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『ハロウィンの魔法〜男女逆転秋物語 』
犬乃 さんぽja1272

   ●

 それは折しもハロウィンで賑やかな夜。
「……あれ、これなんやろ」
 小野友真の何気ない一言がきっかけだった。
 キラキラ輝く可愛らしい小瓶に、何やら入っている。揺らすとチャプンといったので、おそらく飲みもの――飲み薬? と思われた。
「薬、っぽいね。あ、こんなところに手紙もあるよ」
 目ざとく見つけたのはさすが忍者ゆえというか、犬乃さんぽ。ややレトロにも感じられる上品なレースペーパーに流暢な文字で、

 『これはハロウィンのささやかなプレゼントです。
  ちょっとした趣向を凝らした、ハロウィン限定の薬。
  魔法はもちろん一晩経てば解けてしまいます。
  では、皆さんで、よきハロウィンをお過ごしください』

 そう、記されてあった。
 よく見れば小瓶の数は五つ。
 ここにいるのは――五人。まるであつらえたかのように、人数分だ。
「わ、なんだか楽しそうなんだよー!」
 藤咲千尋がきゃあっと歓声を上げれば、その横にいる大狗のとうも、
「不思議な薬ってことか! なんだかワクワクするな! いいな!」
 握りこぶしを作りながら、そう言って小瓶を手に取る。
 でも誰よりもその蓋を先に開けたのは小柄な少女、真野縁。
「うに、ドキドキなんだね!」
 蓋を開けるとふわりと漂うのは、甘い甘いかぼちゃの香り。ハロウィンだけに、そういうところも趣向を凝らしてあるらしい。凝った演出だ。
「美味しそうな匂い……」
 そう思わず漏らしたのは千尋。女の子らしく、スイーツ大好き。
「怪しくない……っちゅうと嘘になるけど」
 友真はちょっぴり思案顔。そこにさんぽが、
「なになに、またアイテムがくず鉄にでもなったような難しい顔をして」
 そんな天然な一言を入れて、友真、撃沈。なんでも噂ではくず鉄増産中だとか。……ご愁傷さまです。
「と、とりあえず飲んでみよか!」
 気を取り直し、キリッとした顔で友真が言ってみたものの、周囲の視線が痛い。というか、……生ぬるい。
「おー? ゆーま、飲むのか! 楽しみだな!」
 渡そうとしたのとうにこう言われてしまっては、仕方がない。少し涙目になりながら、
「……ま、俺が先に毒見いきますか」
「わーいゆーまありがとー!」
 古いつきあいの千尋にもそう言われてしまい、もう後に引けない。縁は縁で、じいいいっと見つめてくる。
 ええい、ままよ。
 友真はそれを一気に飲み干した。
 とりあえず毒は無さそうと判断すると、他のみんなもごくごくと飲み干す。
「ぷはー、まずい! もう一杯なんだよ」
 どこかのコマーシャルであったようなフレーズを口にした縁だったが、ふと目の前が暗くなるのを感じた。
 それは本当に、ほんの一瞬だったのだけれど。

   ●

 初めはなんてことなかった。
 が、最初に気づいたのはさんぽだった。
「……あれ?」
 いつも身に着けているセーラー服。元々日本に対する大いなる誤解から発生した装束で、本人も中性的、というより女顔なので普段から女子に勘違いされがちなのだが……
「胸が、きつい? あと、はわわ、ウェストが……っ」
 そこにいたのは、女子も羨むほどのナイスバディの【美少女】。
 男の娘ではない、紛れもなく性別女性である。
「わわわー?!」
 こちらで大きな声を上げているのは千尋。
「のと姉のばいんばいんがぺったんこに……」
 見ると確かにのとうの、それまで確かにあった豊かな胸が跡形もなく消え失せていて、言われてのとうもぺたぺたと自分の体を触って確認する。
「身長はどうも伸びているのにゃ。えっと、あれ、声も?」
 いつもより少し低い。いまはまだみんな服装に関してはあまり頓着せずにいつもとあまり大きな変化のないものだったから、どうなるかといえば、
「……ブラがスッカスカにゃ……」
 当然こうなるわけで。胸周りの大きなのとうはもちろんのこと、千尋も自分の胸を触ってその事実に愕然とする。
 その割に違和感があまりないのは……うん、お察しください。本人、そのことを気にしていますから。
 ……ちなみに縁はさらに残念なくらいの幼児体型であったため、胸のあるなしはもはやあまり関係がないらしい。しかしさらに下を見て、そしておそるおそる触って。
「うに……ある……!」
 そう、女性には絶対ないはずの、ソレが。
「ほっほんとだ! ちょっと、ええっ!?」
 千尋の声。やはり触って確かめたらしい。
「大丈夫、みんな?」
 さんぽがおずおずと声をかける。
 もともと女の子らしいさんぽ、いつもと変わらない……ように見えるが、よく見るとボンキュッポンの超ナイスボディで、
「さんぽかわいいのにゃー!」
 のとうがそれに気づいて頭をなでなでしまくる。……よくよく考えると、扱われかたはいつもと同じだ。誰にも何も言われないの? そう思いつつものとうの可愛がりかたはとても心地よくなる感じのもので、でもなんだか今の自分に言われるととても照れてしまって、
「えっ、あ、可愛くなんか……」
 さんぽは慌てる。というか、この状況で慌てないほうがおかしい。
「さんぽちゃん、わたしよりもスタイルいい……」
 もちろんみんな、さんぽの性別が女性になったことにはとっくに気づいている。ただ可愛がり方を変えないだけ。とはいえ同年代の年頃の少女としては非常に複雑な心中を、千尋は口にする。仕方がない。もともと並の女の子よりもうんと可愛いさんぽが、百パーセントの女性(しかも平均以上のルックス)になってしまっては、突っ込みどころがあまりにも多すぎる。そんな千尋の心中知ってか知らずか、のとうは美少女・さんぽにむぎゅーっと抱きついて笑った。
「さんぽは元が可愛いから、女の子になってもうんと可愛いのにゃー」
 横で見ている縁もこくりと頷いた。こちらは逆に、完璧なるショタっ子と化している。長い長い金髪に碧眼そして低身長、誰が見ても振り返りそうな美少年。その美少年が口を開いた。
「さんぽちゃん……ボイン……」
 外見は完璧美少年でも中身はあくまで縁。かわいい顔しても中身は高校生ゆえ、普通にそんな言葉が零れ落ちる。さんぽは真っ赤だ。
「世は不公平だ……」
 縁だって、幼児体型を気にしていないわけじゃなくて。自分のぺったんこな胸(いまは少年になっているのでいつもよりさらにすかすかだが)を触り、そしてさんぽの豊満な胸を羨望の眼差しで見つめる。いやむしろ、指をわきわき動かして……わしづかみにしようとする。
「えっ、そんな事言われても……!?」
 女性に対する耐性がそう強いわけではないので、オロオロしてしまうさんぽであった。

 ……さて。
 賢明な方はわかるかと思うが、ここまで友真の描写が一切ない。
 これは飲み干してすぐ、みんなが変化に気づく前にすっ転んでしまい、しばらく置いてけぼりにされたからであるのだが。
 というか、誰も気づいていなかったらしい。実に残念な話である。
「うーん……」
 ようやくうなり声を上げつつ、友真が身体を起こす。その姿は――
 もともと決して大柄とはいえない体格はいっそう華奢な雰囲気に。
 さらさらの髪は、なぜか知らないけれど背中の中ほどまでに伸び。
 まつげは長く、顔全体もいっそう女性的な香りをまとわせ。
 そして胸はささやかながらも、確かに膨らみは存在し。
 ――つまりのところ、さんぽとはカテゴリは違うが、こちらもまた美少女になっていた。
 さんぽがグラマラス美少女なら、こちらはスレンダー美少女というべきか。
「あれ、ゆーまいつから寝てたっけ、ってかわいいー!」
 さっきまでショタっ子縁をなでなでしまくっていた千尋が目を輝かせて友真に飛びつく。千尋の方はポニーテイルが逆に可愛らしさを演出する、古風な元服前の少年という風情であり、これはこれで可愛いのだが本人はそれがあまりわかっていないようだ。
 のとうや縁もおお、と目を見張る。
「おお、ゆーま……美少女だな! にひひ」
「ゆーママ! ハグハグー!」
 二人も抱きつきにかかろうとする。当然驚くのは友真である。いつも見ている友人たち(ただし何となくどこか違う)がかわいいを連呼しながら抱きついてきているのだから。
 あ、ちなみに友真本人、自分の体が女性化していることにまだ気づいていない。なので、美少女という単語で反応したのはもちろん友真自身で、
「え、ほんま? どこどこ、どこにおるん?」
 と周囲をきょろきょろ見回している。まさか自分に向けられた言葉とは、露程も思っていないらしい。くつくつと笑いながらのとうと縁が手鏡を差し出す。不思議そうな顔をして受け取った友真は、次の瞬間――叫ばずにはいられなかった。
「ちょ、これ、な……っ!?」
 慌ててぺたぺたと自分の体を確認する。いや、たぶんそれが本来の反応である。みんな久遠ヶ原学園に来てから性別迷子を見すぎたせいか、いわゆる男体化、女体化に対する耐性が強くなっているというか、そんな感じで。
 しかし、開き直るのが早いのもまた友真であった。
 いや、久遠ヶ原の学生というものはえてしてみんなそうなのかもしれないけれど。

「こう言うんは、楽しまな損やなぁ」
 そう言ってみんなの顔をまじまじと見つめる。
「さんぽちゃんは一段と可愛くなった……な……?」
 恋人はアレだが別に女の子に興味のない友真ではない。さんぽを見て、一番最初に視線に入るのは顔ではなく、いかにも西欧の血が混じったという感じの胸元。
 その視線に気づいたのか、さんぽはきゃっと思わず手で胸元を隠す。その仕草、完璧女の子。友真ももちろん慌てて目をそらしたが。
「そんな、小野くんこそ可愛い……ううん、綺麗っていうのかな?」
 身長差もあって上目遣いに友真をみつめるさんぽ。たしかに今の友真はいつもの子供っぽさもありながら、どこか綺麗と感じさせるものがあって、これまた綺麗な微笑みを浮かべる。
「マジでか、ありがとな」
 そう言って投げキッス。このあたりの明るさが彼がなんのかんのと好かれる一因だろう。
 一方千尋はそんな元男性ふたりを脇において、縁に急接近。
 普段はあまり言わないけれど、実はショタっ子が好きな千尋である。金髪碧眼美少年と化した友人・縁を見てどう思ったか……推して知るべし。
「もしかしてもしかしなくてもショタボーイ、だよねだよねっ!? 縁ちゃん、初等部の制服、着てみない? ねえねえっ」
 さっきからずっとこの調子である。
 そんな縁はというと、そんな千尋に驚きつつも、こちらはこちらで友真を見てハグしてもらいたそうな表情を浮かべている。
「せっちゃん、なんだか息が荒いんだよ!? ねー、ゆーママー?」
 その無邪気な笑顔と甘えん坊っぽい口調はいつもの縁のままで、友真は笑顔を浮かべつつ、しかし優しくこう言った。ちょっと漫画的な表現をすると、顔に青い縦線が入ったような表情でもあるのだが、笑顔ではある。間違いなく。小柄な縁の頭をワシワシと撫でて、
「縁ちゃん、その呼び方定着しすぎやろ……」
 そう、諭すようにたしなめてみる。
 しかし縁はきょとんとした顔で、そしてまたすぐに笑顔を浮かべると、
「だってゆーママはゆーママだもん♪」
 非常に明快で、非常に簡潔で、非常に無邪気な回答。こう答えられると、二の句もつげなくなる。友真も友真で普段の縁を知っているから、それが悪意のあるものだとは思うわけもなく。苦笑しながら、また頭をワシワシと撫でる。
「しょうがないなー。縁ちゃんに言われたら、なんかゆるしてしまうなぁ」
 その声はいつもの友真らしい、優しいもの。友真はからかわれやすい少年だが、それはそれだけ純粋で、人を疑うことを知らないから。人に好かれるというのは、そこにいるだけでなんだか心が柔らかくなるから。
 のとうはそんな二人を見て、にこにこと笑っている。
「うんうん、仲よきことはいいことなのな」
 でも自分をあらためて鏡で見て、
「それにしても、もっとイッケメーンになるはずが……」
 とちょっぴりうなだれる。なんだか犬のようなイメージを受けるのは、その名前ゆえ、というだけではないだろう。人懐っこく表情をくるくるとかえるさまは、本当に子犬のようだ。
「大狗先輩は……うん、かっこ……可愛い?」
 美少女・さんぽにそう言われ、やっぱりかぁ、と肩を落とす。それもしゅんとなった子犬を彷彿とさせて、だからこそかっこ良さよりも可愛らしさが先に出るのかもしれないなあ、などとさんぽは考えてしまう。
「さんぽは可愛いのにゃ」
 そうやってまたなでなで。
 こういう何気ないスキンシップが、この五人の仲の良さを非常に感じさせる。男女とか、そういう枠を超えて、ただただ楽しく、愉快に。

   ●

「ところで、……股はやっぱり変な感じなのにゃ……取りたいけど、とれるかな」
 ボソリと言ったのとうの言葉に、本来の性別男子二人がさっと顔を青ざめる。
「あ、うんうんわかるわかる。なんか変な感じだよねー! あとさ、よく痛いって言うけど、ホントに痛いのかな? かな?」
 千尋は千尋で興味津々。さんぽと友真はさらにぷるぷると震えだした。……口にしないところを見ると、よっぽどのことらしいが、なにぶん女性にはわからないことである。
 かと思えば、縁はそんなことは蚊帳の外という顔でほんわかと笑っている。そういう生理現象よりも、この奇妙な出来事を楽しむほうが、彼女の性に合っているらしい。
「ええっと、蹴ってみたら分かるかなー?」
「千尋ちゃん……そ、その、それだけはやめとき?」
 無邪気な千尋の言葉にとりあえず優しく接しようとする。が、
「そうなの?」
 ときょとんとした顔で尋ねられてしまい、本人はことの重大さをあまり理解していない様子だ。友真は昔とった杵柄と言おうか、少しばかりドスの利いた声で
「待て、それだけはやめろ、ほんまやめろ、死ぬから……俺の精神が」
 真顔でそう言い終わると思わず内股になる。想像しただけで痛みが走ったのだろうか、ひどく青ざめているのが逆に申し訳ない。

 とりあえず股間の恐怖は回避できたものの、いまの服装はさすがに違和感がある。
 せっかくハロウィンなんだしと、それぞれが用意していた仮装に身を包むことにした。

   ●

 さんぽと友真は女物の服を手渡され、瞬きをせざるを得ない。
 ふわふわひらひらのスカートに、パフスリーブのブラウス。色はどちらも黒とオレンジで、いかにもハロウィンカラーだ。
 けれど、ソレよりも本人たちが戸惑ったのは、普段つけ慣れない下着。
 有り体に言えばブラジャーである。
「これ……やっぱり付けないとヘンかな」
 さんぽが手にとったのは、普段のとうがつけているものとほぼ同じサイズ。どう見ても平均以上ですありがとうございました。
 一方の友真が手にしているのは仲の良い千尋のそれと同じくらいのもの。もちろん本人はそんな事まで知らないが、さんぽのそれに比べたら圧倒的に控えめなサイズなのは一目瞭然で、思わず
「さんぽちゃん……ほんまにでっかいな……」
 と、セクハラにも聞こえかねない発言。
 けれどふたりとも、当然ながらブラジャーなど使ったことがないわけで。
「ええと、これでいいのかな?」
「……自信ないけど、ええんちゃうかな?」
 おそるおそるつけてみたさんぽと友真。
「なんだかけっこう窮屈なんだね……」
「女子は毎日これつけてるんかー、すごいな」
 思わずそんなことを言ってしまったり。
 ブラウスとスカート、それに誰かが用意したニーソックスをしっかり身に着けて、ふたりはみんなの元へと戻った。
 ……スカートが緩いとかブラウスがきついとか、女子が聞いたら怒りそうな発言もいくつかあったけれど、とりあえずはスルーしておこう。

   ●

「トリック・オア・トリート!」
 そんな声が町にこだまする夜。
 普段見ないような色どりの、仮装に身を包んだ少年少女たちが、今日ばかりはと街中を楽しそうに闊歩する。
 その中にあっても、五人組は目立っていた。
 金髪ポニーテイルのナイスバディな美少女・さんぽ。
 中性的なスレンダー美少女・友真。
 この二人はお揃いの魔女の装い。
 いっぽうの男子――千尋・のとう・縁の三人は、ドラキュラを彷彿とさせる黒いマント姿。マントの中もゴシック調のスーツである。
 活き活きした少年らしさが魅力的なのとう。
 ポニーテイルが逆に古風な雰囲気も醸し出す千尋。
 そして長い髪を軽く縛ったショタっ子な縁。
「それにしてもほんま、ハロウィンでよかったなー」
 友真がしみじみとつぶやく。
 ハロウィンであるからこそ、こういった仮装めいた服装でいろいろごまかせるし、何よりいつもと趣きの違う集団がいても怪しまれることが少ない。
「なによりおもしろいんだよー? みんなカッコイイし、かわいいし」
 縁の言葉もごもっとも。
 しかしなぜかのとうは友真の身体をまじまじと見つめて、そして言う。
「……あんまん……」
 びくう、と友真が顔を青ざめた。
 あんまん。
 ただこれだけなら中華まんを指すのであろうが、のとうが先ほどまで見ていたものを思い出してほしい。
 友真である。
 スレンダー美少女の身体である。
 ぶっちゃけ、ささやかな胸である。
 千尋もポンと手をうった。意味がすぐに理解できたらしい。
「あ、じゃあ不肖藤咲千尋、ゆーまのためにあんまん買ってきまーす!」
 運がいいのか悪いのか、目と鼻の先にはコンビニエンスストア。
 あっという間に戻ってくると、その手の中には美味しそうな中華まんが人数分プラスアルファ。
 もうそろそろ寒くなる季節、確かに温かい中華まんで冷えた身体を暖めたいというのもわかるけれど、数がやや多め。
「それじゃあとりあえず、ちょっと人のこないとこ行こう、ゆーママ♪」
 縁もすっかり乗り気である。つまり逃げ道はほとんどないわけで。
「さんぽちゃん……っ、なんか俺、いますっごい嫌な予感しかせーへんのやけど……」
 友真が引きつった顔でさんぽに声をかけるが、さんぽもなんとも言えない。これから友真の身に起きることを想像して、ただポンと肩を叩くのみであった。

 ほど近くにあった公園の片隅。
 みんなの口にはホカホカのあんまん。
 そしてのとうと縁の手の中には、もう一つずつ――ホカホカの、あんまん。
「これを胸に詰めるんだね!」
 縁の無邪気な言葉。引きつる友真の顔。
 そう、彼女(?)たちはこのホカホカあんまんを友真のささやかな胸に入れて、見た目のサイズアップを図ろうとしているのである。
「それ熱い! 絶対それ熱いから!」
 友真の声は今にも泣きそうだ。気持ちはわからなくはない。が、この状況においてヒエラルキーの最底辺はどう見ても友真である――残念な話だが。
「大丈夫、火傷したらライトヒールかけてあげるから!」
 縁がにっこり笑う。美少女――いまはショタ系美少年だが――の、無邪気極まりない笑顔。当然やってくれるよね? という無言の圧力にも見える。
 友真はかくりと肩を落とした。
 このメンバーには逆らえない……
 ちなみに現在の二人のショットを千尋とのとうがそれぞれ写真に収めていたりするのも気づいていないようだ……
 結局すんでのところでさんぽに止められたものの、冷や汗をかいたのは間違いなかった。

   ●

「でも、ゆーまかわいいよねー。綺麗っていうほうが正解かな」
 ひと通り街を練り歩いて部屋に戻ったあと、千尋がふわーっと笑う。他のみんなもうんうんと頷いた。
「さんぽもすっかり可愛くなったのにゃ。もともと可愛かったけど」
 のとうも笑って、すっとさんぽの頬に手を伸ばす。それが妙に男前に見えるものだから、女性になった二人はドギマギだ。
「お嬢様、お茶なんていかがですか?」
 腹ぺこ属性の縁がそう笑いつつもポケットからキャンディを取り出し、立ち上がって紅茶を淹れる準備をはじめる。もちろん自分の口にもキャンディを入れながら、だけど。
 趣向の違う美少年、三名。
 それがふたりの少女をまるで壊れ物か何かのように扱い、そのさまは執事喫茶か何かのような趣きすらある。
 しかもゴシックな感じのスーツを身にまとっているのだ。
(執事というか……吸血鬼喫茶、ゆーか……)
 あるいはホストクラブか。
 そんな単語がふと脳裏に浮かぶ。
 こんな機会はもう二度とないだろうし、誰もがみんなノリよく対応していた。
「お嬢様、美味しいお菓子もどうぞ」
「こちらの果物もおいしいですよ」
 仲間に向かってトリック・オア・トリート、なんて言ったわけではないけれど。みんなが示し合わせたかのように、お菓子やお茶を勧めてくる。
「たまにはこういうのも、楽しいかもしれないねっ、あははっ」
 さんぽはそれにうまく順応して、千尋の用意していたクッキーを摘む。
「楽しいのだっ。ゆーまもちゃんと食べないと、いたずらするのにゃ。な、『オヒメサマ』っ」
 のとうも楽しそうにそう言って、縁のキャンディを口に。
 今ののとうたちから見れば友真とさんぽはかわいいお姫様。いつもかわいいと思っているが、いっそうかわいいので、いっそう愛でてしまう。
 紅茶を淹れて戻ってきた縁がにっこりと笑う。
「とっておきのダージリンなんだよ、しっかり味わってねー!」
 確かに香りの良い紅茶に、みんながうっとりとする。千尋がそれをひとくち飲めば、
「おいしーい! ほら、飲まないと損なんだよーっ」
 そう言って二人を急かす。促されるままにこくりと二人が口にすれば、口の中にふわり広がる紅茶の香り。
「なんだか……こういうのもいいね……」
 女の子はいつだってお姫様。さんぽがそんな言葉を思い出して、微笑む。
「……女の子って、こういう気分になるんやなー」
 友真もなんだかんだと弄られはするものの、悪い気分ではないらしい。紅茶を堪能しながら、優しい口調でそう言った。
 そして、だんだんと眠気が襲ってきて――

   ●

「あ、れ?」
 気がつくと、いつもの五人だった。
 服装もちゃんと、いつものまんま。
 身体のどこにもおかしいところはない。
「夢だったのかなー? やっぱり」
 千尋が首を傾げながら、手元のデジタルカメラをいじる。
 ……いや、夢ではなかったようだ。
 そこには確かに少女の姿をして街を闊歩するさんぽと友真の姿。
 少年の姿をした、のとうと縁、そして千尋自身。
「……夢じゃなかったのなっ」
「だねー!」
 少女三人はからからと笑顔。少年たちも、楽しかったと笑う。
「それじゃあ、そろそろ時間も遅いから、解散かな?」
 さんぽが言うと、ちょっと待ってと友真が制する。
「せっかくのハロウィンなんやし、この言葉で締めへん?」
 ああ、と全員が納得する。
 今日はハロウィン。せっかくのお祭り。それならば、最後の言葉は。
 せーの、でみんなで叫ぶ。

「「「トリック・オア・トリート!!」」」

 一晩きりの、愉快な祭りは終わる。
 でも、この仲間たちとの楽しい時間は、まだまだ続きそうだ。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3294 / 真野 縁 / 女(→男) / 17歳 / アストラルヴァンガード】
【ja3056 / 大狗 のとう / 女(→男) / 18歳 / ルインズブレイド】
【ja6901 / 小野友真 / 男(→女) / 17歳 / インフィルトレイター】
【ja8564 / 藤咲千尋 / 女(→男) / 16歳 / インフィルトレイター】
【ja1272 / 犬乃 さんぽ / 男(→女) / 16歳 / 鬼道忍軍】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
今回は五人様での発注ありがとうございました!
思わず性転換後のお互いの性差についてのシーンに文字数を費やしすぎたかな、と思わなくもなかったり。
また、折角なのでハロウィンらしい仮装などのシーンを挿入させてもらいました。
アドリブ多めになってしまったかもしれませんが、楽しんでいただければ、嬉しいです。

(追記)
訂正いたしました、混乱させてしまい申し訳ありませんでした。
ハロウィントリッキーノベル -
四月朔日さくら クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年11月05日

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