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『とあるお店の軒先で。〜Mysteric Jack! 』
久遠 栄ja2400

 ハロウィン、というのは奇妙に心をくすぐられる響きを持っている。目にも華やかな色合いの衣装にお菓子、極めつけは子供達の「トリック・オア・トリート!」。
 日本ではまだまだ、定着しきったとは言いがたい習慣ではあるけれども、それでも多くの人がハロウィンという言葉を聞いた時に、そういった楽しげで華やかな様子や、一種独特の、ヒトとヒト以外のモノの境界が交じり合うような危うげな心地よさを連想することだろう。まして楽しいことが大好きな人間ならば、なおさらに。
 久遠 栄(ja2400)もまた、そういう、ハロウィンに心踊る者の一人であることは、間違いなかった。むしろどちらかと言えば、彼女は率先して、そうして全力でそういったイベントに参加し、周りの人間を引き込んで楽しみたいタイプで。
 だからついに訪れたハロウィンのその日、九神こより(ja0478)が部長をつとめる探偵倶楽部の面々で、部室でささやかながら盛大にハロウィン・パーティーをしよう! という提案に、諸手を挙げて賛成をしたのは彼にとって、とても自然な流れだった。だってこんな楽しいイベントを、大好きな仲間と楽しまないなんて、嘘だろう?
 だから栄はその日、実に気合を入れた仮装を用意して、探偵倶楽部の部室へと向かった。全身を包帯でぐるぐる巻きにした、いわゆる透明人間の仮装である。
 大き目の服を着て、カツラと肌色マスクを用意して。頭の上に頭の形に包帯を巻いて、ほどけかけた包帯から内側がうまい具合に見えるように、数日前から何度も巻き直して確かめて。
 そう、仮装もまたハロウィンを、なんだか特別に感じさせるものだ。自分ではない何かになってしまったような、この夜だけは何だかいつもと変われるような、そんな不思議な感覚。
 ゆえに栄はちょっとうきうきした足取りで早めに到着すると、別室で持ってきた仮装に着替えて探偵倶楽部の部室へと向かった。さすがに幾らハロウィンとはいえ、そうして様々な人々が集う久遠ヶ原学園とはいえ、包帯ぐるぐる巻きで歩き回るのはちょっと遠慮したい所だ――そこまで奇異には見られないだろう所が、久遠ヶ原の久遠ヶ原たる由縁のような気はするが。
 だが、そうして辿り着いた部室のドアをがらりと開けると、そこにはすでに数人の部員が集まっていて、そうして絶賛立ち話中だった。おいおい、と栄はそんな仲間達に、ひょいと肩をすくめて声をかける。

「入口で何をやってるんだ? 入れないじゃないか」
「栄! ずいぶん、凝った仮装だな」

 その声に、くるり、振り返ったこよりが彼の姿を見て目を丸くした。どうやら栄の仮装は、まずますの成功らしい。
 こよりの前にいた、なぜか上着の中にすっぽりと顔を隠してお腹を出していたミリアム・ビアス(ja7593)が、ふぅん、と呟くとずるりと上着から顔を出し、小脇に抱えていたオレンジのカボチャをテーブルにおいた。そうしておもむろに栄の前に立ち、苦心して巻いた包帯をぐるぐると解き始める。

「おいおい! けっこう苦労したんだぞ」

 このままではパーティーが始まる前に仮装がすっかり台なしになってしまう、と栄は慌てて逃げ出すと、部室の隅に避難して、被り物をすぽっと脱いだ。見ると、中から肌色の被り物がすっかり姿を現してしまっている。
 あの巻き具合が絶妙だったのにと、思いながら包帯を巻き直してもう一度被り物を被った栄は、ぐるり、部室の中を見回した。そうしてうんうんと頷く。

「うん、それにしても、みんなも凝ってるねー」

 とはいえ正確には、栄のように完全に仮装をしているのは、その場にいる2人だけだった。こよりと、それから柊 夜鈴(ja1014)である。
 こよりが身に着けているのは、オレンジのフリルも華やかなワンピースに、真っ黒なカーディガン。頭にはストレートロングのウィッグをつけて、ちょこんと魔女帽子を乗せており、腕にはたっぷりとお菓子の詰まった可愛らしい籠を下げていた。
 対する夜鈴の仮装は、まさにドラキュラとしか言い表せない、黒のタキシードと、血の色のような赤い裏地を打った黒いマント。恐らく夜鈴のものなのだろう、テーブルの上に置いてある揃いの漆黒のシルクハットまで合わせれば、ちょっと見応えのあるヴァンパイアになりそうだ。
 だが、残る2人のうちの1人、木南平弥(ja2513)はと言えば、いつもと変わらないジャージ姿で。ミリアムはと言えば、果して仮装しているのかどうか、ちょっと判断に困る装いである。
 ちらり、ミリアムがさきほど置いたカボチャを見れば、まるで子供の落書きのような顔が書かれていて、上にはこよりがかぶっているような、魔女の帽子がちょこんと乗せられていた。だがそれだけだ。ミリアムが身に着けているものは、あくまで平弥のように、日頃のそれと変わらない。
 あれが、仮装なのか。確かに「やる気のない仮装がしたい」と当初から言っていたミリアムだが、それにしてもやる気があるとかないとか以前の問題ではないのか。
 それを突っ込もうとした栄は、残る1人の姿がどこにもないことに気づき、おや、と首を傾げた。

「……あ、でも真田はまだなのか?」
「なっつん? うん、まだ来てないけど」
「――わ、私が最後でした!? お待たせしました……!」

 そう話していたらちょうど、噂の真田菜摘(ja0431)が少し息を切らせて、ぱたぱたと部室に駆け込んできた。そんなに慌てなくても――と思ったけれども、どうやら、菜摘が息を切らせているのは、走って来たからだけではなさそうだ。
 なっつん、とこよりが首を傾げた。視線は菜摘が両手で抱えている、大きな、ちょっとした凶器になるんじゃないかと思えるほどに大きな、カボチャ。

「それ、どうしたんだ?」
「あ、えっと、来る途中で見つけたんです! 皆さんに喜んでもらえるかな、と思いまして」
「へぇー、ミリアムさんのカボチャもけっこうな大きさだけど、これまた大きいね。――ふうん、模様が顔になってるんだ」
「柊君、私のはデュラハンの首だから。カボチャじゃないから」
「あーはいはい、あむぴのは首やねんな。それにしてもソレ、ほんまでっかいなぁ」

 さすがにこれほど大きなカボチャとなると、みんなも興味をそそられたらしい。ぞろぞろと集まってきて菜摘を囲み、まじまじと覗き込んだ夜鈴の言葉にこよりも良く見ると、確かに巨大なハロウィン・パンプキンはオレンジに濃淡があって、まるで何かの顔のように見えた。
 誰か知人のようにも見えるし、まったく知らない誰かのようにも見える。さらには人間じゃなくて、何かの動物にも見えてきたり。

(というか、そうか、あむぴのアレはやっぱり仮装だったのか……)

 思わず聞き流しかけたその台詞に、栄は思わず遠い目になった。仮装、という日本語の定義について、一度、考え直さなければならない時期に来ているのかも、知れない。
 そんなよく解らないことを真剣に考えながら菜摘のカボチャを見た栄は、不意に「そうだ」と閃いて、ぽん、とカボチャを叩きながら提案した。

「せっかくだ、真田の持ってきてくれたカボチャで、みんなでランタンを作ろうじゃないか」
「おぉ、それは面白いな! 栄、良いことを言うじゃないか」

 その言葉に、こよりが笑顔で大きく頷く。ハロウィンと言えばパンプキン、パンプキンと言えばジャック・オー・ランタン。ちょっとばかし順番は違うかもしれないけれど、それは些細な問題だ。
 他の探偵倶楽部のメンバーも、それは面白い、と頷き合っている。とはいえすっかりパーティーの準備も出来ていることだから、ランタンを作るのはもう少し後でも良いだろう。
 そう頷き合いながら、栄は笑顔で仲間と一緒に部室へと入った。ハロウィン・パーティーの準備は、もうすっかり整っているようだ。
 部室に漂う、美味しそうなコーヒーの匂い。今日のパーティー用のジュースも各種揃っていて、テーブルにはパーティー開きされたお菓子が幾つも幾つも並んでいる。
 おまけに菜摘のあの巨大なカボチャとなれば、楽しいパーティーになりそうだ、と栄は知らず、笑顔になったのだった。





 クラッカーの音が鳴り響く中、探偵倶楽部のハロウィン・パーティーは始まった。
 パー……ンッ! パン、パパー……ン!
 派手な音と同時に色とりどりの色紙を撒き散らす、賑やかなクラッカーはミリアムが持ち込んだものだ。とは言え当の本人は、人に向けてはいけません、という注意書きをまるっと無視して、栄目掛けて糸を引くのである。
 頭からそうめんのように細い紙テープを垂らした栄は、クラッカーの音にくらくらしながら、そうそうに紙屑をテーブルにほうり出していっぱいに並んだお菓子をせっせと口に詰め込みはじめたミリアムを見た。

「おい」
「うん?」

 だが振り返った彼女がしれっとした顔でそう首を傾げるのに、知らず、栄自身も他のみんなも笑いが弾ける。その間にもミリアムは、どんどんと、自分が持ってきたお菓子も遠慮なく口に詰め込んで、誰にもお菓子を食べさせない勢いだ。
 慌てて栄や他のみんなも、お菓子に手を伸ばし始めた。

「ずるいぞ、あむぴ。ちょっとは遠慮したらどうだ?」
「遠慮? 早い者勝ちでしょ。何だったら、こよちゃんの分も私が食べてあげるから……」
「わーッ、いい! 食べなくていい!」

 まるでリスの頬袋のように、ほっぺたをもごもご膨らませながら言ったミリアムに、慌ててこよりが自分の分を確保する。放っておけば、本気で全部を食べてしまいそうだ。
 そんな2人のやりとりに、また部室に笑顔が弾けた。あちらこちらに広げられた、みんなで持ち寄ったスナック菓子や、ハロウィン限定の焼き菓子があっという間になくなって行って、気付けば部室のサイフォンはもう3度もコーヒーを淹れている。
 紙コップのジュースを飲み干して、次はジュースとコーヒー、どちらにしようか考えていたら、少し席を外していた平弥が何やら大皿を抱えて戻ってきた。黄色い生地の、ころころと丸いそれは――たこ焼き?

「ワイが新開発した『かぼちゃたこ焼き』や! せっかくのハロウィンやし、ありきたりのたこ焼きやったら面白くないやん?」
「いや、いつもありきたりじゃない気もするけどな」

 平弥の言葉に、こよりがそう突っ込む。日頃、機会があれば部室などに変り種たこ焼きを持ち込んでいる平弥だから、ある意味では平常運転とも言えるが、そんな突込みも気にした様子はなく、平弥はテーブルの真ん中に大皿をどどんと置いた。
 ほかほかとまだ湯気を立てているたこ焼きからは、ふわり、かぼちゃの甘い匂いが漂ってくる。それだけを取れば、とても美味しそうで、食欲をそそるのだけれども、モノはたこ焼き。
 じっ、としばし大皿を見つめた後、爪楊枝を取ってかぼちゃ色のたこ焼きを口に運んだ。とりあえず、匂いは美味しそうなのだから、味も行けるのかもしれない。
 口にいれた瞬間、フワッとかぼちゃの風味が、口一杯に広がった。生地をかみ締めると、じわりとかぼちゃのほっこりした甘さが感じられ、中から姿を現したたこが――
 ―――………

「たこ、焼き……?」
「生地は美味しいのに、タコがそこはかとない不協和音……」
「たこ焼きなのに、たこが余分とはこれ如何に」
「木南、これ、たこ抜きで作ったほうが美味しかったんじゃないか」
「そ、その、でも、それぞれは美味しいですから……!」

 五者五様の反応に、平弥ががっくりと肩を落とした。生地とたこをマッチングさせる、もう一工夫が必要なのかもしれない――或いは、たこではなくてフルーツやチーズを入れるとか。
 とはいえ、たこと生地がやや分離していると言うだけで、それなりに食べられない事はない。あれやこれやと言いながらも、もそもそかぼちゃたこ焼きを食べ続けるこよりに、栄は「なぁ」と声をかけた。

「九神。そういえば、九神は何も持ってきてないのか?」
「私は部長だからいいんだよ」

 かごにたっぷり詰まったお菓子を提供するでもない彼女に、尋ねた栄にこよりはそっけなくそう答える。答え、またかぼちゃたこ焼きを口の中に放り込む。
 その様子に、うん? と栄はますます首を捻って、何か企んでいるのか? と尋ねようとした。が、ちょうどその時、とんとん、とドアをノックする音が響く。

「あれ? 誰か他に呼んでたのか?」
「さぁ? なっつん、誰だか見てみてくれるか?」

 ひょい、と首を傾げた夜鈴の言葉に、こよりが首を振りながら菜摘を振り返ってそう頼む。はい、と笑顔で頷いた菜摘が、ちょっと待って下さいね、とドアの向こうに声をかけながら立ち上がり。
 ガラ、と部室の扉を、開く。

「トリック・オア・トリート!」
「とりーとー!」
「え……え……?」

 そうしてそこに居たのは、さまざまに可愛い魔女やオバケに仮装した子供達。まだ幼い子供から、小学校高学年くらいの子供が多いだろうか。
 いっせいに可愛い声を上げて、はじける笑顔でそう言った彼女たちに、菜摘の目が丸くなる。だがそれは子供達の向こうに立つ、目を細めて微笑んだ少し年配の女性の姿を見ると、また別の色に変わった。

「がんばってるみたいですね」
「先生……!」

 そう呟いたきり、菜摘の言葉は続かない。そうしてほんの少し瞳を潤ませて、その女性を――先生と呼んだ、彼女がかつて居た児童養護施設の指導員を、見つめる。
 それを見て、よし、とこよりが小さくガッツポーズをしたのを、栄は見た。なるほど、これは彼女の計らいかと、それで納得する。
 いかにもこよりらしい、可愛らしくて、そして優しい悪戯。これはさしずめ彼女の、菜摘に向けたとっておきの『トリック』なのだろう。
 真田、と声も出ないくらいに驚いている菜摘に、夜鈴が声をかけた。

「とりあえず、中に入ってもらったら? 立ったままっていうのもなんだろ」
「あ、そ、そうですね! すぐに席をご用意しますので……」
「……ぁ。待て待て、その前にトリック・オア・トリートなんだから、お菓子をあげなきゃ」

 部室の中へと促す菜摘に、立ち上がったこよりが部室の入口のあたりで固まっている子供達へと近付くと、手に提げたお菓子のいっぱい詰まった籠から、はい、と1人1人、手渡した。そうして、ありがとう、と笑顔が返ってくるのに、笑顔を返している。だって今日はハロウィンの夜、トリック・オア・トリートには、トリート(お菓子)だって決まっているのだから。
 それから皆で手伝って、子供達や施設の先生の席も作って、改めてジュースとコーヒーで乾杯した。ミリアム以上に口いっぱいにお菓子を詰め込む子供達のお陰で、テーブルのお菓子はどんどんなくなっていくけれども、みんなで持ってきたお菓子はまだまだたくさんあるから大丈夫。
 お喋りが進むうち、テーブルの上にはカードゲームやボードゲームも登場した。子供達は、いつもとは違う場所に興奮しているようで、しきりに菜摘や先生に「遊びに行って良い?」と尋ねているけれども、生徒ですらたまに迷う広大な久遠ヶ原学園を、子供達だけで歩かせられるわけもない。
 そのたびに夜鈴も一緒になって子供達を窘めるけれども、案外子供のあしらいがうまいのか、それでも楽しい雰囲気だけは壊れることがない。そのうち平弥がまた、ふらりと姿を消したかと思うと、オレンジのカボチャのマスクを被り、すっぽりと真っ黒なマントに全身を包み隠して現れた。

「ジャック・オー・ランタンやでー! みんな、良い子にしとるかー?」
「木南、それ、ナマハゲ……」
「ふふ……ッ。ぁ、ジュースがそろそろなくなりそうですね。私、ちょっと購買部まで行って買ってきま……す……?」

 そんな平弥に、くすくす笑いながら立ち上がって部室を出ていこうとした菜摘が、ふと動きを止めて眉を寄せる。おや、とこよりが首を傾げた。

「なっつん? どうしたんだ?」
「いえ……あの……」

 それに曖昧に、菜摘自身もよくわからない様子で頷くとも首を振るともつかない反応を返しながら、彼女はきょろきょろ、辺りを見回す。そうしてテーブルの上の、菜摘が持ってきた一際目をひく巨大なカボチャを見て、眉をひそめ。
 もう一度、辺りを見回し、またカボチャを見た。それから、あの、とこよりを振り返った顔は、引き攣り、少し青ざめている。

「こより……時計の音が聞こえるんですけど……」
「――時計の音?」
「はい……その、どう考えても、このカボチャの中から……」

 その言葉に。しーん、とした沈黙が、部室に降り注いだ。





 『カボチャの中から時計の音がするんですけれども』。その言葉に、最初に反応をしたのは夜鈴だった。

「……えッ?」

 ただしそれはどちらかと言えば、反応したというよりは、思わず漏らしてしまったという印象の方が強い。一体、菜摘が何を言っているのかよくわからない――そういう類の声色だった。
 とはいえ、それは栄も一緒である。普通、カボチャと時計という単語は、あまり結び付かないものだ――ましてカボチャの中から時計の音、だなんて。
 こよりが座ったまま、カボチャと菜摘を見比べながら尋ねた。

「ぇー……と。なっつん、どういうことだ?」
「そ、その、私も何が何だか……ッ。でもこの音、よくアニメやドラマで聞く……じ、時限爆弾のよう、な……!」
「時限爆弾!?」

 菜摘の言葉に、誰からとも知れず叫び声が上がった。それも無理のないことだろう――いかに天魔と戦うべくアウルに目覚めた者達が集う久遠ヶ原とはいえ、爆弾なんて物騒なものとはそうそう、縁があるはずもない。
 いや、だからこそそんなわけはなかろうと、まるで自分に言い聞かせるように、平弥がかぼちゃマスクを脱ぎながら、それでも多少引き攣った笑顔で、言った。

「お、落ち着くんや。かぼちゃが時限爆弾やなんて、そんな、マンガやないんやから……なぁ?」

 はは、と笑いながら巨大なカボチャに近付くと、まるで浮かんだ顔にお伺いを立てるように手を伸ばす。そうしてカボチャを叩いてみたり、転がしてみたり、撫でてみたり、擦ってみたり。
 だが当然、カボチャは何の反応も返さない。答えを返すわけでもなければ、震え出すわけでもなく、中からナニカが出てくるわけでも、なくて。
 長い、長い一瞬が、過ぎた。知らず、息も殺してその様子を見守っていたこより達を、ゆっくりと平弥が振り返る。――つ、と額に流れる、一筋の汗。

「ヤバイかも」

 そうして告げられた言葉は、ひどく短くて、だからこそ重々しく響いた。何がヤバイのか。聞きたいが、聞きたくない。聞かなくてもわかるけれども、わかりたくない。
 あはは、とミリアムが渇いた笑い声をあげる。

「まっさかー。なんぺー君、お茶目なんだから……」

 騙されないんだからね、とデュラハンカボチャを置き去りにしたまま、巨大なカボチャへと近付いて見を屈め、ほーらね、と言いながら耳を当てた。が、すぐにぴき、とその笑顔が固まる。
 次の瞬間、ミリアムは大きく後ろに跳んでカボチャから距離を取ると、ババッ、と床に伏せて頭を抱えた。

「爆弾や、死んだふりせぇ……ッ!」
「死んだふりは熊やろが!?」

 何故か関西弁で叫んだミリアムに、平弥が突っ込む。どうやら床に伏せたのは、ミリアムなりの『死んだふり』らしい。
 じわり、栄の胸に焦りが浮かんだ。まさか本当に、本当の爆弾だというのだろうか?
 栄はじっと、巨大なカボチャを、その表面に浮かんだコミカルな顔を見つめた。そうしてカボチャの前に立つと、とにかく先ずは爆弾かどうか確かめようと、オレンジの皮に耳を押し当ててみる。
 チチチチチチチチ……
 確かに聞こえる、秒針が細かく時を刻む音。その向こうで、きっと自身も驚いているだろうに、笑顔を浮かべたこよりが怯えている児童養護施設の子供達や、先生に話し掛けているのが、聞こえる。

「大丈夫だ、すぐに解決するさ。ここは探偵倶楽部だからな」
「――だいじょうぶ?」
「どっかーん、しない?」
「もちろんだ」

 力強く、にっこり笑顔で請け負ってから、さて、とこよりも爆弾カボチャ(?)へと向き直った。そうして、うーん、と唸りながら、夜鈴と一緒に考えを巡らせ始める。

「柊、どう思う?」
「そもそも、真田が偶然買ったカボチャに時限爆弾が……ッていうのが不思議だよね。無差別テロなのか、探偵倶楽部を狙った犯行なのか……」
「というか、まず、カボチャの中に爆弾が仕込めるのか? あれ、どう見ても本物のカボチャだよな」
「久遠ヶ原だからね。科学室あたりでナニカが出来てたとしても、おかしくない気はする」

 科学室の主である堕天使教師は、今頃クシャミをしているかも知れない。
 そんな事を話す間にも、菜摘や平弥はおろおろとパニックを起こしていて、ミリアムは「死んでるよー、私は死んでるからねー」とごろごろ床を転がっている。その様子がどこかコミカルに映ったのか、最初は怯えていた子供達もちょっと落ち着いてきたのだろう、一緒にごろごろ転がったりし始めた。
 その間にも栄は、カボチャをごろんと転がしたり、持ち上げてみたりと、あれこれ試行錯誤していた。が、これでは埒があかないと、思い立って部屋の隅に走っていく。
 手にして戻って来たのは、ナイフと彫刻刀。気合いを込めて、それをどすッ、とオレンジ色の表皮に突き立てた。
 菜摘の悲鳴が響く。

「栄先輩!? 何をしてるんですか!」
「どうせジャックを彫るんだから、掘って爆弾かどうか確かめるんだ!」
「彫って本当に爆弾が出てきたらどうするんですか!?」

 掘らなくても、本当に爆弾なら危険なことに変わりはないのだが。
 これ以上なく真っ青になった菜摘をよそに、栄はナイフでカボチャのヘタの辺りを切り取ると、ざくざくざくと中身を彫り始めた。掘ってはカボチャの中身を掻き出して、掻き出してはまた中を掘る。
 が、特に何かが出てくるわけではない。時計の音は相変わらず響いているが、カボチャはあくまでカボチャのままだ。
 不意に、悪戯心が疼いた。と、思った次の瞬間には栄の手は、彫刻刀を全く別の意図で動かしはじめる。
 やがて目の前に出現した『それ』を前にして、栄はぴたりと動きを止めた。くッ、と唇から苦悩の呻きを漏らす。

「どっちだ、どっちを切る……!?」
「久遠くん? まさか、本当に爆弾が……」
「栄?」
「この決断でみんなの命が……!」
「――栄君、こんな時に何ふざけてるんだい?」

 その呟きに、ざわ、と落ち着きかけていた部室が再びどよめいた所で、栄の手元を覗き込んだ夜鈴が冷たく突っ込んだ。まぁ、当たり前の反応である――何となれば、そこにあるのはドラマやアニメでよく出て来る、爆弾のトラップではお馴染みの赤い配線と青い配線……などではもちろんなく、そんな形に掘ったカボチャなのだから。
 はぁ、と誰かのため息が聞こえた。振り返るとこよりが冷たい眼差しを向けている。
 栄はここぞとばかりに、ごく真面目な顔で訴えた。

「だってせっかくだからやりたいじゃないか」
「………ッ」
「ぐぉぉぉぉッ!?」

 容赦なくゲシッと殴られて、栄はじんじんと痛む頭を抱えて床に沈んだ。なぜかミリアムがずりずりと近寄って来て、並んで一緒に転がり始める。子供達も数人「ぐぉぉぉぉー」と叫びながら転がった。こんな時だが和ましい。
 その時、パニックを起こしておろおろしていたはずの菜摘が、あの、と笑顔で声をあげた。いつの間にか、その手には出現した刀が握られている。

「私に確実な案があります。皆さん、どうか部室から離れててください」

 そうして菜摘が紡いだ言葉に、何か、不吉なものを感じて栄は頭の痛みも忘れ、起き上がった。こよりが眉をひそめて、なっつん? と名を呼ぶ。

「大丈夫です、こより。すぐに、終わらせますから」

 それに揺らがない笑顔でそう告げると、早く、と菜摘はみんなを部室のドアへ促した。そうしながらチャキ、と鯉口を切り、すらりと鞘から白刃を抜き放つ。
 蛍光灯の下、部室の中という場所にあっては、立場柄けっして見慣れてないわけではないその光景も、ひどく違和感を感じた。ましてこんな状況なら尚更だ。
 それでも菜摘が、何とかする、と言うのなら菜摘を信じようと、思った。

「――解った。頼んだぞ、なっつん。みんな、なっつんの邪魔にならないように、出てよう」
「はい、任せてください、こより」

 だからこよりの言葉に、栄も子供達や施設の先生、探偵倶楽部のメンバーと一緒に部室を、出た。大きく頷いた菜摘の笑顔が、ドアの向こうに消える。チチチと響いていたカボチャの音も、ドアに遮られて聞こえなくなった。
 だが果して、菜摘は一体どうするつもりなのだろう? 廊下で互いに顔を見合わせながら、やっぱり少し不安げに探偵倶楽部のドアをじっと見つめていたら、不意に、ダンッ! と何かが壊れる音が、して。

「なっつん!?」
「真田!」
「大丈夫か、菜摘!?」

 何が起こったのか、と慌ててドアを引き開け、押し合いへしあいしながら部室に飛び込んだ栄達の目の前で、色とりどりの紙テープや紙吹雪、そうして可愛いお菓子の数々が、カボチャの中から飛び出して部室中に降り注いだ。





 ぽかん、と誰もがその光景に呆気に取られていた。刀を振り下ろしたまま、真っ二つになったカボチャと壊れた机の前で固まっていた菜摘が――どうやら、さきほどの音は菜摘が刀で机を叩き切った音らしい――頭から紙テープを滝のように垂らしながら、栄達を振り返る。

「あの……」
「うん……」

 菜摘が何を言おうとしたのかは解らなかったが、続かなかった言葉に、栄も他の者たちも、そう相槌を返すより他はない。今、一体何が起こっているのか。理解は出来たものの、誰かに確かめずには居られない、そんな気持ちだった。
 まだ降り注ぐお菓子に、子供達が「うわぁ!」と歓声を上げて広い集めたり、小さな両手で受け止めようと駆け回ったりし始める。後からおっとり入ってきた施設の先生が、あらあら、とその光景に目を丸くして、それからにっこり微笑んだ。

「素敵な演出ですね」
「はぁ……」

 どうやら、これも探偵倶楽部のハロウィン・パーティーの演出だと、好意的に解釈してくれたらしい。それはそれでありがたいが、もちろん、演出等ではないのでどこか、複雑な気持ちである。
 ゆえに、とりあえずどうしたものかと伺うように互いに顔を見合わせた。そんな中、平弥が真っ先に立ち直って、栄達を笑顔で見回した。

「まぁまぁ、えぇやんか。それより、せっかくやからお菓子食べようや」
「そう、だね。ひとまず、無事に解決したことだし」

 それにこくりと頷いて、夜鈴が壊れた机を退け、改めて残った机に椅子を並べはじめる。そうだな、と頷いて栄も一緒に、残骸を片付けたりし始めた。
 一体何が起こったのか、そもそもあのカボチャが何だったのかよく解らないけれども、実にハロウィンらしい、悪戯心に満ちたカボチャ。真っ二つになったそれをまじまじ見ると、ちょうど下の方にお菓子が詰まって居たらしい凹みはあったけれども、チチチと音をさせて居たのが何だったのかはやっぱり、解らない。
 とは言えそれも、どこかの誰かがハロウィンの夜に合わせて仕込んだ、トリックなのだろう。トリックの後は、トリート。本当にハロウィンらしい。
 わいわいと、みんなの顔に笑顔が戻った。そうして賑やかに片付けて、再びゲームをしたりお喋りをしたりと過ごし始めたら、また、とんとんと部室のドアを叩く音がする。
 おや、とこよりが不思議そうに首を捻った。その表情を見れば、先程、施設の先生立ちが来たときの表情は、なるほど素知らぬ顔をしていただけだったのだ、とよく解る。
 だがこの『来客』は、今度は恐らく栄のものだーーちら、と時計を見やった栄はそれを確かめて立ち上がり、いそいそと部室のドアを開けた。そうしてその向こうに居た、一抱えもある大きな箱を抱えた『来客』に、よし、と会心の笑みを浮かべる。
 その大きな箱を受け取ると、みんなッ、と栄は満面の笑顔で振り返った。

「トリックは充分楽しんだから、トリートを皆で楽しもうぜッ」
「ん、久遠くん、それ何?」
「今日のために頼んでおいた特製ケーキだよ。この時間ぐらいに届けてもらうよう、頼んでおいたんだ」

 ミリアムの言葉にそう答えながら、栄は一抱えもありそうな大きなケーキの箱をテーブルの真ん中に置くと、いそいそとオレンジ色のリボンを解いてぱかっと蓋を開ける。そうして「おっ、みんな可愛く出来てるじゃないか」と満足を覚えて頷いた。
 そこにあったのは、パンプキンクリームでデコレーションされた、華やかなケーキ。上にはカボチャやお化けが飾られていて、真ん中には6つの笑顔が咲いている。
 栄自身も、ケーキ屋に注文はしたけれども、どんな出来栄えになるかは届いてからのお楽しみ、だったのだ。だが間違いはなかったと、満足にうんうんと何度も頷く。
 あ、と夜鈴が声をあげた。

「これ、もしかしてみんなの顔か?」
「うん。倶楽部のみんなを模したマジパンを乗っけてもらったんだ。――知ってたら子供達や先生の分も頼んだんだけどな」
「仕方ないだろ。とっておきのプレゼントは、秘密にしないと楽しくないじゃないか」

 ちろ、と視線を向けてちくりと刺すと、こよりが唇を尖らせる。だが栄自身もみんなにこのケーキを秘密にしていた通り、サプライズは、秘密にして居るからこそサプライズなのだ。
 だからこよりの訴えに、まぁしょーがないよな、と笑顔を返した。菜摘がにこにこ笑いながら、人数分のケーキ皿とフォーク、切り分け用のナイフを用意して、子供達が大きなケーキに歓声を上げた。
 注文したときよりも予想外に人数が増えてしまったけれども、幸い切り分けたケーキは全員に行き渡って、みんなで揃ってほっこり甘いカボチャのケーキを味わった。もちろん、マジパンは探偵倶楽部のみんな、それぞれのケーキの上にちょこんと乗っている。
 賑やかに和やかに、ハロウィンの夜はこうして過ぎていくのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 /    PC名   / 性別 / 年齢 /     職業    】
 ja0431  /   真田菜摘   / 女  / 16  /  ルインズブレイド
 ja0478  /   九神こより  / 女  / 15  / インフィルトレイター
 ja1014  /   柊 夜鈴   / 男  / 18  /    阿修羅
 ja2400  /   久遠 栄   / 男  / 20  / インフィルトレイター
 ja2513  /   木南平弥   / 男  / 15  /    阿修羅
 ja7593  / ミリアム・ビアス / 女  / 20  /  ルインズブレイド

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
満場一致と言う、身に余る光栄でご指名頂きましたにもかかわらず、お届けがすっかり遅くなってしまい、本当に申し訳ございませんでした……(土下座

探偵倶楽部の皆様での、賑やかなハロウィン・パーティーの物語、如何でしたでしょうか。
ジョークがお好きな息子さんの、ハロウィンのドタバタ劇(?)はこんな様相となりました。
比較的、かなり、相当、ものすごく好きに動かしてしまいましたが……や、やりすぎてませんでしょうか……ッ(滝汗

息子さんのイメージ通りの、とぼけた楽しいハロウィンの夜のひと時のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
ハロウィントリッキーノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年10月24日

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