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『ようこそ、小さな町の小さな神社へ。 』
セレシュ・ウィーラー8538)&秋野・藤(NPC4941)


 大して高くも無い丘の上、石段を少しばかり登ればそこが目的地の神社だ。古びた鳥居にさして立派でもない、けれども精一杯の手入れが行き届いた社殿があるその神社。御町内をそれなりに守護しているらしい神様のおわす、寂れてはいるが決して人の行き来が絶えた訳でもない、そういう神社であった。名を、ふじがみ神社、と言う。
 鳥居の前で足を止めて、改めてこの寂れた神社を見遣るセレシュに早速気付いたのか、制服姿の男子高校生が元気よく手を振っていた。
「おお、誰かと思えばセレシュちゃんだ。どしたの? お賽銭でもくれるの?」
「二言目が『お賽銭』ってのはどうなん、藤…」
 年上のはずのセレシュの事を臆面もなく「ちゃん」付で気安く呼ぶ少年は、この神社の「跡取り息子」、秋野藤だ。数回顔を合わせた際、一応はセレシュの方から「うちは21歳なんやけど」とやんわり年齢を伝えてみたりもしたのだが、彼の方は「セレシュちゃん」呼ばわりを改める積りは欠片もないようだった。まぁ、そもそも、神社の主神であるところの二柱の神様を平然と呼び捨てたり「ちゃん」付で呼んでいるくらいなので、そういう性格なのだろう、とセレシュも納得することにしている。
「え、お賽銭じゃないなら何?」
「近くまで来たからお参りと、あとまぁ、軽く挨拶ってとこやな。何度かこっち来たけど、うち、この神社の人らに挨拶しとらんやろ」
 ちなみにこの「人ら」にはうっかり神様まで含まれている。
「お参りか。じゃあお賽銭あるんだね」
「五円でええか」
「いいんだよセレシュちゃん、遠慮しないで紙のお金を投げてもいいんだ」
「ははは、この子爽やかな笑顔で下種いこと言いよるわー引くわー」
 どこまでも賽銭の金額にこだわる藤は捨て置いて、一先ずセレシュは社殿に向かう。小さいながら手入れの行き届いた拝殿で鈴を大きく鳴らしてお賽銭を投げ込もうとして――ふと目を上げる。
 まだそう何度もここに参拝した訳ではない。が、今まではこうして鈴を鳴らすと必ず彼女の視界の端には、社殿の軒先からぶら下がる白い足が見えたのだ。それが、今日は見えない。
 不思議に思いながらも柏手を打ち、一礼して振り返る。そしてセレシュは首を傾げた。
「なぁ藤、今日は神様ら、居らんの?」
「何で?」
「この間はお参りした時、振り返ったら居ったしなぁ。その前も。ウチがここで頭下げると必ず顔出しとったやんか」
 ちなみにこの神社の主神がどうやら2柱居るらしいことにセレシュは早々に気付いている。一人は男性。セレシュも顔は見知っている。既に本体であるご神木を切り倒され、死を待つばかりの、儚い雰囲気を持った桜の古木の精霊だ。基本的には眠っている時間が多いようだが、どうも人懐こい性格をしているようで、少ない起床時間とセレシュの訪問のタイミングが合うと気楽に顔を出してはセレシュに何くれと声をかけてくる。彼ほど力の弱っている「神様」は、姿を見ることが出来る人間も恐らくは限られるのだろうし、セレシュの様にその手の感性が強い――神様との交流が可能な存在が嬉しいのだろう。
 しかしもう一方は――セレシュは姿しか見たことが無く、詳しくはない。艶やかな藤色の着物を纏った女性らしいということは何となく察しがついていたが、セレシュが気付くや否やいつも姿が消えてしまうのだ。どうもあの桜の古木の神様とは真逆に、気安く人と交流するタイプではないらしい。
「あー、二人とも今日は居ないんだよ」
 はたして、セレシュに返された回答は実にあっけらかんとした内容だった。藤にしてみればそれは珍しいことではないらしい。
「一人はいつものことだけど、ちょっと寝込んでんだ。もう一方は散歩かな」
 そこまで言ってから今度は藤の方が首を傾げた。
「セレシュちゃん、あいつのこと見えてるんだ。珍しいね。あいつ人間嫌いだし、人前には姿見せないことが多いのに」
 その手のカンが強い人でもなかなか視えないんだけど、と、藤は本当に感心した様子でセレシュを眺めている。
「…そうなん? うちがお参りすると、結構な確率で見るような気がしたけど」
「…何だろ、セレシュちゃんのこと気に入ってんのかな」
 人間嫌いだ、と藤は評した。もしかすると自分が一応は「人外」の範疇に入ることが原因かもしれないとは思ったが、強いてひけらかすような内容でもないのでセレシュはその点については沈黙を守る。それより先の藤の発言内容の方が気になった。
「つーか、散歩とか行くんかここの神様」
「え、普通行くでしょ。神様だって買い物したり会議に行ったり散歩したり、普通だよ」
 そろそろ十月だから、旅行の準備だってあるし。と、あくまで藤は真顔である。この国の神様はどこか俗っぽく、酷く人間っぽい、というのがセレシュの雑感で、まぁセレシュがかつて守護していた古い失われた神様達だってなかなかに人間臭い一面を持ってはいたと思うし、あの古い信仰と似たモノがこの島国で堂々と息づいたままだと考えるとこれは結構な奇縁なのかもしれない。
「十月? 神無月、やったか。聞いたことくらいはあるけど」
 この国では何でも一年に一度、全国津々浦々の神々が出雲で一堂に介してあれやこれやを話し合う会議があるのだそうだ。ゆえに、十月は出雲以外の土地では神々が一気に出払い、「神の無い月」となる。
「うんそう。セレシュちゃんよく知ってるねぇ。出雲に顔出さないといけないんだよ。それでこの間も張り切って着物のデザイン考えてた。あ、良かったら今度セレシュちゃんも相談乗ってあげてくれない?」
「着物の? 何でウチに訊くんや。あんたんとこ、女の子の同居人もおるやないの、そっちに訊いた方が早いんとちゃうん?」
 しかも確か、あの居候の少女――藤よりも年上の彼女は「巫女見習い」という立場だったはずで、神様との会話や神様の依頼を引き受けて助言したりするのも職務のうちではなかろうか。セレシュはそんなことを思っての発言だったのが、藤は「あーうん」と曖昧に濁したような返事をした。
「…うん、まぁ、基本的にはあの人が相談に乗ってくれてるんだけどさ」
「なんかあったんか?」
「それがさー。二人とも結構、ズケズケ物を言うタイプというか。毒舌っていうか…あ、いや、勘違いしちゃ駄目だよセレシュちゃん、俺はあの人達のそういうとこがすごく好きなんだ」
「ああはいはい。その情報は心の底からどうでもええわー」
「とにかく二人ともキツい性格だからさ、仲がいい時はすごく仲良しなんだけど、一度意見が割れるとそれはもう大変なことに」
 キツい性格の女性二人、と聞けば、おぼろげにでもセレシュにも事情は察せられた。
「…そら大変やなぁ」
「セレシュちゃん、他人事だと思ってるだろ…」
「そやかて、他人事やもん。…つーかもう一人おるやろ、しょっちゅうここで爆発事故起こしてる傍迷惑なのが」
 居候ではないものの、この神社に頻繁に姿を見せる女子高生を思い浮かべながらセレシュは更にそう告げてみる。が、これについても藤は苦笑いするだけだった。
「あー、駄目。あいつ錬金術オタクでなー、それ以外には全く興味が無いからなー」
「ああ、成程なぁ」
「それにこの間、あの馬鹿、境内でまた派手にやらかしてなー。作ったゴーレムが言うこと聞かなくて鳥居を喰われそうになって。…あれはあれでウチの女神様、すげぇ怒ってたから」
「あのな、今度言おうと思っててんけど。前向きに取り組むのはええことやけど、も少しあの子は周りを見るべきやで…?」 
 勉強熱心も研究熱心も良いことだとセレシュは思う。彼女とて魔道具を扱っているからこそ、余計にそう思う。実験、実証を大切にするのも大変素晴らしい。ただし。
「あの子は周りに迷惑をばら撒き過ぎとちゃうんか…」
「奇遇だなセレシュちゃん、俺も心底そー思ってる。…多少の事だとちっとも反省しないしなぁ」
「ああ、うん…。正直、うちに石化させられても懲りへんかったんは見上げた根性やわ…」
「あの根性、別の方に向けられたらよかったのにな…」
「そやね…」
 一歩間違えたらあの子はとんでもない大悪党になるのではなかろうか。
 セレシュはそんなことを考えて、他人のことなのに眩暈がするような気がした。


 境内で二人、そんなことをのんびりと語らってしばし。不意に遠くから華やいだ気配を感じてセレシュは顔を上げた。時折この神社で感じる、藤が「うちの女神様」と呼ぶあの姫神の気配だ、とセレシュには察せられる。そう藤に告げてみると、「セレシュちゃんはホントその手のカンが強いよね」と感心したような言葉と共に、こう答えた。
「どっかでウチの女神様が笑ってるんだろ。あの人は現役バリバリの神様だから、笑えば町中の精霊が呼応して喜ぶから」
「…一応神様なんやねぇ」
「それはもう、勿論! ご利益はいまいちだけどな!」
「そんなこと胸張って言わんでええわ」
 笑って言いながら、拝殿の階段に腰を下ろしていたセレシュは頬杖をついて藤を見遣る。この少年は、居候の少女から度々「神様馬鹿」などと揶揄もされるが、
(うん、ええ子やなぁ)
 寂れた神社を熱心に守ろうとしている気概についてはセレシュは素直に評価してもいい、と思っていた。それに、彼の素直な神様への愛着は、どこか彼女の胸に懐かしいものを呼び起こす。
「…そうか、笑っとるんかぁ」
 ――自分が守り続けた、あの神殿はどうだったろうか。
 もう記憶は遠く、錆びついてしまっている。
 が、セレシュの感傷は一瞬であった。次の瞬間、ぐっと握り拳をした藤が馬鹿なことを言いだしたためである。
「よし、ご機嫌良さそうだし、今日は何とかしてウチの嫁と仲直りして貰わないと」
「うん、藤、居候さんを嫁呼ばわりはやめとき」
 うちの嫁、と彼が発言するたびに、居候の彼女は第三者のセレシュが居る時ですら凄まじく冷たい視線で睨むわ容赦なく鞄でぶん殴るわ、明らかに嫌がっているのだが。
「何で! 実際俺の未来のお嫁さんなんだよ!?」
 藤の方は万事この調子である。
「…あのなぁ、当人の意思っちゅうもんがあってな…」
「え、だってウチに嫁に来るのが一番じゃん。あれだけの憑依体質、神社で活かさなくてどうするんだよ」
「ああ、そういうとこが嫌がられとるんやなぁ藤、うん、あの錬金術師見習いも大概やけどあんたも周りが見えとらんと思うわ」
 えー、何それ酷い、と藤が口を尖らせる。
 その背後に――
 鞄を振りかぶる巫女見習いの女子高生の姿を見とめて、しかしセレシュは笑顔で沈黙を保った。無言のまま、サムズアップ。
 鈍い音が響いて、藤が倒れるまで、あと3秒。





PCシチュエーションノベル(シングル) -
夜狐 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年11月07日

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