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『大食行脚…これも修行!? 』
天・孔雀7740)&(登場しない)

 押し寄せるような人ごみの中、ガイドブックを片手に握り締めた一人の青年が、目の前の光景を見詰めている。
 修行僧の着る法衣をまとい手には錫杖を持った、このお台場には到底似つかわしくない身形をしているこの青年の名は、天・孔雀と言う。
 孔雀は手にしていたガイドブックをパラパラとめくり目を輝かせていた。
 彼が目にしているのはどれもフード店ばかり。輝いている眼差しはそこに載っている食べ物の写真に釘付けで、自然とほころぶ口元には俄かに涎が垂れている。
「よし、ここから行くぜっ!」
 本を閉じ、気合十分。ガッツポーズを作りいざフードコートへと向かう足取りは非常に軽やかだった。


「お。あったあった!」
 丁度昼時と言う事もあってかなりの人々が並んでいる。孔雀の目的としていた店舗も同様に多くの人が並んでいた。
 列に並び、ようやく孔雀の番が回ってくると彼は迷わずあるハンバーガーを注文した。
 それは高さが17cmほどもあるこの店特有のハンバーガーだった。モチーフは跳び箱だと言うように、形はまるっきりそれと似ている。
 一番下に敷かれた長四角のバンズは厚みがあってどっしりと構え、その上にレタスとボリューム満天、牛肉100%で出来た分厚いパテ。その上再び分厚いバンズが乗り、その上にはレタスやチーズ、きゅうりなどの野菜と共にベーコンが挟まれ、更にバンズを挟んだ上にはグリルで焼いたハーブの香り漂うチキンが乗っている。さらに一番頂上にあるのはカリカリに揚げられたラスクが乗っていた。
 それら全て、倒れないよう一本の串で刺してあるのを見ると分かるように、バンズにしても具材にしてもかなりのボリュームだ。一般の人ならば一人では到底食べきれる量ではない。
 その目の前にそびえ立つそのタワーのようなハンバーガーを前に、孔雀はごくりと唾を飲み込む。そして礼儀正しく両手を合わせ、「いただきます」と言ってから手を伸ばした。
 この高さの物を一気に口に収めることはさすがに出来ない。孔雀は串を押さえて一つずつ解体していくと、まずは頂上にあったラスクを横に除けてチキンの挟まった箇所を取る。
 大口を開けてそれにかぶりつくとジューシーな肉汁とともにパリパリの野菜の食感、そしてそれらにほどよくマッチした照り焼きの味が口腔内に広がる。
「ぅんめー! なんだこりゃ、たかがハンバーガだと思って侮ってた間違ってたぜっ!」
 あっと言う間にチキンたちを片付けると、2段目のベーコンやチーズなどの野菜が挟まった箇所にかぶりつく。
 一段目とは違い、また少しあっさりした風味が広がり、そしてベーコンのほどよい塩気とジューシーさに言葉が出ない。
 口の中をまるでリスのように一杯にしながらガツガツと食べる孔雀は、2段目もあっという間に平らげてしまった。
 そして最終ステージである一番下の段を前に、孔雀は少し躊躇った。
「こいつぁ一筋縄でいかねぇかもな…」
 そう言いながらも目の前のそれにかぶりつく。
「ふぉおおぉ〜! うんめぇ〜〜っ!!」
 一段目や二段目とは違い、また三段目も違う美味さが口いっぱいに広がり、思わず声を上げてしまう。
「さすが100%牛肉を使ってるだけあるな。このジューシーな感じ、堪んねぇ!」
 入れ物についたソースまでも綺麗に平らげ、最後に頂上に乗っていたラスクを齧りながら、腹をポンと叩き椅子の背もたれに体を預けた。
「ふぅ〜…。なかなか手ごわい相手だったぜ…。さすが、怪物級…。ごちそうさま」
 そう言いながら手には広げたガイドブックを持ち、次なるターゲットを物色し始める。
 ガッツリ食べられるハンバーガーとくれば、次は何か汁気のあるものが食べたい…。そう思うと、孔雀の目は自然とラーメンのあるページを物色していた。


 ラーメン屋が近づいてくると、鼻先を良い匂いが掠めていく。
 スープの香りが立ち込める香ばしいような、いかにも食欲をそそる香りはあれだけの物を食べたあとにも関わらず孔雀の腹を唸らせる。
 店に入り案内された席に座ると、早速メニューを広げ、味卵やチャーシューなど、トッピングとしても美味しい食材が全部乗ったラーメンを注文した。
 待つこと暫し、運ばれてきたラーメンを見て孔雀の目が輝く。
 礼儀正しく両手を合わせ「いただきます」と言い置いて早速レンゲでスープをすくって見た。その驚くほど透明感のあるスープに思わず感激する。
「すげぇ! 何だこのスープ! こんな澄んだスープ見たことねぇぞ!」
 始めに一口口に含むと、流石この店の売りでもあるゲンコツやトンコツをローストしてから取っているダシを取っているだけに香ばしく、こってりしていそうであっさりした風味が喉を通り香りが鼻から抜けて行った。
 沢山盛られた具材をあとに麺を箸で掬い上げると、縮れた麺の一つ一つにスープが絡みキラキラと光っている。それをすすると、もっちりとしてコシのある麺に思わず目を見開いた。
「ぅんめぇっ!! このチリチリの麺とスープの相性抜群じゃねぇか!? 全然くどくないあっさりしたスープも全部飲み干せそうだぜ!」
 思わず歓喜の声を上げると店員も、そして客も全員からの視線が一斉に孔雀に集まった。が、やはり当の本人は目の前のラーメンに夢中でそんなことに気付きもしない。
 味卵を割ってみれば程好い半熟加減で、頬張ればマッタリとした濃厚な味わいが広がる。江戸菜やネギのシャッキリとした歯ざわりも、炭火で焼かれたチャーシューと鶏肉の香ばしさも、エビわんたんのつるっとした舌触りも、どれを取っても文句なしだ。
 一口、また一口と口に含むたび「美味い美味い」とあまり感激の声を上げるせいか、時折客の中からクスクスと笑う笑い声が聞こえてきた。
 少しずつすすっていた麺の量が、すする度に増え、最終的には箸の半分以上が麺と言うほどがっちりと掴み上げると大口で一気にそれを頬張った。
 勢い良くすすり込み、口の中が麺で一杯にしながらもしっかり味わった。
 上に乗った具材も余すところなく全て食し、レンゲを使ってスープをチマチマと飲むことはせず両手で器をしっかり支えて思い切り煽った。
 ゴクゴクと喉を鳴らし、最後の一滴まで舐めるように飲みつくした。
 その後、満足そうに爪楊枝を咥え「美味かったぜ!」と満面の笑みを浮かべて勘定を済ませると、店を出た。
「結構食ったな〜…。さて、次はちょっと早いが何か甘い物でも食いてぇなぁ〜」
 もはや手放せなくなったガイドブックを広げ、じっくりとデザートを吟味し始める。
「よっしゃ、ケーキにしよう。その次はアイス食って、その後はパスタ食って…」
 その後孔雀は手当たり次第買い漁り、気付けば手には沢山の食べ物を抱えていた。

 
「ふ〜、食った食った! 大満足だぜ。さて、そろそろ…」
 孔雀は満足そうに腹を撫でながら財布に手をかけ、はたっと動きを止めた。
 調子にのってあれこれと食べ過ぎたせいで、財布の中には一円も入っていない。帰りの電車賃までも使い果たしてしまっていた。
「ま、しゃあねぇな。食後の運動ってことで歩いて帰るか」
 短い溜息を吐き、孔雀は歩き出す。
 沈む太陽を追いかけるように歩きながら、孔雀はぼんやりと考えていた。
「次はどこに行くかなぁ…」
 ぽつりと呟いた言葉が、吹き抜けた風にさらわれていった…。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
りむそん クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年11月09日

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