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『December Crystal 』
天谷悠里ja0115


 チラチラと雪が降り、窓ガラスに結晶の痕を残しては消える。
 天谷 悠里は白鍵から指を離し、白く彩られる風景へ視線を映した。
「寒……」
 旋律が止まると、途端に現実世界へと引き戻される。
 ニットのショールを首元に寄せ、身震い。
「悠里ー、やっぱりここだった」
 絶好のタイミングで、友人が音楽室の扉を開けた。
「購買で、あったかいの買ってきたよ」
 何よりも暖かいのは、その笑顔だ。
 つられるように笑い、悠里は立ち上がる。
「……あ」
 使い慣れた楽譜を畳み、ふと気付く。
(誰かの忘れ物、かな?)
 窓辺に、可愛らしくラッピングされた小さな袋。
 どうして気づかなかったのだろう。
 12月。もうすぐクリスマス。きっと、誰かへのプレゼント。
(クリスマスプレゼント、かぁ……)
 その言葉は、悠里の遠い思い出を呼び起こした。



●December,a long time ago
 どのくらい昔のことだったかな。
 たぶん、まだ10歳にもなってなかったと思う。
『予約しておいたチキンを受け取ってきてもらえる? この紙をお店の人に渡してね』
 それは『恒例行事』で、できたてホカホカチキンの入った箱を抱きしめることを想像し、私はワクワクして街へ出かけたことを覚えてる。
 いつものバスに乗って、いつものバス停で降りて。
 お店は、そこから真っ直ぐ進んで、一つ目の角を左へ。
 寒い寒い冬の午後。真っ白な息を吐きだして、冷たい空気を肺に吸い込んで、私は一生懸命に道を走っていた。

「あっ」

 自分が渡る必要のない信号が青になり、反対方向へ人々の波が動き始める。その中の、違和感。
 小さな私は、思わず声を上げていた。
 大きな紙袋が一つ。
 歩き始める人々の、きっと誰かに置き去りにされていた。
(だれのだろう、どうしたら)
 ホカホカチキンのことが頭から吹き飛んで、私は紙袋へと駆け寄る。
 皆、手には鞄、プレゼント、傘なんかを持って歩いてる。
(もしかしたら――)
 信号が赤に変わる。皆が渡りきる。その中に、手ぶらの男性の姿を見つけた。

 ――白い髭の、恰幅のいい白人のおじさん。

 あの人だ、と思ったのと
 が、がいこくじん!? と焦ったのと
 とにかく咄嗟に動けないうちに、おじさんは人の波へ波へ。
(何を忘れたのかな)
 人のものを、勝手にのぞいたらいけないって怒られるかもしれないけれど……
 おじさんを探した方が良いのかな、おまわりさんに届けた方が良いのかな?
 迷いながら、そぅっと紙袋の中を、覗きこんじゃった。

「……わぁ」

 そこには、色とりどりのリボン、包装紙、大きさ様々な箱たちが踊ってた。
(サンタさん!)
 今思えば、シーズンなんだからクリスマス会向けにたくさんのプレゼントを買っていたっておかしくないって説明はつくんだけど……
 『サンタさん』って、反射的に感じちゃったの。笑わないでね、だって子供の頃だったんだよ?
 だから、それで、おまわりさんには秘密にしなくちゃ! そう思ったの。
 信号が変わるのを待って、大きな紙袋を抱えて横断歩道を渡って。
 目立つ姿のおじさんだったから、色んな人に聞いてまわって……

「お嬢ちゃんかい? わたしの荷物を見つけてくれたのは」

 冷たい空気で胸が痛くなって、おじさんは見つからなくって、日が暮れてきて、泣きそうになった時だった。
 後ろから、あったかい響きの声。
「おじさん! これ、おじさんの忘れものでしょ?」
「あぁ、大事な大事な、忘れものだ。ありがとう、お嬢ちゃん。どうか泣かないで」
「う、ぅえ……」
 疲れたが出たのと安心したのと、思わず涙が込みあげた私の頭を、おじさんが大きな手のひらでぽんぽんと撫でてくれた。
「そうだ、お嬢ちゃんにはこれをあげよう」
 差し出されたのは、赤と緑のリボンが結ばれたロリポップ。
 私、そこまでこどもじゃないです。
 そう言おうとして、でも声が出なくて、泣き笑いで受け取ったっけ。
 それでも笑顔になっちゃうのは、やっぱり『子供』だったからなんだろうな。
 下を向いて、涙を拭いて。ロリポップを握りしめて。
「ありがとう、おじさん――」
 顔を上げたら、おじさんはもう、居なかったの。
「え? え??」
 何が起きたか分からなくて、あたりをキョロキョロ見渡して――

 ――ひらり

 雪の結晶が、空から落ちてきて。
 引かれるように、その先を目で追った。
 鈴の音は、商店街のBGMだろうか。
 じゃあ、夕空に走る、あの影は――姿は……

(サンタさん……)

 たなびく雲を見間違えたのかもしれなかった。
 それでも、ふわふわの雪をふらせながら、おじさんは私へ手を振った、ように、見えたの。



●Now and then
 高等部の教室までやってきた悠里へ、少女が驚きの眼差しを向ける。
「私の前に音楽室を使っていたのは……あなただよね。ちがったらごめんなさい」
 悠里の手には、音楽室の『忘れ物』。
 少女の顔が、みるみる赤くなる。
「ふふ よかった」
 かわいらしいサンタさんへ手を振り、悠里は教室を後にする。
「あんなことがあったから…… 忘れ物をする現場を見かけると、届けなきゃって」
 お人好しなんだから、と友人が呆れ声。
 誰かの『忘れ物』を見て見ぬ振りが出来なくなったエピソードを話したのだけど、友人は、それでも変な顔をしている。
「まさか……まだ、サンタクロース信じてるの!?」

「クリスマスには、奇跡が起きるものでしょう?」

 友人の突っ込みにも負けず、ふわり、やわらかな笑顔で悠里は応じた。
 大切な大切な思い出は、とけない雪の結晶のように輝いている。



【December Crystal 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0115 / 天谷悠里 / 女 / 19歳 / アストラルヴァンガード】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
素敵な冬の思い出を描かせていただきました。
まっしろな雪のように純粋な、記憶と想いを表現できていればなと思います。
素敵なクリスマスが訪れますように。
N.Y.E煌きのドリームノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年12月13日

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