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『+ 今宵、どんな夢を見る? + 』
九乃宮・十和8622



 貴方は、幸せそうに笑うでしょうか。
 それとも悲しみに心を沈めていますか。


 さあ、目を覚まして。
 そして教えて、そこはどんな世界?
 鏡合わせの中に存在する虚像のように、またそこには別の貴方。


 貴方は聖夜の夜にどんな夢を見るか。



■■■■■



「これは……夢だな」
「……えっと、夢ですね」
「これ……夢?」


 即答、自己完結したのは人形屋 英里(ひとかたや えいり)。
 続いてちょっと困惑しながらも状況把握したのは鬼田 朱里(きだ しゅり)。
 キョロキョロと周囲と目の前の二人を見つめながら確認をしているのは十二歳で最年少の九乃宮 十和(くのみや とわ)。
 十和自身は猫耳ニットにコート、マフラー、手袋と防寒ばっちりな姿というだけで大した変化はないが、他の二人には彼には無い変化が起こっていた。英里と朱里の年齢が十和程の子供がいてもおかしくないくらい成長しており、格好も普段の彼らとは違う雰囲気の物を身に纏っている。英里はシックなワンピースにコート姿で、朱里はシャツにセーター、ジーパン姿と大人びており、更にアイドルである朱里と十和に誰も気付かない。どうやらただの家族連れにしか見えないようであった。


 周囲はクリスマスムードの街で、陽気な音楽が流れ人々の楽しげな会話が聞こえてくる。
 煌びやかに飾られた大きなクリスマスツリーが視線の先には存在しており、そこでは記念撮影をしている家族連れやカップル、友人グループの姿すら確認出来た。これはとてもリアルな夢。英里と朱里が変化さえしていなければきっとこれが『夢』だと思う事すらしなかったほど現実感のある感覚に、十和はふっとこれが自分が望んだものだと気付いてしまった。


 十和自身が望んだ夢、聖夜のほんのひとときの夢。
 『幸せな家族』の憧れからきたもの。
 理解した瞬間、胸が締め付けられるような苦しさに襲われ、十和は表情を歪めた。だがそれを素早く察知し、解した他の二人は互いに顔を見合わせるとすぐに顔を頷かせ合図を送りあう。そして英里と朱里は十和へとそっと片手を差し出し。


「折角だ。遊び尽くそう」
「折角ですし、歩きましょ」
「え?」


 優しく微笑む男女の姿を見て十和が目を丸める。
 だが、そこに自分の両親の姿を重ね、ほんの少しだけ切なく――けれど二人の優しさから心を和ませると彼は表情を明るいものへと変化させ、手を差し伸べる二人へと無邪気に笑いながら手を取り彼らの間に入った。


「まるでパパとママみたい」
「『まま』? ああ、母親の事か」
「パパって――十和っ……!」
「あはは、良いじゃない。朱里兄! 予行練習だよ、予行練習!」
「? なんのだ? 朱里は何か練習する事があったのか」
「え、いえ、その……なんでもありません……」
「朱里兄、どんまーい! ね、ね! 僕あっちのお店見に行きたーい」


 二人の子供の位置に立った十和は光り輝く街へと交ざる為、ぐいぐいと二人を引っ張り始める。パパと呼ばれ、予行練習とからかわれた朱里はその言葉に顔を赤らめてしまった。やはり中身はいつもの朱里で、それゆえに十和はくすくすと笑みが零れてしまう。
 年齢にして三十代半ば程へと成長した英里と朱里はそんな風にはしゃぐ十和を見つつ、彼の好きなようにさせるため各々足を動かし始めた。イルミネーションが自分達の姿を照らし、アスファルトやレンガ造りの歩道に影を落とす。聞いたことのあるクリスマスソングも、今年ヒットした曲も沢山聞こえ耳に馴染む。
 その中には当然のように「Mist」の新曲も交じっており、それに気付いた朱里と十和が「この曲は僕らのだよ」と英里に声を掛けることも忘れない。


「ね、ね! この服カッコ良くない?」
「ふむ。ごすぱんく系とやらだな。欲しいのか?」
「え、もう買う気満々だよー!」
「ちょっと待ちなさい、十和。腕に何着も抱えていますがそれ全部買う気ですか?」
「駄目?」
「駄目だな。幾ら夢とはいえそこはある程度欲を抑えて購入した方が良いと私は思うぞ。大体十和はあいどるとやらで収入があるとはいえ、それもいつ終わるか分からないのだから貯金しておく事の方が――」
「えええ!? まさか夢の中でまで貯金問題持って来られるとは思ってなかったよ!?」
「英里はしっかりしていますからね。十和に散財癖がついては困ると心配してくれているんですよ。きっとね」
「はーい。……じゃあ一着だけにする」
「うむ、それなら良い」


 英里の言葉に十和は最初びっくりするも、朱里のフォローにより納得し腕いっぱいに抱えていた服を整理し始める。結果的にお気に入りの一着だけ選び抜き、更にそれは一応『父親』として今場に居る朱里が買い与える事にした。
 これには自分で購入する気だった十和もまた驚きとどこかくすぐったい感覚が否めない。照れくささも交じり、はにかみつつも笑顔を浮かべて包装された荷物を手にまた街へと歩き出す。


 そんな十和を見てふっと母親のような表情になったのは英里。
 彼女には昔の記憶が無い為、過去の自分は『母親』だったのかもしれないと、――もしそうであれば今と同じくらい幸せだったのだろうと思いふける。
 その様子に気付いた朱里は英里の物思いに寂しそうな目を向けた。そんな彼の視線には気付かす、ただ過去を思う英里は十和に呼ばれ少し早足で駆けていってしまった。
 朱里は静かに唇をきゅっと引き締める。彼女の過去、彼女の想い、記憶が無い事で苦しんでいる事を知っていて尚――伝えられない『真実』も彼は抱えているからこそ……今は何も知らないフリをして只、傍に居るだけ。


「朱里? どうした早く来ないか」
「パパー! はーやーくー!!」
「う……その『パパ』っていうの止めて貰えませんか?」
「えー、駄目駄目。現実じゃ出来ない事が叶うのが夢でしょ。それだったら僕だってしたい事するよ。ほら、早くきてってば!」
「――……子供が居たらもう少し丁寧に躾けてますよ」
「いや、絶対に朱里兄は子供溺愛タイプだと思う! なんだかんだ言って甘そうー♪」


 足を止めてしまった朱里を呼ぶ二人を当人はどこか複雑な想いで見つめながら靴音を鳴らしつつ歩み寄る。
 左手には母、右手には父の手を取り楽しげに笑う子供。そこに在るのは家族の情景。ただ微笑ましく、愛おしい空間。十和が望み、欲したのは『平凡な家族』。実の家族とは作り上げられなかった理想が今は此処にあり、ただひたすらひとときの夢を楽しむだけ。


「十和」
「何、ママ」
「楽しいか?」
「――楽しいよ。とーっても!」
「そうか、なら良い」
「英里姉がママで、朱里兄がパパで僕が子供ってこんなにも幸せなんだね」
「十和……」


 ここは夢。
 現実ではない――目覚めれば消えてしまう儚い場所。けれど今、十和は笑っている。心の底から笑顔を生み出し、無邪気にあちらこちらへと足を運んで様々なものを英里と朱里――母親と父親と楽しんでいる。その事が二人にとっても切なくもあるが、ただただ嬉しかった。


「ああ、そうだ。ケーキを買って行きましょう」
「けーき……ああ、洋菓子か」
「僕チョコレートがいい!」
「確かこの街にはとても美味しいケーキを売っているお店があると聞いた事があるんですよ。場所も一応聞いているので行きましょうか」
「どんな味がするのか楽しみだ」
「ね、ね! 大きいケーキ買っても良いー?」
「それは財布の中身次第」


 ぽんっと朱里が手を打ち鳴らし、思いついた事を口にする。
 クリスマスと言えばケーキも重要。以前マネージャーにオススメされた店の事を思い出し、二人を誘うと彼は財布の中身をそっと覗く。
 その中身がどれほど入っていたか、どれくらいの大きさのケーキが買えたかは三人だけの秘密。


「ねえ、ママ、パパ」
「ん?」
「どうしました、十和」
「二人も楽しい?」


 それは子供視点からの問い。
 子供だけが楽しむよりも大人達にだって楽しんでもらいたいという願い。英里が母親役へとあてられたのは以前十和が「英里姉がママだったらよかったのに」と言っていたところからで、その時英里自身は何も言わずに微笑み彼の頭を撫でた。
 朱里に関しては英里が居なくなった時に「だったらパパは朱里兄かな?」と口にした点から具現化したのだと十和は考えている。巻き込んでしまった事を考えると些か気を使ってしまうが、二人が居てくれた事は十和にとって嬉しい事。だからこそ、問わずにはいられない。
 そして問われた二人は瞬きを数回繰り返した後、それはもうただただ愛しげに「子供」を見て――。


「当たり前だ」
「当然ですね」


 その返答に十和がまた声を上げて笑ったのは言うまでもない。



■■■■■



「え、えええ!?」


 夢から目覚めて一番に十和はついつい変な声を上げてしまう。
 就寝前に本当に何気なく下げた靴下の中にはプレゼントがぎっしり詰まっており、更に入りきらなかったと思われるものは枕元へと置かれていた。驚いて目を見開き、けれど一つ一つ確認しつつ嬉しそうに彼はプレゼントを抱きしめた。


 手作りの黒ちゃん縫いぐるみに新型音楽プレイヤー、それから電子辞書にレッスンで使うウェアとシューズに猫耳付きの帽子。
 サンタクロースなんて信じていない。十二歳という年齢だけど、彼にはこの数年そんな人物が訪れた記憶はなく――だからこそ、驚愕の感情と照れくささだけが心を満たし身体まで温かくなった。


「本当にここに来てよかった」


 サンタクロースなんて信じていない。
 だけど信じられるものは他にある。同居人たちの姿を思い浮かべると、彼はパジャマ姿のまま貰ったばかりのプレゼントを両手いっぱいに抱きしめながら自室を飛び出し。


「ねえねえ、皆聞いてよー!! あのね、あのね!」


 今はただ、この幸せな報告を新しく『家族』となった人達に伝えたくて、寒さを堪えながらも朝から声をあげた。
 






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女 / 990歳 / 人形師】
【8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル】
【8622 / 九乃宮・十和 (くのみや・とわ) / 男 / 12歳 / 中学生・アイドル】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、クリスマスノベル参加有難う御座いました!
 早速の発注、それも家族ごっこという話なのでほんわかしつつ――どうか幸せを感じていただけますように。

 今作はPC一人ごとにEDが異なっております。
 各々合わせて楽しんで頂けましたら幸いです。ではでは!
N.Y.E煌きのドリームノベル -
蒼木裕 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年12月02日

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