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『● 』
久遠 仁刀ja2464
「(たまにはこれくらいしても、罰は当たらんだろう)」
 仮装行列の喧騒から離れ目的の場所までやってきた久遠 仁刀(ja2464)は、改めて自分の変装を確認する。
 くすんだ赤茶の垂れた犬耳、今にも感情に合わせて動き出しそうな尾っぽ、そして同色の革で誂えられた犬の足のブーツ。
 所謂、犬の妖精クー・シーの恰好だ。
 実直で生真面目な仁刀らしいと言えばらしい選択だが、こういった『遊び』の経験が少ない彼としては変な所が無いか、作法を違えていないか、と気にはなる。
 が、直ぐに気を取り直すと、いつもの表情に戻り、真っ直ぐ扉に向き直った。
 こういった物は形云々よりも、本人達が楽しめるかどうか、だ。
 心配すべきは、相手が喜んでくれるかどうか、である。
 こほん、と咳払いをし、仁刀は審判のベルを鳴らした――。

 不安で仕方なかった。
 仁刀はいつも無頓着で。
 どんなにアピールしても、雲を掴むような手応えの無さが歯痒くて。
「(――もっとボクを頼って)」
 ぼろぼろになるまで頑張って。
「(――もっとボクを見て)」
 ぼろぼろになるまで思い悩んで。
 結局、仁刀は独りで解決してしまう。
 支えてあげたい。
 力になってあげたい。
 其れなのに、彼は自分を求めようとはしてくれない。
 ひょっとしたら、異性としてすら見られてはいないんじゃないだろうか?
 ふとした瞬間、圧し潰されてしまいそうな程の恐怖を感じてしまう時がある。
 このまま、たった独りで何処かへ消えてしまいそうな彼の背に。
 砕けてしまいそうな自分の心に。
 だから、嬉しかった。
 先輩から誘ってくれた。
 たった其れだけの事なのに、こんなにも心が暖かい。
 とくん、とくん、と胸が疼く。
 きっと其れは、幸せの足音。
 姿見の前で自分の仮装姿を確認しながら、アイドルみたいに猫っぽいポーズをとってみたりして。
 そうして、ちょっとした百面相。
 どんな顔で出迎えたら、先輩は自分の事を可愛いって思ってくれるかな、なんて考えたり。
 そんなささやかな時間でさえ彼の事を想いながらだと、とても幸せな瞬間に思える。
「今夜はハロウィン、ちょっとくらい積極的になっても……いいよね?」
 鏡の中の少女に問いかける。
 大輪の笑顔咲く、少女に。
 きっと大丈夫、先輩に喜んでもらえる。
 そう、応援されているような気がした。
「あっ、いけない、先輩がきちゃったよ!」
 来訪を告げる鐘が鳴る。
 少女は最後にもう一度だけ鏡を見て身嗜みを整えると、ぱたぱたと玄関へ駆けていった。

「トリック・オア・トリートっ! いらっしゃいだよ、仁刀先輩!」
 しっとりと濡れたような黒絹の髪を、その頭の上で自己主張する猫耳と対になっているかの如く尾のように揺らし、待ちかねたとばかりに少女が飛び出してきた。
 サテン生地で仕立てられた上品な黒のゴシックロリィタのドレスが、少女にどこか大人びた印象を与えている。
 緩やかに広がった姫袖と、ふんわりとしたスカートに使われたオフホワイトの生地が、まるで乙女の夢を実現させた砂糖細工のよう。
 其のドレスの裾からすらりと伸びたラインの先には、猫の足をモチーフに作られた黒革のブーツ。
 全体的に、仁刀の其れと対を為す猫の妖精ケット・シーをイメージしてコーディネートされている。
「ハッピーハロウィン、雅。けど、其れは確か俺の方が言うべき台詞じゃないか?」
 何時もより浮かれ気味な後輩に、少し面食らいつつも仁刀は苦笑する。
「そうだったかな? それより先輩、はやく、はやくっ!」
 そんな仁刀の腕を取り、桐原 雅(ja1822)は中へと招きいれる。
 はちきれんばかりの嬉しさを隠そうともせず。
 仁刀は、そんな様子に安堵しつつ、
「ああ、じゃあ、お邪魔するよ」
 ハロウィンの夜に足を踏み入れた。


 仮装姿の仁刀と雅が並ぶと、その服装も相俟って貧乏使用人と其の主たるお嬢様、といった風に見える。
 ソファに腰かけた仁刀は、ここまで終始楽しげな雅の姿に安堵の吐息をついた。
「(どうやら『お嬢様』には喜んでもらえたらしい。ひとまずは安心、か)」
 雅に釣られるように、自然と仁刀も笑顔になる。
 こういったイベントも悪くない、そう感じながら。
 後は、どのタイミングでお菓子を渡すか、だが。
「(さて、困ったな。完全に機を逸してしまったか。……なんと言って渡したものか)」
 ここに来て、やはりこういったイベントの経験に乏しい自分が恨めしい。
 ひとまず、雑談で間を持たせようと口を開いたところで、
「まぁ、なんだ。雅も楽しんでて良かっ……って、おいっ!?」
 甘えるように、雅が仁刀の身体の上にしなだれかかり、顔を近づけてきた。
 普段の彼女からは考えられないような大胆な行動に、仁刀は目を白黒させる。
 思考が追いついていない仁刀の唇に、ふと、冷たいものが触れた。
 一口サイズのチョコだ。
「……悪戯してくれないなら、お菓子を食べさせちゃうぞ?」
 そう言って、可愛らしく小首を傾げて見つめてくる雅。
 よく見ればほんのりと薄化粧され、精一杯お洒落しているのが解る。
 チョコを持つ小さな手にも、服とお揃いの黒のマニキュアが塗られ、細かなところにまで気が配られていた。
 少女の気合の入り様がうかがえるが、最早天然記念物級と言ってもいい程に女心に鈍感な仁刀に、其れが気が付けるかどうか、と問われれば別の話である。
 二人、暫し硬直。
 仁刀は突然の出来事に動くに動けず。
 雅は仁刀の口にチョコを押し込んだ後に触れた、彼の唇の感触に。
 チョコを咀嚼する音だけが、室内に響く。
 ただ、見つめ合い。
 そして、仁刀はチョコを嚥下した。
 其の音を合図に、雅は慌てて飛び退く。
 怯える小動物のように仁刀に背を向け、自分のした事の大胆さに震えながら。
 顔が、赤く染まっていくのが解る。
 耳が、其処だけ別の生き物であるかのように熱い。
 早鐘を打つ胸の鼓動が、痛い。
 仁刀の唇に触れた指を握りしめ、紡ぐべき言葉を探し出す。
 が、浮かんではこない。
 何も考えられない、仁刀の事で頭がいっぱいで。
 そんな雅の肩を、優しい手が包んだ。
 びくり、と雅の身体が跳ねた。
 振り返れば、苦笑した仁刀が佇んでいる。
 その顔が、繰り出されるであろう言葉が、怖いと感じる雅がいる。
 非難されるだろうか?
 幻滅されただろうか?
 しかし、そんな不安を吹き飛ばすように、
「……その、あれだ。思わぬ展開で動けなかった……。悪い気はしない俺も俺だが……」
 最後の方に行くにつれ、声の大きさが小さくなり、少し聞き取り辛い。
 だが、はっきりと聞こえた。
 悪い気はしない、と。
「しかし、やった当人が急に顔を背けたが、どうした?」
 そう言って問いかける仁刀は、いつもの仁刀のままで、そんな変わらなさが今は少し嬉しいとも思え、少し残念とも感じられた。
 不安と期待が入り混じったような表情で見上げる雅の肩を抱き、
「お菓子は先手を取られてしまったな。雅、こっちを向け。ハッピーハロウィン、だ」
 仁刀は自分の方へと向き直らせ、其の口にキャンディを押し込んだ。
 無骨な指が、雅の柔らかな唇に触れる。
「(……先輩、ああ……、先輩!)」
 許された、気にしていてくれた、そう思うと雅は弾む気持ちを抑える事ができなかった。
「(……今夜は、甘えても良いよね?)」
 僅かに触れた指に、自ら唇を寄せ。
 その感触を胸に刻み込んで。 

「少し夜も更けてきたか」
 楽しいひと時は、矢の如く過ぎていく。
 気が付けば、天高くに月が昇っている。
 ふと、雅を見れば足を庇っているような動きが目についた。
「……それ、さっき飛びのいた時、か?」
 まるで咎められた子供のように、雅が顔を背け、言い訳をした。
「ちょっと挫いた……かな? このくらいなら平気。もうちょっとこのままで居たいから……」
 心配させたくない。
 もっとこの時間を、この空気に酔いしれていたい。
 そんなささやかな乙女心が、雅に嘘を吐かせていた。
 きっと、これくらいなら許される。
 そう願って。
 だが、仁刀は許さない。
「全く。痛めたなら言わないか。そんな無理をさせたまま俺が楽しめると思うのか?」
 言わんとする事は最もである。
 雅の膨らんでいた気持ちが、どんどん萎んでいった。
 怒らせてしまった、呆れさせてしまった。
 ほんの軽い気持ちで吐いた嘘が、仁刀を。
「ほら、部屋まで送るから、おいで」
 落ち込む雅を、仁刀は軽々と抱え上げた。
 慌てて雅が、其の首に抱き着く。
 顔と顔が向き合う。
 お姫様だっこだ。
「えっ、せ、先輩?」
 優しい笑顔が眩しい。
 また、胸の鼓動が早くなっていく。
 こんなに密着して、仁刀にばれてないだろうか?
 そんな心配が過る、が。
「(……先輩の体温を身体で感じてると挫いたのも悪くないって思っちゃうね)」
 今は、この思わぬ幸せを噛みしめたい。
 心に灯った暖かさを大切に抱きながら、ハロウィンの夜は更けていった。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
ja2464 / 久遠 仁刀 / 男 / 14 / ルインズブレイド
ja1822 / 桐原 雅 / 女 / 16 / 阿修羅

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注、ありがとうございました、小鳥遊美空(たかなしみく)です。
初々しいお二人の、ハロウィンの一時。
とても楽しくも悶えながら書かせて頂きました。
お二人にとって、楽しいものになったのなら幸いです。
ハロウィントリッキーノベル -
小鳥遊美空 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年10月24日

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