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『大きなカボチャの実の中で 〜黒薔薇の晩餐会〜 』
フィオナ・アルマイヤーja9370

●序
 あなたは だぁれ?
 カボチャの おばけを ひきつれて

 何処かで聞いたことがあるメロディが、フィオナ・アルマイヤー(ja9370)の脳裏を過ぎった。
 多分それは大きな栗の木の下に居る状態を歌ったもの――だったはず。

 だけどフィオナは古いお屋敷の中で、そのメロディを反芻していたのだ。

●黒薔薇の美女
 そもそもフィオナは日本――茨城にある久遠ヶ原学園近くで戦っていたはずだった。
「ここは‥‥?」
 間違っても、こんな西洋の香り漂う如何にも古そうな屋敷で戦っていたはずでは、ない。
 一目で古さが判る作りの建物だった。
 深みのある赤の絨毯が敷かれたエントランス、緩やかにアーチを描く階段の手摺は飴色に輝いている。古くはあったが決して埃臭さや黴臭さは感じない、長年大切に手入れされていた事が伺える、年輪を感じさせる屋敷だった。
 これほど古く、かつ威厳を保った屋敷は、実家の地元にもそうそうないだろう。ダアトを多く輩出している実家を思い出し、フィオナはふと苦い想いを噛み締める。
(いいえ、私は阿修羅として一番になるのですから!)
 過去は過去。親族の期待と落胆に傷付けられた幼心を負けん気に変えて頑張ってきたフィオナは今、久遠ヶ原学園の門を潜り撃退士への道を歩み始めている。
 現にこうして天魔の手下を倒し――倒して何故こんな場所にいるのだろう?

 状況把握に努めるフィオナの眼前には、倒した天魔の手下の代わりに、明らかに人間とは異なる種族のモノがいた。
 先ほど倒したはずの天魔の手下とは明らかに格が違う。より人間に近い容姿、寧ろ人間で表すなら飛び切りの美女だ。
 世の男であれば争ってでも奪い合おうとするだろうしなやかで均整の取れた肢体、整った顔、それらを更に際立たせるのが彼女の纏う黒のドレスだ。白く透き通った肌は花弁を思わせるデザインのもと更に白く美しく引き立ち、彼女の魅力を更に蠱惑的なものにしていた。
 そう――喩えるならば、黒い薔薇。
 極寒の中強く艶やかに咲く、孤高の存在。人を惹き付け己がものにして離さない、我侭な――我侭が許される極上の女。
 容姿の良し悪しがそのままチカラと比例する訳ではないが、それでも彼女がフィオナの討伐した輩よりもずっと強いチカラを持っているのだという事は、彼女が纏う雰囲気から十二分に伝わってきた。
 まさか討伐した手下の――

「天、魔‥‥?」

 思わず呟いたフィオナに、彼女はあからさまにイヤそうな顔をして返した。
「ちょっとぉ、あたしをあんなウザイのと一緒にしないでよ」
 意外と蓮っ葉な物言いの女だ。
 どうやら失礼な事を口にしてしまったらしい。思わずフィオナは揃えた右手の指先で口元を押さえた。
 しかしフィオナのそんな様子が、女には好ましく映ったらしい。唇の端を妖艶に歪めて微笑うと、からりと言ってのけた。
「あたしはね、由緒正しいヴァンパイア。ぽっと出の天魔共と一緒くたにされてイイ迷惑してるのよね」
 由緒正しい、という言葉を強調した女は、古来より伝えられている神や魔の存在と、撃退士達が対峙している天魔とは別個のものであるのだと言い添えた。それはフィオナも知っていたから、迷惑だという女の言い分は解らなくもない。
「でね、ちょっとウザイのがいた訳よ。天魔の下っ端の癖にヴァンパイアの真似事をしていた奴がねぇ」
「‥‥あ」
 フィオナが倒した天魔の手下は、乙女を好んで襲ってはいなかったか。
 解った? と、女はフィオナに微笑いかけた。
「そう、あいつ。あたしの代わりに貴女が倒してくれたのよ。そこで貴女にお礼がしたくて、ご招待した‥‥って訳」
 ちりりん。
 女は手の中に握っていた小さなベルを鳴らした。執事やメイドを呼ぶ時のあれだ。
「さあ、みんな出てらっしゃい」
 ジャック・オ・ランタンにゴースト、獣人、几帳面に包帯を巻いたマミーやらボロボロの服を纏った狼男――奥から出て来たというよりは、突如湧いて出たというのが正確な所だろう。ぞろぞろわらわら何時の間にやらエントランスはお化けだらけになっていた。
「やあ、人間の女の子だ」
「美味しそうな子だね? 黒薔薇様がお好きそうな子だ」
 くっくっと怪しい笑いを漏らす魔女は一瞬にして消えた。
 黒薔薇と呼ばれた女は、魔女が居た場所から視線を動かし執事姿のケットシーに声を掛けると、フィオナに振り返り微笑いかけた。
「ごめんね、びっくりしたでしょう? とてもよく似合ってるわ」
「ええ、少しは‥‥え!?」
 フィオナが驚いたのも無理はない。何時の間にか、フィオナは女と対になる深紅のドレスを身に纏っていたのだから。
 驚く様子も愛らしい蕾の薔薇に手を差し出し、黒薔薇の君は深紅の蕾を誘った。
「さあ、行きましょ。ようこそ、あたしのお客様」

●ちょっと不思議な晩餐会
 黒薔薇の君に案内されるまま、フィオナは屋敷を散策した。
 ヴァンパイアの屋敷というだけあって全体的に薄暗く、所々に燭台の明かりが灯るのみだ。それがまた、黒薔薇の青白い肌を際立たせて妖しい魅力を醸し出していた。
「ふふ‥‥怖い?」
 警戒を解かないフィオナを試すように覗き込み、黒薔薇の君は整った指先でフィオナの顎をなぞった。まさか魔女が言った通り本当に食べるつもりかと緊張するフィオナに冗談よと女は笑うが、あながち冗談とも思えなかった。
「この廊下の先が食堂‥‥勿論、厨房には案内しないわよ?」
 貴女には御馳走を食べて貰うのだから――そう言って進んだ先にあったのは、古めかしく広い食堂だった。
 大きな部屋の端から端まである長いテーブルには真っ白なクロスが掛かり、白磁の食器が並んでいる。上座の椅子を引いてフィオナを座らせると、黒薔薇の君は着席してベルを鳴らした。
「ケットシー! ワインをお持ち!」
 すかさず、執事服を着た猫の魔物のケットシーが後脚で器用にちょこちょこやってきた。前脚に、ワインボトルが載った銀の盆を捧げ持っている。その様子があまりに愛らしかったので、フィオナがついじっと眺めていると――
「あなたも飲む?」
 勧められてしまった。
 折角なので少しだけお付き合いする事にする。屋敷の趣味同様、黒薔薇の君はワインの趣味も悪くなかった。
 軽く嗜んだ後、ケットシーやジャック・オ・ランタン達が料理を運んで来始めた。チシャのサラダにカボチャのスープ、ライ麦のパン、それから――
「今朝獲れたばかりの鱒をムニエルにしました」
 コック帽を被ったカワウソが胸張って一々解説してくれるもので、ついついフィオナの手が止まってしまう。
(この小さな手で鱒を獲ったり料理をしたり‥‥)
 想像するだに何だか微笑ましくて頬が緩みそうになるのを必死にこらえているのだが、黒薔薇の君にはお見通しのようで。
「貴女、この子がお気に入りのようね?」
「‥‥‥‥」
 我に返ったフィオナ、慌てて食事を再開するのだった。

 甘いものは別腹――かどうかは判らないけれど、食後のお茶は格別だ。
 フィオナが紅茶の琥珀の色と香りを楽しんでいると、細い指先でマカロンを摘み上げた黒薔薇が面白そうにフィオナを見つめて、突然言った。
「ねぇ‥‥貴女、お付き合いしてる人は、いるの?」
「!?」
 優雅な時間が一瞬で崩壊したフィオナの様子が、答えを雄弁に物語っている。黒薔薇は更に楽しそうに、言った。
「駄目よぉ? 女を磨くのは恋なんだからさ」
「うっ‥‥」
 ダアト家系の実家を見返す為に勉学に励んできた。勿論文武両道は心掛けてはきたけれど、正直な所、異性に目を向ける余裕まではなかった――ような。
「貴女、磨けば誰よりも綺麗になれるわ。何なら、あたしが磨いてあげよっか‥‥?」
「い、いいえっ、時期が来れば必ず出会いがありますから!!」
 黒薔薇の趣味はともかく、今の所そちら方面の嗜好はないはずのフィオナは大慌てで辞退して。
 ――そんな初心な反応をも、黒薔薇は楽しんでいるようだったが。
「ねぇ、一曲、踊らない?」
 やがてフィオナの手を取り黒薔薇がダンスに誘った。
 狼男の遠吠えに、ジャック・オ・ランタンのパーカッション。小夜啼鳥の主旋律にケットシーがヴィオラを重ねる、そんな夜。

 今宵はハロウィン、人と魔の境が曖昧になる素敵な夜なのだから――



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ja9370 / フィオナ・アルマイヤー / 女 / 21 / 黒薔薇のお客様 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 赤の似合うお嬢さん、こちらの世界では初めまして。周利でございます。
 この度はご指名いただき、ありがとうございました。同時に、お待ちいただきまして申し訳ありません‥‥!
 遅くなってしまいましたが‥‥ハロウィンの晩餐会、お届けさせていただきますね。

 黒薔薇の花言葉には色々ありますが、黒薔薇の君には『貴女は私のもの』をイメージさせていただきました。
 ちょっぴり我侭で束縛屋さん、でもそんな所が魅力の女性――
 エリュシオンの世界に現れる天魔。私達の世界に伝わるヴァンパイア達とは似て異なる存在と伺いました。
 天魔でない昔ながらのモンスターの皆さんは、きっと恐怖と畏れを同時に感じさせる存在。
 ハロウィンはそんな由緒正しいモンスターの皆さんと交流できる唯一の機会――お楽しみいただけましたら幸いです。
ハロウィントリッキーノベル -
周利 芽乃香 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年12月04日

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