボチャの中に爆弾が仕込めるのか? あれ、どう見ても本物のカボチャだよな」
「久遠ヶ原だからね。科学室あたりでナニカが出来てたとしても、おかしくない気はする」

 科学室の主である堕天使教師は、今頃クシャミをしているかも知れない。
 そんな事を話しながら、ああでもない、こうでもない、と推理を巡らせている間にも、菜摘や平弥はおろおろとパニックを起こしていて、ミリアムは「死んでるよー、私は死んでるからねー」とごろごろ床を転がっている。その様子がどこかコミカルに映ったのか、最初は怯えていた子供達もちょっと落ち着いてきたのだろう、一緒にごろごろ転がったりし始めた。
 その様子に、ほっとする。何となく、大丈夫な気がして来る。
 栄もまたカボチャの前で、耳を押し付けたり、ごろんと転がしたり、持ち上げたり試行錯誤していた。が、おもむろに部屋の隅に走っていくと、ナイフと彫刻刀を持って戻ってきて、どすッ、とオレンジ色の表皮にナイフを突き立てた。
 菜摘の悲鳴が響く。

「栄先輩!? 何をしてるんですか!」
「どうせジャックを彫るんだから、掘って爆弾かどうか確かめるんだ!」
「彫って本当に爆弾が出てきたらどうするんですか!?」

 掘らなくても、本当に爆弾なら危険なことに変わりはないのだが。
 これ以上なく真っ青になった菜摘をよそに、栄はナイフでカボチャのヘタの辺りを切り取ると、ざくざくざくと中身を彫り始めた。掘ってはカボチャの中身を掻き出して、掻き出してはまた中を掘る。
 が、不意にその動きが止まった。くッ、と唇から苦悩の呻きが漏れる。

「どっちだ、どっちを切る……!?」
「久遠くん? まさか、本当に爆弾が……」
「栄?」
「この決断でみんなの命が……!」
「――栄君、こんな時に何ふざけてるんだい?」

 その不穏な呟きに、ざわ、と落ち着きかけていた部室が再びどよめいた所で、栄の手元を覗き込んだ夜鈴が冷たく突っ込んだ。ん、とこよりも近寄って覗き込んでみると、そこにあったのはドラマやアニメでよく出て来る、爆弾のトラップではお馴染みの赤い配線と青い配線……などではもちろんなく、そんな形に掘られたカボチャ。
 はぁ、とため息が漏れて、思わず冷たい眼差しを向けると、栄がごく真面目な顔で「だってせっかくだからやりたいじゃないか」と訴えた。殴っても許されるかもしれない。いや、許される。
 ゲシッ、と容赦なく鉄拳を振り下ろして栄を床に沈めたところで、それにしても、と半ばまでくり抜かれたカボチャを見やった。カボチャは相変わらずチチチチチ……と音を刻み続けている。
 いっそ窓から捨ててしまうか。だがそれだと、余計に被害を拡大することにもなりそうだ。
 そんなことを考えながら、床に沈んだ栄と一緒に並んで転がり始めたミリアムや、何人かの子供達を見下ろしていたら、パニックを起こしておろおろしていたはずの菜摘が、あの、と笑顔で声をあげた。いつの間にか、その手には出現した刀が握られている。

「私に確実な案があります。皆さん、どうか部室から離れててください」

 そうして菜摘が紡いだ言葉に、何か、不吉なものを感じてこよりは眉をひそめた。何とも言えない違和感、とでも言うべきものを、感じる。

「なっつん?」
「大丈夫です、こより。すぐに、終わらせますから」

 そんなこよりに菜摘は、揺らがない笑顔でそう告げると、早く、と部室のドアへ促した。そうしながらチャキ、と鯉口を切り、すらりと鞘から白刃を抜き放つ。
 蛍光灯の下、部室の中という場所にあっては、立場柄けっして見慣れてないわけではないその光景も、ひどく違和感を感じた。ましてこんな状況なら尚更だ。
 それでも菜摘が、何とかする、と言うのなら菜摘を信じようと、思った。

「――解った。頼んだぞ、なっつん。みんな、なっつんの邪魔にならないように、出てよう」
「はい、任せてください、こより」

 だからそう頷いて、子供達や施設の先生、探偵倶楽部のメンバーを促したこよりに、大きく頷いた菜摘の笑顔が、ドアの向こうに消える。チチチと響いていたカボチャの音も、ドアに遮られて聞こえなくなった。
 だが果して、菜摘は一体どうするつもりなのだろう? 廊下で互いに顔を見合わせながら、やっぱり少し不安げに探偵倶楽部のドアをじっと見つめていたら、不意に、ダンッ! と何かが壊れる音が、して。

「なっつん!?」
「真田!」
「大丈夫か、菜摘!?」

 何が起こったのか、と慌ててドアを引き開け、押し合いへしあいしながら部室に飛び込んだこより達の目の前で、色とりどりの紙テープや紙吹雪、そうして可愛いお菓子の数々が、カボチャの中から飛び出して部室中に降り注いだ。





 ぽかん、と誰もがその光景に呆気に取られていた。刀を振り下ろしたまま、真っ二つになったカボチャと壊れた机の前で固まっていた菜摘が――どうやら、さきほどの音は菜摘が刀で机を叩き切った音らしい――頭から紙テープを滝のように垂らしながら、こより達を振り返る。

「あの……」
「うん……」

 菜摘が何を言おうとしたのかは解らなかったが、続かなかった言葉に、こよりも他の者たちも、そう相槌を返すより他はない。今、一体何が起こっているのか。理解は出来たものの、誰かに確かめずには居られない、そんな気持ちだった。
 まだ降り注ぐお菓子に、子供達が「うわぁ!」と歓声を上げて広い集めたり、小さな両手で受け止めようと駆け回ったりし始める。後からおっとり入ってきた施設の先生が、あらあら、とその光景に目を丸くして、それからにっこり微笑んだ。

「素敵な演出ですね」
「はぁ……」

 どうやら、これも探偵倶楽部のハロウィン・パーティーの演出だと、好意的に解釈してくれたらしい。それはそれでありがたいが、もちろん、演出等ではないのでどこか、複雑な気持ちである。
 ゆえに、とりあえずどうしたものかと伺うように互いに顔を見合わせた。そんな中、平弥が真っ先に立ち直って、こより達を笑顔で見回した。

「まぁまぁ、えぇやんか。それより、せっかくやからお菓子食べようや」
「そう、だね。ひとまず、無事に解決したことだし」

 それにこくりと頷いて、夜鈴が壊れた机を退け、改めて残った机に椅子を並べはじめる。そうだな、と頷いてこよりも一緒に、残骸を片付けたりし始めた。
 一体何が起こったのか、そもそもあのカボチャが何だったのかよく解らないけれども、実にハロウィンらしい、悪戯心に満ちたカボチャ。真っ二つになったそれをまじまじ見ると、ちょうど下の方にお菓子が詰まって居たらしい凹みはあったけれども、チチチと音をさせて居たのが何だったのかはやっぱり、解らない。
 とは言えそれも、どこかの誰かがハロウィンの夜に合わせて仕込んだ、トリックなのだろう。トリックの後は、トリート。本当にハロウィンらしい。
 わいわいと、みんなの顔に笑顔が戻った。そうして賑やかに片付けて、再びゲームをしたりお喋りをしたりと過ごし始めたら、また、とんとんと部室のドアを叩く音がする。
 おや、とこよりは今度こそ本当に首を捻った。秘密の『来客』は、彼女はもう呼んでいない。
 ちら、と時計を見やった栄が立ち上がり、いそいそと部室のドアを開けた。そうして、尋ねてきた誰かから大きな箱を受け取ると、みんなッ、と満面の笑顔で振り返る。

「トリックは充分楽しんだから、トリートを皆で楽しもうぜッ」
「ん、久遠くん、それ何?」
「今日のために頼んでおいた特製ケーキだよ。この時間ぐらいに届けてもらうよう、頼んでおいたんだ」

 ミリアムの言葉にそう答えながら、栄は一抱えもありそうな大きなケーキの箱をテーブルの真ん中に置くと、いそいそとオレンジ色のリボンを解いてぱかっと蓋を開けた。そうして「おっ、みんな可愛く出来てるじゃないか」と満足そうに頷く。
 どれどれ、と覗き込んでみるとそこには、パンプキンクリームでデコレーションされた、華やかなケーキ。上にはカボチャやお化けが飾られていて、真ん中には6つの笑顔が咲いている。
 あ、と夜鈴が声をあげた。

「これ、もしかしてみんなの顔か?」
「うん。倶楽部のみんなを模したマジパンを乗っけてもらったんだ。――知ってたら子供達や先生の分も頼んだんだけどな」
「仕方ないだろ。とっておきのプレゼントは、秘密にしないと楽しくないじゃないか」

 ちろ、と視線を向けられて、こよりは唇を尖らせる。サプライズは、秘密にして居るからサプライズなのだ。
 そう訴えると、まぁしょーがないよな、と笑顔が返る。菜摘がにこにこ笑いながら、人数分のケーキ皿とフォーク、切り分け用のナイフを用意して、子供達が大きなケーキに歓声を上げた。
 こよりはその光景に、また笑顔を浮かべる。この光景が見られたら、それで、こよりの今日の悪戯は大成功だ。
 幸いケーキは全員に行き渡って、みんなで揃ってほっこり甘いカボチャのケーキを味わった。もちろん、マジパンは探偵倶楽部のみんな、それぞれのケーキの上にちょこんと乗っている。
 賑やかに和やかに、ハロウィンの夜はこうして過ぎていくのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 /    PC名   / 性別 / 年齢 /     職業    】
 ja0431  /   真田菜摘   / 女  / 16  /  ルインズブレイド
 ja0478  /   九神こより  / 女  / 15  / インフィルトレイター
 ja1014  /   柊 夜鈴   / 男  / 18  /    阿修羅
 ja2400  /   久遠 栄   / 男  / 20  / インフィルトレイター
 ja2513  /   木南平弥   / 男  / 15  /    阿修羅
 ja7593  / ミリアム・ビアス / 女  / 20  /  ルインズブレイド

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
頂戴いたしましたラブレターのお返事(?)がすっかり遅くなってしまい、本当に申し訳ございませんでした……(土下座

探偵倶楽部の皆様での、賑やかなハロウィン・パーティーの物語、如何でしたでしょうか。
悪戯好きのお嬢様の、仲間思いの優しい悪戯は、こんな様相となりました。
お待たせしてしまった分も、お心に叶う物語であれば良いのですが;

お嬢様のイメージ通りの、楽しく優しいハロウィンの夜のひと時のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
ハロウィントリッキーノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年10月24日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.