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『狛犬と、神域守護者と、トラブルメイカー少女の話。 』
セレシュ・ウィーラー8538)&東雲・響名(NPC5003)


 錬金術――という派閥は大変に幅が広い。
 元は黄金の錬成を目指していた、実に現世利益と欲望に忠実な学問であった訳だが、その後、魔術や科学とそれぞれに結びついて行ったこの学問は、一口に「錬金術」と呼んだとしても、その姿かたちは様々だ。
「…うーん」
 今この瞬間、神社の境内に鞄の中身を広げて唸っている少女もまた、そうした錬金術師の一人である。ファンシーなキャラクター物の手帳にびっしりと計算を書きこみ、時に首を傾げてそれを消して書き直し、それから鞄の中に納まっている様々なツールや怪しげな薬品類を矯めつ眇めつしている。
 はっきり言って神社の境内でやるようなことではない、というのが最初にその姿を目撃したセレシュの感想である。
「……響名。実験も研究も熱心なんはええけど、室内でやったらどうなん…」
 響名、と名を呼ばれた少女が顔を上げる。15かそこらの女子高生は、見目だけならばセレシュとさほど変わらぬ年頃だろう。彼女は顔を上げるなり、年相応の満面の笑みを見せた。
「セレシュちゃん! 丁度良かった、ねぇねぇ聞いてみたいことがあるんだ!」
「…え、何なん。うちに分かるようなこと?」
「んーとね。セレシュちゃん、物質の第一元素を引っ張り出して、再構築する場合さ。元の形質がどれくらい影響するか計算したいんだけど、何かいい方法とか知らない?」
「さっきから真面目に計算しとると思ったらそんなこと考えとったんか」
「そんなこと、って酷いなー。最近のあたしの一番のテーマなのにー」
 頬を膨らませている姿は、年齢より更に幼い印象を見る者に与えるだろう。が、口に出している内容が大変に不穏であった。セレシュは嘆息しつつ、彼女の手帳を覗き見る。可愛らしい丸みのある文字で書かれているのは、それでも立派な魔術の構成であった。
「…悪くない着眼点やないの?」
 とりあえずそうコメントしてみると、響名は一度目を瞬いて、それから照れ臭そうに手帳を抱きかかえるような恰好をした。
「えへへ、そうかな」
「ただ、細かいトコはウチには確認でけへんよ。響名の錬金術、ウチの知っとるもんとはちゃうし、そもそもウチ錬金術は専門と違うから」
「知ってる知ってる、でもほら、違うジャンルの人の方が客観的に見られるじゃない? あたし、周りに魔道具扱う人ってそんなに多くないし、だからセレシュちゃんみたいな知り合いが増えたのすごく嬉しくって」
 えへへー、とだらしなく頬を緩めて彼女は笑う。そんな素直に好意的な感情を吐露されれば、まぁセレシュとて決して悪い気はしないのだが、しかし。
「よし、じゃあ気分いいから軽めに実践いっちゃおう! 今の計算でおおよそ雰囲気はつかめた!」
「いやいやいやいやちょい待ち、待ちや響名、検算とか色々…!」
 引き留める隙もあればこそ、である。
 やたらとテンションの高い響名は、勢いよく計算用紙を一枚破り取り、鞄の中から零れていた紙切れと薬品を組み合わせ、背後のセレシュが手を出す暇も無く何やら紙切れを一枚掴み上げると、勢い込んで走り出した。スキップすらしそうな足取りである。見送りながら、セレシュは頭を抱えて一言。
「…もうウチ、知らんからなー…」
 責任逃れの一言を、はっきり告げておく。何しろここは神社の境内なので、どこかで神様が見ていないとも限らないのだ、後で監督不行き届きだとか難癖をつけられても困る。――等と思って腕組みしていると、セレシュの周りに一瞬、桜の匂いのする風がふんわりと吹き込んだ。その風に囁かれでもしたかのように、セレシュは一人、虚空に向けて青色の目を細める。
「…止めてくれ、言うてもなぁ。ああなってしもたら、もう好きにさせるしかないんとちゃうん? ってか、いっそ天罰くらいは当ててええんとちゃうか? ………ああ、一回天罰喰ろうて反省せぇへんかったんか…」
 まるでため息でもつくように、セレシュの周りでつむじ風が一度巻き起こる。靡く金色の髪を抑えながら、セレシュはうーん、と一緒になってため息をついた。唸る。
「…よりにもよって神様から頼まれたら断れへんやないの。しゃーないなぁ…期待せんといてよ?」
 ちらと彼女の金の瞳が向けられた先、手を洗うための手水場の屋根の上で、白い足と薄紅色の着物の裾がひらひらと揺れている。


 あまりやる気もなくセレシュが近づいた先で、響名は満足げに神社の狛犬を撫でまわしているところだった。胡乱な目つきになりつつも、セレシュはその背後に回る。警戒も露わな動きになったのはやむを得ぬことだろう、何せ相手が何をしでかすか全く読めないのだ。
 近付く彼女に気が付いたか、響名がくるりとターンして振り返る。表情は一言で表現するなら「ドヤ顔」であった。セレシュの方からしてみれば嫌な予感しかしない。
「…響名、何しでかしたん?」
 セレシュの問いに答えたのは、満足げな表情の響名、ではなかった。
 彼女がさっきまで撫でまわしていた狛犬だ。神社の境内を守護するその1対の狛犬が、のっそりと緩慢な動きで台座を降りる。くああ、とその狛犬は犬のような所作で欠伸をして、響名の背後で辺りをぐるりと見渡した。
「ふっふっふ、適当に動物とか人型の物体にくっつければ動かせる、簡易ゴーレム作成護符ー! 思いついたからちょっと作ってみた!」
 とことん楽しそうに、かつ自慢げに腰に手を当てセレシュの方を向いて高笑いをする響名の背後で、何やらしばらく状況を把握しようとでもするかのように佇んでいた狛犬が――消えた。足音は聞こえるから、多分境内に繋がる階段を駆け下りているのだろう。
「ひ、響名、後ろ! 後ろ!」
「あはは、セレシュちゃんってば、テンプレみたいなボケはやめてよ」
「ボケちゃうわどっちかゆーとツッコミや!」
 思わず律儀に訂正してしまったが、そんな馬鹿げたやり取りの間にも、いかにも重たそうな足音が遠ざかって行くのがセレシュの耳には聞こえている。もう響名に構っても居られない、とその足音を追いかけて駆けだしたセレシュに、あ、待ってよ、と響名が慌てた様子で振り返り――そして初めて狛犬の不在に気付いたらしい。
「あれ? 居なくなっちゃった」
 能天気にも程がある感想であった。
「あれ? とちゃうやろー!! ゴーレムやったら主人の命令聞くとかそういう機能ついとらんのか…!」
「やだなぁセレシュちゃん、簡易って言ったじゃない、ついてないよそんな複雑な機能」
 自分の半歩後ろをついて走る彼女に向けて愛用の剣をぶち込みたい、という衝動にセレシュが駆られたとしても誰も責められまい。もうどうしてくれようこの小娘、と苛立ちを走る足に込めながらセレシュは石段を駆け下り、左右の道路を見渡す。左側遠方、のそのそと歩く石像の姿を見とめて、更にダッシュ。すると、石像の方でもこちらに気が付いたのだろうか――振り返るような仕草の後、アスファルトを削るような重たい音を立てて、狛犬は想像以上に凄まじい速度で走り出した。
「うわぁ、すごーい、思ったより早いなー!」
 どうでもいいが神様、もし見ているならそろそろ背後で感嘆の声あげてる小娘に天罰を入れてくれないだろうか。
「響名ー!! どないすんのあれ!! 神社に狛犬が居らんてえらいこととちゃうんか!?」
 ――狛犬、という存在についてはセレシュだって知っている。いや、セレシュだからこそ知っている、と言うべきか。境内を守護するもの、神の住まう神社の世界と、俗世との境界線を示すもの。――神のおわす座を守護する存在だ。それを失って、ただでさえ弱っている神様が住み着いているあの神社に、何かあったらどうする積りなのか。そんな気持ちで思わず響名の肩を揺さぶるセレシュに、揺さぶられる彼女は目を逸らしながら、
「だ、大丈夫だよセレシュちゃん、あんま根拠ないけど多分大丈夫…」
「根拠無いんかい!」
「だ、だって、あの神社にはあたしも居るし、神主見習いも巫女見習いも居……あ、駄目だあんまり大丈夫じゃない! どうしよう!!」
 言葉の後半でようやく事態の重大さに思い至ったらしい。急激に蒼褪めておろおろとし始める響名に、ああ一応は反省しているのか、と安堵も覚えつつ、セレシュはそれでも叫ばずにはいられなかった。
「後先をちょっとは考えんかぁ!!!!」
「…え、えへへ、なんかテンション上がっちゃってつい…てへっ」
 セレシュは思った。もうだめだ。ここまで理性で我慢したウチは偉いと思うわ、きっと神様も褒めてくれるわ。間違いない。大体、さっき境内で「神様」から頼まれた内容は「響名を止めてくれ」だったのだ。そう、止めればいいんだ――といくらか引き攣った笑みを浮かべてセレシュは響名の肩をがっしりと掴み、顔を上げる。
「ちょっともうあかんわー、なぁ神様、この子『強制停止』させるけどええかー?」
 神社からは少々離れた場所だったが、あの神社の「神様」が守護している町内だからなのだろう。すんなり「神様」からはお言葉が返ってきた。セレシュの脳内に弾けるように、
<いいんじゃないかなぁ、やっちゃっても>
<やっておしまいなさいな。わたくしが許すわ>
 見事に2柱から許可が出たので、セレシュは空いた左手で眼鏡を外した。



 それから数日間。
 片割れの狛犬が不在になってしまった神社の境内には、不気味なほどリアルな少女の石像がある――という噂が御町内を駆け巡った。以前にも同様の石像が出現したことがあったのだが、今回は加えてこの石像、「動く」という噂まで尾ひれのようにくっついていた。
 結論から言えば、噂は事実であった。

「ほれ、きりきり働き。狛犬が居らん分あんたから労働力を徴収せんとなー」
『だからって、何でセレシュちゃんの雑用まで手伝わないといけないのっ!? 神社を守るのが狛犬のお仕事じゃないのー!?』
「……響名? 反省しとるん? 反省するまで石化解かんよ、うち」
『反省してますごめんなさい! キリキリ働きますから許してくださいー!!』
(これ、絶ッッッ対反省しとらんよなぁ…)
 セレシュはそんなことを思うのだが、ため息をついて、「妙にリアルな石像」こと、セレシュの力で石化した上に即席のストーンゴーレム化させてある響名を眺めた。
(まぁ、あと少しくらいこき使ったかて、それこそバチは当たらんやろ…)
 なんたって神様の認可が下りているのだから。
 当の神様――お人好しの桜の神様の方――が「そろそろ許してあげようよ」と苦笑がちにセレシュに進言するまで、響名は石化された挙句、神社を守ったりセレシュの雑用を手伝ったりとこき使われる羽目になった。



 さて、ちなみに、肝心の狛犬はと言うと。
 後日、ご町内の側溝にはまっているところを保護されて神社に返却されたことをここに追記しておく。響名の術は時間制限のあるものだったようで、その時にはすっかり動かなくなっていたのだが、どうもこの町内散歩で味を占めたらしく、その後この狛犬は神社からこっそり抜け出してしまう、という悪癖を身に着けるのだが。
 それはまた、別のお話である。



PCシチュエーションノベル(シングル) -
夜狐 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年11月22日

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