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『 人情が心に染みて 』
クレアクレイン・クレメンタイン8447)&(登場しない)
「なんで俺がこれを着なきゃいけないんだよ!」
「女の子なんだからちゃんと女の子らしい格好してよね、当然でしょ!」
「…俺はもう出て行く!」
「ちょっと!?」
 今朝も嫁と喧嘩をした。嫁が気に入らないわけではないし、愛している。問題なのは、ブルセラのボンテージみたいな格好をした上でスカートを履かなければならないことだ。
 言っておくが俺は変態ではない。体が女なだけだ。
 翼をたたみ隠すためにボンテージが必要なものだということはわかる。だから、そこまでは最悪、仕方ないから諦めてやってもいい。でも、最近はボーイッシュな格好をしている女だってたくさんいる訳だし、Tシャツにジーンズだって別に構わないはずなのだ。それが、嫁はやたらとスカートを押してくる。というか、女の子っぽい服ばかり着せようとしてくる。そこが気に入らないのだ。
 家を飛び出してきた今日もスカートだし。この足元のスースーする感じが、なんとも言えず不安感を煽る。そして俺が女であることを再認識させて嫌なのだ。

 そんなわけでやってきたのは神戸、三宮の地下街。
 歩くとステーキ屋やラーメン屋に行列が出来ている。中年のくたびれたサラリーマンや爺さんばかりのところを見ると固定ファンなんだろう。そんなところに並ぶ気にもならず、スルーする。俺の行きたい店はここではないのだ。地下街の一角に土佐料理の店があった。いつもどおり流行っているわけではなさそうで行列はなかった。
 ガラガラと引き戸を開けると、板張りの壁に手書きの品書きが貼ってあった。カウンター席に案内してくれた女将がお茶とおしぼりを持ってきて俺に尋ねた。
「ごめんね。土曜日は定食ないけどいいの?」
 しかし、おれはここのご飯が食べたくて来たのだ。
「一品料理とご飯だけでもいい?」
 壁のメニューを見回し遠慮がちに、鰹のタタキとご飯を注文する。
「鰹のタタキとご飯ね」
 女将は笑顔で厨房へと去っていった。
 テーブル席には近隣者と思しき先客の男が2人で話をしていた。
 やることもないのでそっちに耳を傾ける。
「今の政治家はダメだ、自分の事ばかり考えて。そんなだから景気がよくならないんだ」
「そうだな、お上がもう少しこっちのことを考えてくれりゃもう少しましなんだろうけどさ」
「あそこのクリーニング屋も閉店するらしい」
「ここもシャッター商店街になってきたな…」
 どうやら政治やら経済やらの話をしているらしい。あまり興味がないが、そういえばここに来る間にもシャッターの閉じた店が何軒もあったきがする。ただの定休日かと思ったがそういうことだったのか。商売というのは大変だなとしみじみ思う。
「来週から思い切ってうちは定食700円にする」
 片方の男がいきなりそういった。飲食店をやっているのだろうか。だが、この時間にここに居るということは閑古鳥が鳴いているんだろう。驚いたのはもうひとりの男だったようだ。
「何故だ?」
「もうすぐ消費税が上がる。すると税込で900円くらいになる。可哀想だろ?」
「政治がどうこう言っても仕方ない。出来るだけの事をするんだ」
 その2人の会話に俺は痺れた。他力本願でいつまでも良くなるのを待っているのではなく、自助努力をする。カッコいい。心が揺すぶられる思いがした。女心を揺すぶるというのはこういう事なんだろうか?まあ、いい。そんなことよりさっきまで世を憂う冴えないオヤジどもだと思っていた二人がとてもかっこよく見えてきた。
「はい、鰹のタタキとご飯ね」
 感動しているところにご飯がやってきて俺は噛み締めるように食べた。俺が食べている間に、なんとか値上げせずにいられないかとかそんな話をしながら出て行った。
 俺は帰ろうと思った。現状を嘆いても何も変わらない。それよりもこの状態をどうにかするために努力しなきゃいけないんだ。
「ごちそうさま」
 そう言って会計を済ませようとした時、女将が言った。
「1000円になります」
 俺は壁の品書きを見る。
 確かにタタキとご飯だと1200円だ。俺は尋ねた。
「女将、1200円じゃないの?」
「いいのよ。1000円にまけちゃう」
 その言葉にまた俺は感動した。カッコいいぞ女将!体が男だったら絶対口説くレベルにカッコいいぞ。俺はこの女将みたいなカッコいい女になってやるんだ。そう決意して、俺は店をあとにした。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
龍川 那月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年10月25日

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