『とあるお店の軒先で。〜Mysteric Pumpkin！ 』

真田菜摘（ja0431）

　ばちりと目が合って、思わずその店の前で足を止めた。その店の軒先にごろりと並べられた、不思議な模様をした幾つものカボチャ。
　中でもまるで、人間の顔にも、また別の生き物の顔にも見えるそのカボチャと、まさに目が合ったとしか言いようのない出会いを果たしてしまったのだ。

「わ、面白いカボチャですね……！」
「買っていきますか？　今日がハロウィンだもの、安くしておきますよ」

　じっとカボチャと見つめ合いながら、ついそう呟いた真田菜摘（ja0431）に、店員が笑いながら声をかける。今日でハロウィン・パンプキンもお役御免だから、店員としても売ってしまいたいのだろう。
　そうですね、と菜摘は考えながら、じっとカボチャを見つめた。今日は探偵倶楽部のみんなで、部室に集まってハロウィン・パーティーをする予定だから、こんな面白いカボチャを買っていったら喜ばれるかもしれない。
　だから菜摘は笑顔になって、頂きます、と頷いた。面白い模様だし、何よりこのカボチャときたら大きさも一通りじゃなくて、軽く人を殺せそうなほど巨大で、重い。
　店員もはたとそれに気づいたのだろう、配達しましょうか？　と申し出てくれたのだけれども、菜摘はそれには首を振った。確かに大きくて重いけれども、抱えていけないほどじゃない。
　そうして、心配そうな店員の視線を背中に受けながら、菜摘は巨大なカボチャを抱えて再び、探偵倶楽部の部室へと歩き始めた。実は、ちょっと時間がギリギリだったりする。
　急がなくちゃ、と少し早めた足は、けれども楽しげだ。ハロウィン、というのは奇妙に心をくすぐられる響きを持っていて、それは菜摘も例外ではない。
　目にも華やかな色合いの衣装にお菓子、極めつけは子供達の「トリック・オア・トリート！」。日本ではまだまだ、定着しきったとは言いがたい習慣ではあるけれども、それでも多くの人がハロウィンという言葉を聞いた時に、そういった楽しげで華やかな様子や、一種独特の、ヒトとヒト以外のモノの境界が交じり合うような危うげな心地よさを連想することだろう。

（これほど大きなカボチャですし、皆さんきっと喜んでくれそう……♪）

　その光景を想像しただけで楽しくて、菜摘は弾む足取りで部室へと向かう。そうして部室のドアの前まで辿り着くと、中から久遠　栄（ja2400）の声が聞こえた。

「うん、それにしても、みんなも凝ってるねー。……あ、でも真田はまだなのか？」
「なっつん？　うん、まだ来てないけど」
「――わ、私が最後でした！？　お待たせしました……！」

　栄の言葉に、どうやら自分以外は全員集合済みらしい、と悟った菜摘は、慌ててドアを引き開けて中に滑り込む。巨大なカボチャをここまで抱えて来たのと、焦ったのでちょっと、息が切れてしまったけれども。
　菜摘の上に、部室の中に居たみんなの視線が集中する。ハロウィンらしく思い思いの仮装をした、いつもとは違う、見知らぬ姿の、よく見知った仲間達。
　その中の1人である九神こより（ja0478）は、オレンジのフリルも華やかなワンピースに、真っ黒なカーディガンといった出で立ちだった。頭にはストレートロングのウィッグをつけて、ちょこんと魔女帽子を乗せている。
　そんな、ハロウィン仕様の可愛い魔女に変身したこよりが、菜摘の抱えているカボチャをじっと見つめてひょい、と首を傾げた。

「なっつん、それ、どうしたんだ？」
「あ、えっと、来る途中で見つけたんです！　皆さんに喜んでもらえるかな、と思いまして」
「へぇー、ミリアムさんのカボチャもけっこうな大きさだけど、これまた大きいね。――ふうん、模様が顔になってるんだ」

　菜摘の予想通り、これほど大きなカボチャとなると、みんな興味をそそられたらしい。こより以外も集まってきて、ぐるりと菜摘を取り囲み。
　まじまじと覗き込んだ柊　夜鈴（ja1014）の言葉に、ミリアム先輩のカボチャ？　と菜摘は視線を巡らせた。ちなみにその夜鈴は、まさにドラキュラとしか言い表せない、黒のタキシードと、血の色のような赤い裏地を打った黒いマントを身に着けている。
　これでシルクハットがあれば完璧に妖しげなヴァンパイアなのに、と思っていたらそのシルクハットはどうやら、部室のテーブルの上においてあるようだ。そうしてその横には、子供の落書きのような顔が書かれ、上にちょこんと、ちょうどこよりが被っているようなとんがり帽子を乗せたオレンジ色のハロウィン・カボチャが、ある。
　カボチャ、と菜摘は視線を、彼女を取り囲む輪の中にいるミリアム・ビアス（ja7593）へと巡らせた。彼女は一見すればいつも通りの服装で、仮装をしていないかのように見える。
　そんな菜摘の視線に気づいていたものか、ミリアムが「柊君」と主張した。

「私のはデュラハンの首だから。カボチャじゃないから」
「あーはいはい、あむぴのは首やねんな。それにしてもソレ、ほんまでっかいなぁ」

　真剣な顔でそう主張するミリアムを、適当にいなす木南平弥（ja2513）の言葉に、なるほど、とようやく菜摘は納得する。デュラハンとは自らの首を抱えていると言われるモンスターだ。ミリアムはあのカボチャを首に見立てて居るのだろう。
　けれども、こっそり感謝の眼差しで見つめた平弥は、けれども取り立てて仮装をしているというわけでもない、いつものジャージ姿だった。彼は今日は、仮装はしないのだろうか？
　それを尋ねようとした言葉に、栄の言葉が重なった。ぽん、と菜摘が抱えたままのカボチャを叩いた手は、包帯でぐるぐると巻かれている――包帯男か、透明人間、だろうか。

「そうだ。せっかくだ、真田の持ってきてくれたカボチャで、みんなでランタンを作ろうじゃないか」
「おぉ、それは面白いな！　栄、良いことを言うじゃないか」

　その言葉に、こよりが笑顔で大きく頷いた。ハロウィンと言えばパンプキン、パンプキンと言えばジャック・オー・ランタン。ちょっとばかし順番は違うかもしれないけれど、それは些細な問題だ。
　菜摘はもちろん、他の探偵倶楽部のメンバーも、それは面白い、と頷き合っている。とはいえよく見れば、菜摘が来るまですっかりパーティーの準備も出来てしまっているようだ。
　部室に漂う、美味しそうなコーヒーの匂い。今日のパーティー用のジュースも各種揃っていて、テーブルにはパーティー開きされたお菓子が幾つも幾つも並んでいる。
　ならばランタンを作るのはもう少し後でも良いだろうと、頷き合いながら菜摘は笑顔で仲間と一緒に部室へと入り、テーブルの開いた所に抱えてきた巨大なカボチャをドン、と置いた。こうして部室の中で見ると、改めて、本当に大きなカボチャである。
　その愛嬌のある顔をじっと見つめて、ふふ、と菜摘は微笑んだ。


●


　クラッカーの音が鳴り響く中、探偵倶楽部のハロウィン・パーティーは始まった。
　パー……ンッ！　パン、パパー……ン！
　派手な音と同時に色とりどりの色紙を撒き散らす、賑やかなクラッカーはミリアムが持ち込んだものだ。とは言え当の本人は、人に向けてはいけません、という注意書きをまるっと無視して栄目掛けて糸を引いた後、そうそうに紙屑をテーブルにほうり出すと、いっぱいに並んだお菓子をせっせと口に詰め込みはじめた。
　そうして、頭からそうめんのように細い紙テープを垂らした栄が、おい、と複雑な顔で呼ぶと、しれっとした顔で「うん？」と首を傾げるミリアムに、知らず、笑いが弾ける。その間にもミリアムは、どんどんと、自分が持ってきたお菓子も遠慮なく口に詰め込んで、誰にもお菓子を食べさせない勢いだ。
　慌てて菜摘や他のみんなも、お菓子に手を伸ばし始めた。そうしながら、ずるいぞ、とこよりが文句を言う。

「あむぴ。ちょっとは遠慮したらどうだ？」
「遠慮？　早い者勝ちでしょ。何だったら、こよちゃんの分も私が食べてあげるから……」
「わーッ、いい！　食べなくていい！」

　まるでリスの頬袋のように、ほっぺたをもごもご膨らませながら言ったミリアムに、慌てて自分の分を確保するこよりに、菜摘は思わず吹き出した。部室のあちこちからも、笑顔が弾けてこぼれ落ちる。
　あちらこちらに広げられた、みんなで持ち寄ったスナック菓子や、ハロウィン限定の焼き菓子があっという間になくなって行って、気付けば部室のサイフォンはもう3度もコーヒーを淹れていた。ジュースもどんどんと空になっていく。
　そんな様子をにこにこ眺めていたら、少し席を外していた平弥が何やら大皿を抱えて戻ってきた。黄色い生地の、ころころと丸いそれは――たこ焼き？

「ワイが新開発した『かぼちゃたこ焼き』や！　せっかくのハロウィンやし、ありきたりのたこ焼きやったら面白くないやん？」
「いや、いつもありきたりじゃない気もするけどな」

　日頃、機会があれば部室などに変り種たこ焼きを持ち込んでいる平弥である。ある意味では平常運転とも言えるが、そんなこよりの突込みも気にした様子はなく、平弥はテーブルの真ん中に大皿をどどんと置いた。
　ほかほかとまだ湯気を立てているたこ焼きからは、ふわり、かぼちゃの甘い匂いが漂ってくる。それだけを取れば、とても美味しそうで、食欲をそそるのだけれども、モノはたこ焼き。
　どんな味がするんだろうと、考えながら菜摘は爪楊枝を取って、かぼちゃ色のたこ焼きを口に運んだ。菜摘はけっこう、平弥の作るたこ焼きが好きだ。
　口にいれた瞬間、フワッとかぼちゃの風味が、口一杯に広がった。生地をかみ締めると、じわりとかぼちゃのほっこりした甘さが感じられ、中から姿を現したたこが――
　―――………

「たこ、焼き……？」
「生地は美味しいのに、タコがそこはかとない不協和音……」
「たこ焼きなのに、たこが余分とはこれ如何に」
「木南、これ、たこ抜きで作ったほうが美味しかったんじゃないか」
「そ、その、でも、それぞれは美味しいですから……！」

　五者五様の反応に、平弥ががっくりと肩を落とした。生地とたこをマッチングさせる、もう一工夫が必要なのかもしれない――或いは、たこではなくてフルーツやチーズを入れるとか。
　とはいえ、たこと生地がやや分離していると言うだけで、それなりに食べられない事はない。というか、そういうものだと思って食べればこれもまた、違った味わいがあるというものだ。
　まだ肩を落としている平弥に声をかけながら、そうしてもそもそとかぼちゃたこ焼きを食べ続けていた菜摘の耳に、とんとん、とドアをノックする音が響いた。おや、と菜摘は視線を、部室のドアへと巡らせる。
　ひょい、と夜鈴が首を傾げて、栄と話していたこよりに尋ねた。

「あれ？　誰か他に呼んでたのか？」
「さぁ？　なっつん、誰だか見てみてくれるか？」

　ひょい、と首を傾げた夜鈴の言葉に、こよりは首を振りながら菜摘を振り返ってそう頼む。それに菜摘は、はい、と笑顔で頷いた。
　それにしても一体、こんな日に、しかもすっかり辺りも暗くなったというのに、尋ねて来るなんて誰だろう？　とはいえそこまで夜も更けた、というわけではもちろんないのだから、そこまで不思議ではないのかもしれないが――

「ちょっと待って下さいね」

　菜摘は考えながら、ドアの向こうにいる誰かにそう、声をかけて立ち上がった。そうしてパタパタとドアに近づいて。
　ガラ、と開く。

「トリック・オア・トリート！」
「とりーとー！」
「え……え……？」

　その、菜摘の目の前に現れたのは、さまざまに可愛い魔女やオバケに仮装した子供達だった。まだ幼い子供から、小学校高学年くらいの子供が多いだろうか。
　いっせいに可愛い声を上げて、はじける笑顔でそう言った彼女たちに、菜摘は目を丸くした。だがそれは子供達の向こうに立つ、目を細めて微笑んだ少し年配の女性の姿を見ると、また別の色に変わった。
　女性がまっすぐに菜摘を見て、そうして嬉しそうに頷く。

「がんばってるみたいですね」
「先生……！」

　そう呟いたきり、菜摘の言葉は続かない。そうしてほんの少し瞳を潤ませて、その女性を見つめる。
　それは正しく、彼女がかつて忌まわしい過去から抜け出してしばしの間を過ごした、児童養護施設の指導員に相違なかった。ならばこの子供達は、菜摘と同じように様々の理由で児童養護施設に収容された子供なのだろう。
　だが一体、どうして先生と、子供達がここに居るのか――考えた菜摘の視界の端に、小さくガッツポーズをするこよりが、映る。それにすべてを理解した菜摘に、夜鈴が声をかけた。

「真田、とりあえず中に入ってもらったら？　立ったままっていうのもなんだろ」
「あ、そ、そうですね！　すぐに席をご用意しますので……」
「……ぁ。待て待て、その前にトリック・オア・トリートなんだから、お菓子をあげなきゃ」

　部室の中へと促す菜摘を遮るように、こよりが慌てて立ち上がる。そうして、部室の入口のあたりで固まっている子供達へと近付くと、手に提げたお菓子のいっぱい詰まった籠から、はい、と1人1人、手渡した。
　ありがとうと、子供達の顔が明るく輝くのに、菜摘は眩しく目を細めた。こうやって、たくさんの人を笑顔に出来るこよりはすごいと、素直に思う。
　それから皆で手伝って、子供達や施設の先生の席も作って、改めてジュースとコーヒーで乾杯した。ミリアム以上に口いっぱいにお菓子を詰め込む子供達のお陰で、テーブルのお菓子はどんどんなくなっていくけれども、みんなで持ってきたお菓子はまだまだたくさんあるから大丈夫。
　お喋りが進むうち、テーブルの上にはカードゲームやボードゲームも登場した。子供達は、いつもとは違う場所に興奮しているようで、しきりに菜摘や先生に「遊びに行って良い？」と尋ねてくる。

「子供だけで出歩くのは、もう真っ暗ですし、危ないですから……」
「また今度、遊びに来れば良いよ。次は明るい時にな」

　そのたび菜摘はそう言って、子供達を慰めた。見かねたのだろうか、夜鈴も一緒に宥めてくれるのだけれども、彼は案外子供のあしらいがうまいのか、笑顔を損ねてしまう事はない。
　それに感謝しながら、菜摘もうんうんと頷いた。完全な暗闇ではないし、学園の中とは言え、何が起こらないとも限らないし、何より生徒ですらたまに迷う広大な久遠ヶ原学園を、子供達だけで歩かせられるわけもない。
　そのうち平弥がまた、ふらりと姿を消したかと思うと、オレンジのカボチャのマスクを被り、すっぽりと真っ黒なマントに全身を包み隠して現れた。

「ジャック・オー・ランタンやでー！　みんな、良い子にしとるかー？」
「木南、それ、ナマハゲ……」
「ふふ……ッ。ぁ、ジュースがそろそろなくなりそうですね。私、ちょっと購買部まで行って買ってきま……す……？」

　そんな平弥に、くすくす笑いながら菜摘は立ち上がる。たっぷり用意してあったジュースだけれども、人数も大幅に増えたし、すっかり時間も経っているから、もうすぐ最後の１本になってしまっていた。
　だから買い足しに行こうと、部室を出ていこうとした菜摘は、ふと動きを止めて眉を寄せる。何か、違和感を覚えた。

「なっつん？　どうしたんだ？」
「いえ……あの……」

　首を傾げて尋ねてきたこよりに曖昧に、頷くとも首を振るともつかない反応を返しながら、菜摘はきょろきょろ、辺りを見回す。菜摘自身も、一体何に違和感を覚えたのか、よく解らなかったのだ。
　その違和感はテーブルの上の、菜摘が持ってきた一際目をひく巨大なカボチャにあるような、気がした。――何か、音が聞こえ、る？
　眉をひそめてもう一度辺りを見回し、またカボチャを見た。その音はやっぱり、どう考えても、このカボチャの中から聞こえて来るように思うのだ。
　あの、とこよりを振り返った顔は、もしかしたら引き攣っていたかも、知れない。

「こより……時計の音が聞こえるんですけど……」
「――時計の音？」
「はい……その、どう考えても、このカボチャの中から……」

　そうして告げた、言葉に。しーん、とした沈黙が、部室に降り注いだ。


●


　『カボチャの中から時計の音がするんですけれども』。その言葉に、最初に反応をしたのは夜鈴だった。

「……えッ？」

　ただしそれはどちらかと言えば、反応したというよりは、思わず漏らしてしまったという印象の方が強い。一体、菜摘が何を言っているのかよくわからない――そういう類の声色だった。
　その気持ちは、菜摘にもよく理解できた。彼女とて、この耳でチチチチチ……と針が動く音を聞いて居なければ、カボチャの中から時計の音がする、だなんて荒唐無稽だと思ったに違いない。
　こよりが座ったまま、カボチャと菜摘を見比べながら尋ねた。

「ぇー……と。なっつん、どういうことだ？」
「そ、その、私も何が何だか……ッ。でもこの音、よくアニメやドラマで聞く……じ、時限爆弾のよう、な……！」
「時限爆弾！？」

　菜摘の言葉に、誰からとも知れず叫び声が上がった。それも無理のないことだろう――いかに天魔と戦うべくアウルに目覚めた者達が集う久遠ヶ原とはいえ、爆弾なんて物騒なものとはそうそう、縁があるはずもない。
　いや、だからこそそんなわけはなかろうと、まるで自分に言い聞かせるように、平弥がかぼちゃマスクを脱ぎながら、それでも多少引き攣った笑顔で、言った。

「お、落ち着くんや。かぼちゃが時限爆弾やなんて、そんな、マンガやないんやから……なぁ？」

　はは、と笑いながら巨大なカボチャに近付くと、まるで浮かんだ顔にお伺いを立てるように手を伸ばす。そうしてカボチャを叩いてみたり、転がしてみたり、撫でてみたり、擦ってみたり。
　だが当然、カボチャは何の反応も返さない。答えを返すわけでもなければ、震え出すわけでもなく、中からナニカが出てくるわけでも、なくて。
　長い、長い一瞬が、過ぎた。知らず、息も殺してその様子を見守っていた菜摘達を、ゆっくりと平弥が振り返る。――つ、と額に流れる、一筋の汗。

「ヤバイかも」

　そうして告げられた言葉は、ひどく短くて、だからこそ重々しく響いた。何がヤバイのか。聞きたいが、聞きたくない。聞かなくてもわかるけれども、わかりたくない。
　あはは、とミリアムが渇いた笑い声をあげる。

「まっさかー。なんぺー君、お茶目なんだから……」

　騙されないんだからね、とデュラハンカボチャを置き去りにしたまま、巨大なカボチャへと近付いて見を屈め、ほーらね、と言いながら耳を当てた。が、すぐにぴき、とその笑顔が固まる。
　次の瞬間、ミリアムは大きく後ろに跳んでカボチャから距離を取ると、ババッ、と床に伏せて頭を抱えた。

「爆弾や、死んだふりせぇ……ッ！」
「死んだふりは熊やろが！？」

　何故か関西弁で叫んだミリアムに、平弥が突っ込む。どうやら床に伏せたのは、ミリアムなりの『死んだふり』らしい。
　どうしたら良いのだろうと、菜摘は混乱する頭でぐるぐると考えた。どうしたら良いのだろう――どうすれば、この事態を解決することが出来るのだろう？
　天魔との戦いには、撃退士という立場上慣れている菜摘だけれども、当たり前だが爆発物の処理なんてやったことはない。過去には――それは菜摘にとって忌まわしいものしか想起しないものだが――とある後ろ暗い組織に所属して、様々な暗殺技術や戦闘スキルを学ばされたけれども、さすがに爆発物の処理なんて技術は学ばなかった。
　ならば、学園の誰か、例えば教師辺りに助力を頼む？　だが、久遠ヶ原は本当に広大で、実に様々な人種が集っているから、探せば爆発物処理の出来る人間も居るかもしれないが、今からどうやってその人物を探し出せば良いのだろう。
　ありていに言えば、菜摘は絶賛、パニック中だった。頭の片隅で、こよりが夜鈴と話しているのが聞こえてはいたけれども。

「――柊、どう思う？」
「そもそも、真田が偶然買ったカボチャに時限爆弾が……ッていうのが不思議だよね。無差別テロなのか、探偵倶楽部を狙った犯行なのか……」
「というか、まず、カボチャの中に爆弾が仕込めるのか？　あれ、どう見ても本物のカボチャだよな」
「久遠ヶ原だからね。科学室あたりでナニカが出来てたとしても、おかしくない気はする」

　科学室の主である堕天使教師は、今頃クシャミをしているかも知れない。
　そんな事を話しながら、ああでもない、こうでもない、と推理を巡らせているのは聞いていたけれども、パニック中の菜摘には果たして、実はあのカボチャを買ったお店が菜摘を狙って、わざとああして声をかけてきたのかを考える余裕もなかった。いや、あれは本当に偶然だったはずで――でも、もしそうではなくて、全てが仕組まれていたのだとしたら――？
　答えを求めるように周りを見回してみたが、平弥もおろおろしているばかりで、ミリアムは「死んでるよー、私は死んでるからねー」とごろごろ床を転がっていた。なぜかその傍では、施設の子供達も一緒にごろごろ転がっている。
　そんな中、栄がカボチャの前で耳を押し付けたり、ごろんと転がしたり、持ち上げたり試行錯誤していた。が、おもむろに部屋の隅に走っていくと、ナイフと彫刻刀を持って戻ってきて、どすッ、とオレンジ色の表皮にナイフを突き立てる。
　菜摘は思わず悲鳴を上げた。

「久遠先輩！？　何をしてるんですか！」
「どうせジャックを彫るんだから、掘って爆弾かどうか確かめるんだ！」
「彫って本当に爆弾が出てきたらどうするんですか！？」

　掘らなくても、本当に爆弾なら危険なことに変わりはないのだが、そこまでの頭は回らない。
　これ以上なく真っ青になった菜摘をよそに、栄はナイフでカボチャのヘタの辺りを切り取ると、ざくざくざくと中身を彫り始めた。掘ってはカボチャの中身を掻き出して、掻き出してはまた中を掘る。
　が、不意にその動きが止まった。くッ、と唇から苦悩の呻きが漏れる。

「どっちだ、どっちを切る……！？」
「久遠くん？　まさか、本当に爆弾が……」
「栄？」
「この決断でみんなの命が……！」
「――栄君、こんな時に何ふざけてるんだい？」

　その不穏な呟きに、ざわ、と落ち着きかけていた部室が再びどよめいた所で、栄の手元を覗き込んだ夜鈴が冷たく突っ込んだ。ん、と菜摘も目を瞬かせて覗き込んでみると、そこにあったのはドラマやアニメでよく出て来る、爆弾のトラップではお馴染みの赤い配線と青い配線……などではもちろんなく、そんな形に掘られたカボチャ。
　はぁ、とこよりがため息を吐いて、ごく真面目な顔で「だってせっかくだからやりたいじゃないか」と訴える栄を冷たく見つめ、ゲシッ、と容赦なく鉄拳を振り下ろした。「ぐぉぉぉぉッ！？」と呻いて床に沈んだ栄の隣に、ミリアムと子供達がずりずりと匍匐前進してきてまた転がり始める。
　それにしても、と菜摘は半ばまでくり抜かれたカボチャを見やった。カボチャは相変わらずチチチチチ……と音を刻み続けている。
　誰もの顔に、手詰まりの表情が浮かんでいるのを、見た。ならば……このまま、誰も誰も案が思い浮かばないのであれば……
　菜摘は小さな、そして強い覚悟を決めて、手の中に刀を顕現させた。そうしてぎゅっと鞘を握り、意識して明るい笑顔を浮かべて「あの」と声を上げる。

「私に確実な案があります。皆さん、どうか部室から離れててください」

　そうして菜摘が紡いだ言葉を聞いて、何かを感じ取ったのだろうか、こよりが眉をひそめた。そうして確かめるように、なっつん？　と小さく首を傾げる。

「大丈夫です、こより。すぐに、終わらせますから」

　そんなこよりに菜摘は、揺らがない笑顔でそう告げると、早く、と部室のドアへ促した。そうしながらチャキ、と鯉口を切り、すらりと鞘から白刃を抜き放つ。
　蛍光灯の下、部室の中という場所で抜刀するのは、立場柄けっしてないわけではないけれども、ひどく違和感を感じた。ましてこんな状況なら尚更だ。
　だが――これは、菜摘がなすべき事なのだ。

「――解った。頼んだぞ、なっつん。みんな、なっつんの邪魔にならないように、出てよう」
「はい、任せてください、こより」

　菜摘の言葉に頷いて、こよりが子供達や施設の先生、探偵倶楽部のメンバーを促し、ドアの向こうに消えていく。それに大きな頷きと、とっておきの笑顔を返して、菜摘は彼女達を見送って。
　チチチと音を響かせる、カボチャとただ1人、向き合う。このカボチャを買ってきたのは菜摘なのだから、その責任はどこまでも、菜摘が取るべきで――皆を巻き込むわけには、いかない。

（こより、皆さん、今までありがとう……、最後までご迷惑かけて、すみません……）

　だから菜摘は瞑目して、心の中で謝罪する。謝罪しながら握った刀の柄を両手でぐっと握り、見開いた目できっとカボチャを強く睨み据え――刹那。
　ダンッ！
　菜摘はカボチャにまっすぐに、白刃を振り下ろした。勢いで机が真っ二つに壊れ、激しい破砕音を立てる。
　――そうして。

「なっつん！？」
「真田！」
「大丈夫か、菜摘！？」

　何が起こったのか、と慌ててドアを引き開け、押し合いへしあいしながら部室に飛び込んできたこより達に、応える余裕を菜摘は、持たなかった。何となれば目の前では、真っ二つになったカボチャの中から色とりどりの紙テープや紙吹雪、そうして可愛いお菓子の数々が飛び出して、菜摘の上ならず部室中に降り注いで居たのだから。


●


　ぽかん、と誰もがその光景に呆気に取られていた。刀を振り下ろしたまま、真っ二つになったカボチャと壊れた机の前で固まっていた菜摘は、頭から紙テープを滝のように垂らしながら、こより達を振り返る。

「あの……」
「うん……」

　菜摘自身も何を言いたかったのか良く解らないまま、発した言葉にみんなもまたよく解らない風で、曖昧に相槌を返した。今、一体何が起こっているのか。理解は出来たものの、誰かに確かめずには居られない、そんな気持ちだ。
　まだ降り注ぐお菓子に、子供達が「うわぁ！」と歓声を上げて広い集めたり、小さな両手で受け止めようと駆け回ったりし始める。後からおっとり入ってきた施設の先生が、あらあら、とその光景に目を丸くして、それからにっこり微笑んだ。

「素敵な演出ですね」
「はぁ……」

　どうやら、これも探偵倶楽部のハロウィン・パーティーの演出だと、好意的に解釈してくれたらしい。それはそれでありがたいが、もちろん、演出等ではないのでどこか、複雑な気持ちである。
　ゆえに、とりあえずどうしたものかと伺うように互いに顔を見合わせた。そんな中、平弥が真っ先に立ち直って、菜摘達を笑顔で見回した。

「まぁまぁ、えぇやんか。それより、せっかくやからお菓子食べようや」
「そう、だね。ひとまず、無事に解決したことだし」

　それにこくりと頷いて、夜鈴が壊れた机を退け、改めて残った机に椅子を並べはじめる。そうですね、と頷いて菜摘も手の中の刀を消すと、一緒に残骸を片付けたりし始めた。
　一体何が起こったのか、そもそもあのカボチャが何だったのかよく解らないけれども、実にハロウィンらしい、悪戯心に満ちたカボチャ。真っ二つになったそれをまじまじ見ると、ちょうど下の方にお菓子が詰まって居たらしい凹みはあったけれども、チチチと音をさせて居たのが何だったのかはやっぱり、解らない。
　とは言えそれも、どこかの誰かがハロウィンの夜に合わせて仕込んだ、トリックなのだろう。トリックの後は、トリート。本当にハロウィンらしい。
　わいわいと、みんなの顔に笑顔が戻った。そうして賑やかに片付けて、再びゲームをしたりお喋りをしたりと過ごし始めたら、また、とんとんと部室のドアを叩く音がする。
　また？　と菜摘は首を傾げた。まだ他にも、誰か、こよりがこっそりと呼んでいるのだろうか。
　だが今度は、ちら、と時計を見やった栄が立ち上がり、いそいそと部室のドアを開けた。そうして、尋ねてきた誰かから大きな箱を受け取ると、みんなッ、と満面の笑顔で振り返る。

「トリックは充分楽しんだから、トリートを皆で楽しもうぜッ」
「ん、久遠くん、それ何？」
「今日のために頼んでおいた特製ケーキだよ。この時間ぐらいに届けてもらうよう、頼んでおいたんだ」

　ミリアムの言葉にそう答えながら、栄は一抱えもありそうな大きなケーキの箱をテーブルの真ん中に置くと、いそいそとオレンジ色のリボンを解いてぱかっと蓋を開けた。そうして「おっ、みんな可愛く出来てるじゃないか」と満足そうに頷く。
　なんだろう、と覗き込んでみるとそこには、パンプキンクリームでデコレーションされた、華やかなケーキ。上にはカボチャやお化けが飾られていて、真ん中には6つの笑顔が咲いている。
　あ、と夜鈴が声をあげた。

「これ、もしかしてみんなの顔か？」
「うん。倶楽部のみんなを模したマジパンを乗っけてもらったんだ。――知ってたら子供達や先生の分も頼んだんだけどな」
「仕方ないだろ。とっておきのプレゼントは、秘密にしないと楽しくないじゃないか」

　ちろ、と視線を向けられて、こよりが唇を尖らせると、まぁしょーがないよな、と笑顔が返る。菜摘はそれに嬉しくなって、にこにこ笑いながら人数分のケーキ皿とフォーク、切り分け用のナイフを用意した。
　子供達が大きなケーキに歓声を上げる。幸いケーキは十分に大きいから、切り分けても全員に行き渡りそうだ。
　そうしてみんなで揃って、ほっこり甘いカボチャのケーキを味わった。もちろん、マジパンは探偵倶楽部のみんな、それぞれのケーキの上にちょこんと乗っている。
　賑やかに和やかに、ハロウィンの夜はこうして過ぎていくのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号　／　　　　ＰＣ名　　　／　性別　／　年齢　／　　　　　職業　　　　】
　ja0431　　／　　　真田菜摘　　　／　女　　／　16　　／　　ルインズブレイド
　ja0478　　／　　　九神こより　　／　女　　／　15　　／　インフィルトレイター
　ja1014　　／　　　柊　夜鈴　　　／　男　　／　18　　／　　　　阿修羅
　ja2400　　／　　　久遠　栄　　　／　男　　／　20　　／　インフィルトレイター
　ja2513　　／　　　木南平弥　　　／　男　　／　15　　／　　　　阿修羅
　ja7593　　／　ミリアム・ビアス　／　女　　／　20　　／　　ルインズブレイド

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
お届けがすっかり遅くなってしまい、本当に申し訳ございませんでした……（土下座

探偵倶楽部の皆様での、賑やかなハロウィン・パーティーの物語、如何でしたでしょうか。
ギャグ、というか何と言うか……なドタバタパーティーとなりましたが、これはこれで賑やかなんじゃないかな、と思ったりいたします……というか思いたいです（ぁぁ
お待たせしてしまった分も、お心に叶う物語であれば良いのですが；

お嬢様のイメージ通りの、楽しく賑やかなハロウィンの夜のひと時のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します（深々と

ハロウィントリッキーノベル

蓮華・水無月

エリュシオン

2012年10月24日