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『とあるお店の軒先で。〜Mysteric Time! 』
ミリアム・ビアスja7593

 ハロウィン、というのは奇妙に心をくすぐられる響きを持っている。目にも華やかな色合いの衣装にお菓子、極めつけは子供達の「トリック・オア・トリート!」。
 日本ではまだまだ、定着しきったとは言いがたい習慣ではあるけれども、それでも多くの人がハロウィンという言葉を聞いた時に、そういった楽しげで華やかな様子や、一種独特の、ヒトとヒト以外のモノの境界が交じり合うような危うげな心地よさを連想することだろう。まして楽しいことが大好きな人間ならば、なおさらに。
 もちろんミリアム・ビアス(ja7593)とて、そういう、ハロウィンに心踊る者の一人であることは、間違いなかった。間違いはなかった、のだがしかし、どちらかと言えば彼女は全力でイベントを楽しむと言うよりは、周りの人間が楽しんでいるのを眺めながら、時々ちょっかいを出して楽しみたいタイプで。
 だからついに訪れたハロウィンのその日、ミリアムが所属する探偵倶楽部の面々で、部室でささやかながら盛大にハロウィン・パーティーをしよう! という提案に手を上げたのは、彼女にとって、とても自然な流れだった。仮装? まぁ適当にすれば良いだろう。
 そう考えてその日、ミリアムがハロウィン・パーティーの仮装として選んだのは、デュラハンだった。「首なし騎士」とも呼ばれる、文字通り首の無い騎士の姿をしたモンスターで、首無し馬に跨り自らの首を手に抱えていると言われている。
 なぜデュラハンを選んだのかと言えば、答えは単純、簡単だからだ。そして、久遠ヶ原学園内に数多に存在する商店街の1つで、たまたま通りがかった八百屋でハロウィン・カボチャが売られているのを見て、これなら楽そうだし面白いかね、と思ったからでも、ある。
 ゆえにミリアムはそのかぼちゃを購入し、実にやる気なく、かつ適当極まりない感じでマジックで顔を一発書きし、デュラハンの首にする事にした。ついでに見かけた魔女のとんがり帽子もかぶせれば、それなりにハロウィンっぽく見える。
 そうしてミリアムはカボチャを小脇に抱え、けれども服装までは凝らずにいつも通りのまま、部室へと向かった。腕には、パーティーと言えば欠かせないクラッカーや、大量のお菓子がぎっしり詰まったビニール袋を提げている。
 辿り着いた部室には、すでに何人かが集まっているようだった。誰が来ているんだろうと考えながら、ガラ、とドアが大きく開けて中に入ると、視線が一気に集中する。

「――ん? 遅れた?」
「いや……大丈夫、だけど……」

 一体なぜ注目されるのか解らず、きょとん、と目を瞬かせたのに、九神こより(ja0478)がゆる、と首を振った。振りながらまた、ミリアムをまじまじと見つめている。
 そんなこよりの格好は、オレンジのフリルも華やかなワンピースに、真っ黒なカーディガン。頭にはストレートロングのウィッグをつけて、頭にはミリアムのカボチャと同じ魔女帽子をちょこんと乗せている。
 これぞ正当かつ愛らしいハロウィンの仮装、とミリアムは心の中で深く頷き、こよりの姿を堪能した。やはり、可愛らしい少女の可愛らしい仮装と言うのは、目の保養である。
 そんなミリアムに、木南平弥(ja2513)がカボチャを指差しながら、なぁ、と首を傾げた。ちなみに彼はいつもと変わらないジャージ姿で、仮装はまったくしていない。

「それ、何なん?」
「ん? デュラハンの首だよ。私はデュラハンの仮装だからね」
「デュラハン……ッて、ミリアムさん、首あるじゃん」

 デュラハンカボチャを持ってきただけ自分の方が上、とよく解らない勝利感を噛み締め、えへん、と胸を張ったミリアムの言葉に、冷静に突っ込んだのは柊 夜鈴(ja1014)である。実にもっともで、反論のしようもない突っ込みだ。
 よほど特殊な技術なり、知られていないスキルなりを駆使すれば首のないフリも可能……かどうかは不明だが、普通に考えれば首がなくなるはずもないのだから、かなり無理がある。だが、対策を考えていなかったわけでは、ない。
 ミリアムはうろたえず、ずりずりと上着を引きずり上げると、すっぽり顔を隠した。これで正真正銘、首なしデュラハンだ。代わりに丸見えになったお腹に、秋の空気がちょっとひんやり冷たかったけれども。
 はぁ、とそれにため息を吐いた夜鈴が身に着けているのは、まさにドラキュラとしか言い表せない、黒のタキシードと、血の色のような赤い裏地を打った黒いマント。揃いの漆黒のシルクハットを目深に被れば、まさにヴァンパイアそのものだっただろう。
 これもまた目の保養だと、上着の中からこっそり堪能していたら、おいおい、と笑みを含んだ声が聞こえた。

「入口で何をやってるんだ? 入れないじゃないか」
「栄! ずいぶん、凝った仮装だな」

 そうしてそこに居た、久遠 栄(ja2400)をこよりが振り返って、目を丸くする。何となれば、栄の仮装はオーソドックスな包帯男……というよりは透明人間の、いわゆる包帯ぐるぐる巻きになった姿だったのだ。
 よくよく見ればもちろん、解けかけた包帯の中からは作り物らしい肌色の被り物が見えている。のだけれどもやはり、包帯ぐるぐる巻きというのはひどく目を引くもので。
 ふぅん、と呟いたミリアムがずるりと上着から顔を出すと、デュラハンカボチャをテーブルにおいて、ぐるぐると栄の包帯を解き始めた。こういうのを見ると、つい解きたくなるのは人情(?)だろう。
 するすると中から肌色の被り物が姿を現して、おいおい、と栄は慌てて逃げ出すと、部室の隅で被り物を外して包帯を巻き直し始めた。まだあまり解けてなかったのに、とミリアムは残念な気持ちで、元通りに包帯に覆われていく被り物を見つめる。
 そんなミリアムに気づいていたものか、巻き終わった被り物を改めて被った栄は、ぐるり、部室の中を見回した。

「うん、それにしても、みんなも凝ってるねー。……あ、でも真田はまだなのか?」
「なっつん? うん、まだ来てないけど」
「――わ、私が最後でした!? お待たせしました……!」

 そう話していたらちょうど、噂の真田菜摘(ja0431)が少し息を切らせて、ぱたぱたと部室に駆け込んできた。そんなに慌てなくても――と思ったけれども、どうやら、菜摘が息を切らせているのは、走って来たからだけではなさそうだ。
 なっつん、とこよりが首を傾げた。視線は菜摘が両手で抱えている、大きな、ちょっとした凶器になるんじゃないかと思えるほどに大きな、カボチャ。

「それ、どうしたんだ?」
「あ、えっと、来る途中で見つけたんです! 皆さんに喜んでもらえるかな、と思いまして」
「へぇー、ミリアムさんのカボチャもけっこうな大きさだけど、これまた大きいね。――ふうん、模様が顔になってるんだ」

 さすがにこれほど大きなカボチャとなると、興味をそそられるというものだ。ぞろぞろと集まってきて菜摘を囲み、まじまじと覗き込んだ夜鈴の言葉にミリアムも良く見ると、確かに巨大なハロウィン・パンプキンはオレンジに濃淡があって、まるで何かの顔のように見えた。
 誰か知人のようにも見えるし、まったく知らない誰かのようにも見える。さらには人間じゃなくて、何かの動物にも見えてきたり。
 が、それよりも主張しておかなければならないことが、ある。

「柊君、私のはデュラハンの首だから。カボチャじゃないから」
「あーはいはい、あむぴのは首やねんな。それにしてもソレ、ほんまでっかいなぁ」
「そうだ。せっかくだ、真田の持ってきてくれたカボチャで、みんなでランタンを作ろうじゃないか」
「おぉ、それは面白いな! 栄、良いことを言うじゃないか」

 ミリアムの主張を適当にいなした平弥の言葉に、閃いたように目を輝かせた栄が、ぽん、とカボチャを叩きながら提案した。それにこよりが笑顔で大きく頷く。
 ハロウィンと言えばパンプキン、パンプキンと言えばジャック・オー・ランタン。ちょっとばかし順番は違うかもしれないけれど、それは些細な問題だ。
 ミリアムや他の探偵倶楽部のメンバーも、それは面白い、と頷き合っている。とはいえすっかりパーティーの準備も出来ているようだから、ランタンを作るのはもう少し後でも良いだろう。
 そう頷き合いながら、ミリアムは笑顔で仲間と一緒に部室へと入った。自分が持ってきたお菓子はもちろんの事、用意されているお菓子も、食べるのが楽しみだった。





 クラッカーの音が鳴り響く中、探偵倶楽部のハロウィン・パーティーは始まった。
 パー……ンッ! パン、パパー……ン!
 派手な音と同時に同時にミリアムの持ち込んだクラッカーが、色とりどりの色紙を撒き散らす。誰もが『人に向けてはいけません』という注意書きをきちんと守る中、ミリアムはまるっと無視して、正面の栄目掛けてクラッカーの糸を引いた。
 そうして紙テープだらけになった栄に満足して、さっさと紙屑をテーブルにほうり出すと、テーブルいっぱいに並んだお菓子をせっせと口に詰め込みはじめる。ハロウィン限定のお菓子もたくさん並んでいるし、どんどん食べなければ追いつかないではないか。

「おい」
「うん?」

 頭からそうめんのように細い紙テープを垂らした栄が呼んだのに、しれっと首を傾げてそう返した。何やら複雑な顔になっていたけれども、本当に怒っているわけじゃないのは解っている。
 そんなやり取りに、栄のみならず周りからも笑いが弾けた。その間にもミリアムは、どんどんと、自分が持ってきたお菓子も遠慮なく口に詰め込んで、誰にもお菓子を食べさせない勢いだ。
 慌てて他のみんなも、お菓子に手を伸ばし始めた。

「ずるいぞ、あむぴ。ちょっとは遠慮したらどうだ?」
「遠慮? 早い者勝ちでしょ。何だったら、こよちゃんの分も私が食べてあげるから……」
「わーッ、いい! 食べなくていい!」

 まるでリスの頬袋のように、ほっぺたをもごもご膨らませながら言ったミリアムに、慌ててこよりが自分の分を確保する。しっかりガードをしていて、なかなか奪うのは難しそうだ。
 そんな2人のやりとりに、また部室に笑顔が弾けた。あちらこちらに広げられた、みんなで持ち寄ったスナック菓子や、ハロウィン限定の焼き菓子があっという間になくなって行って、気付けば部室のサイフォンはもう3度もコーヒーを淹れている。
 紙コップのジュースを飲み干して、次はどのジュースにしようか考えていたら、少し席を外していた平弥が何やら大皿を抱えて戻ってきた。黄色い生地の、ころころと丸いそれは――たこ焼き?

「ワイが新開発した『かぼちゃたこ焼き』や! せっかくのハロウィンやし、ありきたりのたこ焼きやったら面白くないやん?」
「いや、いつもありきたりじゃない気もするけどな」

 日頃、機会があれば部室などに変り種たこ焼きを持ち込んでいる平弥である。ある意味では平常運転とも言えるが、そんなこよりの突込みも気にした様子はなく、平弥はテーブルの真ん中に大皿をどどんと置いた。
 ほかほかとまだ湯気を立てているたこ焼きからは、ふわり、かぼちゃの甘い匂いが漂ってくる。それだけを取れば、とても美味しそうで、食欲をそそるのだけれども、モノはたこ焼き。
 じっ、としばし大皿を見つめた後、爪楊枝を取ってかぼちゃ色のたこ焼きを口に運んだ。とりあえず、匂いは美味しそうなのだから、味も行けるのかもしれない。
 口にいれた瞬間、フワッとかぼちゃの風味が、口一杯に広がった。生地をかみ締めると、じわりとかぼちゃのほっこりした甘さが感じられ、中から姿を現したたこが――
 ―――………

「たこ、焼き……?」
「生地は美味しいのに、タコがそこはかとない不協和音……」
「たこ焼きなのに、たこが余分とはこれ如何に」
「木南、これ、たこ抜きで作ったほうが美味しかったんじゃないか」
「そ、その、でも、それぞれは美味しいですから……!」

 五者五様の反応に、平弥ががっくりと肩を落とした。生地とたこをマッチングさせる、もう一工夫が必要なのかもしれない――或いは、たこではなくてフルーツやチーズを入れるとか。
 とはいえ、たこと生地がやや分離していると言うだけで、それなりに食べられない事はない。あれやこれやと言いながらも、もそもそかぼちゃたこ焼きを食べ続けるミリアムの耳に、とんとん、とドアをノックする音が聞こえた。
 あれ? と夜鈴が首を捻る。

「誰か他に呼んでたのか?」
「さぁ? なっつん、誰だか見てみてくれるか?」

 ひょい、と首を傾げた夜鈴の言葉に、しれっとこよりは嘯きながら、菜摘を振り返ってそう頼んだ。はい、と笑顔で頷いた菜摘が、ちょっと待って下さいね、とドアの向こうに声をかけながら立ち上がり。
 ガラ、と部室の扉を、開く。

「トリック・オア・トリート!」
「とりーとー!」
「え……え……?」

 そうしてそこに居たのは、さまざまに可愛い魔女やオバケに仮装した子供達。まだ幼い子供から、小学校高学年くらいの子供が多いだろうか。
 いっせいに可愛い声を上げて、はじける笑顔でそう言った彼女たちに、菜摘の目が丸くなる。だがそれは子供達の向こうに立つ、目を細めて微笑んだ少し年配の女性の姿を見ると、また別の色に変わった。

「がんばってるみたいですね」
「先生……!」

 そう呟いたきり、菜摘の言葉は続かない。そうしてほんの少し瞳を潤ませて、その女性を――先生と呼んだ、彼女がかつて居た児童養護施設の指導員を、見つめている。
 それを見て、よし、とこよりが小さくガッツポーズをした。

(こよちゃんの『トリック』なんだ)

 ミリアムはそう考え、その『来客』を見つめる。きっと菜摘にとって特別な、特別なその人達をこっそりと呼び寄せるために、誰にも秘密で準備していたらしい。
 感心の眼差しで、だからミリアムはこよりを見た。真田、と菜摘に夜鈴が声をかける。

「とりあえず、中に入ってもらったら? 突っ立ってるのもなんだろ」
「あ、そ、そうですね! すぐに席をご用意しますので……」
「……ぁ。待て待て、その前にトリック・オア・トリートなんだから、お菓子をあげなきゃ」

 部室の中へと促す菜摘に、立ち上がったこよりがお菓子をいっぱいに詰めた籠を持って立ち上がる。そうして、部室の入口のあたりで固まっている子供達へと近付くと、はい、と1人1人、手渡した。
 ありがとう、と笑顔が返ってくるのに、返すのは笑顔。だって今日はハロウィンの夜、トリック・オア・トリートには、トリート(お菓子)だって決まっているのだから。
 それから皆で手伝って、子供達や施設の先生の席も作って、改めてジュースとコーヒーで乾杯した。ミリアム以上に口いっぱいにお菓子を詰め込む子供達のお陰で、テーブルのお菓子はどんどんなくなっていくけれども、みんなで持ってきたお菓子はまだまだたくさんあるから大丈夫。
 お喋りが進むうち、テーブルの上にはカードゲームやボードゲームも登場した。子供達は、いつもとは違う場所に興奮しているようで、しきりに菜摘や先生に「遊びに行って良い?」と尋ねているけれども、生徒ですらたまに迷う広大な久遠ヶ原学園を、子供達だけで歩かせられるわけもない。
 そのたびに夜鈴も一緒になって子供達を窘めるけれども、案外子供のあしらいがうまいのか、それでも楽しい雰囲気だけは壊れることがない。そのうち平弥がまた、ふらりと姿を消したかと思うと、オレンジのカボチャのマスクを被り、すっぽりと真っ黒なマントに全身を包み隠して現れた。

「ジャック・オー・ランタンやでー! みんな、良い子にしとるかー?」
「木南、それ、ナマハゲ……」
「ふふ……ッ。ぁ、ジュースがそろそろなくなりそうですね。私、ちょっと購買まで行って買ってきま……す……?」

 そんな平弥に、くすくす笑いながら立ち上がって部室を出ていこうとした菜摘が、ふと動きを止めて眉を寄せる。おや、とミリアムは首を傾げた。
 こよりが尋ねる。

「なっつん? どうしたんだ?」
「いえ……あの……」

 それに曖昧に、菜摘自身もよくわからない様子で頷くとも首を振るともつかない反応を返しながら、彼女はきょろきょろ、辺りを見回す。そうしてテーブルの上の、菜摘が持ってきた一際目をひく巨大なカボチャを見て、眉をひそめ。
 もう一度、辺りを見回し、またカボチャを見た。それから、あの、と振り返った顔は、引き攣り、少し青ざめている。

「こより……時計の音が聞こえるんですけど……」
「ーー時計の音?」
「はい……その、どう考えても、このカボチャの中から……」

 その言葉に。しーん、とした沈黙が、部室に降り注いだ。





 『カボチャの中から時計の音がするんですけれども』。その言葉に、最初に反応をしたのは夜鈴だった。

「……えッ?」

 ただしそれはどちらかと言えば、反応したというよりは、思わず漏らしてしまったという印象の方が強い。一体、菜摘が何を言っているのかよくわからない――そういう類の声色だった。
 とはいえ、それはミリアムも一緒である。普通、カボチャと時計という単語は、あまり結び付かないものだ――ましてカボチャの中から時計の音、だなんて。
 こよりが座ったまま、カボチャと菜摘を見比べながら尋ねた。

「ぇー……と。なっつん、どういうことだ?」
「そ、その、私も何が何だか……ッ。でもこの音、よくアニメやドラマで聞く……じ、時限爆弾のよう、な……!」
「時限爆弾!?」

 菜摘の言葉に、誰からとも知れず叫び声が上がった。それも無理のないことだろう――いかに天魔と戦うべくアウルに目覚めた者達が集う久遠ヶ原とはいえ、爆弾なんて物騒なものとはそうそう、縁があるはずもない。
 いや、だからこそそんなわけはなかろうと、まるで自分に言い聞かせるように、平弥がかぼちゃマスクを脱ぎながら、それでも多少引き攣った笑顔で、言った。

「お、落ち着くんや。かぼちゃが時限爆弾やなんて、そんな、マンガやないんやから……なぁ?」

 はは、と笑いながら巨大なカボチャに近付くと、まるで浮かんだ顔にお伺いを立てるように手を伸ばす。そうしてカボチャを叩いてみたり、転がしてみたり、撫でてみたり、擦ってみたり。
 だが当然、カボチャは何の反応も返さない。答えを返すわけでもなければ、震え出すわけでもなく、中からナニカが出てくるわけでも、なくて。
 長い、長い一瞬が、過ぎた。知らず、息も殺してその様子を見守っていたこより達を、ゆっくりと平弥が振り返る。――額につ、と流れる、一筋の汗。

「ヤバイかも」

 そうして告げられた言葉は、ひどく短くて、だからこそ重々しく響いた。何がヤバイのか。聞きたいが、聞きたくない。聞かなくてもわかるけれども、わかりたくない。
 あはは、とミリアムは渇いた笑い声をあげる。

「まっさかー。なんぺー君、お茶目なんだから……」

 騙されないんだからね、とデュラハンカボチャを置き去りにしたまま、巨大なカボチャへと近付いて身を屈め、ほーらね、と言いながら耳を当てた。幾らなんでも、いきなり日常生活の中に――撃退士としての生活が、一般的な日常かどうかは意見の別れるところだろうけれども――時限爆弾だなんて、そんな非日常がやってくるわけが、ない。
 そう、思った。あるいは、祈った。
 だが、すぐにミリアムはぴき、と笑顔を引き攣らせる。カボチャのごつごつとした皮に押し当てた耳に響いて来たのは、チチチチチチチチ……という、紛れも無い秒針が時を刻む音。

(こ、これは……!)

 もはや、間違いようもなかった。そう悟った次の瞬間、ミリアムは大きく後ろに跳んでカボチャから距離を取ると、ババッ、と床に伏せて頭を抱え。

「爆弾や、死んだふりせぇ……ッ!」
「死んだふりは熊やろが!?」

 何故か関西弁で叫んだミリアムに、平弥が突っ込む。言われてからそうだったと思ったが、じゃあ爆弾なんてものを相手にどうすれば良いというのだ。
 うーん、と唸るこよりが、夜鈴を振り返った。

「柊、どう思う?」
「そもそも、真田が偶然買ったカボチャに時限爆弾が……っていうのが不思議だよね。無差別テロなのか、探偵倶楽部を狙った犯行なのか……」
「というか、まず、カボチャの中に爆弾が仕込めるのか? あれ、どう見ても本物のカボチャだよな」
「久遠ヶ原だからね。科学室あたりでナニカが出来てたとしても、おかしくない気はする」

 科学室の主である堕天使教師は、今頃クシャミをしているかも知れない。
 そんな風にああでもない、こうでもない、と推理を巡らせているのを聞きながら、ミリアムは「死んでるよー、私は死んでるからねー」とごろごろ床を転がった。そうしていると何だか、面白くなって来るから不思議である。
 同じく面白そうだと思ったのだろう、子供達も一緒になって、床をごろごろ転がったりし始めた。となると対抗心が芽生えるもので、どちらが早く転がれるか、無言のうちにバトルが始まる。
 ゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロゴロゴロ……
 その間にも菜摘や平弥はおろおろとパニックを起こしていて、栄はカボチャの前で、耳を押し付けたり、ごろんと転がしたり、持ち上げたり試行錯誤していた。が、おもむろに部屋の隅に走っていくと、ナイフと彫刻刀を持って戻ってきて、どすッ、とオレンジ色の表皮にナイフを突き立てる。
 菜摘の悲鳴が響いた。

「栄先輩!? 何をしてるんですか!」
「どうせジャックを彫るんだから、掘って爆弾かどうか確かめるんだ!」
「彫って本当に爆弾が出てきたらどうするんですか!?」

 掘らなくても、本当に爆弾なら危険なことに変わりはないのだが。
 これ以上なく真っ青になった菜摘をよそに、栄はナイフでカボチャのヘタの辺りを切り取ると、ざくざくざくと中身を彫り始めた。掘ってはカボチャの中身を掻き出して、掻き出してはまた中を掘る。
 が、不意にその動きが止まった。くッ、と唇から苦悩の呻きが漏れる。

「どっちだ、どっちを切る……!?」
「久遠くん? まさか、本当に爆弾が……」
「栄?」
「この決断でみんなの命が……!」
「――栄君、こんな時に何ふざけてるんだい?」

 その不穏な呟きに、ミリアムはガバッと半身を上げて栄を見た。だが、ざわ、と落ち着きかけていた部室が再びどよめいた所で、栄の手元を覗き込んだ夜鈴が冷たく突っ込む。
 ん、とミリアムも近寄って覗き込んでみると、そこにあったのはドラマやアニメでよく出て来る、爆弾のトラップではお馴染みの赤い配線と青い配線……などではもちろんなく、そんな形に掘られたカボチャ。しかも、はぁ、とため息を吐いたこよりの冷たい眼差しに、栄はごく真面目な顔で「だってせっかくだからやりたいじゃないか」と訴えているのである。
 ゲシッ、と容赦なく鉄拳を振り下ろされて、栄が床に沈んだ。む、とミリアムはそんな彼の傍まで匍匐前進で近寄っていくと、一緒に並んで転がった。子供達も一緒に、新たなバトルの始まりか!? と期待の眼差しで転がり始める。
 そんな中で、不意に菜摘が「あの」と笑顔で声をあげた。いつの間にか、その手には出現した刀が握られている。

「私に確実な案があります。皆さん、どうか部室から離れててください」

 そうして菜摘が紡いだ言葉に、何か、ただならぬものを感じてミリアムは再び、半身を起こす。眉を潜めたこよりが「なっつん?」と声を上げた。

「大丈夫です、こより。すぐに、終わらせますから」

 そんなこよりに菜摘は、揺らがない笑顔でそう告げると、早く、と部室のドアへ促す。そうしながらチャキ、と鯉口を切り、すらりと鞘から白刃を抜き放つ。
 蛍光灯の下、部室の中という場所にあっては、立場柄けっして見慣れてないわけではないその光景も、ひどく違和感を感じた。ましてこんな状況なら尚更だ。
 それでも菜摘が、何とかする、と言うのなら菜摘を信じようと、思った。

「――解った。頼んだぞ、なっつん。みんな、なっつんの邪魔にならないように、出てよう」
「はい、任せてください、こより」

 だからそう頷いて、子供達や施設の先生、探偵倶楽部のメンバーを促したこよりに、従ってミリアムも立ち上がると部室の外に出た。大きく頷いた菜摘の笑顔がドアの向こうに消えて、チチチと響いていたカボチャの音も、ドアに遮られて聞こえなくなる。
 だが果して、菜摘は一体どうするつもりなのだろう? 廊下で互いに顔を見合わせながら、やっぱり少し不安げに探偵倶楽部のドアをじっと見つめていたら、不意に、ダンッ! と何かが壊れる音が、して。

「なっつん!?」
「真田!」
「大丈夫か、菜摘!?」

 何が起こったのか、と慌ててドアを引き開け、押し合いへしあいしながら部室に飛び込んだミリアム達の目の前で、色とりどりの紙テープや紙吹雪、そうして可愛いお菓子の数々が、カボチャの中から飛び出して部室中に降り注いだ。





 ぽかん、と誰もがその光景に呆気に取られていた。刀を振り下ろしたまま、真っ二つになったカボチャと壊れた机の前で固まっていた菜摘が――どうやら、さきほどの音は菜摘が刀で机を叩き切った音らしい――頭から紙テープを滝のように垂らしながら、ミリアム達を振り返る。

「あの……」
「うん……」

 菜摘が何を言おうとしたのかは解らなかったが、続かなかった言葉に、ミリアムも他の者たちも、そう相槌を返すより他はない。今、一体何が起こっているのか。理解は出来たものの、誰かに確かめずには居られない、そんな気持ちだった。
 まだ降り注ぐお菓子に、子供達が「うわぁ!」と歓声を上げて広い集めたり、小さな両手で受け止めようと駆け回ったりし始める。後からおっとり入ってきた施設の先生が、あらあら、とその光景に目を丸くして、それからにっこり微笑んだ。

「素敵な演出ですね」
「はぁ……」

 どうやら、これも探偵倶楽部のハロウィン・パーティーの演出だと、好意的に解釈してくれたらしい。それはそれでありがたいが、もちろん、演出等ではないのでどこか、複雑な気持ちである。
 ゆえに、とりあえずどうしたものかと伺うように互いに顔を見合わせた。そんな中、平弥が真っ先に立ち直って、ミリアム達を笑顔で見回した。

「まぁまぁ、えぇやんか。それより、せっかくやからお菓子食べようや」
「そう、だね。ひとまず、無事に解決したことだし」

 それにこくりと頷いて、夜鈴が壊れた机を退け、改めて残った机に椅子を並べはじめる。そうだね、と頷いてミリアムも一緒に、残骸を片付けたりし始めた。
 一体何が起こったのか、そもそもあのカボチャが何だったのかよく解らないけれども、実にハロウィンらしい、悪戯心に満ちたカボチャ。真っ二つになったそれをまじまじ見ると、ちょうど下の方にお菓子が詰まって居たらしい凹みはあったけれども、チチチと音をさせて居たのが何だったのかはやっぱり、解らない。
 とは言えそれも、どこかの誰かがハロウィンの夜に合わせて仕込んだ、トリックなのだろう。トリックの後は、トリート。本当にハロウィンらしい。
 わいわいと、みんなの顔に笑顔が戻った。そうして賑やかに片付けて、再びゲームをしたりお喋りをしたりと過ごし始めたら、また、とんとんと部室のドアを叩く音がする。
 おや、とミリアムはドアの方を振り返った。今度は一体、誰が訪ねてきたのだろうと考えていると、栄がいそいそと部室のドアを開けた。
 そうして、みんなッ、と満面の笑顔で振り返った栄の手には、訪ねてきた誰かから受け取ったらしい大きな箱。

「トリックは充分楽しんだから、トリートを皆で楽しもうぜッ」
「ん、久遠くん、それ何?」
「今日のために頼んでおいた特製ケーキだよ。この時間ぐらいに届けてもらうよう、頼んでおいたんだ」

 ミリアムの言葉にそう答えながら、栄は一抱えもありそうな大きなケーキの箱をテーブルの真ん中に置くと、いそいそとオレンジ色のリボンを解いてぱかっと蓋を開けた。そうして「おっ、みんな可愛く出来てるじゃないか」と満足そうに頷く。
 どれどれ、と覗き込んでみるとそこには、パンプキンクリームでデコレーションされた、華やかなケーキ。上にはカボチャやお化けが飾られていて、真ん中には6つの笑顔が咲いている。
 あ、と夜鈴が声をあげた。

「これ、もしかしてみんなの顔か?」
「うん。倶楽部のみんなを模したマジパンを乗っけてもらったんだ。――知ってたら子供達や先生の分も頼んだんだけどな」
「仕方ないだろ。とっておきのプレゼントは、秘密にしないと楽しくないじゃないか」

 ちろ、と栄から向けられた視線に、こよりが唇を尖らせる。それをにこにこ見つめながら、菜摘が人数分のケーキ皿とフォーク、切り分け用のナイフを用意して、子供達が大きなケーキに歓声を上げた。
 ミリアムもいそいそと椅子に座って、ケーキがやってくるのを待つ。幸いケーキは大きいから、十分全員に行き渡った。
 だから、みんなで揃ってほっこり甘いカボチャのケーキを味わう。もちろん、マジパンは探偵倶楽部のみんな、それぞれのケーキの上にちょこんと乗っていて。
 賑やかに和やかに、ハロウィンの夜はこうして過ぎていくのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 /    PC名   / 性別 / 年齢 /     職業    】
 ja0431  /   真田菜摘   / 女  / 16  /  ルインズブレイド
 ja0478  /   九神こより  / 女  / 15  / インフィルトレイター
 ja1014  /   柊 夜鈴   / 男  / 18  /    阿修羅
 ja2400  /   久遠 栄   / 男  / 20  / インフィルトレイター
 ja2513  /   木南平弥   / 男  / 15  /    阿修羅
 ja7593  / ミリアム・ビアス / 女  / 20  /  ルインズブレイド

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
お届けがすっかり遅くなってしまい、本当に申し訳ございませんでした……(土下座

探偵倶楽部の皆様での、賑やかなハロウィン・パーティーの物語、如何でしたでしょうか。
書き進めているうちに、気付けばお嬢様がこんな事になってしまいまして、どうお詫びを申し上げれば良いものやら……(((
ぁ、ちなみにタイミングが多少ズレたりしましても、仲の良いお友達内容、の所にご記載頂いていれば皆様の分が揃うまでお待ちさせて頂いておりますので、大丈夫ですよ(笑)

お嬢様のイメージ通りの、賑やかでなごやかなハロウィンの夜のひと時のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
ハロウィントリッキーノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年10月24日

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