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『+ クリスマスなんて爆発しろ!! by loneliness + 』
レイチェル・ナイト8519



 『――クリスマスなんて爆発しやがれぇええッ!!』


 それはどこかの世界に存在する「loneliness」という孤独神の咆哮。
 その叫び声は多くの世界に響き渡り、その声を聞いたものは一瞬身を固めたという。しかしその後何事も無く平穏な時間が訪れたため「ああ、きっと独り身の男が叫んだだけか」と殆どの者は哀れみ、もしくは同情した。


 さて時はクリスマスから数日後。
 君の目の前には何故か一つの扉が存在している。興味ある者もない者もその扉を見たが最後、引き寄せられるようにドアノブに手をかけた。


 扉の向こう側に広がっているのは暗黒。
 しかしその暗黒空間の真ん中には王座が有り、そこに座っている青年が一人。漆黒の髪は床に流れるほど長く闇に溶けるほどの色合いを持つ。身に纏う黒ローブも装飾が一切施されておらず、一見怪しげな美形魔法使いにしか見えない。
 だがそんな黒色彩とは正反対に垣間見える肌は白く、その左頬には「loneliness」と文字が刻み込まれていた。


『ようこそ、扉を開けし異界人。つっても俺様が開かせちゃったんだけどよぉ。――俺様の名前はloneliness(ロンリネス)、孤独を愛する神様っつーわけですよ』


 右頬に手を付き、にぃっと口端を持ち上げる様子は怪しげ。
 身にまとうオーラは若干暗く――失礼、黒くその場に居た者達をぞっとさせた。


『で、早速で悪ぃんだが、俺様ってばクリスマスってーのダイキライなわけですよ。つーか行事全般ダイキライ。ロンリー野郎が増えるイベントはダイスキだけどねん。――というわけで、ちょっとお前らには俺様に付き合ってゲームをして貰おうと思う、おっけ?』


 彼は王座から降り立つ事無く指をパチンっと鳴らす。
 その瞬間、現れたのは――。


『ルールは簡単。お前が愛しいと思うヤツをその手で殺しちゃって?』


 白の衣服を身に纏った愛しい人。もしくは愛しいペットだったり、『自分』だったり。
 逢えないはずの故人までその場に存在し、彼らは愛しげにこちらを眺め見てくる。


『白を赤に染めてサンタ色にしてくれたら俺様きっと満足すっから頑張ってよ』


 その言葉を合図に『彼ら』は自分達に歩み寄ってきた。



■■【scene1:邂逅】■■



「あらイケメン♪」


 孤独神lonelinessを見た腰までのウェーブがかった金髪の可愛らしい少女、レイチェル・ナイトは素直に己のイケメンセンサーを働かせ幸せそうに一言感想を漏らす。
 例え自分にとって思いがけない空間に飛ばされ今にも命の危機に襲われていたのだとしても、彼女のセンサーは相変わらず通常運行のようであった。だがそんな彼女も決してゲームの例外には当て嵌まらない。彼女の元へと歩み寄る一人の影に気付き、そちらへを振り返れば……――。


「うそ……」


 口元を押さえて驚愕した表情を浮かべる彼女の『最愛』はかつて孤児であった自分を拾い育ててくれた一人の神父。真っ白な神父服に身を包みながら静かに微笑む彼は既に三百年前に死去した身であり、当時のままの姿である事に動揺を隠し切れない。
 最愛の人物であり、更に言えばヴァンパイヤハンターとしてもマスターでもある神父の登場に彼女の心は酷く揺らされ、心ではlonelinessの作り出した幻影のようなものであろうと思いながらも涙が零れ出るのは止められない。


「逢いたかった、マスター……」


 そこには普段の気丈さは無く、本当にただの一人の少女のように神父へとその両の手を伸ばして抱きしめ愛しさを募らせる。神父もまた彼女を抱きしめ返し、伝わりあうその体温が温かくてレイチェルはまた涙を零した。


 そんな彼女を見ていたのは石神 アリス(いしがみ ありす)。
 レイチェルにとっての愛しい人物を見たのは当然初めてで、彼女がしおらしくしているのも珍しく思わず感心の息を吐く。だがそんな彼女の方にも当然魔の手は伸びる。
 カツン、と固い地面を叩く靴音。
 アリスもまた予想はしていたが、その姿が目の前に現れれば愛しさは募るばかり。


「今宵もご機嫌麗しゅう、お母様」


 白い清楚なタイトラインドレスにこれまた白いショールを羽織った己の母親へと尊敬の意味を込めて挨拶の言葉を述べる。自分にとってもっとも愛おしくて尊敬している人物はただ一人。対面した時には驚愕するも、その表情にはほんの少し喜びが宿り浮かび笑顔を形作った。
 lonelinessが選んだのか、それとも自分の心が選んだのかなど彼女にとっては些細な事。心の隅では自分の最愛の者を『自分の物』に出来る期待を僅かに寄せながら彼女は己の目元へと手先を寄せた。アリスの目は『魔眼』と呼ばれる能力を宿しており、彼女はそれを母親に向けることを何よりも楽しみに心躍らせる。
 美しい自分の母親は彼女の本意など知らず、ただ形の良い唇を引きあげて笑みを浮かべながら時を待つのみ。


「何言ってんだよ! 誰がお前の望みどおりになんてしてやるかよ!」
『おや、俺様に反論するなんてなかなか元気な少年がいるじゃん? でもお前にも相手はいるみたいだけどねん。ど? 気にいった〜?』
「って、やっぱり『お前』が相手か!」


 さて前述の二人とは違いlonelinessに食って掛かったのは十七歳の高校生男子である工藤 勇太(くどう ゆうた)。
 そこまでは良いのだが登場した人物の姿を見止めると思わず赤面し、叫んでしまう。
 彼の目の前には一人の二十歳程度の青年の姿があり、彼は今白コートを羽織り、ズボンすら白のスラックスと普段とは違う雰囲気の衣服を身に纏っている。勇太の『最愛』はカガミという黒の短髪に蒼と黒のヘテロクロミアを持つ人物で、人間ではなく虚構の世界を漂う<迷い子>を導く『案内人』である。
 紆余曲折あって彼らはそれなりに仲が良く、勇太も思いを寄せているためある程度は覚悟していたつもり……ではあったが、こうして見せ付けられると「本当に俺はこいつの事が好きなんだな」と心の中で再確認せざるを得ない。


「勇太、何馬鹿面さらしてんだよ」
「え……ちょ、ホントにお前カガミなの?」
「お前のぬくもりを感じたいんだけど、抱きしめて良いか?」
「げ、幻影に決まってる……! カガミはこんな事――言わないわけじゃないけど、皆の前じゃ多分言わないー!!」
「素直になれよ」
「ぎゃー!」


 愛しげに接してくるカガミにたじたじになり、目の前の彼を精一杯否定しようと足掻く。
 だがそれなりにカガミと同一の態度を取られてしまうと相手は本当にカガミなのではないかという気分にもなってくる。どうしようもなく優しい声を掛けられれば困惑も一押しであった。


「――そっか。皆は人間か……でも俺はお前が相手で嬉しいよ」


 そう言いながら他の人物の『最愛』の中から己の『最愛』を見つけ出した青年――アキラは今、幼い頃に飼っていた今は亡き愛犬へと駆け寄った。柴犬であるその犬もまた飼い主であるアキラへと一直線に向かって走り、そして彼へと身をこすり付ける。服こそ着てはいないが、犬の首輪は白い。嬉しそうに尻尾を振りじゃれ付いてくる愛犬の姿を見ると、幼き日に共に遊んだ記憶が蘇りついついうるっと来てしまう。
 例え人間ではなくても愛しい相手には違いない。
 零れる直前で涙を拭いつつ長身を屈ませてひたすらその毛を撫でれば、その手に伝わる感覚も懐かしい。抱きしめれば自分が成長したせいか愛犬の方が小さくすら感じられた。


 彼女には彼が。
 彼には彼が。
 彼には彼女が。
 時には異種族のものが迎え、共通して愛しさを持って相手に接する。そこには殺伐とした空気は無く、ただ各々が得た愛や友情、親愛など温かさがあるのみ。


 やがて孤独神lonelinessは参加者の元へ無事『最愛』が届いたのを確認すると、双眸を細める。
 足を改めて組みかえれば口からは「くひっ」と喉が引き攣る様な笑い声が静かに零れ落ちた。


『愛しいものに逢えて結構結構。喜んでもらえて嬉しいですねぃ。――さあ、ゲームを始めようか』


 幸せな時を不幸に変えよう。
 まるでそう言うかのように孤独神lonelinessの指先が再び音を鳴らした。



■■【scene2:DEATH GAME】■■



 幸福が一変し、狂気へと変わる。
 合図と共にくるりと反転した感情は『殺意』。愛しいのに憎い、――愛憎。
 ゆらりゆらり、揺れる身体は『神に操られる傀儡』という枠から逃れる事は許されていない。


 所々から悲鳴が上がる。
 今まで優しく接してくれていた者達が放つ攻撃によって身を切り裂かれる者、逆に本能的に相手を攻撃し返してしまう者。最愛達の衣服が赤く染まっていく様子をlonelinessは両手を叩いて愉快そうに笑った。


『あはははは! そう、そういうのが俺様好きなんだよねん。油断大敵とはこの事だっていうねぇ?』


 崩れ落ちていく身体は参加者か傀儡か。
 満足した顔で散っていく命も中には存在しており、lonelinessは興味深げに観察をし続ける。何が幸せで何が不幸か。絶望、後悔、心の虚無。湧き上がる感情は単語では言い表しきれない。
 人は局面に達した時、どういう行動を取るのか――ただただ彼は個人個人が持つ『特徴』を愉しみながら声を上げていた。参加者達の中には知人友人も存在しているが、それは『最愛』を超える程の存在であろうか。参列した者達の意識を彼はこの暗黒空間を通じて読み取りながらひたすら生き物というものの動きを眺め見た。


「もともと貴方と共にあった命です。貴方の手にかかり眠りに付くのがあたしの願い」


 レイチェルは周囲の悲鳴を聞きながら、己もまた最愛のマスターの手に掛かる事を望む。
 彼女の願いは現世に転生したマスターを探し出し、そしてその手によって己を『不死』という呪縛から解き放ってもらう事。マスターが死んで三百年という長い時を生きていた彼女にとってこれはまさにチャンスとも言えよう。
 彼女は幸せな気持ちで満たされ、より密接にマスターへと寄りかかった。
 動く手先は振りあがり、やがてレイチェルの背中に激しい痛みと衝撃が襲い掛かる。


「――ッぐ……!!」
「レイチェル……」
「……マスター……」
「すまない……」
「いいえ、いいえ。マスター……マスターに再び逢えた事があたしの幸せ」


 ずるり、と身体から力が抜けて彼女は地面に膝を付く。
 彼女の最愛であるマスターから鋭いナイフで背中を貫かれた彼女は頭を項垂れた。


「レイチェルさん!!」
「勇太、どこに行く」
「離せ、やめろって――ッ!!」


 それを間近で見ていた勇太が叫び、そして自分もまたカガミの腕の中から抜け出すため身体をもがかせた。
 色違いの瞳に宿っているのは紛れもない殺意。それでもなんとか身体を離す事に成功すると今度はカガミが手を横へと滑らせ衝撃波を放ってきた。慌てて防御壁を張ってそれを防ぐが、やはり相手が相手のせいか反応がいつもより鈍い。戸惑いが反射速度へと影響しているのは間違いなかった。
 優しそうに笑う笑顔は普段のカガミと変わらない。だけど笑みを浮かべたまま攻撃する行動には矛盾を感じずにはいられなかった。どうにか止めてくれと勇太は呼びかける。だが傀儡であるカガミにそれは決して通じない。


「お前が原因なら、攻撃するまで――!」


 勇太は強い意思で自分を奮い立たせると攻撃対象を対面しているカガミではなく、孤独神の方へと向ける。
 念の槍<サイコシャベリン>と呼ばれる超能力で作り出した槍を放つ。だがlonelinessはそれを避けようともせず、ただ其処に在るのみ。やがて達した槍は彼の身体を貫いた――かのように見えた。


「……え?」
『なにかやったぁ?』


 貫くではなく通り抜けた槍達。
 ダメージなど一欠けらも通っていないとばかりにけろっとした顔でlonelinessは変わらず間延びした声色で一言問い返した。
 まるで其処にいるのに其処に存在していないかのよう。もしかして孤独神として今目の前にいる彼はただの虚像、もしくは『神』に攻撃する事など不可能であるとそう判断せざるを得ない。
 勇太は呆然と場に立ち尽くし、動きを止める。そんな彼にもカガミは容赦なく追加攻撃を放った。


「勇太さんは相変わらず血気盛んですこと」
「アリス。貴方は無茶など致しませんわよね」
「ええ、お母様。わたくしはわたくしのやり方がありますもの」
「ふふ、良い子に育ってくれて嬉しいですわ」
「お母様の事ですから――わたくしの事を良くご存知でしょう?」


 それは表面上とても穏やかな会話に見えた。
 アリスの母親は殺意を宿さず、けれどその手には小ぶりのナイフが握り締められている。談笑しているだけの風景の中、その凶器だけが異質。優雅な雰囲気を纏わせたまま母親は娘へと一歩、また一歩歩みを進める。瞳には殺意など宿さず、けれどその目的は明らかで。


「お母様、わたくしを見てくださいませ」
「まあ、何かしら」
「お母様の事は愛しております……人として、商売人として、そして――その美しさを」


 本当に彼女がアリスの母親であれば、娘が所有している能力がどういう物だったかきっと把握出来たはずだ。しかし傀儡は所詮傀儡。本人ではない『偽の母親』はアリスへと視線を向けた瞬間、動きが鈍くなる。
 だがそれもほんの一瞬。
 仕掛けられたそれに気付くことなく母親は再びアリスの方へと足を寄せた。そんな母親を見ながらつくづく美しい女性だとアリスは思う。言葉に乗せた思いは本当。自分を生み出してくれた母親を誰よりも尊敬し、商売人としても目指すべき人材だと彼女は思っている。更に美貌に関しても――。


「お母様がわたくしを殺したいと言うのでしたら、どうかわたくしのやり方を知ってくださいませ」


 仕掛けられた伏線は回収される時を待っている。
 アリスは母親の向こう側にてアキラとその愛犬の姿を今は静かに見守っていた。


「待て! 俺だって、アキラだってば!」
「グルルルルッ……!」
「くそ、やっぱりお前は――」


 様子が変貌し、牙を剥く愛犬にショックを受けざるを得ない。
 分かっていた。もうこの世にはいない事を。
 だけど再会できた喜びでその認識を拭いさろうとしていた事もまた事実。もしかしたら生きているのかもしれない。『もしかしたら生きている』のかもしれない。――未来から来たアキラは時間軸を考えてそう切なさを抱く。
 だからこそ防御を続けながらも姿こそ愛犬だが別の存在である事を自身に言い聞かせた。
 思い出が身を焦がす。一緒に育った時間は間違いなく蓄積されており、愛犬が死んだ時は涙で目を腫らした。


「やっぱりお前を殺すなんて出来ないよ……」


 生きてくれたら。
 生きていてくれたなら。
 人と犬という種族の違いこそあれど、家族であった日々は本物で色褪せることなどない。lonelinessは自分か『最愛』かをサンタ色に変えろと言い、周囲はそれに強制的に倣う形でどちらかが命を絶っている。
 戸惑いながらも殺されてやる人、逆に躊躇いつつも己の命を優先し攻撃を放つ人。葛藤だけがアキラの中で渦巻き、呼吸が苦しくなる。


「ごめんな」


 それでも決意せざるを得ない時は必ず来る。
 アキラは涙で滲んだ視界の中、襲い掛かってきた愛犬へと一言謝罪の言葉を吐いた。



■■【scene3:選択】■■



「ぃ、やぁぁぁぁぁああああ!!」


 肌の色が灰色へと変わり、硬化して行く。
 美女があげる声は例え悲鳴であろうとも美しかった。


「すみませんお母様、そのような表情が私の好みなんです」


 知っているでしょう? とわざとらしくアリスは小首を傾げる。
 予め魔眼によって催眠を掛け、母親が己へと殺意を向けた瞬間『娘を殺した』という幻影を見せた。満足し、放心状態に陥った母親へと続いて石化の視線を向けたアリスに戸惑いは無い。伏線を張ったならば出来るだけ回収をするのが基本。
 すっかり石像になってしまった美しい母親像をうっとりとした目で見つめながら彼女は冷たいその身体へと手を這わせた。


 手に入れたのは自分だけの母親。
 もちろん本物に魔眼を掛ける事は有り得ないが、ひと時だけでも幸せに満ちる事が出来るならアリスは手段を選ばない。
 恐怖に引き攣った顔、石化に抗い身をよじった石像は他者から見れば醜いのかもしれないがアリスにとっては至高の物。


「ごめん、本当にごめんな……」


 そしてアキラもまた選択していた。
 最終的に出来るだけ苦しまない方法で愛犬を殺す事を選び、彼もまた実行した。犬の心肺機能を弱らせ、徐々に眠りに付かせるように犬の周囲だけ温度を下げ続ければ寂しげに鳴きながらも動きが鈍っていく。愛犬が苦しまないように選んだ『死』は凍死に近いもの。まず本来ならば治癒魔術の効果をより良くするために使われる睡眠を掛け、愛犬を眠らせた。そこから次第に温度を下げ、恐怖も痛みも感じないまま『生』を終える。


「二回目……か」


 くたりと横たわった冷たい躯を抱きしめながらアキラは呟く。
 大粒の涙を零し、大声を上げて泣いていたのは幼い頃の自分だった。でも今は涙こそ零れるものの耐え忍ぶような泣き方を身につけてしまった。酷く滅入った気持ちがアキラを襲い、唇を噛む。
 決してこの身体が愛犬のものではないと分かっていても、それでも触れられる事実が彼をより落ち込ませた。


 孤独神の仕掛けた罠は『最愛』にも実体がある事だ。
 幻影ならば触れられずに済み、それだけで理性を保つ事が可能だっただろう。だけど触れる事が可能だったからこそ躊躇する。


「……赤く染めるのは相手のじゃなくてもいいんだろ?」


 勇太も選んだ。
 カガミの攻撃をかわし続けていた身体を止めぽそりと呟くと、やがて近接してきた相手の刃を甘んじて受け入れる。
 飛び散る血は赤く、それが真っ白な衣服を纏った相手の身体に掛かるのをぼんやりと見ていた。不思議と思ったよりかは痛みはなく、倒れいく己を第三者のような意識で感じていた。
 鮮血により染まるカガミの服は綺麗な染まり方ではなかったけれど……きっとこれでいい。


「……ちぇ、最悪なクリスマスだ……」
「俺はお前の行動が嬉しいけどな」
「……カガミじゃ、ないのに」


 それでもカガミを傷つけるのなら自分が傷ついた方がいい。
 何度もカガミに助けられた命だし……と、そう考えるほどに勇太は虚像であれなんであれ攻撃する事は出来ず、次第に沈んでいく意識をそのままにゆっくりと目を伏せた。
 倒れ込んだ身体を抱きしめたのは血に染まったカガミ。愛しげに、嬉しそうに笑って狂気の笑い声を上げる。それはまるで狂ったかのような声色をしていた。
 が、――。


「残念ながら勇太の選択と俺の選択は違うんだ」


 『カガミ』を貫く一本の筋。
 光の槍は生み出された傀儡を容赦なく打ち倒し、そしてそれを放った人物は勇太の身体の傍でしゃがみ込みぺちっと頭を軽く叩いた。


「それもお前の良さか」


 呆れたように呟く青年――本物のカガミの後ろでは血塗られた<迷い子>が転がっている。


「で、そっちの<迷い子>はそろそろ現実を知っただろ。心はもう決まっているはずだ」
「……」
「本物でないと死ねないのがお前の運命。どれだけ苦しもうともそれは現時点では変えられない」
「……カガミクン」


 地面に横たわっていたレイチェルは両手をつけて上半身を起こす。
 マスターは意外そうに目を見開くが、まだ止めをさせていなかったのかと彼女にもう一度ナイフを向けた。しかしそれを今度はレイチェルは受け止めなかった。十字架を素早くレイピアへと変化させ、彼女は悪魔討伐の時のようなしなやかな動きで『敵』を絶ちに掛かったのだ。傷付けられた肉体は既に完全なる治癒を果たし、肌には傷一つ無い。
 刃はマスターの姿をした傀儡へと食い込み、そして白い神父服を赤く染めていく。lonelinessの言う通りの結果となるそれをレイチェルはきゅっと唇を引き締めながら見守り続け、やがてマスターはまるで『人』のように倒れていった。


「あたしね、嬉しかった」
『ふむ、これでゲームセットってところかねぇ』
「例え幻影で本物でなくてもマスターに逢えて嬉しかったのよ」
『俺様も楽しかったぜぇ? 茶番劇を繰り返しては結局は己の命が大事な者の方が多いことがわかってよぉ』
「―― 貴方は寂しかったんじゃないの?」
『お?』


 勝者として立っている者達――レイチェル、アリス、アキラ、それにカガミの他参加者達はこのゲームを仕掛けた孤独神に視線を向けた。
 寂しかったのでは? との質問には彼は答えない。けれど僅かに目を細めてからくっと口端を持ち上げると、人差し指を空間に滑らせた。


『愛するという意味は深いよねぇ。ロンリー野郎だとしても生きてるからには何かしら思うところがあるだろうし、こうして対決出来る相手がいるってことは幸せなのかもしれないけどー』


 ひとつ。
 ふたつ。
 みっつ。
 彼は倒れた躯の数を無駄に数えながら淡々と独り語る。


『それでも俺様的にはクリスマスで浮かれている連中が嫌いってのーには変わりねーってー言うわけで。とりあえずお前らはお疲れさーん。機会があったらまた暇つぶしにでも付き合わせるんで宜しく的な?』


 それまで孤独で居ろよ、と彼は言い残し姿を消す。
 玉座すら無くなったその場所に代わりに現れたのは入ってきた時と似たような扉だった。


「っ、身体が勝手に動く!?」
「待って下さい。勇太さんがまだ中に居るのに!」
「あの男……口調こそアレですけどやってる事は本当に根暗ですわね」


 それは参加者を強制的に誘い、ノブを握らせる。
 勝者のみが潜り抜けられる扉は開いた瞬間光を溢れさせ――やがて彼らの身体を包み込み暗黒を消し去った。



■■【scene4−2:得たもの失ったもの】■■



「――……夢?」


 彼女は目覚める。
 布団の中に入ったままの状態だったため暫しの間意識が混濁しているのを感じた。いつ就寝したのか記憶が無く、戸惑いを覚えてしまう。
 何はともあれ生々しい夢だったと溜息を吐き出しつつ、レイチェルは身体を起こし――。


「マスター……それでも逢いたいのです」


 彼女は何を得て、何を失ったのか。
 両手で顔を覆い、涙するこの感情。溢れ出した気持ちは留まる事を知らず、しとしととまるで雨のように彼女の手を濡らした。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【7348 / 石神・アリス (いしがみ・ありす) / 女 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)】
【8519 / レイチェル・ナイト / 女 / 17歳 / ヴァンパイアハンター】
【8584 / 晶・ハスロ (あきら・はすろ) / 男 / 18歳 / 大学生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、N.Y.E煌きのドリームノベルへの参加有難う御座いました!
 lonelinessが仕掛けたゲーム、愉しんでいただけましたでしょうか?

 さて短いですが今回のEDは全PC様違っておりますので他の方のも覗いて頂ければ幸いです。


■レイチェル様
 マスターとの対決お疲れ様でした!
 本物でないと死ねない、との事でほろりとしつつ……。じゃあ、逆にこういう展開はどうだろうかという訳で今回の話となりました。普段のイケメンセンサーばりばりのレイチェル様とは違い、しんみりとしたレイチェル様が見れたのが良かったです。
N.Y.E煌きのドリームノベル -
蒼木裕 クリエイターズルームへ
東京怪談
2012年12月26日

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