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『振り返る日々、出会い。 』
月夜見 空尊(ib9671)&闇川 ミツハ(ib9693)

 彼にとって世界とは、閉じられたものだった。
 とある寺の、最奥。常に窓には頑丈な格子が嵌まっていて、入口には鍵こそかかってはいなかったものの、常に誰かしらが控えていて彼が部屋から出ようとすれば、行く先を問い質し、場合によっては格子の部屋へと押し戻す。
 彼、月夜見 空尊(ib9671)が物心ついた頃には、それが彼の世界のすべてだった。格子の外の世界はあまりに遠く、空尊には縁のないもので――日々がこの部屋の中だけでただ、消費されていく。
 といって、彼が虐待されていたのかといえば、それはまったくの間違いだ。寧ろ、彼が格子の部屋に閉じ込められていた理由はその逆で、空尊という存在を得難く大切な者として認めればこそ、寺の僧侶達は彼を閉じ込め、決して容易に外へは出そうとしなかったのだから。
 空尊は、『月夜見』の魂を持つ者だと言われて物心つかない頃、親の顔も覚えられぬような幼い頃に、寺に貰われた。この子供は夜を総べる者、この世に顕現した生きたる神の化身なのだと。
 そういう意味では空尊は確かに、『月夜見』として大切に、生き神としての扱いをされていた。それまでただの子供に過ぎなかった彼が、その瞬間から確かに、多くの僧侶達に崇められる存在になったのは、紛れも無い事実。
 『月夜見』様に相応しいお召し物を、と言われて寄ってたかって着せられた着物は、それまで袖を通すどころか見たこともないような上等なもの。『月夜見』様に相応しいお食事を、と与えられた食事もこれまでに口にしたこともない、美味しいもの。
 それまでならば決して、考えられないような暮らし。そも、食事が三度三度、必ず運ばれてきて飢える事がない、と言うだけでも充分、彼は特別扱いをされていた。
 ただ1つ、空尊に決して与えられる事がなかったのは、この格子の部屋から好きな時に外に出る自由。寺の庭どころか、寺の中ですら自由に歩き回る事だけが、彼には決して許されることがなかった。
 外に出て良いのは用足しの時と、寺で行われる特別な儀式の時だけで、それすら必ず付き添いの僧侶がつく。さらには彼を『月夜見』として相応しく教育するべく、様々な僧侶達が毎日、入れ替わり立ち替わり彼の元にやって来ては、空尊を『月夜見』に仕立て上げようとする。
 生まれた時に親から与えられた『あき』という名は、寺に連れて来られたその日のうちに「『月夜見』様には相応しくございません」という理由で変えられた。それまで喋っていた言葉は、やっぱり「『月夜見』様には相応しくございません」という理由で古風な、神の化身たるに相応しい言葉遣いへと矯正された。
 村の子供達が楽しげに石蹴りや蝉取りに興じて遊ぶ声が聞こえる中、空尊は日々、『月夜見』たるに相応しいという立ち居振る舞いを身につけさせられ、生き神として振る舞うのに必要な知識を詰め込まれ。そうして何かある度に「そのような行いは『月夜見』様には相応しくございません」「『月夜見』様としてのご自覚をお持ち下さいませ」と恭しく、だが厳しく叱責される。
 声を立てて笑うことはもちろん、窓の外で戯れる小鳥を見て微笑む事すら禁じられ――それでもきっと、空尊は大切にされていたのだ。されて、居たのだ。
 それはもしかしたら、この人達に見捨てられれば己は死ぬしかないのだという、生存本能にも似た何かだったのかも知れない。それでも彼等は、空尊が彼等の言われる通りに振る舞えたなら、さすがは『月夜見』様、と頷いてくれたから。
 次第に感情が死に、言葉が死んだ。貰われて来たばかりの頃は当たり前の子供だった空尊は、やがて息をしているだけの人形と変わりない存在に成り果てた。
 それをまた僧侶達に畏怖され、敬われ、有り難いと崇められ、大切に扱われる日々。常に空尊の周りには誰かしら僧侶がいて、敬われて――それがゆえに常に1人ぼっちで過ごす、日々。
 自分はこうしてこれからも過ごしていくのだと、永遠にそうしていくのだと、降り積もる静かな絶望の中でいつからから空尊は思っていた。己自身ですら意識せぬまま、空尊はただ静かに死んでいっていた。
 部屋の窓から見上げた空は、押し潰されそうに濃い青。それはひどく重苦しくて、遠かった。





 闇川 ミツハ(ib9693)がその村を訪れたのは、ある意味では全くの偶然だった。
 ミツハの家は古くから巫女を多く排出する家柄で、彼自身も巫女の資質を持って生まれた。そんな家だから、各地から雨乞や晴乞、豊作祈願など、巫女が必要な時に来て欲しいと依頼をされることも多かったのだ。
 その村から受けたのも、この所の晴れ続きで秋の実りが危ぶまれるから、雨乞の舞を奉納に来て欲しい、と言う依頼。ならばミツハが良かろうと、その時たまたま空いていた巫女の中から選ばれて、彼はその村へと足を踏み入れたのである。
 空いていたのも当然、ミツハはそれまで依頼に赴いたことは一度もなく、言うなればこれが彼の初舞台だった。とはいえ緊張は全くなくて、どちらかと言えば「きちんと依頼をやり遂げなくては」という、生来の生真面目さによる使命感の方が強かったように、思う。
 けれどもミツハを迎えた村の者は、当初、彼を見てひどく困惑した。そうして、一体これは本当に自分達が依頼した、雨乞の巫女なのだろうかという疑念を隠すことなく、顔に表した。
 とはいえそれも当然の事だと、ミツハは思う。何しろ彼は、実力のほどを認められたからこそ依頼を任され、ここまでやって来たとはいえ、まだ4歳に過ぎない幼子だったのだ。
 そんな幼子が巫女としてやって来た、というだけでも充分、異常と感じられたことだろう。まして闇川の家は15になるまで女として過すのが決まりだったから、当然ながらミツハはこの訪問時にも女装して、幼女としてやって来ていたのである。
 4歳に過ぎない子供が1人で旅をする事も珍しければ、それが娘となればなおさら。こんな幼い娘がと、いぶかしむ視線は寧ろ当たり前のものである。
 だからミツハは気分を害することもなく、出迎えた村人を見上げてこくり、首を傾げて見せた。

「わたくしではご不安ですか?」
「い‥‥ッ、いえいえいえ、とんでもない! 失礼いたしました、祭壇はこちらに用意してあります」

 その言葉に、慌てて首を振ってぎくしゃく祭壇へと案内し始めた、村人の後について歩く間もあちらこちらから、同じような不安や疑惑の眼差しが向けられるのを感じる。とはいえ彼は、彼の勤めを果たせばそれで良いことだ。
 ミツハはそう割り切って、案内された祭壇の前で用意されたものに不足はないか、慣れた手順で確かめた。その堂々とした態度にようやく、ミツハを見る眼差しの中にほんの少し、安堵の色が混ざり始めて。
 幾つかの榊や杯を入れ替えて、用意された祭壇の前で、ミツハはすぅ、と息を吸う。吸って、吐いて、また吸って。
 たん、と最初の舞を、踏む。雨を希う舞。雨雲を来たらせて下さいませと、精霊への祈りを込めて踏む舞。
 ようよう立てるようになったばかりの、物心つかぬ頃から身体に叩き込まれた舞は、意識せずとも最初の拍子を踏めば後は自然に、流れるようにミツハの身体を動かしていく。足の運びから、腕の所作。眼差しを向ける先の1つまで。
 その舞は確かに見事で、見守る村人達の間から、最後の疑念を拭い去るのに充分だった。そうして祭壇の前で、舞衣装でただただ舞い続ける幼い娘姿の彼を、ほぅ、と見惚れる村人達の頭上に、ふいに暗い影がさす。
 釣られて見上げれば、ゆっくりと頭上に広がっていく暗雲。それは見る見る間に見渡す限りの空を覆い尽くしたかと思うと、さほどもせずに人々の上に冷たい雫を落とし始めた。
 村人達から、歓喜の声が上がる。その間にもミツハは静かに舞い続け、すべての所作を終えてようやくその動きを止めた。
 一度雫を落とし始めた空は、しばらくその勢いが留まることはなさそうだ。見上げた空にそれを確認し、ミツハは喜びに湧く村人達から謝礼を受け取ると、「せめて心ばかりの感謝のお食事を」とすすめられるのを断り、村を出ようと歩き出した。
 しと、しと、しと、しと‥‥
 降り続く雨は幼いミツハの全身をしとどに濡らしていくが、夏の暑さも手伝って、それほど悪い気分ではない。それに何より、初仕事が無事に成功したことにほっとして、知らず足取りも軽くなる。
 ――と。

(‥‥この気配‥‥?)

 ふいにその雨の中に、奇妙な気配を感じてミツハは立ち止まり、泣き続ける空を見上げた。奇妙な、懐しいとでも言い表すべき、だが味わったことのない不思議な気配。
 なぜだかその気配の正体を確かめたいと、感じた。だから心を研ぎ澄ませて、気配に導かれるように歩いて行くと、道の先に寺の大きな屋根が見えてくる。
 気配はその、寺の方から感じられた。ならばそこへ行くしかあるまいと、雨と共にふらり、足を踏み入れたミツハを見て、門番の僧侶が声をかける。

「何か、当寺に御用ですかな?」
「いえ‥‥見学してもよいですか?」

 用と言えば用ではあるし、立ち寄っただけと言えばただそれだけの事でもあって。曖昧にそう、僧侶を見上げて小首を傾げると、見た目の幼さの割にしゃんと話すミツハに驚いたようだった。
 だが、雨乞で呼ばれた巫女だと己の事を説明すると、なるほど、と1つ頷く。頷いて、見て回る位なら構わないが奥には近付かぬように、と注意されたのに頷きを返し、ミツハはきょろ、と寺の門内を見回した。
 懐かしい気配は、どうやら本堂の方から漂って来ている。僧侶の忠告を忘れたわけではなかったが、本堂に上がる位は良いだろう。
 ミツハは気配に導かれるまま、本堂へ足を踏み入れた。そうして、さてどちらへ向かったものかと、幼い身にはひどく暗く、大きく見える本堂を見回して。
 ――その瞬間、寺の奥でも異変は起きていた。常に死に絶えたような静寂だけが降り積もっていく、格子の部屋。その中で、常と変わらず人形のように静かに過ごしていた空尊の中に、不意に何かの衝撃が走ったのだ。
 その衝撃が、一体何なのか。永らく感情を封じ、もはや忘れかけていた彼にとっては、理解することはひどく難しく、もどかしかった。
 だが、行かねばならない。一体何処へ行きたいのかも解らなかったが、とにかくこの衝撃を己に与えた『モノ』の元に、今すぐ行かねばならない――今すぐ、行きたい‥‥ッ!
 から、と部屋の扉を開ければ、入口に控えていた僧侶が「ご不浄ですか、『月夜見』様」と立ち上がる。それに適当に頷きを返すと、空尊は衝動に導かれるままにふらり、足を踏み出す。
 『月夜見』様、と手を引かれた。

「どちらへ行かれます? ご不浄はこちらで‥‥」
「‥‥‥ッ!」

 そんな僧侶を突き飛ばし、衝撃に導かれるままに、空尊は己の中の衝動に従って走り出す。それは、この寺に来たばかりの頃の彼ならばともかく、人形のように『月夜見』らしく過ごしていた空尊からは到底、想像のつかない行動だ。
 不意をつかれた僧侶は思った以上に激しく廊下に転がり、それから驚きと混乱のない混ぜになったような声を、必死に寺中に張り上げた。

「なりません! 誰か! 誰か、『月夜見』様が‥‥ッ」
「『月夜見』様!? なりません、『月夜見』様ッ!」
「表にお出ましになっては‥‥『月夜見』様ッ!」

 口々に制止を叫びながら、追い掛けて来る僧侶達など振り返りもせず、空尊は必死に、ひたすらに走る。彼に衝撃を与えた『何か』の元へ――今や空尊は、全身を貫き震わせるこの衝撃が、懐かしさと嬉しさを混ぜたモノだと、思い出していた。
 どこに向かえばいいのかも、自分が今どこにいるのかも解らなかった。ずっと閉じ込められて居たのだから、解るはずもなかった。
 だがこの衝動が、彼をそこへと導いてくれるはずだ――そう信じてひたすらに、がむしゃらに廊下を駆け抜け、本堂へと辿り着き。
 ――瞬間、涙が溢れた。そこに立つ人の姿に――まだ幼い娘の姿をしたミツハが、ひた、と空尊を見つめているのを見た、その瞬間に。

「会いたかった‥‥ッ」

 思わず声が零れ、そのままの勢いでミツハを強く抱きしめた。抱きしめてから、己自身の発した言葉をゆっくりと理解して、空尊の目からまた止めどのない涙が後から、後から溢れ出す。
 そう、彼は会いたかった。この人に。この、子供に。一度も会った事のないミツハに、空尊はずっと、ずっと会いたかったのだ。
 だから涙と共に溢れる思いのままに、空尊は強く、強くミツハを抱き締めた。

「会いたかった‥‥ずっと、待っていた。‥‥我と同じ魂の者‥‥」
「わたくしと、同じ魂‥‥?」

 そんな空尊の言葉に、戸惑いながらも心のどこかで、その言葉に納得している自分がいる事にミツハは気づく。同じ魂、同じ波動。奇妙なほどに懐かしく、愛しく感じる気配。
 小さな手でミツハは優しく、慟哭する空尊を抱きしめた。そうすればなおさらに、自分と彼が同じ魂を持っている存在なのだということが、不思議なほどに信じられた。
 嗚呼、と悟る。いつも行く先々で雨を降らせる事の多いミツハだったから、今回この依頼に適任だと選ばれたのも、実際にはそんな理由だった。けれども本当の本当は、きっと、この時のためだったのだ。
 この雨はきっと、この人の慟哭なのだろう。こうして自分達が出会うために、ミツハは雨乞でこの村を訪れ、空を泣かせたのだろう。
 そんな、自分でもわけの解らないような理屈が、今この時だけは真実だと信じられた。そんなミツハに縋り付くように、空尊はミツハを抱きしめる腕に力を込め、何度も何度も頭を振る。
 自分でも一体、何が言いたかったのか解らなかった。解らないまま、何度も何度も首を振る、空尊をミツハはただじっと抱きしめ、抱きしめられていた。
 ――空尊9歳、ミツハ4歳の時の事である。





 あれから、12年が経った。あっという間に、と言うわけにはもちろん行かなかったが、今日、空尊はこの寺を出て、神楽の都へと旅立つ。
 そうとなればまた特別な感慨でも生まれるものなのか、空尊は寺の門の下に立ち尽くし、ここで過ごした日々を思い返す。そうすると、必ず一際輝いて思い出されるのが、あの日のミツハとの出会いなのだ。
 ふい、と振り返れば寺の門の下、あの頃より遥かに大きく、たくましく成長した青年姿の、けれどもあの頃から変わらず己を見守るミツハがいる。その存在を確かめて、空尊はうむ、と頷いた。

「さて‥‥参ろうか」
「ええ、空。俺があんたを都まで、ちゃぁんと連れていってあげますよ」

 そんな空尊の言葉に、ひょいと肩を竦めてミツハは笑う。その言葉はたくましく、その言葉には偽りがないことを、空尊は知っている。
 だからもう一度、うむ、と小さく頷いて、今一歩、寺の外へと踏み出した。 彼等の行く手に広がる空は、澄み渡るように青く、どこまでも高かった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名  / 性別 / 年齢 /  職業  】
 ib9671  / 月夜見 空尊 / 男  / 21  / サムライ
 ib9693  / 闇川 ミツハ / 男  / 17  / シノビ

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そして真に、長らくお待たせ致しまして&お待ち頂きまして、本当にありがとうございました‥‥(ひたすら土下座

息子さん達の、新たな光との出会いと始まりの物語、如何でしたでしょうか。
ご当時のお嬢様な息子さんを想像して、ほっこりしていたのは全力で秘密です(ぁ
また違った出会いがあったならば、一緒にやんちゃをしたりするお姿も見られたりしたのでしょうか。
‥‥お2人ともあまり、やんちゃをなさりそうな息子さんではありませんが;

お2人のイメージ通りの、寂しさから希望へと変わるノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年01月04日

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