▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『冬の庭に咲く 』
セレシュ・ウィーラー8538)&佐倉・桜花(NPC4942)

 豊かな黒髪が目の前をよぎって、「あ、倒れた」とセレシュが判断するのと同時。
 スーパーの硬く冷たいリノリウムへ。人体が倒れて叩きつけられる音が響いて、セレシュは少しばかり顔をしかめた。
「…ったぁ。今の顔面打ってへんか?」
 問いかけに応えは無く、ただ、倒れた少女の腕がゆっくりと何かを求めるように宙を切る。セレシュは少しだけ考えてから、その手に、自分の懐に丁度入っていた魔除けの力を持った水晶製の指輪を渡してやった。と言うのも、倒れた彼女の背中に、ニヤニヤと底意地の悪い顔で笑う地縛霊の姿が見えたからだ。指輪が彼女の手に収まるなり、その姿は慌てたように掻き消える。
 途端。
「…ッ、はぁ…ッ!」
 少女が顔を上げる。ようやく息が出来るようになった――と言わんばかりに苦しげに何度も酸素を求めて喘いでから、ようやくその瞳の焦点がセレシュにぴたりと向けられた。
「――セレシュさん?」
「セレシュ、でええよ? …町の外で会うとは珍しいこともあるもんやねぇ、桜花」
 セレシュが名を呼びかけると彼女はぶつけた額を手で押さえながら、素っ気ない様子でそっぽを向いた。
 セレシュにとっては、それなり程度に見知った顔ではあるが、それほど親しく会話をした覚えのない相手だ。名前は佐倉桜花。女子高生。ついでにとある神社の「巫女見習い」という立場である。
「こんなところで奇遇ね。買い物?」
 派手に倒れたとは思えない程に冷静に、倒れた拍子に乱れたスカートを撫でつけながら問いかけて来る淡々とした語調からは、感情は見えにくい。表情も少し険があるというか、童顔ゆえに印象の柔らかいセレシュと対照的に、人を突き放すような冷たさがある。
「そらなぁ、スーパーに用事、言うたら買い物以外にはあらへんなぁ」
「…それもそうね。馬鹿なことを聞きました。…それと、助けて頂いて有難う」
 セレシュが手にしたスーパーの買い物カゴを見せながら苦笑交じりに告げると、彼女は素直に頷き、それから生真面目に頭を下げた。それから顔を上げて困ったように、セレシュが手渡した指輪を見せる。彼女の指には少し小さすぎるそれを掌の上で転がすようにしながら、
「…ごめんなさい。これ、町に帰るまでお借りしてもいいかしら。後できちんとお返しするから」
「ええよ、大したもんとちゃうし。よく行くアンティークショップで見かけてな、魔除けの力が籠っとるようやったから興味本位で買うただけや。安もんやで?」
「でも、」
「そない気になるんやったら、家まで送ろか、桜花。そこで指輪返してくれたらええわ」
「…それだと余計に手間をかけるわ」
 嘆息する桜花だったが、否定の言葉はなかったので、セレシュは一方的に、買い物袋をぶら下げたまま、彼女と帰路を共にすることになった。


*

 しかし何であんなとこに居ったん。セレシュの質問に、桜花が当たり前のような顔をして、
「牛乳が1本98円、卵1パック80円。…物価の高い東京でこの値段は魅力的だわ」
 と涼しく言い切ったのには恐れ入った。その為だけに隣町のスーパーまで遠征してきたらしい。
 桜花を送り届けて、場所はふじさき町、ふじがみ神社。その母屋である小さな日本家屋の前だ。ここは桜花が現在居候している、神社の神主一家の住居でもある。
 折角送ってくれたのだからお茶でも、と乞われる格好で、セレシュはその縁側に座っていた。春なら桜――残念ながらご神木は無くなったが、それ以外にも境内には桜が植えられているのだ――、初夏には見事な藤の花を拝める場所だが、生憎と冬場の今は桜の葉も散り、どこか物寂しい風景だ。
「…ってか、気になっとってんけど。桜花、自分、ここの居候とちゃうん? 家事とかやっとるんか」
「居候だから、なおさらよ。私、貸しを作ったままなのは性に合わないの」
 成程。その性格の故に、セレシュから差し出された指輪も素直に受け取れないのだろう。
 慣れた所作で、エプロンをつけた桜花はセレシュに向けて湯のみを差し出した。それからお盆を抱えたまま、セレシュの隣に腰を下ろす。おや、と首を傾げたセレシュに向けて、普段は巫女装束を着こなしている彼女は、和装に慣れた独特の立ち居振る舞いでその場に丁寧に手をつき、頭を下げた。驚いて目を瞬かせているセレシュに、顔を上げた彼女は相変わらずの淡白な物言いで一言。
「家まで送ってくれてありがとう。それと、いつも私の周りの馬鹿どもが迷惑をおかけしています。あんな連中だけど、悪い奴らではないの。良くしてくださると嬉しいわ」
 馬鹿ども――と容赦のない言葉で示されているのは、桜花の後輩であり、この家の息子である神主見習いの少年と、神社の常連である錬金術師の少女の事だろう、と、セレシュには容易に知れる。最近もセレシュは後者の起こした騒動に巻き込まれたばかりだった。
「はい? いや、ええよ!? そんな畏まらんでも、うちも暇な時に顔出しとるだけやし、ほんまにキツかったら付き合わんし!」
「そう言ってくれると私も気が楽で、助かるわ。あの子達、本当に周りの迷惑を考えないから。適度に叱ってやって頂戴」
「…桜花、昔っから、あの子らと仲良うしとる相手にはそうやって頭下げとるん?」
 確か、彼女がこの家に居候を始めたのはもう5年か6年も前だったと聞いている。セレシュの感覚ではそれほどの時間ではないが、まだ二十年も生きていない彼女に、その時間は大層長いものではないのか。
 そう思っての、ふとした問いかけだった。
 問われた桜花はあくまで怜悧な表情のまま、生真面目に首を傾げて、――だが微かに、口元を緩めたようにも見える。
 それだけで、彼女は一言も問いには答えず、そっとセレシュに皿に乗った最中を差し出した。
「お茶に合うと思うわ。お嫌いでなければどうぞ」
「…お母さんかい、あんた」
「分かっていないわね。『お母さん』なら、こんなに世話を焼いたりしなくてもいいの。…ホントに、どうしようもない子なんだから」
 ため息交じりのそれはまるで、それは出来の悪い弟を嗜めるような。
 普段、「彼」の前では酷く険のある態度しか見せない桜花なので、セレシュは再び瞬いた。青い目をぱちくりさせるセレシュの視線に気づいたか、居心地悪そうに桜花が身じろぐ。
「…なぁに、セレシュさん」
「いや、その。無粋なこと訊いたら申し訳ないんやけど、桜花――」
 セレシュが何事かを問おうとした矢先だ。玄関の方から、やたらと賑やかな声が響く。――この家の跡取り息子が帰ってきたのだ。
「ただいまー! 桜花ちゃん、遅くなってごめんな! 俺が居なくて寂しかったよね!!」
 廊下からご近所にも響きそうなほどの音量で告げる少年の声に、苦々しげに桜花は嘆息する。それから彼女はセレシュに向き直り、人差し指を口に当てた。
「無粋と思うのなら、訊かぬが花じゃないかしら」
 そう告げる表情は確かに微笑んでいて、冬の庭から吹き込む風の中で、そこだけ蕾が綻んだようにも見える。セレシュもふ、と吐息で応じて、それから廊下を駆け寄ってくる少年の気配の方を顎で示した。
「…せやね。で、どうするん、桜花、アレ」
「勿論、近所迷惑だもの。――黙らせてくるわ」
 お盆を片手に立ち上がる時には、桜花の表情はいつも通り、怜悧な無表情に戻っている。多分、いつも通り、容赦のない言葉と鉄面皮で彼を諌めるのだろう、とそれはもう容易に想像がついたので、セレシュは「せいぜい頑張ってな」と、最中を片手にやる気なく手を振るに留めておいた。

 最中をぱくりと齧ってしばし。
 廊下の方からは淡々としたお説教と、それに対して懲りない少年の言葉と、最後の方では焦れたらしい桜花が振り下ろしたお盆が少年の頭に直撃する音が小気味よく響いてきたが、セレシュはお茶を啜って冬の庭を眺めていた。
 喧騒を背後に見れば、侘しい庭も、これはこれで風情があるかもしれない。




*****
ライターより

度々のご依頼ありがとうございます、
&納品が遅くなり大変申し訳ありません。

楽しんでいただければ幸いです。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
夜狐 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年12月11日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.