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『+ 今宵、どんな夢を見る? + 』
久能・瑞希8627



 貴方は、幸せそうに笑うでしょうか。
 それとも悲しみに心を沈めていますか。


 さあ、目を覚まして。
 そして教えて、そこはどんな世界?
 鏡合わせの中に存在する虚像のように、またそこには別の貴方。


 貴方は聖夜の夜にどんな夢を見るか。



■■■■■



「これは夢か。おい瑞希どう思う?」
「その口調に面影……お前出流か? なんや、出流もしかして女やったん!?」
「とりあえず眼下に行け。脳外科でもいいぞ」
「冗談やのに〜」


 そこは二人きりの夢の中。
 久能 瑞希(くの みずき)と桐生 出流(きりゅう いずる)が迷い込んだ聖夜の街。イルミネーションによって彩られた街並みはクリスマスソングと共に煌びやかに輝き、街路を歩く人々を照らし出す。
 彼らは互いに対面した状態で各々の状況を確認しあう。
 瑞希に関しては寒がりという点もあり、ダウンジャケットに厚手のズボン、首にマフラー、頭にニット帽と多少重装備の格好ではあるが明らかに男性だと分かる。
 ただし出流は現在、金のロングの毛先を軽く巻いている眼鏡っ娘。白のハイネックワンピースに赤いフワーのストールを纏い、白のブーツを履いており見た目だけなら優しげな女性である。その変化に気付いた瑞希が素早く声を掛けるも、冷ややかな視線と言葉が返ってきてついつい瑞希は泣き真似をして誤魔化しに掛かった。


「なんでわたくしは女性化しているのしょうかね。胸までばっちり膨らんで」
「美人さんやねー」
「お前、わたくしのこの状況に他に何かいう事はないのか!」
「ふむ。んじゃ、デートしよか」
「って……おい、瑞希」


 それはとても唐突な申し出。
 そして半ば強制的に瑞希は今は細くなった出流の手を掴むと街中を歩き出す。普段ならば顔を出して歩こうものならアイドルとして騒がれる事が多いが、この世界では彼ら二人を気にする人達はいない。どれだけ顔を出そうが、一緒にいる人物が女性化して――傍目から見て女装と見えたとしても、皆まるで『一般人のカップル』としか認識せずただ通りすがっていくだけ。たまに振り返る人がいても「今の二人お似合いのカップルね」と、感想の声が聞こえるのみである。
 ゴーイングマイウエイな瑞希を止める事は出来ず、出流も流されるまま慣れない白ブーツで街路を歩くだけ。


「で、出流はどこ行きたい?」
「酒飲めるところ」
「……色気ない奴やな」
「あってたまるか。中身はいつもの自分なんだから」


 苦笑する瑞希に出流は若干鋭い視線を送る。
 しかし中身は普段の彼ならば瑞希とて大して動揺したりしない。あくまで普段通りに――けれど女性の出流をさり気なく歩道の内側に寄らせ、自分は車道側に立ち何かあった時にすぐに庇えるようにポジションを取っておく事は忘れない。
 酒好きな出流の返答も予想していたモノでは有るが、こうも一語一句違わず「酒」の要求をされるとそれはそれで悲しいものがじんわりと浮かびあがる。しかし中身が変わっていない事に安堵したのも本当の事で、瑞希は例え今繋いで引っ張っている手が普段より細く儚いように感じたとしても気にしない事に決めた。


「酒飲めるとこ……居酒屋」
「むさくるしいから却下」
「焼き鳥とか食べたいー。串ええよな、串」
「酒が飲めるところだけど、この格好で入りたくないし雰囲気も何か違う」
「なんの拘りなん、それ」
「っていうか、もう少し女性を連れて歩く場所選べよ」
「えー……じゃあ、バー?」
「及第点」
「出流ちゃんきっびしー!!」
「それでもまだマシだと判断しただろ!」
「あ、あそこ雰囲気良さそう。レンガ造りの外装で洒落た店やん」
「ふと思えばカード使えるよな。カード使えなかったら飲み放題出来ない」
「……うちも財布の中身確認しよーっと。二人分奢れる分あったかなー」


 街を彷徨い、探し歩いた二人が見つけたのはレンガ造りの洋風のバー。
 店自体は小さくこじんまりとした印象が見受けられるが、財布を覗きそこにしっかりと自分達が飲める程度の金銭が入っている事を確認するとガラス製のバーの扉を押して開く。当然開いたのは瑞希。「どうぞー」と軽く間延びした口調で扉が閉じないよう足と手でしっかりと支えながら出流を中へと誘う。
 ライトは最小限に灯りを絞られており、けれどそれは決して不快ではなくむしろムードを出すための演出。カウンター以外は枠で区切られ半個室造りとなっておりある程度のプライバシーは守られているようだ。
 清潔感溢れる白シャツとベスト、それから黒の腰エプロンをつけたウェイターが二人を奥の席へと案内してくれるので、彼らはそれに従い通路を進む。無事対面する形で各々椅子に腰掛けるとテーブルの上に置かれた白キャンドルに火が点される。仄かな明かりが精神安定にも作用し、恋人達の特別な夜を持ち上げる役目を担っているのが良く分かった。


「とりあえずウィスキー」
「『とりあえず』でそれ!?」
「じゃあ……ここに書いてある赤ワイン」
「値段の桁が財布に痛いです」
「焼酎を一本」
「ムード重視はどこいったん?」
「お前はわたくしに何を求めているんですか」
「もうちょっと、もうちょーっと色気」
「……カクテル系にするか。甘めのジュースとしてしか舌が感知しないのに」
「生ビールよりマシ、生ビールよりマシ……生ビールよりマシ」
「泣き真似がうっとおしいですよ。あ、すみません。これとこれを――」


 マイペースなのはどちらも同格。
 最初からハイペースで飲もうとした出流に瑞希は心砕かれ、めそめそと目元を押さえながらウェイターが来るまで嘘泣きの演技を続ける。だが注文に入ったらそこは別。自分が飲みたいものもきちんとリストアップしておいたため、彼もまたさっくりと雰囲気重視のカクテルと軽いツマミを注文すると一旦は下がってもらう事にした。


 出流は慣れない靴で歩いたせいもあり、若干かかと付近に違和感を覚え落ち着かないように足を床に擦らせる。それに気付いた瑞希はふむ、と頷くと財布の中からある物を取り出す。その様子を出流が気付かないわけがなく、相手の手元を眺めているとやがてその手に握られた薄くて小さなものが差し出された。


「ほい、バンソーコ」
「はい?」
「足きついやったら水ぶくれ出来る前に張っときや」
「……なんでそんなもん常備してんだよ」
「だってうちアクション俳優目指してるやろ。レッスン時とかにうっかり怪我する事もあるし、持っててもそんなにかさばらんから常備してんよ」
「ふーん。貰えるものは貰っとくけど」
「その下、生足?」
「ソックスくらい履いてる!」
「なんや、生足公開で貼るとこ見れるかと思ったのにー」
「…………」
「無言止めて! 怖い!」


 出流が呆れた……というよりも若干無表情に近い状態で無言を貫くとそこに宿るオーラが恐ろしく、瑞希はついついその雰囲気を散らそうと明るく怖がってしまう。美人が黙る事の怖い事、怖い事。
 そんな風に相変わらずの二人で過ごしているとやがて運ばれてくる注文品達。多種多様のクラッカーが中央に置かれると、彼らはまず挨拶代わりに互いが注文したカクテルのグラスをカツン、っと軽く触れ合わせ音を鳴らした。


「これからもよろしゅーな。んで、これはうちから出流に」
「ん?」


 くっとグラスを煽っていたところに瑞希からそっと差し出されたのは手の平サイズの黒デザイン箱に入った何か。箱自体は紙作りだが厚さがあり、しっかりとした形を保っている。
 一瞬にしてそれがどこのブランドのモノか理解した出流は若干目を見開き、それから差し出されたそれを手の平の上で素直に受け取った。視線で中を開くように促されれば、小さな頷きと同時に包装を解く。そこから転がるように出てきたのは――。


「指輪?」
「ん、出流に似合うと思うて買ってみた」
「なんでこんなものを」


 それは小指に嵌めるピンキーリング。
 装飾も最低限のシンプルな指輪で、渡された出流はついつい物珍しげにそれを指先で摘みまじまじを観察してしまう。自分がこれを渡される理由が分からない。だが先程までずっと一緒に街中を歩いていた事から購入時間が無かった事は知っており、ゆえにこれが前々から準備されていた事は明白である。
 視線を改めて目の前の男へと向けると、その瞳に映っているのは小さな『女性』。けれど瑞希は決して出流を女性として見てはいない。ただただ、桐生 出流という人物をきちんと認識しているのは長い付き合いである出流が察するには容易い事で。


「ずっと一緒にいてな。約束や」
「プロポーズは女にやれ。まぁ、お前に相手がこれからもできそうにないなら……傍で酒を酌み交わすくらいは約束してやる」
「おおきにー。苦笑いだとしても瑞希ちゃん嬉しー」
「苦笑いにもなるだろう。こっちからは何もないんだぞ」
「別にお返しとか期待してへんからええよ。それにまあ、しばらく彼女はできんわ」
「ふぅん」
「色々思うところあるしな。あ、このクラッカー美味い」


 冗談めいた口調で瑞希が言うので出流は小首を傾げて笑うだけでそれ以上の追及は止めた。
 指先で挟んだリングはキャンドルの光を柔らかく反射させ、折角だからと彼は貰ったばかりのそれを小指に嵌める。右か、左か。邪魔にならず、けれど指輪をある程度主張させてあげられるようばポジションを探しながら出流はどこか心和むのを感じた。


「左の小指の方がいいな」
「そ? どっちでもええわー。大体ピンキーリング選んだのだって『小指といえば指きりやろ? 約束事するんやったら小指でええやん』っていう考えからやし」
「単純思考」
「複雑過ぎて誰にも分からんよりええねんって」


 クラッカーを食べ進めながら、瑞希は片手を振って軽快な声で笑う。
 グラスに反射する出流の姿は女性だけど、瑞希が贈った相手に性別は関係ない。ただただ、個人だけを見て認識する――それだけの幸せ。


「なにはともかく、約束やで。傍にいてや」
「酒飲み仲間としてな」


 今感じるのは他愛もない小さな幸福理想論だけ。
 


■■■■■



 それは夢に至る前の瑞希の『現実』。


「ああ、忘れるところやった。今日、おかんと意味ないわ」


 合計五人の同居人の内、アイドル仲間の十二歳の少年にクリスマスプレゼントを渡すために彼は抜き足差し足忍び足と物音を極力立てないよう気をつけながら相手の寝室へと忍び込む。そこには既に誰かの贈り物が届けられており、同じ事を考えている人物がいるのだと心を温めた。
 瑞希の贈り物はレッスンに使うウェアと靴、おまけに猫耳帽子の入れたプレゼント袋。既に吊るされていた靴下にはその袋は入らなかったため、自分の分はそっと枕元へと置き、それから最後に少年の寝顔を見てからまた静かに部屋を後にする。
 無事クリスマスプレゼントを置き終える事が出来るとほうっと安堵の息を吐き出す。
 それから彼はかさり、と手の中に残っている別のプレゼントを口元へと持ち上げて。


「こっちは出流宛やな。正面切って渡すと思いっきり怒られそうやし、コートのポケットにでも入れとこっと」


 それは後に夢の中で彼が手渡す贈り物。
 特別な日の特別なプレゼントは思い出残る指輪か、それとも聖夜の夢か。
 それでも今はただ相手がその指輪を嵌めてくれる事を想像しながら、目元を細めて笑うだけ。
 ――呆れられても良い。馬鹿にされてもいい。
 ただただ傍に居て欲しい相手がちょっとでも笑ってくれる事を願いつつ、彼は冷える廊下を踏み進んだ。











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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8626 / 桐生・出流 (きりゅう・いずる) / 男 / 23歳 / アイドル・俳優】
【8627 / 久能・瑞希 (くの・みずき) / 男 / 24歳 / アイドル・アクション俳優】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、N.Y.E煌きのドリームノベルへの参加有難う御座いました!
 出流様の女性化……! 瑞希様のさり気ないプレゼント! こう想像すると楽しそうで、また幸せそうですよね。ライターへの私信に出流様はツンデレとの表記があってちょっと吹きました。なんて可愛い(ほっこり)
 どうか聖夜を楽しんでくださいませ!!
N.Y.E煌きのドリームノベル -
蒼木裕 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年12月05日

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