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『●育みの絆 』
紅雅(ib4326)&朱華(ib1944)&緋姫(ib4327)

「父様、母様……出かけるの?」
 早朝、両親が簡単な旅装に身を包んでいるのを見た少女、緋姫(ib4327)が不安そうに声をかける。
 眠っていたところに、話し声が耳に入ってきたためゆるゆると目を覚ますと――いつもと違う2人の姿を見て、戸惑いのあまり眠気も薄れてしまったというわけだ。
「そう心配しなくても、山を越えた先へ行くだけだ。すぐ戻ってくる」
 慌てて駆け寄ってくる愛娘に、父親は笑って手甲をつけながら何でもないことのように告げた。
「緋姫は優しいのよ。ありがとう。
緋姫の為にも、早く戻ってくるからね。紅雅の言うことをきちんと聞いて、いい子にしているのよ。
お姉ちゃんなんだから、朱華の事もお願いね」
 母が微笑みを浮かべながら緋姫の頭を撫でてくれた。
 なんでも……山向こうにある、知人の家に出かけるというのだ。
 9歳の緋姫にとっては、山を超えた先は十分遠い。
「……」
 しかも、言葉にできない……何か『嫌な予感』が払拭できないでいる。
 目に見えない悪い澱のようなものが、緋姫の身体に染みるように入り込んできて、
 胸にドロドロと流れて溜まっていくのだ。
「……ねぇ、本当に、ちゃんと帰ってきてくれる?」
「当たり前だろう?」
 両親の様子を見ていても何でもない事のようにも感じる。きっと、気のせいだと……思うことにした。

――でも本当は、行って欲しくない。ここにいて。

 だけれど、そう思ってしまえば止めることは容易ではなくなった。
 やっぱり行かないでと駄々をこね始めた緋姫に、兄である紅雅(ib4326)から小さく笑いつつも窘められ、
 賑やかだったため朱華(ib1944)も眠い目をこすりながら起きてきた。
 これ以上家族を振り回してはいけないとも、弟の着替えなども手伝ってやらなければと思った緋姫。
 渋々、という形で了承の返事をすると、両親の手を両手で包むように取り、その温もりを感じながら『いってらっしゃい』と重い唇を動かした。
 微笑む両親に、緋姫は――
「待ってるから、早く帰って来てね」
 と、切なる願いを伝えたのだった。

 それが今生の別れになることなど、誰一人予想しえぬ事だったが。

 その日も、次の日も両親は帰ってこなかった。
 不安そうな表情を浮かべたままの緋姫。
 そして、その翌日。両親が出発してから3日が過ぎた時のことだった。

 色邑家の戸口が叩かれ、小走りに駆けて対応した紅雅の目の前に立っていたのは……村の長老と開拓者ギルド員。

「紅雅、お前たちに伝えなくてはならぬ事がある……」
 立派な口ひげをもごもごと揺らしながら、長老は室内を軽く見渡し両親はどうしているのかと尋ね、
 紅雅はまだ帰っていないと素直に答えた。ギルド員と顔を見合わせた長老は、しばし押し黙った後――硬い表情をしている紅雅へ低い声で話し始めた。

 紅雅達の両親が、帰りの夜道で――アヤカシに襲われて死んでしまったのだ、と。

 隣村からやってきた旅人が、山道で夫婦らしき男女の遺体を発見したのだそうだ。
 慌てて舞い戻るとギルドに駆け込み、人物の特定に当たったところ、
 その村に訪れた色邑家の両親が、知人の『夜は危険なので泊まっていけ』という申し出を断り、
 時間を惜しんで出立していった――という話があがったのだ。
 それを聞いた紅雅は、具合も悪くないのに血の気が引き、身体がじわじわと冷えていく感覚にとらわれる。
「……本当に、色邑の……私たちの両親なのでしょうか……」
 当然、そのような話を素直に信じられるはずはない。
 一度長老とギルド員は顔を見合わせ、どちらともなく目を伏せた後、状況からして間違いはないと重々しい口調で告げた。

 重い沈黙が流れ始めたそのときだ。
「――うそ」
 紅雅の耳に、かすれた少女の声が届く。
 はっとして振り返ると、家の柱の陰から、こちらの様子を伺っていた緋姫と朱華の姿。
「姫……はー君……」
 紅雅自身でさえ消化・納得できていない事態を、
 幼いきょうだいたちにどう伝えればよいのか? と紅雅が言葉を選んでいると、
 再び、緋姫が『嘘だ』と呟いた。

 早く帰ってくると、父と母は言った。
 子供たちが待っているので早く帰らねばならない、と時間を惜しみ出立したと、今の会から聞こえたときは目の前が暗くなる思いだった
「死んじゃったなんて、うそ、よ」
 だって、約束した。必ず早く帰ってくると。
「嘘なのでしょう、長老……嫌よ。嘘を、つかないで」
 私達をからかっているんでしょう、と緋姫は語気を荒げた。

 2人とも、知人の家に行ってくるだけだと言っていたのだから、すぐに帰ってくるに決まっているのだ。
 父が疲れも見せず『ただいま』と両手を広げ、
 母がにこにこと笑いながら『騒々しいわね』と兄弟達を見回すはず。
 それなのに、どうして。
 悲しみに彩られる緋姫の金の瞳。
 そして、長老は無情にも、事実を話す。

――夜の山道で、アヤカシに襲われた。

「……嫌あぁっ!」
 何も考えたくなくて、聞きたくなくて大きな声で否定し、耳を押さえて頭を振る緋姫。
「……お願いします……お願い……、ひどい意地悪は、言わないで……父様と母様を返して……」
「姫……」
 絶望の淵にある彼女を優しく抱きしめたのは、兄の紅雅。震える手を握ってくれたのは、弟の朱華の小さな手だった。
「兄様! 朱華っ……、どうして!? どうして父様と母様が……! こんなの嘘よっ! こんなこと、あるはず――……!」
 形を成していたはずの言葉は、だんだん形と意味を崩していき……緋姫の頬に伝うのは熱い涙。
 口から出るのは慟哭のみ。
 「ねーちゃ……」
 それをきょとんとした顔で見つめている、弟の……朱華。
 まだ3歳という幼さでは、
 なぜ姉が泣いているのか、どうして兄の表情が痛みによって歪んでいるのかが、わからなかったようだ。
「私の、私のせい……! わがままさえ言わなかったら、父様と母様は……! ごめんなさい、2人から父様と母様を奪って、ごめんなさい……」
「そんなことを言うのはやめてください。
姫のせいではありません」
「私、良い子で待ってるから……!
わがままなんてもう言わないから、だから!」
 大切な者を奪わないでと声を上げて泣く妹。紅雅はただ、大丈夫ですよと言い聞かせながら背中をさすってやる事しかできなかった。

 両親の葬儀には――紅雅の父親は寺子屋を開いていたため、
 先生と慕う教え子や知人、友人……沢山の人々が訪れてくれた。
『この度は、誠にご愁傷様です……』
 まだどこか呆然としたような様子を見せる年若い喪主、紅雅に頭を垂れる弔問者たち。
「ありがとうございます……」
 そして、緋姫や朱華と視線を移し、中には一言二言声をかける者もあったが、
 殆どは居たたまれないという表情を浮かべてからそそくさと立ち去っていく。
「――彼らに、焼香をさせてやってもよいかな?」
 葬儀の最中長老に連れられて見知らぬ若い男女が数人、紅雅の前にやってくると頭を下げた。
 話を聞くに、村からの依頼を受け、アヤカシを討伐した開拓者だという。
「……ありがとう、ございます……」
 そんな彼らに礼を述べた紅雅。
(ありがとう、なんて……おかしな言葉ですね)
 心の中の、冷めた部分が自嘲する。
 アヤカシを倒しても、もう両親は戻ってこない。
 また涙を目に溜めはじめた緋姫の肩を抱き寄せた紅雅。
 焼香を済ませた開拓者達は、深く礼をすると退室していった。
(……かっこいい……)
 しかし、朱華だけは……去りゆく開拓者達に頼もしさを感じ、誇りを持って行動する彼らの背中を、食い入るように眺めていた。

●決意

 流されるままに葬儀を済ませ、ようやくひと心地ついた紅雅は縁側から空を見上げる。

 こんな日でも、月は寒々しくも綺麗に空に浮かんでいた。
 明確な何かを思い至ったわけではないのだが、庭先に出た紅雅は淡い月光をその身に浴びる。
 再び仰ぎ見て思い出すのは……今生の別れの前に見た両親の優しい笑顔。

「……っ」
 張りつめていた感情の糸がほつれた――わけではない。 抑える感情で世界が歪み、溢れそうになる涙に視界が滲んだ。
 奥歯を噛みしめ、声が漏れるのを堪える紅雅。
 だが、身体を駆け巡る感情は止められず、心と体を激しく揺すった。
 月を直視できずに目を閉じると、目元を右手で覆って紅雅は声を上げずに泣いた。
 緋姫のように声を上げて泣くことが出来れば、この悲しみはもっと――癒やされただろうか。それとも、深くなったのだろうか。

 さく、と土を踏む音が聞こえ、紅雅は悲しみではなく驚きに身を震わせて振り返る。
 そこには、幼い弟が不思議そうな顔で自分を見ていた。
 朱華は静かに涙を流す紅雅の側に寄り添うようにやってきて、小さな手を差し出すと、涙に濡れる手を握った。
 振りほどくにも、さして力の要らぬ小さな手。そこから伝わる暖かさ。
「にーちゃ、どっか、いたいの? だいじょぶ?」
 温もりに次いでやってきたのは、言葉にならない愛しさだった。
 対処に困ったような朱華は眉を寄せたあと、懸命に伸びて兄の頭を優しく撫でる。
「いたいの、とんでけ」
「ありがとう……大丈夫ですよ、はー君」
 涙声で弟に告げると、膝をつきその細く小さな身体を抱き寄せて、紅雅はその腕に強く力を込めた。
「にーちゃ、いたい」
「すみません……駄目な、お兄ちゃんですね」
 あふれ出る涙と、食いしばった歯の間から漏れる声。


 眼前の兄の姿を見つめつつ、朱華は『早く大人になりたい』と思い……脳裏に、泣きじゃくる姉の姿が浮かんだ。
 両親の死……朱華とて決して悲しくないわけではないが、2人がなぜこんなに悲しむのか幼すぎて深く理解ができない。

 そこで思い出したのは、去っていった開拓者達のことだ。
 アヤカシを倒せるほどに強く、己の力で誰かを守ることのできる彼らはとても、強く輝いて見えた。



 それから、数日後の昼下がり。
 色邑家を尋ねてきた数人の村人たちは、身よりの無いきょうだい達を不憫に思い、
 きょうだい一緒ではなくバラバラになってしまうが、引き取りたいという申し出があることを紅雅に伝えた。
 やや離れた場所に正座して、不安そうに様子を伺っている緋姫と、足の痺れを覚えつつも、我慢しようともじもじする朱華の姿もある。

 村人達が一通り話し終えるまで静かに聞いていた紅雅は、両拳を畳について深く礼をする。 そして姿勢を正すと、一同の顔を見渡し、穏やかな表情ではっきりと告げた。

「――皆様のお気持ち、大変有り難く思います。
ですが……緋姫も朱華も、私が懸命に働き両親の代わりに……いえ、『両親』として立派に育て上げます」
 それを俯きがちに聞いた緋姫はバッと顔を上げ、思わず目を見開いたまま兄の表情を伺う。
 それに気づいた紅雅も、微笑みを浮かべて頷いた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。みんな、これまで通り一緒です」
 すると緋姫はみるみるうちに目に涙を溜め、紅雅に駆け寄ると、少々痩せてしまったように思える身体に抱きついた。
「……兄様。どこか遠くに行ってしまわないでね……」
「安心してください。どこにも行ったりなんてしませんから……」
 優しく緋姫を抱き留める紅雅。朱華もすっくと立ち上がって2人の側に近づき、何らかの決意を浮かべた表情のまま小さく頷く。
「ねーちゃ、だいじょうぶだ。にーちゃも、おれもがんばるから」
 弟が、数日の間に随分男らしくなったのだと紅雅は嬉しさに目を細め、もう片方の腕で抱き寄せた。

 村人達は、寄り添って微笑みあうきょうだい達に、困ったことがあればすぐに言うんだよと声をかけて、去っていった。

 後に残されたきょうだい達に、紅雅は優しく言う。
「皆で、これから支えあって暮らしましょう。
大変なことは多くやってくるでしょう。でも……力を合わせれば、乗り越えることができるはずです」
「うん……私、兄様を助けて支えられるような、良い子になるからね」
 涙を拭いた緋姫は、気丈に笑った。
 朱華も、兄や姉が笑ってくれている方が、気持ち良く思えて自分の表情も綻んでいる……事に気づいていない。

 だが、3人とも――今まで以上に強い結びつきが生まれたことを、心で感じていた。
 その結びつきは、簡単には解けない事も。

-end-

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登場人物一覧

【ib4326 / 紅雅 / 男性 / 外見年齢27歳 / 巫女】
【ib4327 / 緋姫 / 女性 / 外見年齢25歳 / シノビ】
【ib1944 / 朱華 / 男性 / 外見年齢19歳 / 志士】
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2012年11月26日

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