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『芽吹き 』
雅 小唄ja0075)&倭 圭ja0060

 ざわつく教室の中。
 雅 小唄(ja0075)は帰りの準備をしていた。とは言っても内容は簡単。
 置き勉のために教科書を机の中に突っ込む。これだけだ。
「雅。俺、この間屋上で例の奴に会っちゃった」
「は?」
 突然なんのことか。
 振り返った先に居たのは、クラスメイトだ。その隣には倭 圭(ja0060)の姿もある。
「自称・摩天楼の忍者だよ」
「ああ、あの……それだったら大抵の奴が会ってるだろ」
 自称・摩天楼の忍者。
 屋上に行って遭遇すると不思議な力(スキル)を有償で与えてくれると言うあの人のことだ。
「倭も会ってるだろ?」
「まあ、一応は」
「一応って。あれだって学園の不思議だぞ。会ってるなら威張って良いのに。圭は相変わらず謙虚だなぁ」
「はあ? こういうのは謙虚とは言わない」
 素で返した圭に、話を振ったクラスメイトは笑って頷いている。
 単純にからかわれているのだが、気付いていない辺りが圭らしい。
「と言うか。今までアレに会ってないでどうやって依頼受けてたんだよ」
「それは単純明快なメカニズムだよ、君」
 君って誰だ。
 そんなツッコミを呑み込んで先を促す。
「ほのぼの恋愛ものオンリー♪」
「うぜぇ」
 圭。そのツッコミは反則だ。
 ジト目でぼそっと呟いたその顔ときたら……。
「な、何笑ってるんだよ! 笑うならコイツのアホな発言を笑えよ!」
「いや、ごめん。本当にウザそうに言うからツイ」
 笑われて不機嫌に顔を逸らす姿もなかなかだが、ぶっきらぼうに放たれる言葉の1つ1つも可愛いと思ってしまう。
 そう、小唄は圭に想いを寄せている。
 それもかなり昔から。
「お前ら幼馴染で揃って人をバカにするのか? 流石の俺もハートブレイクよ」
「勝手にブレイクしてろよ」
「ちょ、ちょっと倭……待って」
 容赦なさすぎる。
 そのことが更におかしくて笑っていると、クラスメイトの手が圭に伸びた。
「そういう意地悪なことを言うのはこの口かな〜?」
「!」
 ドンガラガッシャン☆
「あーあ……やったよ」
 机ごと地面にひっくり返ったクラスメイトと、それを見事に避けた圭。
 図的には、いらずらのために抱き付こうとしたクラスメイトを、圭が避けて大惨事。そんなところだ。
「っ、いってぇ……なんで避けるんだよ!」
「いや、なんでって……嫌だから」
「いつも小唄には許可してるだろ。たまには俺にもハグさせろ」
「……ヤダ」
 心底嫌そうに呟いた圭に、クラスメイトは心も体もズタズタ。流れない涙を拭って起き上がると、丁寧に机を直して小唄を見た。
「いつか復讐してやる!」
「何で俺なんだよ!」
「普段からヤキモキさせられてる腹いせだ、コンチクショー!」
「意味わからんわ!」
 捨て台詞的には微妙な線だが、奴は叫んで去っていた。
 その様子を見送ること少し。
 なんとも気まずい雰囲気が流れるが、これを圭が破った。
「ヤキモキって何?」
 クラスメイトの言葉がさっぱりわからない。
 そう頭にハテナをくっ付けて首を傾げる圭は、小唄の気持ちを知らない。
 そもそも知らないのは圭だけではないだろうか。という程には小唄の想いは表に出ている。
 それこそ、さっきのクラスメイトが言うほどには抱き付いたり、なんなりしたりと露骨なのだが、まあ、それだけ圭が鈍感だと言うことだ。
「……大丈夫」
 こんなことではめげないさ。
 そう口中で呟いて立ち上がった。
 今では身長差も結構あって、小唄が圭を見下ろすくらいだ。
 小学校3年生くらいまでは同じくらいだったのに、いつの間に追い越されたのか。とは、圭談。
「大丈夫って、何がだ。意味、わかんねえ」
「わかったら責任とってくれる?」
「責任?」
 何の。
 そう問い返そうとする雰囲気と、胡散臭そうに向けられる視線に苦笑してしまう。
 やっぱり圭は何もわかっていない。
 そんな思いが頭を過り、何とも言えない虚しさを感じる。
 そもそも何の可能性も頭に浮かばないほどに、圭にとって小唄はなんとも思っていない相手なのではないか。
 彼に想いを認識させられないのは、それだけの対象に自分がなれないからではないか。
 そんなことも思ってしまう。
「……伝える勇気もないくせにな」
 はあ。
 ため息が零れて先ほど思っためげない気持ちがめげそうになる。と、その頭に何か触れた。
「え、っと……?」
「……あ、あれ?」
 ポンポンと頭を撫でる手は圭のものだ。
 しかもやった本人も驚いた様に固まってる。
「慰めてくれるんだ?」
「いや、その……なんだろう……」
 なんだろう、って。
「倭、可愛い!」
「なっ、可愛くない! って、抱き付くなよ」
 思わず飛びついた小唄に、圭は首を傾げたまま抱き付かれている。
 さっきのクラスメイトが哀れになるくらいすんなり受け入れた圭に、ホッと安堵する。
「いや、嬉しかったからつい」
「嬉しいって……別に、ちょっと頭撫でただけだ。こんなの、いつも小唄がしてる」
「倭がするってのが珍しいんだ」
 だから嬉しい。
 そう言って腕を放して頭を撫でる。
 普段だったら嫌がられる仕草も、今は受け入れられている。
 こういう風に、1つ、また1つと何かが許されると、自分の中で別の欲が生まれてくる。
 人間って言うのは欲の絶えない生き物だと言うけれど、こうして実感すると確かに途方もないことだ。
「倭のこれからの予定は?」
「依頼を見てから屋上」
 依頼って言うのは普通の学校にはない、久遠ヶ原学園だからこそ存在するものだ。
 アルバイトの斡旋とかくらいはあるかもしれないが、ココにあるのはそう言ったものとは比にならないほど重要な物で、中には命の危険に晒される物もある。
「最近やたらとサーバント退治が増えたよな。倭もいろいろ受けてるんだ?」
「んー……」
 何故そこで固まる。
 考え込んで返事に困る圭に笑っていると、人だかりが見えてきた。
 どうやら今話していた依頼を受ける人の山らしい。
「相変わらずだな」
「……前、見えない」
「おんぶしようか」
「ヤダ」
 圭の身長は決して低くはない。
 ただこの学園の生徒の身長は平均するとやや高めだ。そのため、人だかりが出来た先を見るには前に進むか、高いところに上るかの二択しかない。
 そして小唄はこのあと、圭がどういった行動をとるかを知っている。
 それは――
「止めた」
「やっぱり」
 クスクス笑って歩き出した彼に続く。
 もう何度このやりとりを繰り返しているだろう。
「あっ。倭、先行ってて」
「……?」
 階段を上ろうとした所で思い出した。
「忘れ物」
 そう言って歩き出そうとしたら不意に腕を掴まれた。
 本当に、今日はなんだか調子が狂う。
 振り返ると圭がなんとも言い難い表情でこちらを見ていた。
「……一緒に行く」
 まるで捨て犬みたいに縋った目で言われて抱きしめたくなる。
 それをグッと堪えて圭の手を離させた。そうしてさっき圭がしてくれたみたいに彼の頭を撫でる。
「いや、大丈夫だ。直ぐに追いかけるから」
 ね?
 まるで子供に言い聞かせて駆け出す。
 こうして教室に入ると、さっきのクラスメイトが帰り支度をしていた。そう言えば、さっき何も持たずに教室を飛び出してたな。
「あれ、小唄じゃん。どったの?」
「忘れ物」
「圭は?」
「いつもんとこだよ」
「ああ、それで忘れ物」
「ああ」
 机に掛けておいた手提げ。その中には男が使ってもおかしくない色合いのブランケットがある。
 最近はめっきり寒くなった。
 それでも屋上からの景色や、そこを流れる風が気持ちよくて、圭と2人で入り浸ることが多い。
 だから今日からこれを持参した訳だ。
「まあ、風邪引かんように。それと圭にもヨロシク」
「あ、待った」
「うん?」
 何かな。
 そう足を止めたクラスメイトに小唄の視線が落ちる。
 聞くべきか、聞かざるべきか。
 そう思ったが、やはり聞いておこう。
「いつから圭って呼んでるんだ?」
「いつって……昨日?」
「昨日……」
 そりゃまた最近だな。
 そんな言葉を呑み込んで「そうか」と頷く。
 その様子に出入り口の扉に寄り掛かったクラスメイトが、小さく笑った。
「呼べばいいじゃん」
 ドキッとした。
 幼馴染で親友で。それでも名前を呼べないのは、自分の心に圭とは別の想いがあるからだ。
 もし名前で呼んだら、自分の中の歯止めがきかなくなるかも知れない。
「呼んだって別に不自然はない」
「そうなんだが……」
「呼び方を変えるのが照れくさいってんなら今のままでも良いとは思うけど、変えたいと思うなら、頑張らないとじゃね?」
 じゃあな。
 クラスメイトはそう言って去って行った。
「変えたいと思うなら、か」
 変化させたいものと、変化させたくないもの。
 その辺の匙加減って言うのは難しいものだ。そしてその中に恋愛感情が含まれるのならなおのこと。
「……難しいな」
 日常生活のこととか、勉強のこととかならそれなりにこなす自信はある。
 でも圭のことに限って言えば自信がない。
 そんなことを考えながら教室を出た。
「思った以上に時間くったな」
 急いで廊下を駆け抜け、一気に階段を駆け上がる。そして屋上に続く扉を開けると、真っ赤な夕日が目に飛び込んできた。
「っ、眩し……!」
 眩んだ目に片手を翳し、その隙間から屋上を見回す。
 ほんの少し前までは人が良く集まっていたのに、ここ最近は少なくなった。
 今は柵の近くにチラホラと人が見える程度。
 中にはカップルの姿もあるが、まああの辺は見ないでおいておこう。
「倭、いないな……っと、もしかしたらこっちか」
 屋上の入り口を囲う塀の影で、小唄と圭は話をすることが多い。
 理由としては圭が人とのコミュニケーションに慣れていない節があるから。そして小唄が圭を独り占めしたいから。だ。
「やっぱり」
 壁に凭れてうたた寝をしている圭を発見してホッと胸を撫で下ろす。
 もしかしたら寒くて帰ったんじゃないか。そう思っただけに、発見できて嬉しい。
「でも、こんな寒い中で寝るとかないよな」
 待たせたのは自分だ。
 でも、そんなに長い時間ではないし、寝てしまうほどのものではなかったはずだ。
 それでも現に圭は船をこぎ始めている。
「……」
 小唄は持って来た手提げから、ブランケットを取り出すと大きく広げて圭の前に立った。
 そして膝を折り、包み込むように圭を抱きしめる。それこそ、壊れ物を扱うように優しく。
「……圭」
 起きている時は呼べない名前。
 それを囁いて見詰める。
 無防備な寝顔に、無防備な唇。
 吸い寄せられるように近付く顔に、頭の中で「ヤバい」と声が響く。
 けれど一度動いた欲望は止まらない。
 徐々に近付く唇。それが触れ――
「小唄?」
「!」
 バッと顔を離した。
 バクバク言ってる心臓に目を背け、ゴクリと唾を呑む。
「……あ……その、おはよう?」
「おはようって……」
 目を瞬く圭の瞳が小唄の顔を見、彼の腕を見、そして自分の体を見た。
 だめだ、抱きしめている状況からして言い訳できない。
 そう思ったのだが、圭の反応は違った。
「これ、小唄の?」
「そう、だけど……」
 ブランケットをつまみあげられて思わず頷く。と、次の瞬間。
「そっか。ありがとな」
「っ!」
 目の前で見せられた笑顔に枷が外れた。
 まさかこの状況でその笑顔とか有り得ない。
 回していた腕に力を篭めて抱きしめる。そして耳元で零していた。
「圭、可愛い」
「!」
 いつもと違う甘い声。
 それに圭も気付いたのだろう。
 ギシッと固くなる体に、小唄の口角が上がった。
 嬉しい、嬉しい、嬉しい。
 そんな言葉が頭の中を巡る。
 あんなに色々考えていたのに、すんなりと出た名前にも嬉しくなるし、自分の声に圭が反応した事実にも嬉しくなる。
「あ、あんま、可愛いとか言うな」
「可愛いんだから仕方ないだろ。本当に可愛い」
 抱きしめたまま顔を覗き込む。
 夕日のせいだけではなく真っ赤に染まった顔が、ふて腐れた表情を浮かべてこちらを見ている。
 その顔がまた可愛らしくて、小唄はニヤける顔を隠せなかった。
「そう言えば、腕、振り解かないんだ?」
 腕の中に納まった圭は、嫌がるそぶりを見せない。
 そのこと自体はおかしくないのだが、可愛いと言っているのに大反発が来ないのが不思議だった。
 いつもなら、腕を振り解いてでも訂正しようとするのだが、今日はそういった素振りがない。
「まあ……寒い、し」
 ボソッと返された声に、目を瞬く。
 確かに今日は寒い。
 それでもこんな風にくっついて暖を取る程じゃない。それに圭には持って来たブランケットも掛かっている。
 それでもそう言うと言うことは……。
「そっか、寒いか。じゃあ、まだこのままで良いんだよな」
「……暖、貰うだけだからな」
「わかってる」
 離れたくない。
 少しでもそう思ってくれている。
 そう言うことだろう。
 小唄は腕の中の温もりを逃がさないように腕に力を篭めると、満足そうに目を閉じた。


……――END.
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エリュシオン
2012年11月16日

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