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『今宵立つ、月見る月の。 』
玖堂 柚李葉(ia0859)&玖堂 羽郁(ia0862)

 ふわふわと、どこか夢見心地な気分で、ぱたぱた家の中を動き回る。ぱたぱた、ぱたぱた。ふわふわ、ふわふわ。
 今日は十三夜のお月見の会。十五夜と並んで名月とされる、中秋の十三夜――この天儀でも月を見上げて夜を過ごす人は、佐伯 柚李葉(ia0859)の暮らす屋敷だけじゃなく、多いはずだ。
 けれども柚李葉にとっては、今日はいつもとは違う、特別な夜。特別な十三夜――婚約者の玖堂 羽郁(ia0862)を招いて、この佐伯のお家で開く初めての、十三夜のお月見の夜。
 だからいつもより丁寧に、1つの見落としもないように、ぱたぱた、ぱたぱた、見て回る。何日も前からそうやって、1つ、1つ、準備してきた。
 縁側は綺麗かな? 座布団はふかふかかな?
 だって今日は特別な夜。とても、とても特別な、初めての夜。
 庭で秋の草花の手入れをしていた養母が、柚李葉、柚李葉、と楽しげに弾んだ声で彼女を呼んだ。

「こんな活け方はどうかしら? やっぱり、もうちょっと明るい方が、若い方には良いかしら」
「お養母さん‥‥」

 そうしていそいそと庭の方から、色とりどりの秋の草花を活けた花瓶を持って戻ってきた養母に、柚李葉は思わず呆れた声を上げる。

「それ、もう3回目じゃ‥‥そのうち、お庭のお花がなくなっちゃうんじゃないですか?」
「あら。柚李葉だって、その縁側を拭くの、何回目? そのうち板が擦り切れるんじゃないかって、掃除の娘(こ)が心配してたわよ」
「え? えっと、あの‥‥」

 実際、柚李葉が縁側を拭き清めるのは、数日前から数えてももう何度目になるのか、自分でだって覚えていなかった。何しろ落ち着いていられなくて、何度拭いても心配になってしまうのだ。
 それを指摘されて、気まずく柚李葉は手の中の拭き布を揉みしだきながら、何とか言い繕おうと視線をさ迷わせる。けれども、そんな様子をにこにこ見ている養母とふいに目が合うと、くす、と2人同時に吹き出した。
 くすくす、くすくす。ふわふわ、うきうき、そわそわしてるお互いに、くすぐったくて、照れくさくて。
 そんな風に賑やかに、楽しげにお掃除をして秋の花を飾って、養母と2人でお迎えの準備をして。やっと少しだけ家族らしいお出迎えが出来る筈と、胸の中でそっと呟く。
 養父と義兄は、今日は寄り合いで少し遅くなると言っていた。羽郁を招いて十三夜のお月見をと養母が提案した時には、文句は言わずただ「失礼のないようにな」と言ってくれた養父。
 だから養母と柚李葉は、まるで仲の良い姉妹のようにうきうきと、お出しするのは月見酒とお茶と両方用意したほうが良いかとか、ここが一番良く月が見えるんじゃないかしらとか、色々話して計画を立ててきた。お座布団はふかふかになるように何日も前から何度も天日に乾して、当日お出しする食器類は残らずぴかぴかに磨き上げて。
 そうしてあちらこちら、2人でぱたぱた動き回って、月見団子を乗せる高杯も取って置きのに真っ白な紙を丁寧に敷く。けれどもその上に載せるべき月見菓子は、今はまだ、ない。
 拭き布をお勝手に片付けて、そわそわと落ち着きなく辺りを見回していた柚李葉は、お養母さん、と4度目の活花を始めた養母を呼んだ。ちなみに今、柚李葉が身に着けている着物は、今日の為に養母が娘時代の着物を仕立て直したもの。
 紺よりは淡い夜空のような生地に誂えた、銀糸で織り上げた帯に輝く金糸の月。着物の足元からはちょこんと月を見上げる2匹のウサギが居て、その上を差し交わすようにススキの意匠が描かれている。帯留めにはまん丸な、白い石。きっと、お月見団子なのだろう。
 なぁに? と振り返った養母の手の中にある桔梗を見ながら、あのね、と帯留めの辺りを何とはなしに、いじった。

「私、ずっとお掃除してたから――髪、乱れていませんか?」
「心配しなくてもいつも通りの、私の可愛い柚李葉よ? でも、そうね。ほんの少し、結い紐を直しましょうか?」

 そんな柚李葉の言葉に、くすくす笑った養母は手の中の桔梗を傍らに置いて、鏡台から柘植の櫛を取ってきてくれる。そうしてにこにこ微笑んで「お座りなさい」と自分の前を、とんとん、と優しく叩いた。
 そわそわ落ち着かない柚李葉の、気持ちを察してくれたのだろう。養母は結い紐を解くと、丁寧に、丁寧に柚李葉の髪を梳り、もう一度結い直してくれる。
 あの日以来のお招きだから、余計に気持ちがふわふわして。夢見心地ともまた違う感じで、それでも言い表すとしたらそれにも近い、そんな気持ち。
 良いわよ、と養母にぽんと背中を叩かれて、お礼を言おうとした柚李葉はふと、空を見上げて声を上げた。

「ぁ、いけない。お養母さん、私、そろそろ‥‥」
「あら、もうそんな時間? 後はちゃぁんとやっておくから、気をつけて行ってらっしゃい」
「はい! ぁ、あと、お花は2番目のが好きです‥‥ッ!」
「そぅぉ? じゃあ、2番目に見せた活け方にするわね。行ってらっしゃい、柚李葉」
「行ってきます!」

 微笑む養母に見送られ、柚李葉は慌てて用意しておいた風呂敷包みを手に屋敷を飛び出すと、ぱたぱたと弾む足取りで、ふわふわとした気持ちで真っ直ぐ、羽郁と待ち合わせの場所へ向かう。神楽の雑踏を潜り抜け、真っ直ぐに。
 その眼差しの先の、待ち合わせ場所ですでに羽郁は待っていた。そわそわと、人ごみの中に最愛の婚約者の姿が見えないかと、辺りを見回しては意味もなく着物の紐をいじる。
 今日、彼が身に着けているのは黄朽葉色の大紋。髪は肩で緩く結んだだけで、そよそよと秋の風に揺れている。
 秋らしい色合いの装いを、柚李葉は気に入ってくれるだろうか。もちろん柚李葉ならば、羽郁がどんな姿をしていたって、微笑んで受け入れてくれるに違いないのだけれども。
 そんな事を考えていたら、雑踏の向こうから駆けて来る柚李葉の姿が見えた。ひたむきに前を見て駆けてくる彼女は、羽郁と目が合うと嬉しそうにふわりと笑う。
 そうして真っ直ぐに羽郁の元まで駆けてきた柚李葉は、そこでようやく足を止めて、大きく肩で息をしながら言った。

「ごめん、羽郁‥‥! 待った?」
「いや、大丈夫。柚李葉こそ、そんなに急がなくても良かったのに」

 開口一番、そう謝る柚李葉に、羽郁はふるると首を振る。実際、待ち合わせの時間にはまだ、少しばかり余裕があった――ようは羽郁が、今日が楽しみすぎたのもあって早く着き過ぎてしまっただけなのだ。
 そうは言っても、随分待たせてしまったかも、と心配そうな眼差しになる柚李葉は、可愛い。何より息を弾ませて真っ直ぐ自分の所まで駆けて来てくれたことに、言いようのない喜びを感じて知らず、頬に笑みが浮かぶ。
 そんな羽郁を見上げて、柚李葉はちょっと照れたような表情になった。それからふいに心配になったのだろう、あちこち確かめるように自分自身を見下ろしたり、後ろを見ようと首を捻ったりする。
 そんな様子も可愛くて、愛おしかった。ふわりと揺れた髪の一房を取ってくいと軽く引き、振り返った彼女の前で悪戯っぽく口付けると、途端に真っ赤になってわたわたする所も。
 くすくす笑って髪を放すと、からかわれたと思ったのだろうか、柚李葉は「もうッ」と恥ずかしそうに呟いて、けれどもそれ以上は何も言わなかった。ぺち、と1つ小さく両手で頬を叩いて、うん、と頷く。
 そうして、まだ先ほどの火照りの残った顔で、羽郁を見上げた。

「じゃあ、行く? 急がないと、ちょっと遅くなっちゃうかも」
「うん、そうだな。帝星達なら大丈夫だと思うけど」

 柚李葉の言葉に、羽郁もそう頷いた。そうしてどちらからともなく手を繋いで、一緒に向かった先は佐伯の家ではなく、龍達が繋留されている港だ。
 それは数日前、佐伯家で十三夜の月見を一緒にと、柚李葉が羽郁を招いた時の事だ。養母が楽しみにしている事や、養父ももしかしたら顔を出すかもしれないが気にしないで欲しい事などを話していた時に、それで当日の月見団子は、という話になって。
 2人同時に、こう言っていた。

『‥‥羽郁。私、行きたい和菓子屋さんがあるの』
『柚李葉。せっかくだから、久し振りに行きたい店があってさ』

 そう、言い合ってから互いの言葉に目を見張って、次の瞬間くすくすと、と笑い合ったものだ。同じタイミングで、同じお店を思い浮かべているのが解って、そんな風に2人でおんなじ事を考えているのが嬉しくて、ちょっと照れくさくて。
 本来なら羽郁はお客様で、月見団子を用意するのは招いた佐伯家の役目だ。けれどもそこは2人にとって特別なお店だったから、どうせなら2人揃って、月見団子を買いに行きがてら、久し振りに足を運びたいと、思った。
 前に依頼で何度か足を向けたことのある、小さなお嬢さんとお嬢さんの猫と、それからその弟が暮らすお茶屋さん。両親は暖かな人達で、子守に雇われているお手伝いの娘も朗らかで子供達の面倒からお茶屋さんのお手伝いまで、くるくるとよく働いていた。
 もう随分と足を向けていないけれども、あのお茶屋さんは、あの子供達は今頃、どうしているだろう。最後に会ったのは小さなお嬢さんの瀬奈がまだ数えで6歳、弟の藤也はといえばまだ数えで1歳に過ぎなかった。

「瀬奈ちゃんや藤也くんは、大きくなったかな? みゃぁやは元気かな?」
「どうかな。でも、きっと元気だよ」

 うきうきと、弾む足取りでそういう柚李葉に、笑って羽郁がそう答える。それは、そうあって欲しいという願いでもあったし、期待でもあった。
 2人にとっても馴染みの深い人々。彼らに会いたくて、そうして婚約したのだと報告もしたくて、あのお茶屋さんへ月見団子を買いに行こうと決めたのだ。
 港へと辿り着くと、柚李葉の花謳と羽郁の帝星が待っている。主達の姿を見て嬉しそうな様子を見せた2頭を連れ出したいと許可を得て、2人はそれぞれの龍の背に跨った。
 お土産にと用意した、兎のぬいぐるみを包んだ風呂敷は、落とさないようにしっかりと結わえ付けて。羽郁と柚李葉は一路、目指す小さなお茶屋さんへと、空を駆け始めたのだった。





 町の小さなお茶屋さんは、今日も町の人々や、旅の途中で立ち寄った人々で忙しい。奥ではお団子を捏ねたり蒸したりする旦那さんの藤吾が居て、そんな藤吾のお団子をお茶と一緒にお客様にお出しするのは、奥さんの瀬都の役目。
 忙しくて手が足りない時は、日頃は子守に雇われているお手伝いさんも、母屋の方から出てきてお店番をする。けれども一年ほど前からそこに、新たな看板娘が加わった。

「おいしいおだんごと、あったかいお茶はいかがですかー? おいしいおだんごとお茶ですよー」
「お、今日も頑張ってるね。パパとママのお手伝いが出来て、本当に瀬奈ちゃんは偉いなぁ。じゃあおじさんも1つ貰っていこうかな、席はあるかい?」
「うん! ママ、やおやのおじちゃんが来てくれたのよ」
「あらあら、いつもありがとうございます」

 もう数えで8歳になる娘の瀬奈も、小さなお茶屋さんの立派なお手伝いさんだ。最初は上手く言えなかったけれども、今ではちゃぁんと客引きの口上も間違えずに言えるようになったし、お茶とお団子だって、そろそろとだけどお客様のところに持っていけるようになった。
 そんな小さな瀬奈を可愛がってる町の人達が、ちょいちょい顔を出しては瀬奈の姿を見ながらお茶を飲んで行くものだから、お陰でこの頃とみに忙しくなったようだとは、嬉しい悲鳴を上げる藤吾の弁である。そう言ってる当の藤吾が「うちの瀬奈はよく店を手伝ってくれて、本当に良い子なんですよ」と町の寄り合いのたびににこにこ語っているのを知っている瀬都は、それを聞くたびにくすくす笑うのだけれど。
 和やかな、和やかなお茶屋さんの光景は、この町の名物といっても良い。そんな光景を少し離れた所から見ていた羽郁と柚李葉は、思わず顔を見合わせて、本当に自分達が久し振りにここにやってきたんだ、としみじみ噛み締めた。
 さすがにすぐ近くにつけてはちょっとした騒ぎになってしまうから、龍達は町の郊外に待たせて歩いてきた2人である。そうして見えてきた懐かしいお茶屋さんの光景はそのままだったけれども、あの小さかった瀬奈があんなに大きくなって、そうしてお店のお手伝いまで出来るようになってるなんて、いったいどうして想像出来ただろう?
 さすがにちょっと言葉をなくし、しばし、その光景を見守った。けれどもいつまでもそうしている訳にも行かない――羽郁と柚李葉は、彼らに会いにここまでやって来たのだ。
 けれども、どう声をかけたものか。考えながら近付いていった、2人に先に気付いたのは瀬奈の方だった。と言っても単に、近付いてくる人影に気がついて、またお客様が来たのだと思ったのだけれど。
 にこにこと無邪気な笑顔で、2人を見上げた瀬奈はお得意の口上を言おうと口を開ける。けれども羽郁と柚李葉の顔を見ると、その口がぽかん、とまん丸になって。

「――ぁ! かいたくしゃのお兄ちゃんとお姉ちゃん!」
「久し振り、瀬奈ちゃん。随分大きくなったな」
「瀬奈ちゃん、本当に久しぶりだね。これ、お土産」
「おみやげ? ――うわぁ、ウサギさん!」

 柚李葉が手渡した風呂敷包みを、きょとんと受け取った瀬奈は中身を見ると、目を輝かせてぎゅぅっとぬいぐるみを抱き締める。そんな所は歳相応で、そうして昔の瀬奈そのもので、なぜだか柚李葉と羽郁はちょっと、ほっとした。
 その騒ぎを聞きつけたのだろうか、あるいは客の誰かが羽郁と柚李葉のことは解らないにしても、瀬奈の知己が来ていることを教えたのだろう、奥でお団子を蒸していた藤吾と、お茶の用意をしていた瀬都がひょっこり顔を出す。そうして、あらまぁ、と先ほどの瀬奈と同じように、驚いた顔になった。

「まぁまぁ、ようこそおいで下さいまして‥‥こう言ってはなんですけれど、なんだかお懐かしいわ」
「その節は大変お世話になりました。いや、本当にお久し振りです」

 羽郁と柚李葉の前まで来て、深々と頭を下げる夫婦に「こちらこそご無沙汰してます」「お久し振りです」と頭を下げる。実際、瀬奈と会うのが久しぶりということは、当然ながら藤吾や瀬都と会うのも久しぶりなのだ。
 しかも夫婦はいつも多忙で、羽郁や柚李葉たち開拓者が呼ばれるのはたいていその夫婦の多忙の故だったから、ろくに顔を合わせないまま終わる事も多い。だから実際のところ、彼らが柚李葉や羽郁のことを覚えていなくてもおかしくはなくて。
 けれども彼らはちゃぁんと覚えていて、こうして頭を下げて、そうして懐かしんでくれる。それは柚李葉と羽郁にとっても、ひどく嬉しい事だった。
 ひとしきりそうして頭を下げて、周りから興味深げに見ていた客達に「前にお世話になった開拓者さんでね」と説明していた夫婦は、それで、と改めて、ひょい、と首をかしげた。

「今日は、お近くで何かご用事でも?」
「ぁ、違うんです。えっと、今日、うちで十三夜のお月見をするんです。だから、お月見団子を頂きたくて――」
「まぁ、遠い所をわざわざ。神楽にも美味しいお店はたくさんありますでしょうに」
「それだけじゃないんです。その、お2人にもお話っていうか、ご報告したい事があって――」

 羽郁はそこで言葉を切って、柚李葉を見る。そんな羽郁を、柚李葉は照れ臭さと緊張の入り混じった表情で見返した。
 婚約してさほど日が浅いというわけでもないのに、こうして改まって、しかも既知の人に告げるのは何だか、妙に気恥ずかしいような気がする。けれどもその為に来たのだと、こっくり頷いた柚李葉の肩を、羽郁が抱いて。
 実は、と告げる。

「俺達、婚約したんです」
「今日はその、ご報告も兼ねてお邪魔したんです」
「まぁ、おめでたい事!」

 その言葉に、瀬都はまるで自分の事のように両手を合わせ、満面の笑顔になった。藤吾も、それから2人の事を知らないお茶屋さんの客までもが、それはめでたい、実にめでたい、と嬉しそうな顔になる。
 けれどもただ1人、瀬奈だけはきょとんとした顔で、目をぱちくりさせて周りの大人たちや、両親や、それから羽郁と柚李葉を見上げていた。瀬奈にはまだ、婚約、という言葉は難しくて、どうやら良いことらしい、というくらいしか解らない。
 それに気づき、柚李葉はひょい、と膝を折って瀬奈の耳元に口を近づけた。そうして、内緒話をするかのように、こっそり囁く。

「瀬奈ちゃんあのね、すぐじゃないけど私、お嫁さんになるの」
「およめさん? お姉ちゃん、およめさんになるの? じゃあ、お兄ちゃんがおむこさん?」
「うん、そう。だからね、瀬奈ちゃんや藤也くんや、パパやママにもそれを教えたくて、2人で来たのよ」
「うわぁ。お姉ちゃん、すごいね。およめさんになるんだ!」

 お嫁さん、と言う言葉は瀬奈にも解りやすく、そうして幼い少女の憧れを存分に刺激したらしい。ふわぁぁぁ、と顔を輝かせて、すごい、すごい、と何度も繰り返す瀬奈を見ていると、何だか訳もわからず姉さん達の話を聞いていた幼い自分を思い出すようで、柚李葉はちょっと嬉しくなる。
 にこにこと、だからそんな瀬奈を見守る柚李葉を、さらに少し離れた所から見守りながら羽郁は、小声で「それで、柚李葉には内緒でお願いがあるんですが」と藤吾と瀬都に囁いた。

「来年、祝言を挙げたいと思ってるんです。その、祝言の紅白饅頭を予約したいんですけど、お願いできますか?」
「予約、ですか? もちろん、またお日取りをお知らせ下されば、喜んでご用意させて頂きますが‥‥」
「でもせっかくの祝いの席に、うちので良いんですか? うちはちゃんとした菓子屋って訳じゃ‥‥」
「せっかくの祝いの席だからこそ、お2人にお願いしたいんです」

 力強くそう言った羽郁に、夫婦は互いの意見を伺うように顔を見合わせる。そうしてこっくり頷き合うと、嬉しそうに羽郁へと向き直り、「確かに」と改めて頭を下げた。
 と、その時である。店の奥、母屋の方から「ダメですよ、坊ちゃん!」と叫ぶ女性の声と、とたとた駆ける軽い足音が聞こえてきた。

「坊ちゃん、お店の方はいけませんでさ! 藤也坊ちゃん!」
「や! とーやもあそぶ! ねーちゃ! ねーちゃ!」
「藤也!」

 この騒ぎを聞きつけたのだろう、お手伝いに追いかけられながら奥から走り出てきたのは、瀬奈の弟の藤也だった。とはいえ羽郁と柚李葉が覚えている、まだ数えで1歳を越えた頃だった赤子のような姿では、なく。
 あの頃からすれば随分と大きく感じられる、立派に己の足で立ち、駆ける幼子。もう数えで3歳になると言うのだから、当たり前なのだが驚きを感じずにはいられない。
 目を丸くした瀬奈が、ぱたぱたと藤吾に駆け寄ると、あっという間に捕まえた。そうして両手足をバタバタさせて暴れる藤也に、「おみせがあいてるときは出てきちゃダメなのよ」と言い聞かせながら、やっと追いついてきたお手伝いに引き渡そうとする。
 そんな様子に柚李葉は、つい懐かしさに目を細め、呟いた。

「瀬奈ちゃん、相変わらず頑張ってるんですね」
「ええ。藤也もすっかりお姉ちゃんっ子です。でも昔より、ちょっとはわがままにもなったんですよ。それに、藤也と喧嘩したり――ほら」

 それを聞いた瀬都が、くすりと笑いながら指を差した方を見れば、「うさぎさん! うさぎさん!」と瀬奈の持つ兎のぬいぐるみをお手伝いに抱かれながらも何とか取ろうと必死になっている藤也と、「おねえちゃんのなのよ!」とぬいぐるみをぎゅっと抱き締める瀬奈の姿がある。昔の瀬奈ならば、そんな自己主張はせずに「せなはおねえちゃんだもの」と我慢して、ぬいぐるみをあっさり渡してやった事だろう。
 しばらくそうして姉弟で睨み合っていたけれども、やっぱり諦めたのは瀬奈の方だった。けれどもちょっと唇を尖らせて、「ちょっとだけなのよ」と藤也に言い聞かせながら、そぅっとぬいぐるみを渡してやる。
 藤也が「きゃぁ!」と嬉しそうな歓声を上げた。周りの客たちがそんな瀬奈と藤也に「良かったなー坊主。姉ちゃんにあーとー(ありがとう)は?」「瀬奈ちゃん偉いぞ。おじちゃんがご褒美にお団子分けちゃる」と声をかける。
 やれやれ、とお手伝いの女性が――そう、彼女もすでに娘ではなく、立派に女性と言える歳になっていた――肩を竦めて、しっかりぬいぐるみを抱き締めた藤也を見下ろした。

「これじゃ当分、藤也坊ちゃんはぬいぐるみから離れようとなさいませんや。瀬奈お嬢さん、そろそろお疲れでしょう? あっしがお店を代わりますから、藤也坊ちゃんのお世話をお願いしてもよろしいですか」
「うん。ほら藤也、おうちにもどらなきゃダメなのよ」

 その言葉に、こっくり大きく頷いた瀬奈は、おしゃまな口調で弟を促した。そうしながら、もうちょっとおしゃべりしたかったな、遊びたかったな、という眼差しで羽郁と柚李葉を振り返る。
 せっかくの、久し振りの再会。2人にとっての瀬奈と藤也がそうであるように、瀬奈にとっての2人もそうなのだろう。
 それに気づいた途端、嬉しくて羽郁は「それなら」と両親を振り返った。

「お店も忙しそうだし、夜まで俺達が子供達を預かりましょうか?」
「羽郁?」
「どうせだから一緒に柚李葉の家で、十三夜のお月見を、さ。あ、でも佐伯家の方がまずいかな」

 言ってからそれに気付いて、首をかしげた羽郁に「うーん」と柚李葉は考える。羽郁を招く事は了承してくれた養父だけれども、瀬奈と藤也はどうだろう? だが今日は義兄と一緒に寄り合いだと言っていたから、そう早く帰ってくることはないだろう。
 そう考えて、柚李葉はふるる、と首を振った。

「ううん。お養母さんも喜ぶと思う。あの、もし良ければ、私も――久し振りに瀬奈ちゃんや藤也くんと、ちょっとだけ遊べませんか? それからみゃぁやも」
「それは、子供達も喜びますわ。でも、ご迷惑では?」

 心配そうな瀬都の言葉に、今度は笑顔で羽郁と柚李葉は揃って首を振る。迷惑だったらそもそも最初から、お子さんをお借り出来ませんか、なんて言い出さない。
 それでもしばらく瀬都は迷っていたが、期待の眼差しでじっと自分を見ている瀬奈に気が付くと、ふぅわりと微笑んだ。

「それじゃあ、お言葉に甘えて。支度をさせますから、ちょっとだけお待ち下さいね」
「瀬奈はちゃぁんと自分でできるのよ。みゃぁや、みゃぁや、お出かけなのよ!」
「じゃ、藤也坊ちゃんはあっしが――」

 その途端、嬉しそうな笑顔を弾けさせた瀬奈が藤也を置いて、家の奥へと駆けていった。よっぽど嬉しかったらしいと、苦笑したお手伝いが何が起こっているかよく解っておらずきょとん、としている藤也を抱き上げ、やはり奥へと連れて行く。
 秋とはいえ、すでに風は冷たい。しっかり身支度をして行かなければ、風邪を引いてしまうし――それに何より、お出かけ、という言葉はただそれだけでなんとなく、殊に瀬奈のように家の手伝いを良くする子供には素敵な響きに聞こえるものだ。
 それから幾らもしないうちに、しっかりと厚手の外套を着込んでみゃぁやの入った籠を両手に提げた瀬奈と、お手伝いに綿入れを着せられご機嫌の藤也が再び表へと顔を出した。そもそもの目的だったお月見団子は、待ってる間にちゃぁんと竹の皮に包んで貰ってある。
 楽しげな2人の子供に、瀬都とお手伝いが頭を撫でながら言い聞かせた。

「瀬奈お嬢さん、藤也坊ちゃんをよろしくお願いしますね」
「藤也、ちゃぁんとお姉ちゃんの言う事を聞くのよ」
「うん!」
「ん!」

 その言葉に、姉弟はこっくりと力強く頷く。頷き、早くも待ち切れないように羽郁と柚李葉を見上げると、「どっち行くの?」とわくわくした笑顔で尋ねる。
 苦笑して、こっち、と龍達を待たせている町の郊外へと、歩き出した。背後からはお茶屋の客達が、2人の子供達を応援する賑やかな声が聞こえてくる。
 本当に愛されているなと、ほっこりしながら帝星と花謳の所まで戻ると、おとなしく待っていた2頭の龍は、戻ってきた主の姿にひょいと首を上げた。それに、ぴた、と子供達の足が止まる。
 開拓者であれば龍は見慣れた相棒だけれども、一般人には早々縁のある生き物ではない。実際、瀬奈や藤也もびっくりしたようだったが、大丈夫、とそんな2人の手をぎゅっと握ると、ん、とこっくり頷いた。
 まず、瀬奈が花謳の背によじ登る。するとその姿を見た藤也も、お姉ちゃんに負けじとばかりに必死に足をばたばたさせて、帝星の身体に取り付いた。
 そんな藤也をひょいと抱き上げて乗せてやってから、羽郁自身も帝星の背中にひらりと飛び乗ると、しっかり藤也の小さな身体を抱く。柚李葉も同じく花謳の背に乗って、よろしくね、と首筋を撫でてやってから、瀬奈の体に腕を回した。

「じっとしてるんだぞ」
「手を離したら落ちちゃうからね」
「うん!」
「ん!」

 羽郁と柚李葉の注意に大きく頷く子供達は、両手に瀬奈がみゃぁやの籠を、藤也が買ったお月見団子を持っている。それをもう1度確かめてから、2人は龍を空へと誘った。
 小さなお茶屋さんのある、小さな町がみるみる小さくなっていく。それに歓声を上げる子供達をしっかりと抱きながら、羽郁と柚李葉は再び空の上の人となり、神楽の都へと戻って行ったのだった。





 昔は籠に入れられると、怒って出てくるや否や周りの人間を引っかき傷だらけにして暴れたみゃぁやである。だが今日のみゃぁやは籠から出て来ると、相変わらず不服そうな顔をしていたけれども、ぐるんと辺りを不機嫌に見回しただけで、大人しく瀬奈と藤也の足元にのっしと座った。それはまるで、お嬢さんと坊ちゃんは自分がちゃぁんと面倒を見て守ってやらなくては、と自己主張しているようで。
 この小さく頼もしい『お客様』を含めて、予想通り、家で柚李葉達の帰りを待っていた養母はまず目を丸くして、それからぱぁぁッ、と目を輝かせた。

「あらまぁ、可愛いお客様だこと!」

 思えば柚李葉が昔暮らしていた旅周りの芸人一座でも、誰にでも優しく目をかけてくれる養母だったが、殊に幼い子供には優しかったようにも思う。その中でも柚李葉は特別目をかけて貰っていた物だけれど、それはともかく、後見人だったという以上に良く姿を見せたのは、純粋に子供好きと言う事もあったのだろう。
 養母は瀬奈と藤也を変わりばんこに見比べて、「可愛いわねぇ、お名前は?」とか「お歳は幾つになるの?」と、にこにこ嬉しそうに微笑みながら屈託なくそう尋ねた。そうしてそれに答えが返るたび、そう、そう、と嬉しそうに頷き、みゃぁやにまでも顔を覗き込んで「あなたが2人のお姉さんなのね。偉いわ」と声をかける。
 そうして、ようやく羽郁と柚李葉を振り返った養母は、楽しげではあったけれども、まるで秘密から仲間外れにされた少女のように、ちょっと拗ねた口調でこう言った。

「嫌だわ、こんな可愛いお客様がいらっしゃるって知ってたら、昔の玩具も出しておいたのに」
「ぇっと‥‥その、急なお話だったんです」
「ご両親が忙しそうだったんで、夜までお預かりしましょうか、って言ったんですよ。事前にご相談差し上げなかったのは申し訳ありません」
「あらあら、良いんですよ。でも、せっかくいらして下さったんだし――そうだわ、柚李葉。先日お向かいから頂いた、金平糖はまだ残っていたかしら?」
「ぁ、はい。まだ厨に残ってたと思います」
「じゃあ、それを出して差し上げましょうね。柚李葉、手伝ってくれる?」

 拗ねていたかと思ったら、すぐに笑顔になってとたとた厨へと歩き出した養母に、柚李葉と羽郁は顔を見合わせて苦笑する。それから「ちょっと待っててね」と断って、柚李葉も養母の後を追って厨へと歩き出した。
 先日、お向かいからお裾分けにと頂いた金平糖は、お日様のようにキラキラしていて、口に含むとほろほろ溶けてとっても甘い。こういった物は佐伯の家では柚李葉と養母しか食べないので、午後のお茶の時にちょっとずつ、ちょっとずつ2人で食べて居て。
 柚李葉が新しい高杯を出して、それに折った和紙を乗せると、養母が箱から零れないよう気をつけながら、ざらざらと金平糖をあける。そうしてお月見団子のように、ちょうど山になるように盛りつけようと、眉を寄せて真剣な顔で金平糖を摘まんでは上に乗せていく養母に、柚李葉はそぅっと尋ねた。

「あの、お養母さん。お養父さんとお義兄さんは‥‥」
「まだ寄り合いが遅くなるって、さっき言伝が来たの。まったく、殿方と来たら一にも二にも仕事、仕事、ですものね。――ご両親もご心配なさるでしょうから、あんまり遅くならないようにお家まで送ってあげるのよ」
「はい、お養母さん」

 その言葉に込められた、養母の様々な気遣いを感じ取り、こっくり柚李葉は頷く。それに、にこ、と優しく微笑んだ養母は、それからころっと得意げな顔になって「ほら柚李葉、どう? 上手に出来たと思わない?」と綺麗な山になった金平糖を見せた。
 くすくす笑いながら「良いと思います」と頷いて、それを崩さないようにそうっと厨から、お月見をする縁側まで持って行く。そこにすでに用意しておいた、お月見団子用の高杯には、すでに羽郁と子供達が買ってきたお月見団子を、綺麗な山に積み上げてくれていて。
 横にそぅっと置くとまるで、お月見団子が2つ、並んでいるみたい。キラキラ輝く金平糖に、わぁ、と目を輝かせた子供達よりも先に、みゃぁやがふんふんと匂いをかいでチェックする。
 くすくすと、そんな様子に笑った養母が、4人と1匹に声をかけた。

「そろそろ、お月様も出てきたみたいよ? 私は後でお父さん達と一緒にお月見をさせて頂くから、お先に十三夜を楽しんでいらっしゃい」

 そう言って、たん、と小さな音を立てて襖を閉めて姿を消した養母に、もう何度目になるか解らないお礼を心の中だけで呟いて、羽郁と柚李葉は子供達に向き直る。そうしてじっ、と見上げてくる2人に、にこ、と微笑みかけた。

「お月見、しようか。今日はね、十三夜って言って、お月様が取っても綺麗に見える日なんだよ」
「瀬奈ちゃんと藤也君は、せっかくだから金平糖を食べるか? えっと、みゃぁやは‥‥」
「みゃぁやは何でも食べれるのよ、お兄ちゃん。ね、みゃぁや」
――んなぁ。

 瀬奈の言葉に、当たり前だ、と言わんばかりに低い声で鳴いたみゃぁやは、言葉通り(?)爪先でちょいと金平糖を1つ引っ掛けて縁側に落とすと、カリカリと食べ始める。ね、となぜか誇らしげな瀬奈の横で、ね! と藤也も一緒に得意顔だ。
 くすくす、笑いながら羽郁と柚李葉も座布団に座って、夕暮れから夜へと移りつつある空に低く輝き始めた十三夜の月を見上げた。十五夜よりも、ほんの少しだけ小さな十三夜の月は、早くも淡い金色の光で夜闇に染まりつつある神楽の空を照らし始めている。
 どちらからとも知らず、手を握った。そんな風に、柚李葉からもまた自分へと手を伸ばしてくれるようになったのだと、ふいに羽郁は嬉しくなる。
 買ってきたお月見団子は、もうすっかり冷めては居たけれども、少しも美味しさは損なわれて居ない。カリカリ、カリカリ、みゃぁやと一緒に金平糖を頬張っていた瀬奈が、お兄ちゃん、と羽郁を見上げて首を傾げた。

「瀬奈もおだんご、食べていい?」
「もちろん」
「とーやも! とーやも!」
「あは、もちろん藤也君もね。でも、ちょっと藤也君には大きいかな? 私が持っててあげるね」

 やったぁ! と嬉しそうにお団子を頬張り始めた瀬奈に、なんでも一緒が良い、とばかりに自己主張する藤也に笑った柚李葉が、そう言ってお団子を1つ、藤也の口元に持っていく。いつもそうして食べさせてもらっているのだろうか、藤也は慣れた様子でぱっくり口を開けると、嬉しそうにお団子にかぶり付いた。
 ちゃぁんともぐもぐするのよ、と瀬奈がお姉さんらしく注意しながら、2個目のお団子に手を伸ばす。みゃぁやは金平糖が気に入ったらしく、また1個ころん、と高杯から落として齧り始めていて。
 まるで、家族みたいだ。もちろん瀬奈も藤也も羽郁達の子供ではないし、柚李葉とだってまだ婚約だけで正式に夫婦になったわけじゃない。でも、こうして4人と1匹で穏やかに十三夜の月を見上げ、お菓子を食べているとまるで、やがて来るであろう柚李葉との結婚生活を、疑似体験しているような気がする。
 知らず、どきどきしてぎゅっと、握った手に力を込めた。このどきどきを、彼女も共有してくれて居れば良いのに。握ったこの手から、この想いが伝わってくれれば、良いのに。
 思いながら、にこにこと微笑んで藤也にお団子を食べさせている柚李葉を、呼んだ。なぁに? と振り返った彼女の耳元に、さすがにちょっと照れた笑いを浮かべながら、そっと囁きかける。

「‥‥子供、一姫二太郎が良いな」
「はっう、羽郁、えっと、あの‥‥ッ」

 それを聞いた瞬間、柚李葉はぽんッ! と音がしそうなほど真っ赤になって、おろおろとうろたえた。羽郁と婚約している、という事はいずれ結婚して、彼の子供を産む事にもなるのは解っている。解っている、けれどもまだそれについて冷静に考えられるほどに、柚李葉はこの婚約しているという状況にすら慣れ切ってはいない。
 それでも、言われてみれば今の状況だってまるで家族みたいだし、いずれは結婚するのだから、そんな話題が出てもおかしくはない、訳で。今はまだ恥ずかしくって、結婚する、という話題そのものですら少し照れてしまうくらいだけれども。
 しばらくぐるぐる考えて、それからぎゅっと羽郁の手を握る手に力を込めた。きっと、顔は真っ赤になっている。

「‥‥とっても先の事だけど。こんな良い子達だったら、きっと、とっても幸せね」

 瀬奈と、藤也のように。優しくて、素直で、頑張り屋さんで、仲良しな姉弟。こんな子供達が自分の元に授かってくれたら、こんな子供達にパパ、ママ、と呼ばれるのなら、それはきっと眩暈がするほど幸せな事だろう。
 噛み締めるように、祈るように、そう微笑んだ柚李葉の真っ赤な顔をじっと見上げて、それからやっぱりちょっと頬の赤い羽郁の顔を見上げた瀬奈が、ごっくん、とお月見団子を飲み込んでから小首を傾げた。お隣で藤也も、瀬奈の真似をしてこっくり首を傾げる。

「お姉ちゃん、ママになるの?」
「ママになーの?」
「そ、それはそのッ! お母さんになるのは、もっともっと先だけど――」

 思わぬ方向からその話題を振られ、再び柚李葉はぽんッ! と顔を真っ赤にした。わたわたと、今度は子供達の方を振り返ったら、瀬奈と藤也だけじゃなくて、みゃぁやまでこっくり首を傾げている。
 ぁぅぁぅと、なぜか追い詰められたような居た堪れない気持ちで、2人と1匹の視線を受けながら、口を必死にぱくぱく動かした。動かし、言い訳のようにそう言って――ぎゅっと、羽郁がしっかり握ってくれた手に力を、貰う。ちょっと、落ち着く。
 柚李葉は1度だけ羽郁を振り返ってから、再び2人と1匹をまっすぐ見て、微笑んだ。

「その時は、2人もみゃぁやも遊んでくれる?」
「だいじょうぶよ、柚李葉お姉ちゃん。瀬奈、ちゃぁんと子守できるもの。藤也の子守だって、瀬奈もおてつだいしてるのよ」
「とーやもできるも!」
「藤也はできないのよ。だって、藤也はまだおはしでごはんを、1人で食べられないじゃない」
「できるも! とーやできるも!」
「できないってば!」
「できる!」

 そんな、幼い言い争いになった姉弟をじろりと睨み上げて、んなぁ、と低い声で諌めるようにみゃぁやが鳴いた。途端、言い争いと睨み合いを含めた、全ての動きがぴたりと止まる。
 それから姉弟はそろそろと、みゃぁやの方を振り返った。じろり、ともう一度睨まれたのにびくりと肩を竦めて、ごめんなさい、とみゃぁやに謝る。
 んなぁ、とみゃぁやがもう一声、鳴いて促したら今度は姉弟で向き合って、「ごめんね」「ごめんしゃい」と頭を下げあった。どうやら、こうしてみゃぁやに怒られて姉弟喧嘩が終わるのが、瀬奈と藤也の日常らしい。
 くすくす、微笑ましいその様子に知らず、笑い声が零れた。こんな優しい子達であれば、こんな優しい子達と遊んでもらって育ったなら、きっと優しくて素敵な子供になるだろう。

「2人も、みゃぁやも、よろしくね」

 だからもう一度、そう言った。ぎゅっと握り締めてくれる、羽郁のぬくもりを感じた。
 見上げれば秋の澄み渡る夜空から、静かに見下ろす十三夜の月の光。あのお月様に約束ね、と笑った言葉にみゃぁやの鳴き声が、「んなぁぁぁぁ」と力強く応えた。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名   / 性別 / 年齢 /  職業 】
 ia0859  / 佐伯 柚李葉 / 女  / 17  /  巫女
 ia0862  / 玖堂 羽郁  / 男  / 19  / サムライ

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
お届けが遅くなってしまった(しまう)にもかかわらず、お待ちくださいまして、本当にありがとうございました‥‥orz
ぁ、あと蓮華の窓は手が遅いからなかなか開けられないだけで、特に貴重でも何でもありませんので、はい(あせあせ

お嬢様と息子さんの、懐かしい子供達を迎えて十三夜のお月見の物語、如何でしたでしょうか。
ご発注を頂戴いたしましてから、そう言えばこの子達は今何歳になっているんだろうと、振り返ってみてその年齢に驚愕したのは全力で秘密です。
一体、いつの間に‥‥月日の流れって恐ろしいですね‥‥(遠い目
ちなみにお養母さんは、最初の時点ではうきうきと子供達を着せ替え人形にしようとしておりました(全力で止めました←

お嬢様と息子さんのイメージ通りの、懐かしさも交えた澄み渡る月夜のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2012年12月26日

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