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『ヤドリギの下で【焔&藤花】 』
星杜 焔ja5378

 ヤドリギの下で

 僕は
 私は

 君を待つ――

 吐く息は白く、頬を撫でる風はその身を芯から冷やしていく。
 待ち合わせた日は、クリスマス。
 ドキドキと高鳴る胸を押さえて、深呼吸。手にはプレゼント。

 彼は
 彼女は

 どんな顔して駆けてくるのか。

 僕は
 私は

 君を待つ――


 ***


 一歩町に出ればジングルベルが聞こえてくる。
 どこからかなんて、愚問だ。
 どこからともなく、どこからでも。
 そうまるで空から降ってでも来るように、自然とクリスマスのメロディーが街に溢れている。

 外気温とは無縁な鉄板ステーキの店は熱気に包まれていた。
 ぐるりと見渡せば、店内も店員もクリスマスカラーに染まっている。

 ――……わぁぁっ!
 店内から拍手と歓声があがり、手にしたパテが室内照明を反射してキラキラ光る。
 これが、バーならフレアバーテンディングとでもいうのだろう。曲芸的な技術で操るパテを追いかけているうちに、鉄板の上には焼き上がった料理が並ぶ。
「どうぞ」
 にこりと微笑んで勧められた女性客は技術と立ち姿に魅了され、どこかほんわり。
「おいっ、おいって」
 笑顔のまま、小首を傾げるのは焔。女性のみ男性のみの席でのパフォーマンスであったなら、全員で楽しむこともできただろう。
 が、この時期だ。客は自然とカップル連れが多くなる。
 折角のデート。折角の食事だというのに、連れの彼女が店員にほわんとなっていて面白いはずがない。

「――……え」
「うん、だから今日は早めに、もう上がって良いよ」
 裏に下がった星杜焔を手招きしたのは店長。
 この忙しい時期、これから益々忙しくなる時間にいきなり帰って良いよ。と曖昧な笑顔で告げられるとは思わなかった。
「折角だし、焔くんもデートでもしておいでよ」
「でも……」
 ちらと店内に視線を走らせれば、まだ、他の店員は各席で高い火柱を魅せていたり、店内の誘導を行ったりしている。
「遠慮しないで、その分、クリスマスが開けたらガンガン働いてよ」
 いって、ばしんっ☆と背中を叩かれて一歩よろける。
「――じゃあ、お言葉に甘えて……」
 腑に落ちないながらも、ここは好意と取っておこう。それに店長がいうように、愛しい恋人だって、少しでも早く会えるのは嬉しいはずだ。
 何より――
(俺が嬉しい、かな)
 ふふっと笑みをこぼして、焔は暇を告げた。
 
 ***

「……あ」
 のんびりと焔の帰りを待っていた雪成藤花は、聞こえてきた着信音にふわりと頬が熱を持つ。
 着信音から、メールであること。
 そして、何よりその相手が焔であることが直ぐに分かる。
『留守番ありがとう。変わりないかな? バイトが早く終わったから、今から帰るね』
 藤花の祖母であり、焔の後見人でもある人の許しもあり、二人が一緒に暮らし始めてまだ日も浅い。
 同じ場所に帰ってくる。ただそれだけで、胸がふんわりと暖かく感じてしまい顔が綻ぶのを隠せない。藤花は、微かに赤みを増してしまっているだろう頬を押さえて、きょろりと周りを見渡す。
 当然誰もいない。見られていないと分かっていても、少し照れくさいのだ。
 藤花は、そのまま握りしめていたケータイで返信を打ち込む。
『お疲れさまです――』
 ピコピコと入力しつつ、ふと、思い立った藤花は、打ち込んだ文字を消し去った。
 そして、新たに入力し――送信。

 ***

 店内で音を消していたケータイが振動する。
 急いで帰り支度をして店を出たところだった。
『お疲れさまです。もし良かったら、たまには街で一緒にお買い物しませんか?』
 という可愛らしい内容のもの。
 同じ場所で暮らすと言うことは、こうして外で改めて待ち合わせをする機会が必然的に減ってしまう。
 それは、寂しくもあり、当然、嬉しくもあることだけれど……。
 焔は、断る理由もなくもちろん了承。
 踏み出した足の方向を変えて、また一歩踏み出す。
「――待ち合わせ、か」
 誰にも聞こえないほどの小さな声。
(夏にも確かこんな風に待ち合わせを……)
 あのときは、まさか自分たちの関係にこんな変化が訪れるとは思わなかった。
 ぬるま湯に浸かったような、平行線の関係。
 それが交わることがあるとは。
 ふ……息を漏らし緩んだ表情を隠すように焔は片手で口元を覆う。
 自然と足並みは早くなる。
 可愛い恋人を待たせるわけにはいかない。先に到着しなくては――

 ***

 夜の街はキラキラ煌めく。
 星が地上に舞い降りて、休憩をとり呼吸しているように明滅する。
 優しく柔らかな明かりは、待ち合わせ場所にも宿っていた。
 石畳の遊歩道。
 街路樹にはイルミネーション。突き当たりの広場には大きなツリー。
 その手前にはリースが巻き付けられたゲート。
 頂点にはヤドリギ。
 流石にこの時間、その場所でぼんやりと立ち尽くしているような女の子は居ない。
 焔はそのあたりが見渡せる場所を確保し、藤花の到着を待つ。ここなら一番最初に彼女を見つけることができる。気がつかないなんてことは、まずないだろう。

 木の幹に軽く背中を預けて、ぼんやりと周りを見渡す。
 恋人同士、家族連れ、友人同士。
 その誰もが笑顔であり、時にじゃれあって笑い声をあげている。楽しげで、ゆったりとした景色だ。
 自分もその中の一組になることが、少しだけ不思議に思う。
 藤花を思うと、妹のような存在だった少女を思いだしていた。今はもう、重ねるようなことはないけれど……。
 胸に残った後悔は氷塊のように重く冷たく凍りついていて。

 ふと自身の左耳へと触れる。
 そこには、ライラック柄の銀のイヤーカフが収まっている。
 その模様を確認するように指を滑らせる。指の腹で感じる感触はいつも同じ。体温を分けあい、銀は熱を孕む。
 けれど、半分を分けた少女の右耳にかけたカフは冷たいままだ。
 腕に抱いた重さを覚えている。消えていく灯火が熱を失う感触を覚えている。
 今と同じ頃だった。これもクリスマスにと用意していたもの。
 気がつかなかった。最後の瞬間まで、妹のような存在の彼女の小さな胸に秘めていた恋心。
 自分を好きになってくれる人は居ないと、自ら幸せになる権利を放棄して、彼女を幸せにする機会すら永遠に逃してしまった。

 きゅっと胸が痛み、じわりと目頭が熱くなる。
 それをごまかすように、ふと空を仰ぐ。本物の星は見えない。見えるのはイルミネーション。夏に見上げたのは蛍だった。
 そして、隣に居たのは――

「焔さん」
「急がなくて良いよ、足下、気をつけて」
 かかった声に視線を戻すと飛び込んでくるのは大切な君。
 足早に駆け寄ってくる藤花の姿に、自然と顔が綻び歩み寄りながら伸ばした腕に彼女も手を伸ばす。
 ふわりと白いワンピースの裾が風に揺れ、柔らかいケープの下からピンクのカーディガンが覗く。藤花らしい、優しい組み合わせのコーディネイトだ。
「可愛いね」
 世辞でもなく、思ったままを焔が口にすれば、ぱぁっと藤花の頬はカーディガンと同じ色に染まる。
「ありがとうございます。えっと……待ちましたか?」
 藤花が気遣わしげに告げれば、焔はふるりと首を振り「ちっとも」と優しく微笑む。

 続くイルミネーションの脇に並ぶ店舗もクリスマス仕様。
 取った手をそのままに、二人並んでのんびり店沿いを歩き始めた。
「夏祭りの時みたいですね?」
「俺も同じこと思ってた」
 直ぐに同意が帰ってきたことに、藤花は隣を仰ぐと焔と目が合う。にこりと微笑んで、ちょっぴり悪戯っぽく肩を竦める姿に笑い声がこぼれてしまう。
 あのときは二人で夜店を堪能した。一緒に食べた綿あめの味は今でも鮮明に……そう、あの時の甘い気持ちと共に思い出すことができる。

(あの時からもう五ヶ月。気が付けば誰よりも大切な人になっていた)
 足並みを揃え、のんびり歩いていたのに藤花がそんなことを考えていると、ふと止まっていた。
 並ぶショーウィンドウはどこも、可愛いと綺麗。煌びやか世界でキラキラしている。どこで足を止めても不思議はない。
 しかし、焔が見つめているそれが何であるか藤花は直ぐに気が付いた。
(……ライラックのブローチ)
 そして、その理由も――。
 藤花は、ちらと隣りを見上げる。髪の間から覗く外耳。藤花の立ち位置からは、思いの品は見留めることはできない。
 けれど、反対の耳にあるカフへは、彼の深い後悔と謝罪。それに伴う贖罪の想いが込められていることは痛いほど知っている。
「――……」
 すぅ……っと、焔の瞳が細められる。
 その脳裏によぎった姿は、きっと、幸せに出来なかった妹のような少女。
 ――泣いてしまうかと思った。

 きゅっ
 反射的に藤花は握る手に力を込めた。
「……ぁ」
 ごめん。と、ばかりに焔は現実に戻りその瞳に藤花が映る。
 藤花は、その瞳に笑みを返し、無理をしない程度の力で引き寄せ空いた手を重ねた。
 そして、焔の大きな手を包み込み力を込める。じわりと混じる熱は同じだけの熱を共有し一つになった。
(今、焔さんは一人ではないと伝えたい。何度も、何度でも……その表情が曇りを帯びる度、温もりを伝えたい)
 二人の空間だけが切り取られたように、無音に感じていた。それが頬を撫でた風と共に戻ってくる。
 行こうか。どちらともなく、再び歩き始めた。

 ***

 吐く息は白い。
 まるであの夏の日に一緒に食べた綿あめのように二人の間にほわりと浮かび消えていく。
 ぐるりと一周回って戻ってきた場所は、常緑樹の葉が繁りその間に星の散るゲートの袂。
 何度となく視線が絡むと、その度に頬が緩み暖かい想いがじんわりと沸き上がってくる。
 優しい熱が全身を包み込む。
 思い返せば、数奇な縁があったものだ。運命などと言う簡単な二文字で済ませることなど出来ないけれど、あえていうならそうなのだろう。
 幼き日に芽生えた淡い恋心。
 初恋というような甘酸っぱい気持ちも、はっきりと知ることが出来ないほどの幼い頃の想い。
 その相手が目の前に居て、お互いの気持ちを通わせている。
(わたしは、なんて幸せなのでしょう――)
 見上げた焔の頭上にはヤドリギが――緑黄色の実も成っている。
 あの実を一つ取ることは出来ないけれど、多くの恋人たち、友人たちの為に減らすべきでもないかもしれない。
 だからきっとこのままでも許されるはず。
「焔さん」
「うん?」
 手招きした藤花に促されるまま、焔はわずかに腰を折った。
 とんっと、藤花の小さな両手が焔の胸に添えられる。
 爪先をたて、踵を精一杯伸ばしても後少し届かない。目と鼻の先にある瞳が、困ったように細められるととても愛しく思う。
 足りない距離を補うように、もう少しだけ焔は膝を折った。
「―― ……」
「…… ――」
 触れ合うだけの優しい口づけ。
 刹那、伝えあった熱が胸の奥でぽっぽっと熱く燃えている。
 焼け付くことのない、消えることのない優しい灯。
 お互いしか見えるものがないこの距離で、お互いにしか聞こえることがないこの声で――
「これからもずっと傍にいます」
 小さく頷き。
「うん。ありがとう……ずっと傍に、いてね」
 こつんと額が触れ合うと、溢れる想いが口を吐く。
「―― 大好きです」

 ぎゅ……っ
 藤花の小さな体を包み込む。
 広がってくる体温が心地よい。
 ほんの少し早い鼓動が心地よい。
 生きている。ただ、それだけのことで未来が拓ける。

 ―― ……さて、帰って御馳走沢山作ろうか。

 次に待つのは、同じ屋根の下。これから、きっと、ずっと…… ――


【終】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja5378 / 星杜 焔 / 男 / 17 / ディバインナイト】
【ja0292 / 雪成 藤花 / 女 / 15 / アストラルヴァンガード】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 夏の日を描かせていただいてから、お二人の関係が素敵な変化を遂げていたようで、僅かでも二人の物語に関われた私としても嬉しく、幸せのおすそ分けをしてもらった気分です。
 今回も蝋燭の灯火のように柔らかく暖かく癒されるひと時を演出できればと手がけました。気に入っていただけると嬉しいです。
 どうか、末永く優しい時間を紡ぎ続けることができますように……。
 ありがとうございました。
N.Y.E煌きのドリームノベル -
汐井サラサ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2012年12月25日

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