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『【親子月之録〜深甚手合】 』
以心 伝助(ia9077)&乾 炉火(ib9579)


●其色月、奇縁来襲
 神楽の都の一角にある、『開拓者長屋』。
 そこは安い店賃につられた開拓者が多く住むため、いつしかそう呼ばれるようになっただけの、よくある普通の長屋だ。
 何の変哲もない長屋に何かを探すような一人の男が現れたのは、暑さも盛りの七月末だか八月頭の頃のこと。
「う〜ん……確か、この辺りって聞いたんだがな」
 きょろきょろと見回しながら簡素な長屋の間を歩けば、鬼ごっこでもしているのか数人の子供らが賑やかな声を上げながら脇を駆け抜けていく。
「おーおー。まったく子供ってのは、暑くても元気があっていいねぇ」
 微笑ましくにやにや笑いで小さな背中を見送った中年男は、視線を戻した先、井戸端の日陰で暑そうに団扇を動かす住人に気がついた。
「暑いな、にぃちゃん。ちと聞きてぇんだが、ここいらに『伝助』ってぇヤツが住んでると思うんだが?」
「んあ? てめぇ……伝に、何か用か」
 長屋では見かけない顔から声をかけられた住人は――単に日差しが眩しかったせいかもしれないが――やや怪訝そうに眉根を寄せ、尋ねた男を見上げた。

   ○

「ふぅ。これでようやく、落ち着いてきやしたかねぇ
 掃除の終わった『ねぐら』を以心伝助は改めて見回し、雑巾を手にした腕で額から流れる汗をぐぃと拭う。
 同居人と共に伝助が開拓者長屋に居を移し、数日ばかりが過ぎていた。
 安普請とはいえ、長屋の一室は大掛かりな掃除をしなくても寝泊りする分には支障はなかったが、やはり日頃から風を通していなければ空気が澱んで部屋も傷む。
 自分一人での暮らしならまた別だが、同居人の事を考えれば「越してきたついでに」という感もあり。部屋や土間の埃や煤(すす)を掃き出して、ようやくひと段落したところだった。
「けど……何か、忘れている気がするっす」
 桶のぬるい水で雑巾を絞って広げながら、伝助は首を捻る。
 さして多い訳ではない引越し荷物は早々に片付け、こうして掃除も終わった。前の住み家も引き払い、賑やかで顔も知りの多い「ご近所さん」への挨拶も済ませてある。食事は同居人が張り切っているとして、開拓者ギルドへ顔を出す急ぎの用もなく。
「……気のせい、っすかね」
 微妙な引っかかりに、そう結論を付けた直後。
「いるか、伝助。てめぇに客人だぜ」
「ああ、ゼロさん。客って……てぇっ!?」
 軽く声をかけ、遠慮なく戸を開けて顔を出した友人へ見やった直後。
 素っ頓狂な声を上げげ、珍しく伝助は身を引いたままその場で固まった。勢いで置いた水の桶をひっくり返さなかったのは、不幸中の幸いだろう。
「応よ。てめぇの親父さん、が……な……」
 微妙に緊迫した空気に笑いを堪えながら、ひらりとゼロは手を振る。
 ゼロの後ろにいた『客人』乾 炉火は、久方振りに顔を合わせた『息子』へニヤリと口の端を上げ、ひょいひょいと手招くような仕草をした。
「親……ッ、話したんでやすか!」
「道を聞くのにな。義理だが、可愛い『一人息子』だって」
 直後、宙を舞った雑巾が炉火の顔面をぺしゃりと直撃し、先を遮る。
「それは言うなと、何度言ったら……!」
「随分と変わった歓迎だな。もしかして、照れ隠しか?」
 動じず炉火は雑巾をぺろりと剥がし、雑巾が一枚しかなかった事を伝助は心底悔いた。
「ま、なんだ。親子水入らずで積もる話でも語り合うってんなら、ちび狸をうちへ遊びに寄越してくれてもいいからな。遊び友達が近所に越してきたんだ、ガキどもも喜ぶぜ」
「感謝、しやす」
「助かったぜ、にぃちゃん」
 両者の間については深く問わず、炉火を案内したゼロは照りつける夏の日差しと蝉時雨の下に戻っていく。後で炉火との事情を説明すべきか、それとも触れずに流した方がいいか。微妙に悩みながら友人の見送りに出た伝助は、ついでに桶の水を外へ流した。
「……で。何の用っすか」
 ひとつ深呼吸をしてから部屋に戻ると、無造作に胡坐を組んだ炉火へおもむろに口を開き。
「先に言っておきやすが、借金の肩代わりも縁切りの手伝いも一切お断りっす」
「つれねぇなぁ」
 険しい眼差しで先手を打つ伝助に炉火はからりと笑い、それからバツが悪そうにガシガシと頭を掻く。
「まぁ、なんだ。少しばかり、組み手に付き合ってくれねぇか?」
「だからあっしは、そういう……組み手、っすか?」
 いつもの面倒事だろうと断りを口に仕掛けた伝助だが、予想もしていなかった言葉にきょとりと目を瞬かせた。

「珍しく、まともな頼みっすね」
「そんな身も蓋もねぇ」
 予想外というか、ある意味では予想していた伝助の返事に炉火はガクリと肩を落とす。
 博打はやるわ、女癖どころか男癖も悪いわ、何かと問題を起こしては伝助を頼りにし、解決を手伝わせてきたツケとも言うべきか。いや、別の意味でのツケなら別のトコロでそれなりに溜まっているが、さすがに(こっちもかよ)などとは思っていても口には出さず。
「そんな大そうな事でもねぇんだ。開拓者の仕事を請けるうちに、こう、体の鈍りを実感したっていうか。お前なら、気兼ねなく相手をしてくれるかと思ってな」
「遊びにかまけて、日頃の鍛錬を怠っているからでやす」
 むすりと不機嫌顔をする相手の、相変わらずな真面目っぷりに炉火は密かに苦笑した。
「だから、こうやって頼みに来たんじゃあねぇか。前の部屋は引き払ったとかで、もぬけの殻なんだからな」
「あ。そういえば」
 素に戻った伝助が、ぽつと小さく呟く。
 ――居を移したと義理の親である炉火に知らせるのを、すっかり忘れていたのだ。それが気になっていた「小さな引っかかり」の正体かと気付けば、何やら胸のつかえがすとんと取れる感覚を覚えた。
「それで越した先を探すのに、どれだけ俺が難儀したか……おい、聞いてるか?」
「聞いてるっすよ」
 下から覗き込むように炉火が様子を窺えば、視線を返した伝助は大きく息を吐き。
「仕方ないっすね。どこかで喧嘩沙汰を起こして、更に厄介事を持ち込まれても困りやすから」
 憮然としながらも応じる『息子』に嬉しくなり、炉火は何度も頷く。
「だろ? そうだろ? じゃあ、早速行くか!」
「今からっすか」
「気が変わらねぇうちにな。善は急げって言うだろ?」
 胡坐を崩した炉火が率先して立ち上がれば、呆れ顔の伝助も追うように腰を上げた。

   ○

 青々とした野っ原の草を、風がざわざわ揺らす。
 否、草を鳴らすのは、駆け抜けるシノビ二人。
 ひと息に間合いを詰め、忍刀と喧嘩煙管が数合打ち合い。
 そして再び、斬り分かれる。
 大きな乱れはないが、細く息を吐いて呼吸を整え。
 構えた忍刀越しに、伝助は対峙する中年男をじっと見据えた。


 義理の父である炉火との手合わせは、数年振りだ。
 一応の恩人でもある相手を、彼は『父』と呼んだ事はない――というか、アレを『父』と人に知られる事が、まず嫌だった。
 勿論、いろいろと恩義は感じているが、それとこれとは話が別なのだ。
 原因は日頃の素行の悪さ、この一言に尽きる。
 顔を合わせば面倒事に厄介事、問題事ばかりを持ち込まれた伝助からすると、炉火はどうしようもなく「ロクでもない人物」だ。一方で実の父に次ぎ、父同然だった師を失った時、真っ先に彼の後継人となる事を申し出たのもまた、他ならぬ炉火だった。
 それでも伝助は、彼を決して『父』とは呼ばぬ。
 例え炉火の素行の件がなくとも呼べぬ理由が、伝助にはあった。


 どちらともなく、再び仕掛ける。
 炉火の周囲を一瞬で炎が包み込み、対するように水柱が立ち上った。
 草の原へ移る前に、崩れる水は火を飲み込む。
 技のキレは向こうが数段上……己の腕が鈍った以上に成長したもんだと苦く笑い、炉火は火遁の炎を払う親友の子に目を細めた。
 身のさばきや太刀筋なんかは、やっぱ死んだ親友に似てるな、と……。


 伝助の父、そして伝助の師と炉火の三人は、互いに親友と呼べる間柄だった。
 だから伝助は赤子の頃から知っていたし、向こうも彼によく懐いてくれていた。
 だが、陰穀のシノビの掟は厳しい。
 父を失い、成人となる前に師も自らの手で討たねばならなかった伝助に彼がしてやれた唯一の助けが、義理の父となる事だった。
 もっとも、未だに当人は炉火を父とは認めていない。
 それでも一方的に炉火は『息子』と呼び、生真面目なだけに気を散らす事の下手な伝助を案じていた。無論、本心を口にすれば、何かと面倒をかけているのもあるだろうが――面倒事を抱えやすいのは、炉火自身の性分が元だが――絶対に伝助は全力で否定するだろう。
 ただ炉火は炉火なりに親友達の、そして彼の息子の真っ直ぐ過ぎる不器用さを気にかけていた。


 突き出した無手が相手の体を崩そうとし、良ければ間を置かずに忍刀が閃いた。
 しかし伝助が読み切れぬ不規則な動きで炉火は鋭い切っ先をかわし、飛竜の短銃を向け。
 銃口が標的を捉える前に、身を屈めた伝助が持つ手を掌底で跳ね上げる。
 がら空きになった懐に飛び込んだと思った瞬間、すかさず膝蹴りが腹を抉り。
 一瞬詰まった胸の息を吐くより先に伏し、振り下ろす追撃の拳を避けた。
 地に手を突き、身を転じて伝助が飛び起き。
 体勢を整える間に、後方へ跳んだ炉火は再び間合いを計る。
 そのまま息を凝らして睨み合う事、数呼吸か。
「あ〜っ、止めだ。終わり!」
 屹と睨んでいた炉火が急に大声を上げて、相好を崩した。
「すまねぇな、付き合わせた」
「もう、いいんでやすか?」
 緊張を解いた伝助は急に吹き出した汗を拭い、首を傾げる。
「そうだな。伝助とも十分に遊べたし、動いて腹が減った!」
「つまり、あっしを構いに来ていた……と」
 じとりと訴えるように睨めば、喉をそらして炉火はからからと放笑した。
「そのつもりで行ったら、空き家で何事かと思ったのは本当だぜ。さて、腹も減った事だし、ついでに夕飯でも一緒にどうだ」
 相変わらず、炉火の振る舞いは『駄目人間』ではあるけれど……それでも一番辛い時期を支えてくれた恩人でもある事を、再確認し。
 屈託なく誘う炉火に呆れながらも、伝助は首肯する。
「いいっすよ。そちらの奢りなら」
「あぁ〜? ま、いいか……手合わせの礼だ。いい店に連れてってやる!」
「花街界隈の店は、勘弁願いたいっす」
「……チッ」
「連れて行く気だったんでやすね、その舌打ちは」
「あ−、細かい事は気にするな。早く老けちまうぞ」
「あっしとしては、もう少し細かいところも気にして欲しいっす」
 義理の息子に『父』と呼んで欲しい中年男と、呼びたくとも三度『父』とは口にしたくない青年と。
 冗談まじりの言葉を交わしながら、二人は野っ原から神楽の賑わいに戻るべく、肩を並べて歩き出した。
「そういえば。ゼロさんには、どう説明したもんっすかねぇ……」
 きっと深い事情を問いはしないだろうが、友人に炉火の素性をどう話したものかと、歩を進めながら伝助はふと悩む。

 それはまだ夏の盛り、其色月の遅い夕暮れが訪れる前の出来事――。

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2012年12月10日

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