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『人生は大はしゃぎ 』
クレアクレイン・クレメンタイン8447)&碧摩・蓮(NPCA009)
住宅街にひっそりと佇む瀟洒なバー。生前の鶴橋亀造が足繁く通っていたその場所でクレアクレイン・クレメンタインは一人グラスを傾けていた。
流れるジャズ。顔見知りのマスター。一杯目は必ずこれと決めているカクテル。いつもと違うのは味わっている人間が鶴橋亀造ではなく、クレアクレイン・クレメンタインだという一点だけだ。

俯き気味にグラスをあけるクレアの目の前ににチェイサーが差し出される。
不審な顔をするクレアにマスターは微笑みかける。
「お酒がおいしくなる魔法の水です」
「……ここの酒はいつでもうまいってばよ」
今度はマスターがおや、という顔をする。
「以前いらしたことが?」
「来てたよ。常連と言ってもいいくらい、通ってた」
クレアはそう答え、グラスをあおる。
マスターは困惑した笑みを浮かべる。
「こんな素敵な方が常連だったら、覚えてないわけがないのですが」
クレアはカウンターに肘を付き、マスターを見あげる。
「以前の俺は超肉食系男子だったからな。でも今じゃこんな姿になっちまった」
「……冗談もお上手なんですね」
冗談なんかじゃ、と返す言葉に別の声が被さる。
「あれだろ? ニューハーフってやつ」
クレアとマスターが視線を向けた先には得意顔の男性が親指を立てていた。
男性は自説を展開する。
「要はこういうことだろ? この店にはネーチャンが男だった時に通ってた。シリツを受け外見は女になった。だがそれが成功してるかどうかはわからない。だからそれを確かめるためにここに来た」
男性は二人を交互に見、胸を張る。
「どうだ? 完璧な推理だろ」
クレアはそれを聞き、カウンターを叩いて立ち上がる。
「バーロー! 俺は!」
クレアの剣幕に男性は後ずさる。
「俺は……」
クレアの声が小さくなる。
「何だっけ……?」
マスターと男性がずっこける。
クレアは代金をカウンターに置き、店を出た。

クレアは早足で住宅街を歩いている。ヒールの音が道に響く。
(俺は、クレアじゃなきゃいけないのか……?)
今の肉体は確かにクレアクレイン・クレメンタインのものだ。しかし精神は鶴橋亀造なのだ。
(俺は今までクレアに義理立てして、クレアらしい外見を維持しようと努力してた。でも、もっと鶴橋亀造らしくあってもいいんじゃねーか? っていうか、そうする!)
クレアは角のガラス張りの店のドアを勢いよく開け、大声を上げる。
「頼もう!」
理髪店の中にいた人々が一斉にクレアのほうを見る。クレアはなおも大声で続ける。
「この美しいワンレングスをばっさりいってくれ! スキンヘッドがいい! おしゃれボウズじゃだめだぜ! 丸刈りだ、丸刈り!」
飛んで来た店員たちがクレアを力づくで店の外に押し出そうとし、もみあいになる。
「他の方の迷惑になりますし」
「酒気帯びの方はご遠慮ください」
クレアはなおも叫ぶ。
「金ならある!」
「そういう問題じゃないですし」
「髪を切るのが仕事だろ!」
「女性を丸坊主にするのは管轄外です!」
クレアは恫喝する。
「俺が女に見えるのか!」
店員は言い返す。
「それ以外には見えません!」
それを聞いてクレアはがくりと肩を落とす。
「邪魔したな……」
とぼとぼとその場を去るクレア。
「なんだったんだ、あれ?」
店員はつぶやいた。

クレアこと亀造が次に足を止めたのは衣料品の量販店だ。
肉食系で洒落者だった亀造にはなじみのない系統の店だ。亀造は店内をきょろきょろと見回しながら店内をうろつく。
(クレアって細っこいからな…でも出るとこ出てるし、ホントいい女だぜ。って、俺だけど!)
クレアになってからの洋服は全て見立ててもらっていたため亀造にはサイズがピンと来ない。ズボンを手に取ってみるが大きいのか小さいのか全く見当がつかない。意味もなくサイズを確かめては戻すという行動を繰り返す。
それが不審に映ったのだろう、店員が店長に耳打ちする。
「店長、ホラ」
店長と呼ばれた男がクレアを見て目をすがめる。
「背中、膨れてないか」
「……ですね」
「万引きか。店出たら、捕獲すんぞ」
店員が小さくうなずく。
結局洋服の購入を諦め、店の外に出たクレアの後姿に店長が声を掛ける。
「お客様」
クレアが振り向く。
店長が作り笑顔で言う。
「すみませんが少し背中、見せてもらえませんかね?」
「はあ?」
「洋服の下に、ね?」
クレアにはエルフの羽が生えている。
(羽フェチ? っていうか、変質者!)
クレアはきびすを返して走り出す。
クレアが逃げたのは服の下に万引きした商品を隠しているせいだと勘違いした店長はその後を追いかける。
「ゴルァァァァ! 待てぇぇぇ!」
「待てるかボケェェエ!」
住宅街にハイヒールとサンダルの音が走り抜けてゆく。

閉店の札が掛けられたアンティークショップ・レン。
奥から小さな光が漏れている。
店主である碧摩 蓮(へきま れん)はずぶぬれのクレアを見て呆れ顔だ。
「で、追い詰められた屋上からエルフの羽で飛んで逃げようとしたけど失敗して河に落ちた、と」
女子高生はクレアをバスタオルで拭きながら言う。
「いい加減慣れなさいよ。クレアに」
「だって、だってよう」
クレアは納得がいかないという顔だ。
「ほらほら、クレアに似合うのはこういうのだよ」
女子高生はクレアの羽を器用に畳み、レオタードに押し込む。蓮がクレアに布切れを手渡す。
「腰はブルマの裾で縛っときな。ホレ」
クレアはおとなしくはきながらつぶやく。
「何でこんなモンが」
蓮はにやりと笑い、答える。
「特殊な客層の供給をあんたらの需要が支えてんだよ」
「それ、逆じゃねーのか……?」
女子高生は慣れた手つきでクレアにセーラー服を着せ付ける。
「ほら、できたわよ」
女子高生はクレアを姿見の前に連れてゆく。
クレアの中の亀造は思わず声に出して言う。
「やっぱり、かわいいよなあ」
女子高生は得意げだ。
「でしょ? 観念なさい」
亀造は鏡に向かって笑い掛けた。
<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
稲庭ちぐら クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年11月06日

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