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『●雪華縹渺 』
七種 戒ja1267

 ひらり一片、また一片と、乾いた戦場に、粉雪が舞い落ちてくる。
 絶え間なく視界に降り注ぐ白は、気紛れにこの身にも触れ、熱を奪っていく。
 疲弊した意識は、誘われるように混濁していき――しかし、失うわけにもいかない。
 結果、深層心理を、垣間見る羽目にもなる。


 ――其処にたゆたうモノは、何?




 息を吐く。立ち昇るその白さにすら苛立ちながら、身を潜める。
 使い慣れたライフル、その引き金に掛かった指には、とうに感覚など無い。
 展開した索敵に反応が無い事を確かめ、戒はようやっと己に休息を許した。
 周囲には、壁と呼ぶのは憚られるほど、ほぼ瓦礫と化した石材が幾つか。
 一番マシな一つに温もりを分け与えるように凭れ座り込み、降り注ぐ粉雪に焦点を合わせる。
 出血していたのは何処だったか。応急手当も億劫なほどに、戒は疲れていた。
 「…んで、こんなことしてんだろーな」
 思わず漏れた呟きは、粉雪と共に地に溶ける。
 
 戦いなんて好きじゃなかった。むしろ、どうでも良かった。
 力も強さも、頂点にも興味などない。ただ毎日楽しく在れるならば、それで。
 物心ついてからずっと、入学してからも暫く、そのスタンスで生きてきた。
 変わったのは何時からだったか。目線は粉雪に向けられたまま、視線は過去をなぞる。
 近くは無い出来事なのに、まるで昨日の事のように思い出せる。
 とある依頼。力量差をはっきりと見せ付けられた、懐かしき初陣。
 届かない、敵わない、それはこんなにも悔しいのだと。脳裏に痛いほど刻み込まれた、でも。
 ――追いつきたい。隣に立って、同じ景色を。叶うのならば、死角を補う位置を。そして。
 「そして追い越す、ぎゃふん言わしちゃる」
 そう、戒は白い吐息で笑う。振動が、長い黒髪を飾る白を幾つか、ほろりと落とす。
 それは、意識が、一欠片ずつ深層に零れ落ちていくさまに似ていた。

 戦う目的は出来た、それでもやはり、戦い自体に興味は無くて。依頼は、原因のシンプルなモノを選んだ。
 行ったことない土地に行けるだの、友人が赴くからだの、そんな、分かり易いモノを。
 複雑な裏がちらとでも垣間見えると、そっと依頼書を元に戻した。
 報酬を得るからにはきっちり働こう、だが、それ以上の事など知らない。求められても困る。
 「私は、そんなに優しくは、ない」
 短く吐き捨てるような言葉は、熱い意思を以て粉雪を吹き散らし。
 睨め付ける視線は逆に、絶対零度の熱を孕んで。
 いっそ攻撃的なまでの鎧を纏い牽制する――私を縛るな、と。

 依頼に赴く度に、経験は積み重なっていく。振るう技術も、確かに上がっていく。
 持ち帰る手傷だって格段に減った。――なのに、どうして。
 あの日はっきり見えた背中は、むしろ幻であったかのように霞んでいくのだろうか。
 心中に湧き上がるのは、焦りではなく疑問。縮まる筈の差が、むしろ開いている気がするのは、何故?
 空ろな心は答を返せないまま、身体だけが一人歩きしていく。
 「…単なる作業だから、か」
 片手を目線の高さに差し出し、徐に閉じて、また開く。
 捕まえたかのように見えた粉雪は、跡形も無い。
 僅か残る水滴だけが辛うじて、其処に在ったのだと、無ではなかったのだと、主張する。

 ただ技術を高める、別に悪い事ではない。それでもいいか、と思っていた。
 いつかわかるだろう、と。そうやって、日々を刹那に生きてきた。
 期待しなければ、落胆することもない。求めなければ、失うこともない。
 諦めるのは得意だ――その穴を、誤魔化すのも。
 全力で馬鹿をやって、終わる前に次を探して、始まる前から同時並行で。
 ただただ、楽しい事だけを、貪欲に、詰め込めるだけ。
 休む暇などいらない、容量過多など知った事か、そのまま息絶えるなら本望だ、と。
 でなければ…思い出して、しまうだろう?
 「私は――人は『独り』なんだぜ?」
 ザァ、と不意に、風が吹き付ける。優しく視界を染めていた粉雪が、冷たい礫となって眼に突き刺さる。
 思わず下ろした瞼の裏は、漆黒の闇。粉雪の白はもう、届かない。辛うじて現実に繋ぎとめていた意識が、深淵に引き摺り込まれていく。
 底無しの沼に弾ける泡のように、次々に浮かんでは消える思い出達――まるで、走馬灯の様に。

 短くない時を此処で過ごした。いつの間にか交友も広がっていた。
 大きなイベントもいくつかあって、その度に思い出と、傍らの気配が増えていって。
 そしてある日、大きな戦いが起こった。天翔ける侵略者の襲撃、総動員される生徒達。
 依頼という切り離されたモノではない、抗いようのない非日常が、日常を侵食していく。帰る場所さえも全て、塗り潰されて。
 怒号飛び交う戦場に立ち、手を彼我の血で染め、そうして、ようやっと気付いた。
 ――陽だまりの様なあの日常こそが、私の戦う理由なのだ、と。
 執着を、諦めていた。手に入れる事を、恐れていた。
 無意識下で避けていた筈の重みが、もう既に手遅れなのだとしたら。
 「…失う痛みに耐えられるほど、強くは、無いんでね」
 全力で、守るしかないだろう。この陽だまりを構成する、全てを。

 ゆっくりと眼を開く。収まりきらない風が、飽くことなく礫を投げてくる。
 視界は不明瞭、なのに目の前には、沢山の顔がはっきりと浮かんでいる。
 陽だまりの思い出の中で、屈託無く笑っているそれらが、今は。
 同じ冷たい戦場の何処かで、傷付き、血に塗れ、苦痛に歪みながらも、退かない眼差しで敵を睨み据えている。
 その表情を浮かべるワケが、この非日常だというならば。
 「笑ってくれないとな、私の日常は帰って来ないんだ」
 ――持てる全力で、排除しよう。

 悴んだ指で撃鉄を起こす。同時に索敵を展開、10時の方向に、敵影を捕捉。
 傷は上手い具合に凍った、応急手当も必要ないだろう。
 戒は立ち上がると、身を震わせ、重石のような粉雪を払い落とした。
 取り戻す、陽だまりの日常を、どの顔も欠けることなく。そのためなら。
 「差し出すよ、私の命くらい――足りるかは知らんけども、な?」
 この身一つで対価となるなら、安いものだ。
 どのみち、喪失の痛みになど、耐えられはしないだろうから。
 足りなくとも構いやしない、その時には、私もいない。――共に、幽世で笑おうか。
 粉雪が舞う中、敵影に向け、戒は歩き始める。銀の粒子を身に纏い、長い黒髪を靡かせて。
 向かう先は、どうやら晴れているようだ。


 ――遠く霞んでいた背中が、僅か、クリアになった気がした。




【雪華縹渺 了】



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1267 / 七種 戒 / 女 / 18歳 / インフィルトレイター】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご縁を頂き、有難うございました。
粉雪に惑う刹那は、いかがでしたか?

広く冷たい戦場、物陰に身を潜め機を伺う――その一瞬の、物思い。
そんなイメージで執筆させて頂きました。

ガチでシリアスにハードボイルドに、とのことでしたが、上手くご希望に添えていますでしょうか。
願い通り、周囲の皆様にドヤ顔出来ましたなら僥倖です。
N.Y.E煌きのドリームノベル -
日方架音 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年12月21日

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