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『とあるお店の軒先で。〜Mysteric Festa! 』
柊 夜鈴ja1014


 ハロウィン、というのは奇妙に心をくすぐられる響きを持っている。目にも華やかな色合いの衣装にお菓子、極めつけは子供達の「トリック・オア・トリート!」。
 日本ではまだまだ、定着しきったとは言いがたい習慣ではあるけれども、それでも多くの人がハロウィンという言葉を聞いた時に、そういった楽しげで華やかな様子や、一種独特の、ヒトとヒト以外のモノの境界が交じり合うような危うげな心地よさを連想することだろう。まして楽しいことが大好きな人間ならば、なおさらに。
 柊 夜鈴(ja1014)が所属する探偵倶楽部で、ついに訪れたハロウィンのその日、部室でささやかながら盛大にハロウィン・パーティーをしよう! という企画が出たのは、つまりそういうわけだった。部長である九神こより(ja0478)はその手のイベントはとにかく率先して、そうして全力で楽しみたいタイプなのだから。
 だから夜鈴はその日、もちろんきっちりとハロウィンの仮装をして、それから適当にパーティーパックのスナック菓子を買い込んで部室に向かった。ハロウィン限定、という言葉の踊るパンプキン・チップスも、せっかくだから買ってある。
 そうして辿り着いた部室では、なぜかこよりと木南平弥(ja2513)が向き合っていた。しかもこよりは平弥を見て、不満そうに唇を尖らせているのである。
 夜鈴は、不審に眉を潜めた。

「……? 何やってるんだ、九神、木南?」

 そう尋ねはしたものの、まぁ良いか、と思いなおす。そうして「これ」と手に持っていたビニール袋をがさりと差し出した。
 それを受け取って、おぉ、と途端、こよりに笑顔が弾ける。

「美味しそうだな。ぁ、柊の仮装は、ドラキュラか?」
「うん」

 こよりの言葉に、夜鈴はこくりと頷いた。彼が選んだ仮装はまさしく、ドラキュラそのもの。黒のタキシードと血の色のような赤い裏地を打った黒いマントを纏っていて、頭には揃いの漆黒のシルクハットを目深に被っている。
 とはいえ部室の中でシルクハットは、いかにも狭苦しい。早々に脱いでテーブルにひょいと置き、持ってきたお菓子を自分でさっさとバーティー開きにしてテーブルの上に並べ出す夜鈴だ。
 部室に、美味しそうな匂いが広がる。コーヒーも入っていて、おまけに今日のパーティー用にジュースも揃っているとなれば、うず、と食欲がうずき出すと言うものだ。

「皆、まだかな?」

 テーブルをちらちら見ながら、窓の外を見たこよりの仮装はオレンジのフリルも華やかなワンピースに、真っ黒なカーディガン。頭にはストレートロングのウィッグをつけて、ちょこんと魔女帽子を乗せている。
 対称的に平弥はと言えば、取り立てて仮装をしているというわけでもない、いつものジャージ姿だった。それは彼らしいというか、彼らしくないというか、まぁそれもありだろうと夜鈴はそれには触れず、適当に空いている席に座る。
 時計は、ようやく集合時間の5分前を指したところだ。まだ『遅い』とそわそわするには早すぎる時間だが、こよりは何度も何度も時計を見ては、誰か来ないか部室のドアを見つめている。
 そんな様子を見ながら、平弥と他愛のない話をして待っていたら、ガラ、とドアが大きく開いた。

「――ん? 遅れた?」
「いや……大丈夫、だけど……」

 そうして入ってきたミリアム・ビアス(ja7593)が、一身に受けた注目にきょとん、と目を瞬かせたのに、こよりがゆる、と首を振りながらじっと見つめる。夜鈴もまた、ミリアムの格好を観察するように見つめた。
 取り立てて奇異な仮装、と言うわけではない。どちらかと言えば、服はいつも通りだし、ミリアムも平弥と同じく仮装をしてこなかったのだ、と言われても信じるだろう。
 だが、目を引くのは彼女の小脇に抱えた、モノ。オレンジ色のハロウィン・カボチャに子供の落書きのような顔が書かれ、上にちょこんと、ちょうどこよりが被っているようなとんがり帽子を乗せている。
 あれは、一体。いや、そもそもこれは何の仮装なのか。それ以前に、何かの仮装なのか。
 考えていたら、平弥がミリアムのカボチャを指差しながら、なぁ、と首を傾げた。

「それ、何なん?」
「ん? デュラハンの首だよ。私はデュラハンの仮装だからね」
「デュラハン……ッて、ミリアムさん、首あるじゃん」

 えへん、と胸を張ったミリアムの言葉に、つい冷静に突っ込んだ。よほど特殊な技術なり、知られていないスキルなりを駆使すれば首のないフリも可能……かどうかは不明だが、普通に考えれば首がなくなるはずもないのだから、かなり無理がある。
 だがそのツッコミを受けると、ミリアムはずりずりと上着を引きずり上げて、すっぽり顔を隠してしまった。大人気ない。そしてお腹が丸見えだ。
 おいおい、とそんな4人に笑みを含んだ声が向けられた。

「入口で何をやってるんだ? 入れないじゃないか」
「栄! ずいぶん、凝った仮装だな」

 そうしてそこに居た、久遠 栄(ja2400)はオーソドックスな包帯男……というよりは透明人間の、いわゆる包帯ぐるぐる巻きの仮装をしている。よくよく見ればもちろん、解けかけた包帯の中からは作り物らしい肌色の被り物が見えているのだが、それでも包帯ぐるぐる巻き、というのはひどく目を引いた。
 ふぅん、と呟いたミリアムがずるりと上着から顔を出すと、デュラハンの首(と主張するカボチャ)をテーブルにおいて、ぐるぐると栄の包帯を解き始めた。するすると中から肌色の被り物が姿を現して、おいおい、と栄は慌てて逃げ出すと、部室の隅で被り物を外して包帯を巻き直す。
 それから改めて被り物を被った栄は、ぐるり、部室の中を見回した。

「うん、それにしても、みんなも凝ってるねー。……あ、でも真田はまだなのか?」
「なっつん? うん、まだ来てないけど」
「――わ、私が最後でした!? お待たせしました……!」

 そう話していたらちょうど、噂の真田菜摘(ja0431)が少し息を切らせて、ぱたぱたと部室に駆け込んできた。そんなに慌てなくても――と思ったけれども、どうやら、菜摘が息を切らせているのは、走って来たからだけではなさそうだ。
 なっつん、とこよりが首を傾げた。視線は菜摘が両手で抱えている、大きな、ちょっとした凶器になるんじゃないかと思えるほどに大きな、カボチャ。

「それ、どうしたんだ?」
「あ、えっと、来る途中で見つけたんです! 皆さんに喜んでもらえるかな、と思いまして」
「へぇー、ミリアムさんのカボチャもけっこうな大きさだけど、これまた大きいね。――ふうん、模様が顔になってるんだ」
「柊君、私のはデュラハンの首だから。カボチャじゃないから」
「あーはいはい、あむぴのは首やねんな。それにしてもソレ、ほんまでっかいなぁ」

 さすがにこれほど大きなカボチャとなると、夜鈴も興味をそそられる。他のみんなと一緒にぞろぞろ集まって菜摘を囲み、まじまじと覗き込んだ夜鈴は、ふとそれに気付いて声を上げた。
 巨大なハロウィン・パンプキンの表皮のオレンジには濃淡があって、まるで何かの顔のように見える。誰か知人のようにも見えるし、まったく知らない誰かのようにも、さらには人間じゃなくて、何かの動物にも見えてきたり。
 そうだ、と目を輝かせた栄が、ぽん、とカボチャを叩きながら提案した。

「せっかくだ、真田の持ってきてくれたカボチャで、みんなでランタンを作ろうじゃないか」
「おぉ、それは面白いな! 栄、良いことを言うじゃないか」

 その言葉に、こよりが笑顔で大きく頷いた。ハロウィンと言えばパンプキン、パンプキンと言えばジャック・オー・ランタン。ちょっとばかし順番は違うかもしれないけれど、それは些細な問題だ。
 夜鈴も興味をそそられたし、他の探偵倶楽部のメンバーも、それは面白い、と頷き合っている。とはいえすっかりパーティーの準備も出来ていることだから、ランタンを作るのはもう少し後でも良いだろう。
 そう頷き合いながら、夜鈴は仲間と一緒に部室へと入った。あの巨大なカボチャでランタンを作るのは、けっこう大変そうだな、などと考えながら。





 クラッカーの音が鳴り響く中、探偵倶楽部のハロウィン・パーティーは始まった。
 パー……ンッ! パン、パパー……ン!
 派手な音と同時に色とりどりの色紙を撒き散らす、賑やかなクラッカーはミリアムが持ち込んだものだ。とは言え当の本人は、人に向けてはいけません、という注意書きをまるっと無視して栄目掛けて糸を引いた後、そうそうに紙屑をテーブルにほうり出すと、いっぱいに並んだお菓子をせっせと口に詰め込みはじめた。
 そうして、頭からそうめんのように細い紙テープを垂らした栄が、おい、と複雑な顔で呼ぶと、しれっとした顔で「うん?」と首を傾げるミリアムに、知らず、笑いが弾ける。その間にもミリアムは、どんどんと、自分が持ってきたお菓子も遠慮なく口に詰め込んで、誰にもお菓子を食べさせない勢いだ。
 慌てて夜鈴や他のみんなも、お菓子に手を伸ばし始めた。せっかくだからとパンプキン・チップスを摘む夜鈴の前で、こよりが頬を膨らませる。

「ずるいぞ、あむぴ。ちょっとは遠慮したらどうだ?」
「遠慮? 早い者勝ちでしょ。何だったら、こよちゃんの分も私が食べてあげるから……」
「わーッ、いい! 食べなくていい!」

 まるでリスの頬袋のように、ほっぺたをもごもご膨らませながら言ったミリアムと、慌てて自分の分を確保するこよりに、また部室に笑顔が弾けた。あちらこちらに広げられた、みんなで持ち寄ったスナック菓子や、ハロウィン限定の焼き菓子があっという間になくなって行って、気付けば部室のサイフォンはもう3度もコーヒーを淹れている。
 紙コップのジュースを飲み干して、次はジュースとコーヒー、どちらにしようか考えていたら、少し席を外していた平弥が何やら大皿を抱えて戻ってきた。黄色い生地の、ころころと丸いそれは――たこ焼き?

「ワイが新開発した『かぼちゃたこ焼き』や! せっかくのハロウィンやし、ありきたりのたこ焼きやったら面白くないやん?」
「いや、いつもありきたりじゃない気もするけどな」

 日頃、機会があれば部室などに変り種たこ焼きを持ち込んでいる平弥である。ある意味では平常運転とも言えるが、そんな突込みも気にした様子はなく、平弥はテーブルの真ん中に大皿をどどんと置いた。
 ほかほかとまだ湯気を立てているたこ焼きからは、ふわり、かぼちゃの甘い匂いが漂ってくる。それだけを取れば、とても美味しそうで、食欲をそそるのだけれども、モノはたこ焼き。
 じっ、としばし大皿を見つめた後、爪楊枝を取ってかぼちゃ色のたこ焼きを口に運んだ。とりあえず、匂いは美味しそうなのだから、味も行けるのかもしれない。
 口にいれた瞬間、フワッとかぼちゃの風味が、口一杯に広がった。生地をかみ締めると、じわりとかぼちゃのほっこりした甘さが感じられ、中から姿を現したたこが――
 ―――………

「たこ、焼き……?」
「生地は美味しいのに、タコがそこはかとない不協和音……」
「たこ焼きなのに、たこが余分とはこれ如何に」
「木南、これ、たこ抜きで作ったほうが美味しかったんじゃないか」
「そ、その、でも、それぞれは美味しいですから……!」

 五者五様の反応に、平弥ががっくりと肩を落とした。生地とたこをマッチングさせる、もう一工夫が必要なのかもしれない――或いは、たこではなくてフルーツやチーズを入れるとか。
 とはいえ、たこと生地がやや分離していると言うだけで、それなりに食べられない事はない。ある意味、こういう食べ物なのだと割り切れば美味しく食べられ……いや、やっぱり無理かもしれない。
 そんな事を考えながら、もう1つかぼちゃたこ焼きを口に入れた夜鈴の耳に、とんとん、とドアをノックする音が響いた。

「あれ? 誰か他に呼んでたのか?」
「さぁ? なっつん、誰だか見てみてくれるか?」

 ひょい、と首を傾げた夜鈴の言葉に、こよりは首を振って菜摘を振り返り、そう頼む。はい、と笑顔で頷いた菜摘が、ちょっと待って下さいね、とドアの向こうに声をかけながら立ち上がり。
 ガラ、と部室の扉を、開く。

「トリック・オア・トリート!」
「とりーとー!」
「え……え……?」

 そうしてそこに居たのは、さまざまに可愛い魔女やオバケに仮装した子供達。まだ幼い子供から、小学校高学年くらいの子供が多いだろうか。
 いっせいに可愛い声を上げて、はじける笑顔でそう言った彼女たちに、菜摘の目が丸くなる。だがそれは子供達の向こうに立つ、目を細めて微笑んだ少し年配の女性の姿を見ると、また別の色に変わった。

「がんばってるみたいですね」
「先生……!」

 そう呟いたきり、菜摘の言葉は続かない。そうしてほんの少し瞳を潤ませて、その女性を――先生と呼んだ、彼女がかつて居た児童養護施設の指導員を、見つめる。
 その光景に、こよりが小さくガッツポーズをしているのをみて、これは彼女の企みか、と夜鈴は悟った。かなり予想外のサプライズだが、菜摘の反応を見れば大成功だ、という事が解る。
 真田、と夜鈴は、絶句したきりただ『来客』を見つめているだけの菜摘に声をかけた。

「とりあえず、中に入ってもらったら? 立ったままっていうのもなんだろ」
「あ、そ、そうですね! すぐに席をご用意しますので……」
「……ぁ。待て待て、その前にトリック・オア・トリートなんだから、お菓子をあげなきゃ」

 部室の中へと促す菜摘に、立ち上がったこよりは部室の入口のあたりで固まっている子供達へと近付く。そうして手に提げたお菓子のいっぱい詰まった籠から、はい、と1人1人、手渡した。
 ありがとうと、笑顔が返ってくるのに、返すのは笑顔。だって今日はハロウィンの夜、トリック・オア・トリートには、トリート(お菓子)だって決まっている。
 それから皆で手伝って、子供達や施設の先生の席も作って、改めてジュースとコーヒーで乾杯した。ミリアム以上に口いっぱいにお菓子を詰め込む子供達のお陰で、テーブルのお菓子はどんどんなくなっていくけれども、みんなで持ってきたお菓子はまだまだたくさんあるから大丈夫。
 お喋りが進むうち、テーブルの上にはカードゲームやボードゲームも登場した。子供達は、いつもとは違う場所に興奮しているようで、しきりに菜摘や先生に「遊びに行って良い?」と尋ねている。

「子供だけで出歩くのは、もう真っ暗ですし、危ないですから……」
「また今度、遊びに来れば良いよ。次は明るい時にな」

 そのたびそう言って子供達を宥める菜摘に、夜鈴も一緒にそう言った。決して雰囲気は壊さないように注意しながら、それでも誰かのうっかりした行動でパーティーが台無しになってしまわないようにも、気をつけて。
 完全な暗闇ではないし、学園の中とは言え、何が起こらないとも限らないし、何より生徒ですらたまに迷う広大な久遠ヶ原学園を、子供達だけで歩かせられるわけもない。といって一緒に探検に行くのも、また難しい話だ。
 だからそう宥めているうちに、平弥がまたふらりと姿を消したかと思うと、オレンジのカボチャのマスクを被り、すっぽりと真っ黒なマントに全身を包み隠して現れた。

「ジャック・オー・ランタンやでー! みんな、良い子にしとるかー?」
「木南、それ、ナマハゲ……」
「ふふ……ッ。ぁ、ジュースがそろそろなくなりそうですね。私、ちょっと購買部まで行って買ってきま……す……?」

 そんな平弥に、くすくす笑いながら立ち上がって部室を出ていこうとした菜摘が、ふと動きを止めて眉を寄せる。おや、と夜鈴は首を傾げた。

「なっつん? どうしたんだ?」
「いえ……あの……」

 こよりが尋ねたのに、菜摘自身もよくわからない様子で頷くとも首を振るともつかない反応を返しながら、彼女はきょろきょろ、辺りを見回す。そうしてテーブルの上の、菜摘が持ってきた一際目をひく巨大なカボチャを見て、眉をひそめ。
 もう一度、辺りを見回し、またカボチャを見た。それから、あの、と振り返った顔は、引き攣り、少し青ざめている。

「こより……時計の音が聞こえるんですけど……」
「――時計の音?」
「はい……その、どう考えても、このカボチャの中から……」

 その言葉に。しーん、とした沈黙が、部室に降り注いだ。





 『カボチャの中から時計の音がするんですけれども』。その言葉に、最初に反応をしたのは夜鈴だった。

「……えッ?」

 ただしそれはどちらかと言えば、反応したというよりは、思わず漏らしてしまった呟きだった。一体、菜摘が何を言っているのかよくわからない――そういう類の声色だったし、実際、何を言っているのか良く解らなかったのだ。
 普通、カボチャと時計という単語は、あまり結び付かないものだ――ましてカボチャの中から時計の音、だなんて。常識的に考えれば、まずあり得ない出来事である。
 こよりが、カボチャと菜摘を見比べながら尋ねた。

「ぇー……と。なっつん、どういうことだ?」
「そ、その、私も何が何だか……ッ。でもこの音、よくアニメやドラマで聞く……じ、時限爆弾のよう、な……!」
「時限爆弾!?」

 菜摘の言葉に、誰からとも知れず叫び声が上がった。それも無理のないことだろう――いかに天魔と戦うべくアウルに目覚めた者達が集う久遠ヶ原とはいえ、爆弾なんて物騒なものとはそうそう、縁があるはずもない。
 いや、だからこそそんなわけはなかろうと、まるで自分に言い聞かせるように、平弥がかぼちゃマスクを脱ぎながら、それでも多少引き攣った笑顔で、言った。

「お、落ち着くんや。かぼちゃが時限爆弾やなんて、そんな、マンガやないんやから……なぁ?」

 はは、と笑いながら巨大なカボチャに近付くと、まるで浮かんだ顔にお伺いを立てるように手を伸ばす。そうしてカボチャを叩いてみたり、転がしてみたり、撫でてみたり、擦ってみたり。
 だが当然、カボチャは何の反応も返さない。答えを返すわけでもなければ、震え出すわけでもなく、中からナニカが出てくるわけでも、なくて。
 長い、長い一瞬が、過ぎた。知らず、息も殺してその様子を見守っていた夜鈴達を、ゆっくりと平弥が振り返る。――つ、と額に流れる、一筋の汗。

「ヤバイかも」

 そうして告げられた言葉は、ひどく短くて、だからこそ重々しく響いた。何がヤバイのか。聞きたいが、聞きたくない。聞かなくてもわかるけれども、わかりたくない。
 あはは、とミリアムが渇いた笑い声をあげる。

「まっさかー。なんぺー君、お茶目なんだから……」

 騙されないんだからね、とデュラハンカボチャを置き去りにしたまま、巨大なカボチャへと近付いて見を屈め、ほーらね、と言いながら耳を当てた。が、すぐにぴき、とその笑顔が固まる。
 次の瞬間、ミリアムは大きく後ろに跳んでカボチャから距離を取ると、ババッ、と床に伏せて頭を抱えた。

「爆弾や、死んだふりせぇ……ッ!」
「死んだふりは熊やろが!?」

 何故か関西弁で叫んだミリアムに、平弥が突っ込む。どうやら床に伏せたのは、ミリアムなりの『死んだふり』らしい。
 とはいえ、カボチャの中に時限爆弾。そこまで非常識な事態になると、なぜだろう、逆に冷静になってしまう。
 うーん、と唸りながら、こよりが夜鈴を振り返った。

「柊、どう思う?」
「そもそも、真田が偶然買ったカボチャに時限爆弾が……ッていうのが不思議だよね。無差別テロなのか、探偵倶楽部を狙った犯行なのか……」
「というか、まず、カボチャの中に爆弾が仕込めるのか? あれ、どう見ても本物のカボチャだよな」
「久遠ヶ原だからね。科学室あたりでナニカが出来てたとしても、おかしくない気はする」

 ふと思いついてそう言ってみると、何だか本当にありえそうな気がした。科学室の主である堕天使教師は、今頃クシャミをしているかも知れない。
 そんな事を話しながら、ああでもない、こうでもない、と推理を巡らせている間にも、菜摘や平弥はおろおろとパニックを起こしていて、ミリアムは「死んでるよー、私は死んでるからねー」とごろごろ床を転がっている。その様子がどこかコミカルに映ったのか、最初は怯えていた子供達もちょっと落ち着いてきたのだろう、一緒にごろごろ転がったりし始めた。
 栄もまたカボチャの前で、耳を押し付けたり、ごろんと転がしたり、持ち上げたり試行錯誤している。が、おもむろに部屋の隅に走っていくと、ナイフと彫刻刀を持って戻ってきて、どすッ、とオレンジ色の表皮にナイフを突き立てた。
 菜摘の悲鳴が響く。

「栄先輩!? 何をしてるんですか!」
「どうせジャックを彫るんだから、掘って爆弾かどうか確かめるんだ!」
「彫って本当に爆弾が出てきたらどうするんですか!?」

 掘らなくても、本当に爆弾なら危険なことに変わりはないのだが。
 これ以上なく真っ青になった菜摘をよそに、栄はナイフでカボチャのヘタの辺りを切り取ると、ざくざくざくと中身を彫り始めた。掘ってはカボチャの中身を掻き出して、掻き出してはまた中を掘る。
 が、不意にその動きが止まった。くッ、と唇から苦悩の呻きが漏れる。

「どっちだ、どっちを切る……!?」
「久遠くん? まさか、本当に爆弾が……」
「栄?」
「この決断でみんなの命が……!」
「――栄君、こんな時に何ふざけてるんだい?」

 その不穏な呟きに、ざわ、と落ち着きかけていた部室が再びどよめいた所で、栄の手元を覗き込んだ夜鈴は冷たく突っ込んだ。何となれば、そこにあったのはドラマやアニメでよく出て来る、爆弾のトラップではお馴染みの赤い配線と青い配線……などではもちろんなく、そんな形に掘られたカボチャだったのだから。
 すわ本物の爆弾か、という時にやる冗談ではない。いや、逆に考えれば、こんな時でなければ出来ない冗談かもしれないが。
 はぁ、とため息を吐いたこよりが、冷たい眼差しでゲシッ、と容赦なく鉄拳を振り下ろして栄を床に沈めた。その様子を一瞥だけして、夜鈴はまた半ばまでくり抜かれたカボチャを見やる。
 カボチャは相変わらずチチチチチ……と音を刻み続けていた。当面の問題として、まずはこのカボチャをどうすれば良いのだろう。
 床に沈んだ栄と一緒に並んで転がり始めたミリアムや、何人かの子供達をちらりと見ながらそう考えていたら、パニックを起こしておろおろしていたはずの菜摘が、あの、と笑顔で声をあげた。いつの間にか、その手には出現した刀が握られている。

「私に確実な案があります。皆さん、どうか部室から離れててください」

 そうして菜摘が紡いだ言葉に、何かを感じて夜鈴は眉をひそめた。同じものを感じたのだろう、やはり眉を潜めたこよりが「なっつん?」と呼ぶ。

「大丈夫です、こより。すぐに、終わらせますから」

 それに菜摘は揺らがない笑顔でそう告げると、早く、と部室のドアへ促した。そうしながらチャキ、と鯉口を切り、すらりと鞘から白刃を抜き放つ。
 蛍光灯の下、部室の中という場所にあっては、立場柄けっして見慣れてないわけではないその光景も、ひどく違和感を感じた。ましてこんな状況なら尚更だ。
 それでも菜摘が、何とかする、と言うのなら菜摘を信じようと、思った。

「――解った。頼んだぞ、なっつん。みんな、なっつんの邪魔にならないように、出てよう」
「はい、任せてください、こより」

 だからそう頷いて、子供達や施設の先生、探偵倶楽部のメンバーを促したこよりに従って、夜鈴もまた部室を出た。大きく頷いた菜摘の笑顔が、ドアの向こうに消える。チチチと響いていたカボチャの音も、ドアに遮られて聞こえなくなった。
 だが果して、菜摘は一体どうするつもりなのだろう? 廊下で互いに顔を見合わせながら、やっぱり少し不安げに探偵倶楽部のドアをじっと見つめていたら、不意に、ダンッ! と何かが壊れる音が、して。

「なっつん!?」
「真田!」
「大丈夫か、菜摘!?」

 何が起こったのか、と慌ててドアを引き開け、押し合いへしあいしながら部室に飛び込んだ夜鈴達の目の前で、色とりどりの紙テープや紙吹雪、そうして可愛いお菓子の数々が、カボチャの中から飛び出して部室中に降り注いだ。





 ぽかん、と誰もがその光景に呆気に取られていた。刀を振り下ろしたまま、真っ二つになったカボチャと壊れた机の前で固まっていた菜摘が――どうやら、さきほどの音は菜摘が刀で机を叩き切った音らしい――頭から紙テープを滝のように垂らしながら、夜鈴達を振り返る。

「あの……」
「うん……」

 菜摘が何を言おうとしたのかは解らなかったが、続かなかった言葉に、夜鈴も他の者たちも、そう相槌を返すより他はない。今、一体何が起こっているのか。理解は出来たものの、誰かに確かめずには居られない、そんな気持ちだった。
 まだ降り注ぐお菓子に、子供達が「うわぁ!」と歓声を上げて広い集めたり、小さな両手で受け止めようと駆け回ったりし始める。後からおっとり入ってきた施設の先生が、あらあら、とその光景に目を丸くして、それからにっこり微笑んだ。

「素敵な演出ですね」
「はぁ……」

 どうやら、これも探偵倶楽部のハロウィン・パーティーの演出だと、好意的に解釈してくれたらしい。それはそれでありがたいが、もちろん、演出等ではないのでどこか、複雑な気持ちである。
 ゆえに、とりあえずどうしたものかと伺うように互いに顔を見合わせた。そんな中、平弥が真っ先に立ち直って、夜鈴達を笑顔で見回した。

「まぁまぁ、えぇやんか。それより、せっかくやからお菓子食べようや」
「そう、だね。ひとまず、無事に解決したことだし」

 それにこくりと頷いて、夜鈴は壊れた机を退け、改めて残った机に椅子を並べはじめる。そうだね、と頷いて他のみんなも一緒に、残骸を片付けたりし始めた。
 一体何が起こったのか、そもそもあのカボチャが何だったのかよく解らないけれども、実にハロウィンらしい、悪戯心に満ちたカボチャ。真っ二つになったそれをまじまじ見ると、ちょうど下の方にお菓子が詰まって居たらしい凹みはあったけれども、チチチと音をさせて居たのが何だったのかはやっぱり、解らない。
 とは言えそれも、どこかの誰かがハロウィンの夜に合わせて仕込んだ、トリックなのだろう。トリックの後は、トリート。本当にハロウィンらしい。
 わいわいと、みんなの顔に笑顔が戻った。そうして賑やかに片付けて、再びゲームをしたりお喋りをしたりと過ごし始めたら、また、とんとんと部室のドアを叩く音がする。
 ん? と夜鈴は首をひねって、ドアを見た。また誰かが、先ほどのこよりのように秘密の『来客』を呼んでいたのだろうか。
 今度立ち上がったのは、ちら、と時計を見やった栄だった。そうして、尋ねてきた誰かから大きな箱を受け取ると、みんなッ、と満面の笑顔で振り返る。

「トリックは充分楽しんだから、トリートを皆で楽しもうぜッ」
「ん、久遠くん、それ何?」
「今日のために頼んでおいた特製ケーキだよ。この時間ぐらいに届けてもらうよう、頼んでおいたんだ」

 ミリアムの言葉にそう答えながら、栄は一抱えもありそうな大きなケーキの箱をテーブルの真ん中に置くと、いそいそとオレンジ色のリボンを解いてぱかっと蓋を開けた。そうして「おっ、みんな可愛く出来てるじゃないか」と満足そうに頷く。
 どれどれ、と覗き込んでみるとそこには、パンプキンクリームでデコレーションされた、華やかなケーキ。上にはカボチャやお化けが飾られていて、真ん中には6つの笑顔が咲いている。
 あ、と夜鈴はそれに気付いて声をあげた。

「これ、もしかしてみんなの顔か?」
「うん。倶楽部のみんなを模したマジパンを乗っけてもらったんだ。――知ってたら子供達や先生の分も頼んだんだけどな」
「仕方ないだろ。とっておきのプレゼントは、秘密にしないと楽しくないじゃないか」

 ちろ、と視線を向けられて、こよりが唇を尖らせる。それに、まぁしょーがないよな、と笑顔を返した栄を見ながら、菜摘がにこにこ笑って人数分のケーキ皿とフォーク、切り分け用のナイフを用意した。
 子供達が、大きなケーキに歓声を上げた。幸いケーキは切り分けても、十分に全員に行き渡りそうだ。
 だからみんなで揃って、ほっこり甘いカボチャのケーキを味わった。もちろん、マジパンは探偵倶楽部のみんな、それぞれのケーキの上にちょこんと乗っている。
 賑やかに和やかに、ハロウィンの夜はこうして過ぎていくのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 /    PC名   / 性別 / 年齢 /     職業    】
 ja0431  /   真田菜摘   / 女  / 16  /  ルインズブレイド
 ja0478  /   九神こより  / 女  / 15  / インフィルトレイター
 ja1014  /   柊 夜鈴   / 男  / 18  /    阿修羅
 ja2400  /   久遠 栄   / 男  / 20  / インフィルトレイター
 ja2513  /   木南平弥   / 男  / 15  /    阿修羅
 ja7593  / ミリアム・ビアス / 女  / 20  /  ルインズブレイド

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

初めまして、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
せっかくご縁を頂戴いたしましたにもかかわらず、お届けがすっかり遅くなってしまい、本当に申し訳ございませんでした……(土下座

探偵倶楽部の皆様での、賑やかなハロウィン・パーティーの物語、如何でしたでしょうか。
クールな息子さんということでしたので、クール、クール、と呟きながら書かせて頂きましたら、こんな様相となりました。
お待たせしてしまった分も、お心に叶う物語であれば良いのですが;
どこか、息子さんのイメージと違う所がございましたら、いつでもどこでも(?)ご遠慮なく、リテイク下さいませ……!(滝汗

息子さんのイメージ通りの、楽しいハロウィンの夜のひと時のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
ハロウィントリッキーノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年10月24日

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