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『とあるお店の軒先で。〜Mysteric Panic! 』
木南平弥ja2513


 ハロウィン、というのは奇妙に心をくすぐられる響きを持っている。目にも華やかな色合いの衣装にお菓子、極めつけは子供達の「トリック・オア・トリート!」。
 日本ではまだまだ、定着しきったとは言いがたい習慣ではあるけれども、それでも多くの人がハロウィンという言葉を聞いた時に、そういった楽しげで華やかな様子や、一種独特の、ヒトとヒト以外のモノの境界が交じり合うような危うげな心地よさを連想することだろう。まして楽しいことが大好きな人間ならば、なおさらに。
 木南平弥(ja2513)もまた、そういう、ハロウィンに心踊る者の一人であることは、間違いなかった。むしろどちらかと言えば、彼は率先して、そうして全力でそういったイベントに参加し、楽しみたいタイプで。
 だからついに訪れたハロウィンのその日、平弥の所属する探偵倶楽部の面々で、部室でささやかながら盛大にハロウィン・パーティーをしよう! と部長の九神こより(ja0478)が提案したのに、賛成しないわけがなかった。だってこんな楽しいイベントを、大好きな仲間と楽しまないなんて、嘘だろう?
 ハロウィンの前から、この日のためにとっておきのサプライズを用意して。当日、みんながどんな顔をするだろうと想像するだけでわくわくしながら、ハロウィン・パーティーの仮装衣装を用意する。
 そう、仮装もまたハロウィンを、なんだか特別に感じさせるものだ。自分ではない何かになってしまったような、この夜だけは何だかいつもと変われるような、そんな不思議な感覚。
 別室にそれらの準備を隠しておいて、ちょっと早めに部室へと辿りついた平弥がひょい、と顔を出すと、驚くべき事にすでに先客がいた。すっかり仮装も終えたこよりである。

「おぉ? ワイが一番やと思ったのに、もう来てたんか」
「当たり前だろ。今日はハロウィンだからな」

 目を丸くしてそう言うと、がさ、とお菓子のたっぷり詰まった籠を揺らしながら、こよりはそう笑顔になった。オレンジのフリルも華やかなワンピースや、真っ黒なカーディガン、頭につけたストレートロングのウィッグも、ちょこんと乗った魔女帽子まで、十分に気合を感じさせる。
 さすがやな、と何となく感心してそんなこよりをまじまじ見たら、同じく平弥を見ていたこよりが、むぅ? と首をかしげた。

「ナンペー、仮装はしないのか?」
「うん、まぁ、後のお楽しみ、やな」
「……? 何やってるんだ、九神、木南?」

 それに、誤魔化すようにも受け流すようにも取れる様子で笑った平弥を、むぅ、とこよりは唇を尖らせて、頭のてっぺんからつま先まで眺め回す。それを見て、ちょうど部室に入ってきた柊 夜鈴(ja1014)が不審に眉をひそめが。
 だがすぐに興味をなくしたのだろう、視線を元に戻すと、これ、と手に持っていたビニール袋をがさりと差し出した。中に入っているのはスナック菓子が数種。ハロウィン限定のパンプキン・チップスも、大きなパーティーパックで入っている。
 おぉ、と途端、こよりが笑顔を浮かべた。

「美味しそうだな。ぁ、柊の仮装は、ドラキュラか?」
「うん」

 こくりと頷いた柊が身に着けているのは、まさにドラキュラとしか言い表せない、黒のタキシードと、血の色のような赤い裏地を打った黒いマント。揃いの漆黒のシルクハットを目深に被れば、まさに妖しげなヴァンパイアで。
 とはいえ部室の中でシルクハットは、いかにも狭苦しい。早々に脱いでテーブルにひょいと置き、持ってきたお菓子を自分でさっさとバーティー開きにしてテーブルの上に並べ出す夜鈴だ。
 部室に、美味しそうな匂いが広がる。コーヒーも入っていて、おまけに今日のパーティー用にジュースも揃っているとなれば、うず、と食欲がうずき出すと言うものだ。
 そうなると待ち遠しくて仕方ないのだろう、こよりがちらちらテーブルを見ながら、「皆、まだかな?」と呟いている。とはいえ時計は、ようやく集合時間の5分前を指したところだ。まだ『遅い』とそわそわするには早すぎる時間だが、こよりは何度も何度も時計を見ては、誰か来ないか部室のドアを見つめている。
 そんな様子を見ながら、適当に空いている席に座って夜鈴と他愛のない話をして待っていたら、ガラ、とドアが大きく開いた。

「――ん? 遅れた?」
「いや……大丈夫、だけど……」

 そうして入ってきたミリアム・ビアス(ja7593)が、一身に受けた注目にきょとん、と目を瞬かせたのに、こよりがゆる、と首を振りながらじっと見つめる。平弥もまた、ミリアムの格好を観察するように見つめた。
 取り立てて奇異な仮装、と言うわけではない。どちらかと言えば、服はいつも通りだし、ミリアムも平弥と同じく仮装をしてこなかったのだ、と言われても信じるだろう。
 だが、目を引くのは彼女の小脇に抱えた、モノ。オレンジ色のハロウィン・カボチャに子供の落書きのような顔が書かれ、上にちょこんと、ちょうどこよりが被っているようなとんがり帽子を乗せている。
 あれは、一体。いや、そもそもこれは何の仮装なのか。それ以前に、何かの仮装なのか。
 考えていても埒が明かないと、平弥はミリアムのカボチャを指差しながら、なぁ、と首を傾げた。

「それ、何なん?」
「ん? デュラハンの首だよ。私はデュラハンの仮装だからね」
「デュラハン……ッて、ミリアムさん、首あるじゃん」

 えへん、と胸を張ったミリアムの言葉に、冷静に突っ込んだのは夜鈴である。よほど特殊な技術なり、知られていないスキルなりを駆使すれば首のないフリも可能……かどうかは不明だが、普通に考えれば首がなくなるはずもないのだから、かなり無理がある。
 だがそのツッコミを受けると、ミリアムはずりずりと上着を引きずり上げて、すっぽり顔を隠してしまった。大人気ない。そしてお腹が丸見えだ。
 おいおい、とそんな4人に笑みを含んだ声が向けられた。

「入口で何をやってるんだ? 入れないじゃないか」
「栄! ずいぶん、凝った仮装だな」

 そうしてそこに居た、久遠 栄(ja2400)はオーソドックスな包帯男……というよりは透明人間の、いわゆる包帯ぐるぐる巻きの仮装をしている。よくよく見ればもちろん、解けかけた包帯の中からは作り物らしい肌色の被り物が見えているのだが、それでも包帯ぐるぐる巻き、というのはひどく目を引いた。
 ふぅん、と呟いたミリアムがずるりと上着から顔を出すと、デュラハンの首(と主張するカボチャ)をテーブルにおいて、ぐるぐると栄の包帯を解き始めた。するすると中から肌色の被り物が姿を現して、おいおい、と栄は慌てて逃げ出すと、部室の隅で被り物を外して包帯を巻き直す。
 それから改めて被り物を被った栄は、ぐるり、部室の中を見回した。

「うん、それにしても、みんなも凝ってるねー。……あ、でも真田はまだなのか?」
「なっつん? うん、まだ来てないけど」
「――わ、私が最後でした!? お待たせしました……!」

 そう話していたらちょうど、噂の真田菜摘(ja0431)が少し息を切らせて、ぱたぱたと部室に駆け込んできた。そんなに慌てなくても――と思ったけれども、どうやら、菜摘が息を切らせているのは、走って来たからだけではなさそうだ。
 なっつん、とこよりが首を傾げた。視線は菜摘が両手で抱えている、大きな、ちょっとした凶器になるんじゃないかと思えるほどに大きな、カボチャ。

「それ、どうしたんだ?」
「あ、えっと、来る途中で見つけたんです! 皆さんに喜んでもらえるかな、と思いまして」
「へぇー、ミリアムさんのカボチャもけっこうな大きさだけど、これまた大きいね。――ふうん、模様が顔になってるんだ」

 さすがにこれほど大きなカボチャとなると、興味をそそられるというものだ。ぞろぞろと集まってきて菜摘を囲み、まじまじと覗き込んだ夜鈴の言葉に平弥も良く見ると、確かに巨大なハロウィン・パンプキンはオレンジに濃淡があって、まるで何かの顔のように見えた。
 誰か知人のようにも見えるし、まったく知らない誰かのようにも見える。さらには人間じゃなくて、何かの動物にも見えてきたり。
 だがそれよりも重要な事がある、とばかりにミリアムが主張した。

「柊君、私のはデュラハンの首だから。カボチャじゃないから」
「あーはいはい、あむぴのは首やねんな。それにしてもソレ、ほんまでっかいなぁ」
「そうだ。せっかくだ、真田の持ってきてくれたカボチャで、みんなでランタンを作ろうじゃないか」
「おぉ、それは面白いな! 栄、良いことを言うじゃないか」

 その主張を適当にいなした平弥の言葉に、閃いたように目を輝かせた栄が、ぽん、とカボチャを叩きながら提案した。それにこよりが笑顔で大きく頷く。
 ハロウィンと言えばパンプキン、パンプキンと言えばジャック・オー・ランタン。ちょっとばかし順番は違うかもしれないけれど、それは些細な問題だ。
 平弥や他の探偵倶楽部のメンバーも、それは面白い、と頷き合っている。とはいえすっかりパーティーの準備も出来ているから、ランタンを作るのはもう少し後でも良いだろう。
 そう頷き合いながら、平弥は笑顔で仲間と一緒に部室へと入った。さて、別室に仕込んだサプライズはいつ出そう、と考えながら。





 クラッカーの音が鳴り響く中、探偵倶楽部のハロウィン・パーティーは始まった。
 パー……ンッ! パン、パパー……ン!
 派手な音と同時に色とりどりの色紙を撒き散らす、賑やかなクラッカーはミリアムが持ち込んだものだ。とは言え当の本人は、人に向けてはいけません、という注意書きをまるっと無視して栄目掛けて糸を引いた後、そうそうに紙屑をテーブルにほうり出すと、いっぱいに並んだお菓子をせっせと口に詰め込みはじめた。
 そうして、頭からそうめんのように細い紙テープを垂らした栄が、おい、と複雑な顔で呼ぶと、しれっとした顔で「うん?」と首を傾げるミリアムに、知らず、笑いが弾ける。その間にもミリアムは、どんどんと、自分が持ってきたお菓子も遠慮なく口に詰め込んで、誰にもお菓子を食べさせない勢いだ。
 慌てて平弥や他のみんなも、お菓子に手を伸ばし始めた。

「ずるいぞ、あむぴ。ちょっとは遠慮したらどうだ?」
「遠慮? 早い者勝ちでしょ。何だったら、こよちゃんの分も私が食べてあげるから……」
「わーッ、いい! 食べなくていい!」

 まるでリスの頬袋のように、ほっぺたをもごもご膨らませながら言ったミリアムに、慌ててこよりが自分の分を確保する。放っておけば、本気で全部を食べてしまいそうだ。
 そんな2人のやりとりに、また部室に笑顔が弾けた。あちらこちらに広げられた、みんなで持ち寄ったスナック菓子や、ハロウィン限定の焼き菓子があっという間になくなって行って、気付けば部室のサイフォンはもう3度もコーヒーを淹れている。
 そろそろ、サプライズを出す頃合かもしれない。そう考えた平弥は、さりげなく席を立つと別室へと行き、そこに準備しておいた器具の電源を入れた。器具――すなわち、たこ焼きホットプレート。
 折に触れて様々な変り種たこ焼きを部室などに持ち込んでいる平弥である。ハロウィン・パーティーなんてせっかくの機会に、何も用意しないなんてそうは問屋が卸さない。
 ゆえにこの日のために用意した、黄色い生地の、とっておきのサプライズたこ焼きを慣れた手つきで焼き上げると、大皿にころころと積み上げて部室に戻った。そうして皆が「今度は何のたこ焼きだ?」と注目するのに、胸を張る。

「ワイが新開発した『かぼちゃたこ焼き』や! せっかくのハロウィンやし、ありきたりのたこ焼きやったら面白くないやん?」
「いや、いつもありきたりじゃない気もするけどな」

 鋭い突込みがは行ったが、平弥は気にせずテーブルの真ん中に大皿をどどんと置いた。ほかほかとまだ湯気を立てているたこ焼きからは、ふわり、かぼちゃの甘い匂いが漂ってくる。
 予定通りに行けばそれは、口にいれたときにフワッとかぼちゃの風味が広がる感じになっているはずだった。とはいえあくまで予定は未定。自信作には相違ないが、後はみんなの反応である。
 大皿を前に、皆は互いを伺うようにじっ、としばし見つめた後、ひょいと、或いは恐る恐る爪楊枝を取ってかぼちゃ色のたこ焼きを口に運んだ。とりあえず、匂いは美味しそうなのだから、成功しているはずなのだが。
 ―――………

「たこ、焼き……?」
「生地は美味しいのに、タコがそこはかとない不協和音……」
「たこ焼きなのに、たこが余分とはこれ如何に」
「木南、これ、たこ抜きで作ったほうが美味しかったんじゃないか」
「そ、その、でも、それぞれは美味しいですから……!」

 だが、返って来た五者五様の芳しいような芳しくないような反応に、平弥はがっくりと肩を落とした。生地とたこをマッチングさせる、もう一工夫が必要なのかもしれない――或いは、たこではなくてフルーツやチーズを入れるとか。
 とはいえ、あれやこれやと言いながらも、皆がかぼちゃたこ焼きを食べる手は止まらない。平弥も一緒になってもそもそと、リベンジにはどう工夫すれば良いか考えながらかぼちゃたこ焼きを食べていたら、とんとん、とドアをノックする音が聞こえた。

「あれ? 誰か他に呼んでたのか?」
「さぁ? なっつん、誰だか見てみてくれるか?」

 ひょい、と首を傾げた夜鈴の言葉に、こよりが首を振りながら菜摘を振り返ってそう頼む。はい、と笑顔で頷いた菜摘が、ちょっと待って下さいね、とドアの向こうに声をかけながら立ち上がり。
 ガラ、と部室の扉を、開く。

「トリック・オア・トリート!」
「とりーとー!」
「え……え……?」

 そうしてそこに居たのは、さまざまに可愛い魔女やオバケに仮装した子供達。まだ幼い子供から、小学校高学年くらいの子供が多いだろうか。
 いっせいに可愛い声を上げて、はじける笑顔でそう言った彼女たちに、菜摘の目が丸くなる。だがそれは子供達の向こうに立つ、目を細めて微笑んだ少し年配の女性の姿を見ると、また別の色に変わった。

「がんばってるみたいですね」
「先生……!」

 そう呟いたきり、菜摘の言葉は続かない。そうしてほんの少し瞳を潤ませて、その女性を――先生と呼んだ、彼女がかつて居た児童養護施設の指導員を、見つめる。
 それを見て、よし、とこよりが小さくガッツポーズをした。

(あぁ、こよりの『トリック』なんか)

 そんなこよりと、立ち尽くす菜摘を見比べて、平弥はそう思う。きっと菜摘にとって特別な、特別なその人達をこっそりと呼び寄せるために、誰にも秘密で準備していたのだろう。
 感心の眼差しで、だから平弥はこよりを見た。真田、と菜摘に夜鈴が声をかける。

「とりあえず、中に入ってもらったら? 立ったままっていうのもなんだろ」
「あ、そ、そうですね! すぐに席をご用意しますので……」
「……ぁ。待て待て、その前にトリック・オア・トリートなんだから、お菓子をあげなきゃ」

 部室の中へと促す菜摘に、立ち上がったこよりがお菓子をいっぱいに詰めた籠を持って立ち上がる。そうして、部室の入口のあたりで固まっている子供達へと近付くと、はい、と1人1人、手渡した。
 ありがとう、と笑顔が返ってくるのに、返すのは笑顔。だって今日はハロウィンの夜、トリック・オア・トリートには、トリート(お菓子)だって決まっているのだから。
 それから皆で手伝って、子供達や施設の先生の席も作って、改めてジュースとコーヒーで乾杯した。ミリアム以上に口いっぱいにお菓子を詰め込む子供達のお陰で、テーブルのお菓子はどんどんなくなっていくけれども、みんなで持ってきたお菓子はまだまだたくさんあるから大丈夫。
 お喋りが進むうち、テーブルの上にはカードゲームやボードゲームも登場した。子供達は、いつもとは違う場所に興奮しているようで、しきりに菜摘や先生に「遊びに行って良い?」と尋ねているけれども、生徒ですらたまに迷う広大な久遠ヶ原学園を、子供達だけで歩かせられるわけもない。
 そのたびに夜鈴も一緒になって子供達を窘めるけれども、案外子供のあしらいがうまいのか、それでも楽しい雰囲気だけは壊れることがない。これは協力を兼ねて、サプライズその2を出す頃か、と平弥は再び部室を出ると、別室に用意しておいた仮装に着替えた。
 オレンジのカボチャのマスクに、すっぽりと全身を覆う真っ黒なマント。ハロウィンでは恐らく一番オーソドックスであろう、ジャック・オー・ランタンのパンプキン・モンスター。
 そうして部室に戻った平弥は、とっておきの低い声で唸りを上げた。

「ジャック・オー・ランタンやでー! みんな、良い子にしとるかー?」
「木南、それ、ナマハゲ……」
「ふふ……ッ。ぁ、ジュースがそろそろなくなりそうですね。私、ちょっと購買部まで行って買ってきま……す……?」

 そんな平弥に、くすくす笑いながら立ち上がって部室を出ていこうとした菜摘が、ふと動きを止めて眉を寄せる。おや、と平弥は首を傾げた。
 こよりが尋ねる。

「なっつん? どうしたんだ?」
「いえ……あの……」

 それに曖昧に、菜摘自身もよくわからない様子で頷くとも首を振るともつかない反応を返しながら、彼女はきょろきょろ、辺りを見回す。そうしてテーブルの上の、菜摘が持ってきた一際目をひく巨大なカボチャを見て、眉をひそめ。
 もう一度、辺りを見回し、またカボチャを見た。それから、あの、と振り返った顔は、引き攣り、少し青ざめている。

「こより……時計の音が聞こえるんですけど……」
「――時計の音?」
「はい……その、どう考えても、このカボチャの中から……」

 その言葉に。しーん、とした沈黙が、部室に降り注いだ。





 『カボチャの中から時計の音がするんですけれども』。その言葉に、最初に反応をしたのは夜鈴だった。

「……えッ?」

 ただしそれはどちらかと言えば、反応したというよりは、思わず漏らしてしまったという印象の方が強い。一体、菜摘が何を言っているのかよくわからない――そういう類の声色だった。
 とはいえ、それは平弥も一緒である。普通、カボチャと時計という単語は、あまり結び付かないものだ――ましてカボチャの中から時計の音、だなんて。
 こよりが座ったまま、カボチャと菜摘を見比べながら尋ねた。

「ぇー……と。なっつん、どういうことだ?」
「そ、その、私も何が何だか……ッ。でもこの音、よくアニメやドラマで聞く……じ、時限爆弾のよう、な……!」
「時限爆弾!?」

 菜摘の言葉に、誰からとも知れず叫び声が上がった。それも無理のないことだろう――いかに天魔と戦うべくアウルに目覚めた者達が集う久遠ヶ原とはいえ、爆弾なんて物騒なものとはそうそう、縁があるはずもない。
 いや、だからこそそんなわけはなかろうと、どちらかと言えば自分に言い聞かせるように、平弥はかぼちゃマスクを脱ぎながらいった。浮かべた笑顔はそれでも、多少のみならず引き攣っていたかも、しれない。

「お、落ち着くんや。かぼちゃが時限爆弾やなんて、そんな、マンガやないんやから……なぁ?」

 誰にともなくそう言って、はは、と笑いながら巨大なカボチャに近付くと、まるで浮かんだ顔にお伺いを立てるように手を伸ばす。そうしてカボチャを叩いてみたり、転がしてみたり、撫でてみたり、擦ってみたり。
 だが当然、カボチャは何の反応も返さない。答えを返すわけでもなければ、震え出すわけでもなく、中からナニカが出てくるわけでも、なくて。
 どころか、確かに平弥の耳にも、聞こえる。チチチチチ……と秒針が時を刻む、あの独特の音。
 そうと悟った瞬間、平弥は思わず息を殺した。長い、長い一瞬の後、こより達をゆっくりと振り返る。――つ、と額に流れる、一筋の汗。

「ヤバイかも」

 そうして告げた言葉は、ひどく短くて、だからこそ自分自身でも驚くくらい、重々しく響いた。何がヤバイのか。考えたくない。考えたくないけれども、自分の中ではとっくに答が出てしまっている。
 あはは、とミリアムが渇いた笑い声をあげた。

「まっさかー。なんぺー君、お茶目なんだから……」

 騙されないんだからね、とデュラハンカボチャを置き去りにしたまま、巨大なカボチャへと近付いて見を屈め、ほーらね、と言いながら耳を当てる。が、すぐにぴき、とその笑顔が固まった。
 次の瞬間、ミリアムは大きく後ろに跳んでカボチャから距離を取ると、ババッ、と床に伏せて頭を抱える。

「爆弾や、死んだふりせぇ……ッ!」
「死んだふりは熊やろが!?」

 何故か関西弁で叫んだミリアムに、平弥は思わず突っ込んだ。とても普通ではあり得ない事態に、緊張しすぎて神経がぶっ飛んでしまったのか、それとも条件反射なのか、それは自分でも解らない。
 ありていに言えば、平弥は絶賛、パニック中だった。頭の片隅で、こよりが夜鈴と話しているのが聞こえてはいたけれども。

「――柊、どう思う?」
「そもそも、真田が偶然買ったカボチャに時限爆弾が……ッていうのが不思議だよね。無差別テロなのか、探偵倶楽部を狙った犯行なのか……」
「というか、まず、カボチャの中に爆弾が仕込めるのか? あれ、どう見ても本物のカボチャだよな」
「久遠ヶ原だからね。科学室あたりでナニカが出来てたとしても、おかしくない気はする」

 科学室の主である堕天使教師は、今頃クシャミをしているかも知れない。
 そんな事を話しながら、ああでもない、こうでもない、と推理を巡らせているのは聞いていたけれども、パニック中の平弥にはそんな細かい事を考える余裕もなかった。菜摘も同じくパニック状態のようだし、ミリアムは「死んでるよー、私は死んでるからねー」とごろごろ床を転がっている。なぜかその傍で、施設の子供達も一緒にごろごろ転がっていたが。
 そんな中、栄がカボチャの前で耳を押し付けたり、ごろんと転がしたり、持ち上げたり試行錯誤していた。が、おもむろに部屋の隅に走っていくと、ナイフと彫刻刀を持って戻ってきて、どすッ、とオレンジ色の表皮にナイフを突き立てる。
 菜摘の悲鳴が響く。

「栄先輩!? 何をしてるんですか!」
「どうせジャックを彫るんだから、掘って爆弾かどうか確かめるんだ!」
「彫って本当に爆弾が出てきたらどうするんですか!?」

 掘らなくても、本当に爆弾なら危険なことに変わりはないのだが。
 これ以上なく真っ青になった菜摘をよそに、栄はナイフでカボチャのヘタの辺りを切り取ると、ざくざくざくと中身を彫り始めた。掘ってはカボチャの中身を掻き出して、掻き出してはまた中を掘る。
 が、不意にその動きが止まった。くッ、と唇から苦悩の呻きが漏れる。

「どっちだ、どっちを切る……!?」
「久遠くん? まさか、本当に爆弾が……」
「栄?」
「この決断でみんなの命が……!」
「――栄君、こんな時に何ふざけてるんだい?」

 その不穏な呟きに、ざわ、と落ち着きかけていた部室が再びどよめいた所で、栄の手元を覗き込んだ夜鈴が冷たく突っ込んだ。ん、と平弥も近寄って覗き込んでみると、そこにあったのはドラマやアニメでよく出て来る、爆弾のトラップではお馴染みの赤い配線と青い配線……などではもちろんなく、そんな形に掘られたカボチャ。
 はぁ、とこよりがため息を吐いて、ごく真面目な顔で「だってせっかくだからやりたいじゃないか」と訴える栄を冷たく見つめ、ゲシッ、と容赦なく鉄拳を振り下ろした。「ぐぉぉぉぉッ!?」と呻いて床に沈んだ栄の隣に、ミリアムと子供達がずりずりと匍匐前進してきてまた転がり始める。
 それにしても、と平弥は半ばまでくり抜かれたカボチャを見やった。カボチャは相変わらずチチチチチ……と音を刻み続けている。
 一体あのカボチャをどうすれば良いのか。どうするのが良いのか。どうしなければいけないのか。ずっとその言葉だけが頭をぐるぐる回っていて、一向にそこから先へと思考が進まない。
 それに焦りを覚えながら、床に沈んだ栄と一緒に並んで転がり始めたミリアムや、何人かの子供達を見下ろしていたら、平弥同様パニックを起こしておろおろしていたはずの菜摘が、あの、と笑顔で声をあげた。いつの間にか、その手には出現した刀が握られている。

「私に確実な案があります。皆さん、どうか部室から離れててください」

 そうして菜摘が紡いだ言葉に、何かを感じて平弥は眉をひそめた。同じものを感じたのだろう、やはり眉を潜めたこよりが「なっつん?」と呼ぶ。

「大丈夫です、こより。すぐに、終わらせますから」

 それに菜摘は揺らがない笑顔でそう告げると、早く、と部室のドアへ促した。そうしながらチャキ、と鯉口を切り、すらりと鞘から白刃を抜き放つ。
 蛍光灯の下、部室の中という場所にあっては、立場柄けっして見慣れてないわけではないその光景も、ひどく違和感を感じた。ましてこんな状況なら尚更だ。
 それでも菜摘が、何とかする、と言うのなら菜摘を信じようと、思った。

「――解った。頼んだぞ、なっつん。みんな、なっつんの邪魔にならないように、出てよう」
「はい、任せてください、こより」

 だからそう頷いて、子供達や施設の先生、探偵倶楽部のメンバーを促したこよりに従って、平弥もまた部室を出た。大きく頷いた菜摘の笑顔が、ドアの向こうに消える。チチチと響いていたカボチャの音も、ドアに遮られて聞こえなくなる。
 だが果して、菜摘は一体どうするつもりなのだろう? 廊下で互いに顔を見合わせながら、やっぱり少し不安げに探偵倶楽部のドアをじっと見つめていたら、不意に、ダンッ! と何かが壊れる音が、して。

「なっつん!?」
「真田!」
「大丈夫か、菜摘!?」

 何が起こったのか、と慌ててドアを引き開け、押し合いへしあいしながら部室に飛び込んだ平弥達の目の前で、色とりどりの紙テープや紙吹雪、そうして可愛いお菓子の数々が、カボチャの中から飛び出して部室中に降り注いだ。





 ぽかん、と誰もがその光景に呆気に取られていた。刀を振り下ろしたまま、真っ二つになったカボチャと壊れた机の前で固まっていた菜摘が――どうやら、さきほどの音は菜摘が刀で机を叩き切った音らしい――頭から紙テープを滝のように垂らしながら、平弥達を振り返る。

「あの……」
「うん……」

 菜摘が何を言おうとしたのかは解らなかったが、続かなかった言葉に、こよりも他の者たちも、そう相槌を返すより他はない。今、一体何が起こっているのか。理解は出来たものの、誰かに確かめずには居られない、そんな気持ちだった。
 まだ降り注ぐお菓子に、子供達が「うわぁ!」と歓声を上げて広い集めたり、小さな両手で受け止めようと駆け回ったりし始める。後からおっとり入ってきた施設の先生が、あらあら、とその光景に目を丸くして、それからにっこり微笑んだ。

「素敵な演出ですね」
「はぁ……」

 どうやら、これも探偵倶楽部のハロウィン・パーティーの演出だと、好意的に解釈してくれたらしい。それはそれでありがたいが、もちろん、演出等ではないのでどこか、複雑な気持ちである。
 ゆえに、とりあえずどうしたものかと伺うように互いに顔を見合わせた。だが取り合えず、カボチャ爆弾の危機は去ったわけだ――そう胸を撫で下ろして平弥は、こより達を笑顔で見回した。

「まぁまぁ、えぇやんか。それより、せっかくやからお菓子食べようや」
「そう、だね。ひとまず、無事に解決したことだし」

 それにこくりと頷いて、夜鈴が壊れた机を退け、改めて残った机に椅子を並べはじめる。そうだな、と頷いて他のみんなも一緒に、残骸を片付けたりし始めた。
 一体何が起こったのか、そもそもあのカボチャが何だったのかよく解らないけれども、実にハロウィンらしい、悪戯心に満ちたカボチャ。真っ二つになったそれをまじまじ見ると、ちょうど下の方にお菓子が詰まって居たらしい凹みはあったけれども、チチチと音をさせて居たのが何だったのかはやっぱり、解らない。
 とは言えそれも、どこかの誰かがハロウィンの夜に合わせて仕込んだ、トリックなのだろう。トリックの後は、トリート。本当にハロウィンらしい。
 わいわいと、みんなの顔に笑顔が戻った。そうして賑やかに片付けて、再びゲームをしたりお喋りをしたりと過ごし始めたら、また、とんとんと部室のドアを叩く音がする。
 おや、と平弥はドアの方を振り返った。今度は一体、誰が訪ねてきたのだろうと考えていると、栄がいそいそと部室のドアを開けた。
 そうして、みんなッ、と満面の笑顔で振り返った栄の手には、訪ねてきた誰かから受け取ったらしい大きな箱。

「トリックは充分楽しんだから、トリートを皆で楽しもうぜッ」
「ん、久遠くん、それ何?」
「今日のために頼んでおいた特製ケーキだよ。この時間ぐらいに届けてもらうよう、頼んでおいたんだ」

 ミリアムの言葉にそう答えながら、栄は一抱えもありそうな大きなケーキの箱をテーブルの真ん中に置くと、いそいそとオレンジ色のリボンを解いてぱかっと蓋を開けた。そうして「おっ、みんな可愛く出来てるじゃないか」と満足そうに頷く。
 どれどれ、と覗き込んでみるとそこには、パンプキンクリームでデコレーションされた、華やかなケーキ。上にはカボチャやお化けが飾られていて、真ん中には6つの笑顔が咲いている。
 あ、と夜鈴が声をあげた。

「これ、もしかしてみんなの顔か?」
「うん。倶楽部のみんなを模したマジパンを乗っけてもらったんだ。――知ってたら子供達や先生の分も頼んだんだけどな」
「仕方ないだろ。とっておきのプレゼントは、秘密にしないと楽しくないじゃないか」

 ちろ、と栄から向けられた視線に、こよりが唇を尖らせる。それをにこにこ見つめながら、菜摘が人数分のケーキ皿とフォーク、切り分け用のナイフを用意して、子供達が大きなケーキに歓声を上げた。
 平弥は笑顔でのんびり椅子に座って、その光景を見つめる。幸いケーキは大きいから、十分全員に行き渡った。
 だから、みんなで揃ってほっこり甘いカボチャのケーキを味わう。もちろん、マジパンは探偵倶楽部のみんな、それぞれのケーキの上にちょこんと乗っていて。
 賑やかに和やかに、ハロウィンの夜はこうして過ぎていくのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /    PC名   / 性別 / 年齢 /     職業    】
 ja0431  /   真田菜摘   / 女  / 16  /  ルインズブレイド
 ja0478  /   九神こより  / 女  / 15  / インフィルトレイター
 ja1014  /   柊 夜鈴   / 男  / 18  /    阿修羅
 ja2400  /   久遠 栄   / 男  / 20  / インフィルトレイター
 ja2513  /   木南平弥   / 男  / 15  /    阿修羅
 ja7593  / ミリアム・ビアス / 女  / 20  /  ルインズブレイド

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
お届けがすっかり遅くなってしまい、本当に申し訳ございませんでした……(土下座

探偵倶楽部の皆様での、賑やかなハロウィン・パーティーの物語、如何でしたでしょうか。
かぼちゃたこ焼き、調べてみると実際に存在する商品のようですね。
とはいえなかなか難しいようですので、ノベルではこのような評判になってしまいましたが……いつか食べて見たいものです(笑

息子さんのイメージ通りの、賑やかでコミカルなハロウィンの夜のひと時のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
ハロウィントリッキーノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年10月24日

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