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『ハロウィンワンダーランド!/二人の距離 』
伊那 璃音ja0686


●ワンダーランドへようこそ!
 少し洒落た黒地にオレンジの文字が躍る招待状。
 それは、新しく作られる複合型テーマパークへのチケットだった。
 一般公開前に、ハロウィンでの特別先行公開。
 誰もまだ入ったことの無い遊園地が、今は色とりどりのハロウィンカラーで、貴方を待っている。


 招待状を指先で弄ぶ、伊那 璃音もまたそんな謳い文句に惹かれているところではあったのだけれど。
 自室で頬杖をつく彼女の表情は、何処か浮かない。
 何かを、考えているような。
 ややあって、携帯を取り出す。
 メール画面でのスクロールに、思いつく顔はまず一つ。
 良いよ、と微笑んでくれるだろう穏やかで優しいひと。
 側に、いてくれる大事な――。
 でも、それは我儘だろうか?
 日取りも迫っていて、急な予定はあのひとの迷惑になってしまうかもしれない。
 そんな風に、考える。考えてしまって―――。

 同時に、思い浮かぶもう一人の顔。
 どんな我儘も、どんなお願いも、遠慮なく口にして。
 その度に、困ったり驚いたり。
 けれど、最後には。

「しゃーないな、行くか」

 電話口の先、応えた彼の表情はあまりに瞼に浮かんで。
 胸の奥が、何処か軋んだ。


●魔法の鏡に映るのは
「お待たせ、タケ君」
 伊那が纏うのは、薄い布を幾重にも重ねたシフォン地のドレス。
 優しい栗色の髪は柔らかく結われて、金や銀の飾りが華やかに揺れる。
 淡い水色を基調に、星が散るように細かなビーズが刺繍されて背には大きな透明の羽根。
 揃いのブーツで地を踏む動作も軽やかに、彼女は水杜の元へと駆け寄っていく。
 足首にリボンと一緒に結んだ鈴が、涼やかな音を立てた。
「どう? ……ふふ、何か飛べそうな感じ」
 こちらにもリボンを纏わせた手首を空に翳せば、魔法の粉でも浴びて浮き上がってしまうのではないかと思う仕上がりに、くるりと伊那はターンを決めて見せる。
「おー似合ってんじゃないか?」
 振り返る水杜の姿は、ハーレムパンツに白のシャツ、金の刺繍の黒ベストにきりりと締めるサッシュベルト。
 バンダナを着ければ、立派な海賊の姿で彼女を出迎える。
 勿論、伊那の方が着替えに時間はかかってしまったのだけれど、それは軽いやり取りで済ませられる。
 水杜は、彼女を待つことにも、エスコートすることにもごく自然に慣れていて。
「よし、付き合う代わりに連れまわすぞ。折角来たんだからな」
 明るく、日向の匂いで笑う。
 付き合わせてる、なんて伊那が考えてしまうより早く。
 地図をあれこれ見て、早速選ぶのはブラッディ―コースターだ。
「これ、…怖くないの?」
 説明文を読むだけで少し引き気味の伊那に、こともなげに水杜は頷く。
「平気だろ、二人で行くんだから」
 そうして、彼が立つのは自然に人通りの多い側で、さして多くも無い人ごみからも彼女を庇うように。
 水杜は、いつもそうしてきた。
 ごく、彼女が小さいころから。
 一つ年上の癖に、何処か頼りなくも可愛らしくもあった――妹、と言うと怒られてしまうだろうか。
 ただ、彼女が転びそうになったら手を添えるし、泣いていたら側に居る。
 泣かせないように、守る。
 始まりは、実の姉が彼女を大事にしろと言ったからだけど。
 今は、何もかもが自然に思える。
 彼女が―――恋を、しても。
 今日は、どれだけか笑わせてやろうと。
 儚い妖精の羽根を、ひどく尊いもののよう指で遊び屈託なく笑う姿は稚くて。
「ね、妖精のゴンドラだって。衣装にぴったりじゃない?」
 彼女も案内板を読んでいたらしく、気に入ったアトラクションを見つけて真っ直ぐ駆け出す。
 ついてきてくれることを、信じ切った背中で妖精の羽根がひらりと揺れていて。
「はいはい、お姫様。あ、今日はフェアリーか?」
 おどけて肩を竦めながらも、彼女が迷わないよう隣へと追いつき一歩先を歩く。

 今までずっと、そうしてきたように。


●魔法の時間
「きゃあああああ―――!!!」
 絹を裂く……よりは、もう少し切実な悲鳴が上がる。
 血塗られた館を縦横無尽に走るローラコースターは、小型なくせになかなか侮れない速度と傾斜で。
 何より、ぎゅっと目を瞑っていると間近で囁く声がして(スピーカーが乗り物に仕込まれているらしい)、
 思わず目を開けてしまうと目の前にぶらんと首がぶら下がっていたりと演出が小憎くも、とてもホラーなのだった。
 殆ど涙を浮かべながらの、疾走五分。
 妖精とか言ってる場合じゃなかった。
「妖精の衣装着てるのにそんな叫んだら大なしだな」
 傍らの水杜は、さして怖くも無いようでむしろ、叫ぶ伊那の顔が面白くて仕方ないとばかり笑いをこらえている。
「もう…、こっちは真剣なんだからね?」
 ベンチにへたり込む勢いで座りながら、むくれてみせると冷たい何かが頬に押し当てられる。
「ほら」
 はいはい、と慣れた調子でいなしながら差し出すのは売店で買ったのだろうオレンジジュース。
 既に蓋をあけたペットボトルをこくん、と一口飲むと確かに叫んで渇いた喉が癒される感じがする。
「……こんなに大きな声出したの、久しぶりかも」
 叫ぶときはそれは必死だから気づかなかったけれど。
「タケ君、」
 わざと、こんなアトラクションを選んでるのかと問う眼差しで見るも、いつもの明るい笑みが返ってくるばかりだ。
 更に何か問おうとしたとき。
 後ろから、ひやり、とした冷気。
 咄嗟に水杜が彼女を庇い振り向くと、血を全身から滴らせたホラーな魔女が青白い肌で立っている。
「え、わ、きゃ」
 動揺する伊那に、水杜が小声で耳打ちする。
「璃音、こーいうときはなんて言うんだ?」
「え、えっと」
 低い声は、彼女の心を宥めてくれる。
 息を吸って、整えて。
 傍らの気配を感じながら、懸命に。
「せーの」
 二人で、息を合わせて。
「トリックオアトリート!!!」
 魔法の呪文は、大きくお腹から声を出して。
「ひいいいいいいいい」
 悲鳴を上げて途端に魔女は退散していく。
 彼女達に、お菓子の雨を降らして。
 ベンチや膝に零れてくる、マシュマロやキャンディ。
「やったな!」
「うん」
 二人で思わずハイタッチして、楽しくって笑い転げてしまう。
 漫画や映画みたいに、ぴったり息が合っていて。
 こんな風に笑ったり大きな声を出したりするのは珍しくて、楽しい。
 これも、ハロウィンの魔法だろうか?


●南瓜、襲撃
 楽しい時間はまだ終わらない。二人で、次のアトラクションはと立ち上がったところ。
「やあやあ、このハロウィンは我らが乗っ取ったーーー!!」
 黒い服にパンプキンヘッドを被った南瓜集団が、武器を手にわらわらとベンチを取り囲む。
「いざ妖精を貰い受ける、ものどもかかれーーー!!」
 彼等が二人でつけるのは、南瓜のバッジ。
 カップル用の特別イベントに参加の印だ。
 故に遠慮なく、南瓜たちはじりじりと二人を円陣の中に押し込めていく。
「……えっと、頑張って戦うのだ、だって」
 アトラクション説明を、小声で読む伊那に、水杜はすらりと腰のカトラスを抜く。
「おー? 暴れるなら任せろよ」
 正眼に刀を構え、背筋を正せば彼も妖精を守り抜く気満々で宣言する。
「よしこい南瓜ども。こいつには指一本触れさせないからな!」
 踊りかかる南瓜の一匹を剣の峰で軽く叩いたかと思えば、次の一匹は蹴り飛ばす。
 相手も訓練を受けたエキストラと言うことで、多少の遠慮はいらないと聞いてはいた。
 文字通り、薙ぎ倒す勢いで南瓜を追い払う姿は凛々しく、海賊と言うよりは姫君を守る騎士の如く獅子奮迅の戦いぶりで。
 ずっと、ずうっと彼は、そうだった。
 見守る伊那の胸のどこかが、硝子の欠片が刺さったみたいに小さく痛む。
 どんな相手にでも、伊那を守る為に躊躇なくまっすぐ向かっていくところ。
 小さいころから、ずっと、ずうっと。
 伊那は、そんな水杜岳という少年が――男性が、好きだった。
 真剣な横顔も、撫でてくれる優しい掌も。
 どんな我儘も、最後には聞いてくれる仕方ないな、って口調と表情も。
 ぜんぶ、ぜんぶ。
 こころのぜんぶで、――だいすきだった。
「こいつは俺が護るんだよ」
 最後の一匹まで蹴散らしたところで、息も切らさずに言い切る姿に。
 思わず、彼女は口を開く。
「―――、あ…」
 心から、零れる言葉の侭に。
 何を。
 何を、言おうとしたのだろう?


●繋いでいた、手
 南瓜も魔女も、いなくなったら二人きりで。
 笑おうとして、うまく笑えなかった。
「…まだ、こんな風には言えないの」
 当たり前に手を引いて、ベンチに座らせてくれる彼に言ったのは、違う言葉。
「優しい人だから。尚更、―――まだ、」
 言い訳にも、自分を責める言葉にも似て。俯く頭に、掌が乗せられる。
 言葉を探すように、少し水杜は黙ってから丁寧に口を開く。
「あのさ、一緒に居る年季が違うんだから最初から俺らみたいに出来る訳、ないだろ?」
 長い、付き合いだった。
 もういつ出会って、どれだけいたか分からない程。
 水杜はこの少女の、弱いところも、心の一番深くに言葉を飲み込む癖も知っている。
 それを的確に読み取り、声に出させてやる方法だって分かっている。
 でもそれは、重ねた距離と時間と関係と、全ての結果で。
「璃音が中々言い出せない口なのはわかるけどさ」
 細い、淡い髪を甘やかす仕草で撫でる。誰にも、彼女の立場は変わってやれない。
 その立ち位置に、水杜はもういない。
 どんな時でも、どんな風にでも。
 この少しばかり意地っ張りで甘えたな少女が、苦しまなければいいと。
 そのためならなんでもしてやろうと、心から思うけれど。
「……うん」
 伏し目がちな眸の、その曇りを本当に払えるのは。
 きっと。
「甘えっぱなしでごめんね」
 そういう彼女に首を振って、彼女の手にリングを置いてやる。
 先程のカボチャ退治の褒賞だ。
 揃いでつけるものを、両方とも彼女に。
 彼のものではないから。


 渡されたリングは、水杜の熱を持って温かかった。
 掌に置かれたものをちゃんと受け取ってしまうには、手を引かなければならない。
 分かっていて、伊那は少しだけ時間を置く。
 この熱を、この時間を。
 繋いだ手を引き剥がすのは、胸がどうしても軋む。
 全部が、秘密の想い。
「――戦ってくれてありがとう。とっても、とっても格好良かった」
 そう、彼を見上げる表情は。
 綺麗に、笑えていただろうか?
 痛みも、曇りも無く、きちんといつもの自分で、いられただろうか。
 きっとうまく笑えてなくても、彼は何も言わない。
「よっしゃ、踊ろうか」
 手を、離したのは彼の方だった。
 指環を置く為に重ねていた掌を引いて、―――今度は無造作に手首を掴む。
 優しく、温かく。
「今日は最後まで何にも考えないで遊び倒そうっ!」
 彼女が立ち止まるより、その先に連れて行ってくれる。
 いつの間にか、音楽は優しいワルツのリズム。
 踊り方なんてわからない、エスコートなんか分からない。
 それでも、楽しく踊れるのだと音楽に身を任せて笑う彼は、沈みゆく太陽より尚更明るくて。
「…ありがとう」
 もう一度、彼女は心の底から口にする。
「んー礼? 物はいらないから何か奢れよ?」
 肩を竦めて、なんでもない素振りで水杜は応える。
 大きく肩を竦めて見せて。
 ――あーあ本当に俺甘いんだなぁ…。
 そんな呟きは、心の中だけ。
 けして彼も、こういう己は嫌いでは無くて。
 目の前の少女を大事に、護ってやりたいのは。
 その為に多少振り回されたって構わないのも。
 ごく、当たり前のことだから。
「次は一緒に行こうって彼に言える様に、頑張る」
 こく、と決意じみて頷く少女をもう一度、撫でてやる。
 海賊と言うよりは、どこか神父めいた衣装が今の彼には似合うのかもしれない。

 けれど、素敵な海賊へ妖精を護るお礼は直ぐに、彼の口に届くから。
 甘い甘い、大事な想いを重ねたパンプキンプディングにかかるカラメルはビターにほろ苦く。
 心の奥に、宝物みたいに秘めていた願いを溶かして作ったように、きっと甘くて。
 
 ダンスの間繋いでいた手は、引き剥がすように離れてゆく。
 それでも彼等は肩を並べ、笑い合い。
 また、別の温度で指は重なる。
 次の日も、その先も。

 たとえ手が、離れても。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
ja2713 / 水杜 岳 / 男 / 15 / ディバインナイト
ja0686 / 伊那 璃音 / 女 / 17 / ダアト

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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切なくも優しい、二人のハロウィン。
一つの絆と、一つの契機。
そんな風にイメージをして書かせて頂きました。
お気に召すもので合ったら幸いです。
何かありましたらお気軽にどうぞ!
機会を、有難うございました。
ハロウィントリッキーノベル -
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エリュシオン
2012年10月24日

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